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大空少年史2

眼鏡とは、人の視力を補うものである。眼鏡をかけることで視界は変わっても世界は変わりません。どんなに違って見えても同じ世界を見てることには変わりはないからです。しかし、本当に眼鏡は肉眼で見える世界しか映し出さないのか。
否、時に眼鏡は肉眼では見えぬものを見せます。だからといって、それが見たいものとは限りません。
僕の夢、「服を透かせちゃうメガネ」でバンさんを見る、という夢は音もなく、ただ静かに崩れ落ちるのでした。

「おじさんではない。タイニーオービット社前社長、宇崎悠介だ。」

―推定20代後半から30代前半。身長おおよそ170cm。きっちりとスーツを着こなし、髪型はドレッドを一つに縛って、目には四角いフレームの眼鏡がきらりと光る―彼は宇崎悠介と名乗りました。

「タイニーオービット社前社長!?宇崎悠介!?」

―年齢13歳。将来の身長180cm。バンさんの未来の旦那さんであり、整った顔立ちとシャープな体型、そしてチャームポイントの青いアンテナにはバンさんもめろめろ、バンさんと2人並ぶだけで絵になってしまうような僕―大空ヒロは驚いて宇崎悠介氏の言葉を反復しました。なぜなら…
…これは説明に値する事柄だろうか。…いや、値しないだろう。きっと皆さんはご存知のはずです。寧ろニュース等には全く興味がなかった僕なんかより、皆さんのほうがずっと詳しいに決まっている。そう、皆さんの御察しの通りでございます。

「正しくは前前社長、になるのかな。」

微笑んだ宇崎悠介氏の顔は明らかに苦味を噛みしめています。

「弟は…、拓也は、ついに職を失ったのかな。」

愚弟め、と呟いた彼はまさしく拓也さんの亡くなったお兄様でございました。


「それで、肝心の問題についてだが、…あれ」

宇崎悠介氏が話を切り出すより早く、僕は逃げ出していました。決して追われたわけではありません。しかし逃げ出さぬわけにいくものか。なぜならここに「死人」がいて良いものか!「死人」にあんなに怒鳴りつけて良いものか!僕は不思議で仕方ありません!何故今の今まで「うらめしや〜」と言われ呪い殺されなかったのか!!

「ぎゃああああああああ!!出たあああああああ!!」

一生使うことはないだろうと思っていた決まり文句は、時がくれば自然と口から出るものでございます。
僕はここがダックシャトル内だということを忘れ全力疾走しました。
歯はガチガチと鳴り、心臓はバンさんに初めて会った時の鼓動にも劣らないくらいバクバクしています。誰が見ても僕が恐怖を感じているように見えるかもしれません。しかし、僕は決して怖いわけではありません!怖いんじゃない!あのおじさんを危険だと判断しただけでございます!
食堂に面した廊下をはしって行きます。僕はとにかく生きた人を探していました。しかし、おかしなことに、走れば走るほど生気から遠ざかって行くような気がしてくるのです。もしかして、僕は既に黄泉の国へ迷いこんでしまったのではないだろうか。ぶわっと溢れ出した涙が視界を遮ってきます。泣いているわけではありません。ゴミが!目に!入っただけ!
僕が眼鏡を外し涙を拭ったとき、ふと視界の端に見覚えのある影が浮かびました。
…ジンさんです!

―年齢14歳。推定身長160cm未満。容姿、身体、精神、頭脳、才能、学歴、家柄…ほとんど全ての事柄において優れているため、敢えて短所を挙げるとすれば、魂だけは僕のように清くないであろう―海道ジンさんは、僕から見て左手の壁に背をもたれて長い足をもてあましながら佇んでいました。

「ジンさん!!」

彼を見つけた瞬間、黄泉の国へ続いているかと思われた廊下は、蓮の花が美しく咲き誇る極楽への道へと変わりました。いつもは大魔王の如くつり上がったジンさんの目は、今日は仏様のような半眼で微笑んでいるように見えるのです。
ああ!ジンさん!僕は誤解していました!貴方は恐ろしく卑しい人だとばかり思っていました!僕がバンさんの隣にいれば割って入り、僕がバンさんと話していればやはり割って入り、僕がバンさんに抱きつけばやっぱり割って入る、そんな方だと思っていました!しかし、今日のジンさんは違います!ジンさんは、地獄で苦しむ僕のために極楽へ続くトリトーンの糸をそっと垂らすのです!そして彼は仏様よりも優しいから決して登ってる最中に糸を切ったりはしないでしょう!ああ、ジンさん!

心優しいジンさんはそっと僕との間合いを詰めたかと思うと、ぐっと握った拳を僕目掛けて突きだしました。ジンさんからの慈愛を余すことなく受け止めようと思っていた僕はそれを鳩尾に深く食らい「げぅ!」と悲鳴をあげて崩れるようにに倒れました。
…ジンさん…貴方はやはり暗黒の大魔王様だ…。
その時のジンさんの拳の衝撃を、僕は一生忘れることはないでしょう。忘れたくとも忘れられるもんか。
大魔王様は自分を仏と偽り、トリトーンの糸にまんまと引っ掛かった僕を、蝶のように舞い蜂のように刺したのでした。

「ヒロ、起きたまえ。」
右の頬をぺちぺちと叩かれ目が覚めました。言っておきますが僕は気絶していません。真っ白になっていただけでございます。
腹の辺りが苦しいのをこらえ、僕はまるで何事も無かったかのように起き上がってみせました。
「おお、ヒロ。いくら君が貧弱とはいえどさすがに今の拳くらいには動じないな。感心だ。」
大魔王様はそう言うと、僕が立ち上がるのに手を貸してくれました。
「だがしかし、廊下を走っていたことには感心できない。これに懲りたら次回からは気をつけたまえ。」
「次回から言葉で言ってください。言葉で。」
ジンさんが不意にポケットからハンカチを取り出すと、しゃがみこんで床に転がっていた僕の戦友を拾い上げ、ほら、と言って御丁寧にハンカチに包まれた戦友を差し出しました。その無駄にキザな行動が僕は妙に頭にきて、差し出された戦友を乱暴に受け取りました。すまない戦友、君に非はない。けれども、このやり場のない怒りを僕はどうすればよいのだろう。
今まで、バンさんの美しさについては度々語ってきましたが、僕とバンさんの関係については少しも触れてなかったので、もしかしたら皆さんの中には僕とバンさんが清く正しく時々不健全な行為を交えながらも真剣なお付き合いをしている、と思った方もいらっしゃるでしょう。どうせならそれが現実になれば良い。しかし現実はそう甘くはありません。当に今、僕の目の前にいるこの男、大魔王様ことジンさんはバンさんにめろめろであり、更には天使ことバンさんはジンさんにめろめろなのでございます。皆さんは信じられるか。このうわべだけであろう男にバンさんはめろめろなのです。僕は信じない。信じたくない。今すぐにでも「バンさん!目を覚ましてください!あなたは騙されている!」と叫びたい気分で一杯でございます。そんなことをしたあかつきにはもれなく大魔王様によってNシティの海に沈められ、翌日には浮いていることでしょう。

「しかし、君は眼鏡をかけるのか?」

ジンさんが投げかけた素朴な質問によって、僕は当初の目的を思いだしました。

僕がジンさんに眼鏡についてと自分が走っていた経緯を話すも、皆さんも予想していたとは思いますが、彼はこの類いの話を全く信じない人間なのでした。それに、元より信用のない僕の話などはなっから信じないという態度で軽く受け流すと、幽霊を科学的に解説し出すのです。全く埒があかない。

大魔王様の話を聞き流すうちに僕ももとの冷静をとりもどし、宇崎悠介氏の言葉を思い出していました。一つ、どうしても気になったのは、彼がバンさんについて、なにかを僕に伝えようとしていたことです。バンさんに関わる問題…、それはもう既にバンさんに起こっていることなのだろうか…。

「あの、ジンさん。ここ最近、バンさんに変わったことはありましたか?」

ジンさんは話をそらされたにも関わらず、「なに、バン君がなんだって?」と目を輝かせます。しかし、この質問は自分でも幾分おかしいとおもいました。だってそうでしょう。僕は毎日飽かずにバンさんを見詰めています。この僕がバンさんの異変に気づかないことは、まずあり得ません。
「あ、いえ、バンさんについて最近変わったことは無かったかなぁって。いやぁ、何もないですよね、すみません。」
僕が言い終わらないうちにジンさんは目をきりりとつりあげ、突き飛ばすような勢いで叫びました。

「君は!バン君の異変に気付かなかったのか!?」


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