短編


ペテンの紳士録


前を見たら、何人かたむろしてる。

邪魔だっつーの。

あ、今、目あったっぽい…。

なんとなくヤな予感。

やばいなぁ…、いつもの廃船置き場の帰りでラケバ背負ってるし。

向こうもチラチラ見てるし。

あれ、もしかしてフラグ立ってる?

一応、目を合わせないように下を向いて、ラケバを出きるだけ引き寄せて通りすぎようとしたのに。

「いってぇ!!」

っていきなり大声出すから、びっくりして振り返ると肩押さえてしゃがんでるヤツがいた。

あ、これ、やばいパターン…。

「あ、スマンセン」

早口と早足で逃げようとしたけど、

「ハァ?ソレ謝ってんの?」

とっくに囲まれてました、ニヤニヤうぜぇ。

「とりあえずさぁ、向こうで正しい謝罪を教えてあげるよ?」

気安く肩に手ぇかけんな。

「これも一つの社会勉強だと思って?」

とかシルバーのゴツい指輪似合ってねぇし?

ナニ?社会勉強料とかで買っちゃった系?儲かるンスね、マジミントのガムうぜぇ!!くせぇ!!

こいつらくらいどうとでもなるけど、問題起こしたら鉄拳じゃすまないし、部停確実。

つかお前らどこ中よ?ウチの風紀委員長知らないだろ?めっちゃ怖いんだぞ?

「貴様ら往来で何をしておる!!」

なんて副部長のことを考えてたら、どっからか怒鳴り声が飛んできた。

助けてほしい気持ちがいっぱいで、(まさか幻聴っ?!)て焦ったけど、うぜぇ集団もビクッてなったから、多分真田副部長に見つかった…。

やばい、鉄拳二発?

プラス幸村部長の…おっと寒気が。

「あ?なんだ、今の?つか誰だよ?」

「誰もいねぇし、ビビらせんなし」

「さて、お勉強会しますか」

確かに真田副部長の声がしたのに、いつまで立っても助けに来てくれなくて、こいつらは自分たちが怒られたんじゃないと分かると、ポケットの中でカチンカチンってなんか威嚇し始めたよ…。

そうだよ、幻聴だよな…真田副部長はこの辺りじゃないし、普段より澄んだみたいな声だったし。

とりあえず、腕とラケットと顔と頭は無事ですように!!

両腕捕まれて路地裏に引きずられそうで、怖くて目を瞑った。

「俺にも教えてくれんかのう?」

この場面に全然合わない妙に寝ぼけた声。

「そのお勉強会とやらを」

かと思えば、刺しながら抉りそうな鋭い口調。

一気に乱れた気配に目を開けると、ニット帽かぶったヤツの肩に肘を乗せる銀髪。

真田副部長じゃないけど、こういうことを一番穏便にすませてくれそうな先輩の名前を呼ぼうとしたら、キツい目付きで黙らされた…。

たださえ目付き悪いから、あんまり睨まないでくださいよ…怖いし…。

「部長がお怒りじゃ、はよ戻るぜよ」

「げっ?!まじっスか?!」

突然出てきた部長という単語に無意識に背筋が伸びた。

その時に捕まれた両腕を振り払ったけど、案外簡単に外れたよ…。

やっぱ、この銀髪と目付きの悪さはこういうヤツらに効くよな?

「ウチの若いのが世話んなったの」

ぽんぽんとニット帽野郎の頭を叩いて、集団の真ん中に割って入って、

「行くぜよ」

と俺に声をかけて、先に行く。

度胸いいっつーか、場馴れしてないか?

なんかこう、俺たちには普通だけど他の人が聞いたら誤解させる言い回しとか。

ペテンやイリュージョンだけじゃないよな、これ?

銀色のしっぽがどんどん遠ざかりそうだから、俺も慌ててラケバ背負い直して後を追おうとしたのが間違いだったみたいで。

ドゴッて思いっきり誰かのスネに当たったらしく、

「待て、ゴラァッ?!」

「ざけんな、ワカメ!!」

「誰がワカメだ!!雑魚がっ!!」

追いかけてきたヤツらにキレて振り返る前に、右腕を強く掴まれた。

「走りますよ」

え?なんで?と聞き返す間もなく角を曲がった途端ダッシュして、懲りずに追ってくるヤツらをビルを二、三軒通り抜けて、最後は赤信号になった瞬間を突っ走ってまいた。

…なんつースリル満点な休み。

まじで轢かれるかと思った。

はぐれないようにずっと腕掴まれたままで、他人のペースで走らされて余計に疲れた…。

体力に自信はあるけど足の長さを考えてください、悔しいけど!!

助けてもらってアレだけど、ちょっと文句を言わないと気がすまなくて顔を上げたら、目が合った。

「すみません、切原君。時間がありましたら一杯奢らせてもらってもいいですか?」

「…ッス…」

やっと腕を離してくれて、張りつめてた空気がふわっと柔らかくなって、優しく目を細めてそんな風に聞いてくるから、なんも言えないじゃん。

そういうのズルいンスけど。

思わず口を尖らせたら、それに微笑まれちゃったりして、イリュージョンの無駄遣いしないでほしいッス。

似すぎだから厄介なんだよ、アンタら。

「と言っても、ここで申し訳ないのですが」

「へ?」

ね?いつも見せる仕方なさそうな笑い方まで真似しないでくださいよ…、それ、どんな時に出るかアンタがよく知ってるクセに…。

意外と太い指が差した先には有名進学塾、なんでまた?と首を傾げたら、またあの微笑みのまま一歩進んだ。

ぴょこぴょこ揺れる銀色の毛先を見ながら、(塾って中学受験以来だ…)なんて思いながら、おっかなびっくり後をついて行く。

俺が通ってたジジイがプレハブ改造した塾と違って、なんかすごい立派な建物、テレビで見るいかにも進学塾ってカンジ。

そこにいつもの調子で悠々と入っていくし、受付の前で軽く手を上げて通りすぎたり、ホントこの人、怖いもんとかあんのかな?とか考えてしまう。

ついて来た俺の方が心臓バクバクなんだけど?

でエレベーター乗って三階で降るとき、(あれ?)って思った。

エレベーター降りて左に曲がったとき、また違和感。

エレベーターの中に鏡。

ガラス張りの角を曲がったとき。

向き合ってると気付かないけど、鏡越しになると、目付きが…?

考えごとをして、また銀のしっぽに置いてかれそうになって急いで追いつくと、西日で眩しいガラスタイルの壁の前に七三逆光眼鏡がテキスト開いて座ってた。

かなりのスピードで動く左手のペンにさすが優等生はちがうなって思って、また違和感。

「なんじゃ、お土産付きか」

手元を見たままニヤリと吊り上げた口の端がムカつく。

「切原君、何を飲みますか?」

銀色が背後に回るときはロクなことはないけど、予想外にもイスをすすめてくれた。

「…あ、えっと…コーラで」

自販機の前に向かう銀色の後頭部とイスの座る部分を何回も確認してから座った。

今のとこイスに何もない。

「ナニがあったんじゃ?」

シャーペン置いて眼鏡をずらしながら身を乗り出してきた。

「特に心配するような事はありませんよ」

俺と眼鏡の前に赤い缶を置いて、

「…行くぜよ、柳生」

と銀髪が背を向けて歩き出した。

それに喉の奥で笑った後、眼鏡をかけ直して、

「すみませんが、荷物をお願いしてもよろしいでしょうか、切原君?」

なんかもう、そのすげぇわざとらしい言い方がムカついて仕方ない。

ムカつかせるくらい似てるから余計にムカつく。

銀髪も眼鏡もいなくなって暇だし、おごってもらったコーラを飲みながら、置いていったテキストを引き寄せてみた。

うん、分かんねぇ。

三年の勉強だもんな、二年でさえいっぱいいっぱいなのに分かるハズがない。

テキストを元の位置に戻すときに覗き込んだノートには、小さい字がびっしり書き込まれていた。

…三年って大変なんだ。

オレンジ色になったガラスタイルを眺めてたら、今日の晩飯は何かなぁって気になってきた。

ついでになんだか腹も減ってきたしコーラ飲みながら、そういや宿題…、数学?歴史?まぁ、隣のヤツに見せてもらうか?なんてぼんやりしてた。

「お待たせしました」

ていう声に振り向くと、いつもの柳生先輩が戻ってきた。

「いい子にしとったか?」

なんてワザと髪をぐしゃぐしゃにする仁王先輩が俺の前に座る。

仁王先輩からバッグを受け取った柳生先輩を見て、

「…こうして並んでるとそんな似てるって思わないッスね…」

全部が正反対なのに、なんでどっちかが一人でいると似てるって思うんだろ?

「まぁ、それが狙いだったりするんじゃ」

と意味ありげに骨っぽい細い指でこめかみを叩く仁王先輩の話を無視して、

「それで予習は捗りましたか?」

バッグからペットボトルの水を取り出した柳生先輩、私服だと?私服でも中学生に見えないっつか金持ち感漂ってる〜。

「おう、大助かりじゃ、ありがとナリ」

テキストは柳生先輩に返して、ノートとシャーペンはそのままどっかのショップバックに投げ入れた。

「そうでしたか」

素直にお礼を言う仁王先輩なんて気持ち悪いなって思ったけど、

「私も思い掛けず独りになれる時間を持てて、実に有意義でしたよ」

と仁王先輩には見えない位置で、そっと口に人差し指を当てる柳生先輩にあの逃走劇はヒミツってことか?

俺はコーラの缶を軽く持ち上げてヒミツにサインしておいた。

「つか、私服でも入れ替わりとか意味あるンスか?しかも塾とか?」

テニス部で遊びに行くとかそんな時のほうが楽しいんじゃないの?ペテン師的に?

「塾だから大アリなんじゃよ」

今度は自分の頭をガシガシかいた仁王先輩は、

「ウチのクラス、英語だけでも新採用のボンボンで遅れとんのに、数学の先公までやる気なくしおって、ようやっと一学期の範囲が終わったとこじゃ」

「…うわぁ…最悪ッスね…」

クラス格差あるあるかよ?ウチんとこの学年は国語教師同士がなんかあって、E組以降がやばいらしいし?オトナの事情っての?

「考査前に追い込み掛けても間に合う気もせんと、お願いしたワケじゃ。のう、やーぎゅ?」

最後はいつもの人の悪いニヤニヤ顔で隣の柳生先輩を見たけど、そんなの慣れっこな紳士は、

「仁王君にとって予習でも私には復習ですからね。それにここの塾は自由に自習室を使用できるので、お互いの人生を二時間交換するというのも悪くはないですよ」

…こっちも柳先輩とはまたちがう、チクリチクリと刺すような言い方…。

予習を復習と言われた仁王先輩は面白くなさそうに鼻を鳴らして肘をついた。

でもまぁなんで入れ替わってたかっていうのも分かったし、奢りのコーラも飲んだからそろそろ帰るかな?

「さぁ、仁王君。不貞腐れるのは家でしたまえ」

と俺の様子を察した柳生先輩が立ち上がった瞬間、黒系のジャケットに線が三本流れた。

「ごめんなさい!柳生君、大丈夫ですか?!」

缶を持ってた女子とぶつかったらしくて、柳生先輩肩から胸の辺りまで茶色っぽい汁で汚れてしまった。

(うわぁ、あのジャケット高そう)って思った俺より、仁王先輩の目付きがこれ以上ないくらい鋭くなって、あー、これもあるあるッスか?なんて気付いちゃったよ…。

「ごめんなさい!紅茶掛けたみたいで、…本当に」

「いえ、大丈夫ですよ」

ハンカチを出した女子を牽制するみたいに、自分のハンカチで肩の辺りを拭ってる柳生先輩は、

「貴女のハンカチを汚す訳にいきません。さぁ、お友達が待ってますよ?」

なんて紳士なんだがキザなんだかよく分からないことを言って、向こうで様子を窺ってる女子集団の方へ追っ払った。

それに顔を赤くして逃げるからさぁ?笑うしかないワケよ?

「…今のは怒ってもいいじゃろ」

逃げた女子の代わりに柳生先輩を睨む仁王先輩は、

「おまんのお袋さんに行き先詮索されん為に服まで交換したんじゃろが…っ」

と言った後にイスを蹴飛ばすから、超ビビった?!ホントにびっくりした?!

それに柳生先輩は例の微笑みで言うんだ。

「ありがとうございます」

ってさ?

そんな柳生先輩が面白くない仁王先輩は組んでた長い足を見せつけるみたいに大袈裟に解いて立ち上がった。

「先帰るぜよ」

「…あ、お疲れッス…」

部活の習慣で勝手に口から挨拶が出たけど、猫背の仁王先輩はいつもみたいに頭の上で手を振り返してくれることもなく、さっさと角を曲がっていなくなってしまった。

え?どうすんの?シュラバ?シュラバッスか?ってオロオロする俺に柳生先輩はあの諦めたみたいに微笑んで、

「仁王君は優しい人ですから」

それから肘の辺りを二回強く叩いて、

「ああやっていつも私の代わりに怒ってくれる」

光の加減で見えた眼鏡の奥の目は、やっぱり仁王先輩とちがう。

色も形も、感情の表し方も…。

もともと落ち着いた人で喜怒哀楽も静かに表す柳生先輩の感情が平坦になってしまったのは、やっぱり…。

「秋は日が落ちるが早いです。切原君も早く帰った方がいいですよ」

妹の事…?と俺が地雷を踏むより先に、そう言って茶色に染まるハンカチをたたみ出した。

ハンカチを摘まむその指を見て、柳生先輩って意外と指太いよなぁ?やっぱテニスプレイヤーだからか?

仁王先輩の方は女かって思うくらい細い指してる。

並んでるとちがうが分かるのに、ひとつひとつ思い出すと似てない部分はたくさんあるのに、どうしていちいち確認したくなるくらい似てるんだろう?

明日、柳先輩に聞いてみようかな?

まだまだ動かなさそうな柳生先輩に、お言葉に甘えて先に帰ろうかな?ってイスを引いた。

「そうじゃ、赤也?」

「へ?」

「あの事は真田にも内緒じゃき」

って人差し指を口に当ててウィンクするから、ホントにどっちがどっちか分からなくなるんだよ…。

(20141019)
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