三年後に備えるより三日後に備えろ!
妙に混み合う電車に揉まれて、今日はセンター試験って奴じゃったなぁと思い出した。
立海の最寄り駅に到着すると吐き出されるように人がホームに流れ出す。
人波に体を任せてつつラケットバッグは庇いながら、余りの寒さにスラックスのポケットに手を突っ込む。
朝見たお天気お姉さんが言っとったっけ?
毎年この時期は大荒れじゃって。
近付く改札に定期を出しながら、隣の列に並ぶ制服が有名な女子高生さんを見たら、切符をしおり代わりに参考書とにらめっこ。
そこまでするもんなのかのう?
そんな事を考えながら、欠伸を噛み殺して改札を抜ける俺はまだ中学生って事か。
三年後、俺も毎日参考書見ながら電車に揺られて、模試の結果に一喜一憂してるのかと思ったが、そんな自分が全く想像できなかった。
駅から出ると昨夜からの雪で真っ白になった街とひらひらと舞う小雪に、三年間通う道が知らない場所に感じた。
薄く固まった雪の上を歩き、これじゃしばらく部活は体育館か校舎になると諦めた。
諦めた俺自身になんか笑いたくなった。
いい意味で勝手に口元がニヤけてた。
見えない三年後より今じゃ。
やっぱり今はテニスが一番ぜよ。
先に職員室に寄って華麗に野暮用を済まし、俺もスクールに通うかどっかのクラブの会員になった方がいいかのう?と思いながら部室のドアを開けて目に飛び込んできた光景に背中が寒くなったナリ。
普段はたたんでる会議テーブ広げて、鉄壁の布陣。
囲まれてる方は涙目、顔面蒼白。
まぁ、気持ちは分かるがのう?
「やぁ、仁王。随分遅かったね」
…にっこにこな幸村は相当キレとる。
ここは刺激せんとおこう。
「進路について担任に呼ばれてとったんじゃ」
「へぇ、今日?」
…言うと思ったぜよ。
それにしても随分と刺のある言い方じゃな、赤也が怯えてるナリよ。
「特待枠が空いたから使うかって話じゃ、帰ったら親と相談ぜよ」
まぁ、使えるモンなら使いたいから親もOKじゃろうけど。
手続きが増えたりするから面倒なんじゃよなぁ…。
お袋も面倒くさがり屋じゃし。
「え?仁王、特待貰ってなかったのかよぃ?」
同じクラスのぶーちゃんがすんごい驚いているところ申し訳ありませんが、君の隣に座る七三眼鏡君と違って普段の生活態度が宜しくないと担任に写ってるらしいですよ。
「いちお、親父と姉貴が立海卒で家族割あるから、それがないぶーちゃんに先に話を持ってったって言っとったナリ」
「ぶーちゃん言うな!白髪マンモス!!」
その後、ちっちゃい声でサンキューなって言うブンちゃん…、マンモスって認めてくれてありがと三角。
「いや〜ぁん、ブンちゃん、カ・ワ・イ・イ」
「キモッ?!」
丸井はシャーペン投げ出して両手で自分の体抱き締めて、
「まじキショッ!!死ね!!皮かぶり!!」
「かぶっとらん!!」
誰が余ってるだ、焼き豚にするぞ!!
「…御本人かと思いましたよ」
「金色のイリュージョンも磨きがかかるな」
ハイ、その仮面優等生二人。
小声で「二度しないでいただきたい」とか「これで金色と取引する材料が出来た」とか、聞こえてるぜよ。
なんじゃ取引って…、俺立海の人柱候補か?
「仁王せんぱい、キモすぎっす!!」
「赤也」
「ハ、ハヒ…」
調子づいた赤也を名前呼んだだけで服従させる幸村はさすがぜよ…。
俺もすっかり忘れとったが、水曜日スペリングコンテストじゃったかぁ…。
ウチの学校、毎週何かしらテストがあるくらい教育熱心なのに、一年から三年まで同じ問題、毎年同じ問題っつーアレな?
あんまりにも英語できない赤也ちゃんの為に先輩方が一肌脱ごうってワケか?
実際部停チラつかせられるくらいのヤバさらしいしの?
「んで、おやっさんは?」
「今日は法事だってさ」
エラく静かな部室にラケットバッグをロッカーに置いたついでに聞いたら、ジャッカル即答かよっ?!
「そりゃご苦労なことって」
相変わらず中間管理職は辛いの。
「うぅっ…、仁王せんぱいぃ…」
振り返れば涙目の赤也ちん。
「なんじゃ?俺は真田の代わりになればいいんか?」
言ってやると途端におめめきらきらモードの赤也はほんに真田をおとんだと思ってるじゃなぁ、真田気の毒。
「甘やかすんじゃないよ、白石か手塚でいいよ」
赤ペン投げ出す幸村が頭を抱えてる、英語のテキストの下に数学、か。
入院した分の穴埋めまだ終わってなかったのか…。
…なんつうか、非情だなんだと言われとっても、こいつも部長なんじゃな、テニス馬鹿でテニス馬鹿思いの。
「白石の普段の生活なんか知らんぜよ」
そして手塚はやりとうない。
だってアイツ、ヅラだヅラだとからかわれとったら、いつの間にかヅラキャラになってヅラネタやり出すんじゃもん…、アレで生徒会長やってるとか跡部とは大違いすぎて…。
「正解したら『絶頂ーッ!』て誉めればいいじゃね?」
教えてる風でさり気に自分の課題をやってる丸井にすかさず赤也が叫ぶ。
「そんな誉められ方ヤだっす!!」
「そう言う事は正解してから言うんだな」
短く息を吐いた柳も図書館のラベルが貼った本を取り出した。
猛獣使いの達人様も匙を投げた瞬間を見てしまったぜよ…。
比呂士ちゃんに至っては最初っから塾らしきテキスト開いてるしのう…。
ジャッカルもなんとか覚えさせようとしてるけど、生まれながらに日本語・ポルトガル語・英語を自在に操るせいか教え方に苦労してる。
ちなみにまーくんは単語だけならいくらでも覚えられる方なんで暗記系は楽勝。
ついでに副武将は気合い、と言う名の反復練習派。
ポケモンや遊戯王は余裕なクセに勉強は全く覚えられん赤也にどうやって仕込むか…、誰も効率の良い勉強法が思い付かん。つーかコイツ進級自体大丈夫なんか?
項垂れた幸村が数学の教科書に手を伸ばした時、
「幸村部長ー!やっと100点取れたでヤンス↑」
開け放たれた部室のドアが天国の扉に見えた。
浦山率いる数人の一年が満点のテスト用紙を持って入ってきた。
冗談じゃなく天使が舞い降りた。
思わずほっとした顔の柳は背もたれに体を預けたし、幸村も立ち上がって浦山に近付いた。
ジャッカルは涙ぐみ、柳生も自信を取り戻したみたいに眼鏡を押し上げとる。
不貞腐れる赤也に丸井がガムやっとる、明日も雪降らす気か?
「しい汰は上達が早いね。俺達も教え甲斐があるよ」
にっこりと極上の笑みを浮かべる幸村に嫌な予感がしてきたナリ…。
「一年が満点取ろうとこうやって努力しているんだ。三年は全員が満点取るだろう?」
一気に固まる三年。
ヤバイ予感的中。
合格点と満点は違う…。
「満点取れなかったから、そうだなぁ?バレンタインまで考えておくよ」
なんて言うから、俺達にとって三日後の方が人生の岐路だったりするぜよ…。
(20140119)
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