短編


秋の味覚ファイナルマッチ〜立海 vs GIN-NAN


なんで、なんでこんな目にあわなきゃなんないんだよ…。

今日もいつも通り幸村部長の無茶ぶりで始まったんだけど、その幸村部長だってずっと無言。

近くにいる真田副部長もいつも以上に眉間にシワを寄せて黙々と作業してる。

俺も限界まで息を止めながら箸で集める。

真田副部長みたいに豆を箸で掴めるほど器用じゃないから、ぽろっぽろって落とすから袋の中は二人より少ない。

幸村部長にいたっては手掴みだ…、男らしすぎ。

そんな幸村部長は落ちてくる髪を腕で払いながら、天を仰いでひとこと。

「くさい…」

鼻声の幸村部長の言う通り、想像以上の臭さだ。

俺も息をする時は鼻を使わないように頑張ってるけど、なんだろう?すんげぇ臭いから勝手に鼻水出てきて、うっかりすすった時に鼻から脳みそえぐられる臭さに泣きそうになる。

多分真田副部長は無我の境地、作業開始から全然口開いてない。

拾っても拾っても上から落ちてくるイチョウを見上げてため息をついた。

ギンナンがこんなに臭いなんて初めて知った14の秋。

見上げた空の青さに映える鰯雲を見ながら、ちょっと前を思い出す。

適当な理由をつけてサボりに行ってた仁王先輩がほっぺに赤い線をつけてコートに戻ってきた。

女子に叩かれたついでに引っ掛かれたんじゃね?色男がなんて幸村部長と丸井先輩がからかってて、あんまりひどい顔だから真田副部長も文句も言う気もなかったみたい。

泣きそうな顔の仁王先輩が柳先輩に、

「なんかの?ギンナン顔にあってから、かゆいんじゃが…?」

と相談したら、ベンチにラケットを置いてノートを開いた柳先輩は、

「もうそんな季節か」

ってメモ取りながら、

「あまり酷くならないうちに皮膚科にでも行ったらどうだ?」

て言うから、ギンナンって茶碗蒸しに入ってるヤツ?あれって痒くなるんだぁ?くらいにしか思ってなかった。

「ウチにギンナンなる木があったのかよぃ?なら茶碗蒸し作り放題だな?」

考えてたことがカブッた丸井先輩に鉄柱あてまで決められて超ムカつく。

「ほおう?ブンちゃんはギンナンの木がなんだか分かるナリか?」

いや〜な顔で仁王先輩が丸井先輩を挑発してきた。

「うぜぇし!イチョウだろぃっ?!」

「ちょっ?!」

何アンタ顔狙うンスかっ?!狙うのは俺じゃなくてあっちッスよっ?!

「それじゃぁ、まだ不正解じゃのう?」

「雌の木しかなんねぇのくらい赤也でも知ってるっての!!」

「っ、だから!!止めてくださいよ!!」

え?え?メスの木とか、そんな…え、えっちな木が…???

言葉の響きだけで頭の中はいろいろな事が展開中だ。

「まぁ、雌だからの?雄もいなきゃ実はならんのじゃが」

「はっ?!ちょっ?!」

なんか俺の考えてる事読んだみたいにニヤニヤ笑いながら仁王先輩が俺にサーブ打ってきて、そのまま丸井先輩のコート入ってきたし?!

ちょ?は?2対1とか意味分かんないンスけど??練習にないンスけど?!

「まだ少し汗ばむと思っても、もう秋も近いのですね」

て言ってこっちに集まってきた柳生先輩は一年の面倒を見終わったみたい。

「ブン太が茶碗蒸し作ってくれるって言うから、銀杏でも拾い行こうか」

なんて二年のレギュラー候補を適当にあしらいながら言うから、コートに入ってない察しの良いヤツらは「外周いってきます」って叫んで逃げやがった…。

ちょっ?!俺もっ?!て思ってスマッシュ決めて逃げたいのに、ニヤニヤしながら丸井先輩が決めさせないようわざと打ちにくい球ばっかり返してすんげぇムカつく!!

そのうち幸村部長からラリー止めたら、その瞬間練習つけてもらってたヤツも「ダウンしてきます」とかずりぃぞ!おまえらっ?!

こんな時は柳先輩!!俺の良識の砦・柳先輩!!って探したら、トイレ掃除に使ってる新品のゴム手袋とビニール袋と割り箸用意してるんですけど?!

えっ?!何?!この準備のよさ?!

ギンナン拾い決定なのっ?!

ていうか、俺ギンナンなってるとこ見た事ないんだけど…?

「かぶれる仁王、茶碗蒸し担当の丸井も除外だな」

「プリッ」

「やりぃ?」

ニヤニヤしてガムふくらませてこっち見んな!

「あとジャッカルも茶碗蒸し担当な!」

今は別なコートで二年見てるジャッカル先輩を救う丸井先輩マジかっけぇ!!ぜひ俺も茶碗蒸し食べる担当に!!って視線を送ったら綱渡り決めてくるしっ!!

ムッカつく!!超ムカつく!!

「ふむ。俺はあの匂いが耐えられないので、精市と弦一郎と柳生と赤也でいいか?」

ていうか柳先輩ぃっ?!

何その無茶くちゃな理由で抜けようとしてンスかっ?!

「なんで俺なの?!真田はともかく!!」

絶対俺たちにやらせて高見の見物する気だった幸村部長、もっと幼なじみ大事にしてあげてくださいよ…。

「…俺にも拒否権をくれ」

そう言っても幸村部長が言い出した時点で諦めてる真田副部長はゴム手袋とビニール袋を受け取ってる。

「発案者が率先して実行しないでどうする?」

薄く開眼して横目で見下ろす柳先輩に幸村部長はほっぺパンパンにふくらませて、真田副部長からゴム手袋を奪い取った。

「すみませんが私は母が匂いのきつい物が苦手のようでして…、協力できずに申し訳ありません」

って後ろから言ってきた柳生先輩全然申し訳ないって思ってないッスよね?!

「柳生のご母堂はな…、それでは赤也。精市をしっかり監督してくれ」

なんか柳生先輩のお母さん厳しいってかキツいっていうのは普段の話から想像つくッスけどぉっ?!

「俺にも拒否権っ?!」

なんで俺だけ意思確認ないンスかっ?!柳先輩っ?!

「ある訳ないじゃん。さぁ、さっさと終わらせようか。部活も途中だし」

「ぐげげげげっ?!」

「…幸村、赤也の首が絞まっているぞ」

ヤケクソな幸村部長に襟首を掴まれ、それを見かねた真田副部長が脇に抱えてくれて、イチョウの木があるとこまで連れて行かれて今この状況。

とりあえず落ちてるの全部拾うってことにしたけど、拾ってる最中に落ちてくるからキリがない。

「もうやだ…」

多分初めてって言うくらい弱音を吐いた幸村部長は、

「くさい、ちょうくさい…、ジャージも髪もくさい…」

珍しくちゃんと着てるジャージの袖や頭を振ったりしてた。

「あとシューズの底もくさい…」

て何回もコンクリにシューズを擦りつけるから、きっと踏んじゃったンスね…。

「…拾い終えた後は靴底を洗ってから戻らぬと蓮二に何を言われるか分からんな」

とか真田副部長も親友に対して本音漏れてるッス…。

柳先輩やたら鼻がいいから掃除とか超厳しいんだよな…。

あとあんまりジャージの方は持ち帰らないから、洗濯してないと話しかけてもすぐいなくなっちゃうくらい…。

学校ジャージャもちゃんと洗お、1ヶ月は洗ってないや。

「もういいよね?年の数だけあればいいよね?」

ゴム手袋の臭いをかいではくさいみたいな顔を二回繰り返した幸村部長は、今度はギンナンの袋の中に顔を突っ込んで吐きそうになってた…。

「あまり食い過ぎると鼻血を出すぞ」

心なしか真田副部長も鼻声、立ち上がって伸びをした。

「これ拾ったらどうするんだっけ?果肉腐らせるから土に埋めとく?」

もうギンナン拾いに飽きたらしい幸村部長は袋をブンブン振り回してる。

「水に晒して腐られるそうだ」

それを注意しない真田副部長もギンナンにけっこうヤラレてるらしい。

「うわー…、その水の中に柳のジャージャつっこんでやりたい…」

あと仁王のも、と付け足した幸村部長の八つ当たりハンパない。

それに横目で見ただけの真田副部長は軽く息を吐いて、

「帰るぞ」

てわざわざ遠回りして俺の脇を通りすぎた真田副部長に、

「とりあえず、アレだ。もうアレだよ、アレ」

何かいい事が思い浮かばなかったような幸村部長は空を見上げながら歩き出した。

二人がコートに向かってるから、ずっと小さくしゃがんでなんだか変なかんじになった膝を軽く屈伸して、いろいろムカつくから持ってた割り箸をギンナンがなってる木に差した。

あとでプリとブタの墓って書きに来よう。

と心に誓ってすっかり忘れている間に、秋の味覚探訪とか言い出した幸村部長にずっと振り回された。

栗拾いに行ったらほとんど虫が入ってたり、松茸を取りに行こうとして道に迷って山に一泊したり。

山菜採りでは熊にニアミスで、あの幸村部長だってしばらくは熊のイラストにもビビッてた。

一番ましだったのはクルミ拾いかな?昼の神社でも藁人形打ちに来た美人さんは怖かったけど?熊よりはまし。あとクルミが食えたし。

5時には真っ暗じゃん!っていう頃、調理室の使用許可を取った柳先輩が部員全員に一人一個の卵を持ってくるように言った時、そういやいつもように真田副部長が文句を言いながら腐さらせたギンナンの実を水洗いして、部室の脇に種だけになったのを干したっけ?てやっと思い出した。

遭難しかけたのも熊に会ったのもマジやばかったけど、三日くらいは鼻の奥にこびりついた激臭と女子に避けられ続けられた事に比べたら、この熱々の茶碗蒸しは勲章に思える。

そんないろんな秋の思い出といっしょにいただきます。

(20141114・典さんへ捧げる銀杏のお話)
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