小説 | ナノ

1

大空ヒロは激怒した。
必ずやあの邪知暴虐の皇帝を除かなければならぬと決意した。
ヒロには恋愛がわからぬ。ヒロはグレートヒルズの高級マンションに住むゲームオタクである。トキオシアでアーケードゲームをしながら育った。しかし、邪悪に対しては人一倍敏感であった。
ヒロの母は科学者で普段家にいない。恋人もいなければ女性とお付き合いした経験もない。あるのは心の支えとしてきたセンシマンフィギュアとバンへの片想い中の心境だけだ。このバンという男はヒロの激しいアタックにも心を揺らすことはなく、ジンという男に夢中になっている。ジンもまたバンを愛し、二人はただならぬ関係である。ヒロは不満だった。それゆえ、バンへの気持ちを諦め切れずにいるのである。
ヒロは今、シーカーの一員としてダックシャトルに乗っている。ディテクターなる世界を脅かす敵と戦うため日本を飛び立った。
ヒロには勝手に仲間と認識した人物があった。風摩キリトである。彼はバンのストーカーをしており、どうやらヒロと同じく叶わぬ恋にヤキモキしているようであった。ヒロは彼とバンについて語り合いたいと思っていたので、次に会えるのが楽しみである。

その日の夜、入浴を終えたヒロが寝室に向かうと廊下の隅に一組の男女が毛布にくるまって座っていた。よく見ると、それは灰原ユウヤと花咲ランであった。不思議に思ったヒロは、何かあったのか、寒いなら部屋に入ればいいではないか、と質問した。ランは少し困った顔をして答えなかった。今度はもっと、語勢を強くして質問した。ユウヤは答えなかった。ヒロは両手でユウヤの体を揺すぶって質問を重ねた。ユウヤは、辺りをはばかる低声で、わずか答えた。
「ジン君が中に入れてくれないんだ。」
「なぜ入れてくれないのです。」
「わからないかなぁ。バン君とお楽しみ中なんだよ。今、部屋の中は二人の世界さ。」
「驚いた。まさかそんな理由で。」
「ユウヤが一人で可哀想だから、私も付き添ってあげてるの。ユウヤを女子部屋に連れていくわけにはいかないから。」
聞いて、ヒロは激怒した。「呆れた皇帝様だ。放っておけません。」

ヒロは単純な男であった。土足でのそのそと二人の愛の巣に上がりこみ、たちまち彼はジンに拘束された。ヒロは、上半身裸のジンと、素肌にジンのシャツを羽織っただけのバンの前に引き出された。
「僕らの神聖なる行為を堂々と覗き、どうするつもりだったんだ。言え!」
暗黒皇帝ジンは静かに、けれども威厳をもって問い詰めた。バンの頬が紅潮していて、明らかに行為中だったことが窺える。
「この部屋を、そしてバンさんを、暗黒皇帝の手から解放するのです。」
とヒロは悪びれずに答えた。
「君が?」
皇帝は、憫笑した。
「しかたのないやつだ。君に僕とバン君の愛はわからない。僕のこの溢れんばかりの愛を、君のお子様な恋心と一緒にしないでもらいたいね。」
「そんなことは知りたくありません!」
ヒロはいきりたった。
「人の恋心を笑うのは最も恥ずべき悪徳です!」
「君の恋心を笑ったわけじゃない。ただ、君は本当に、その気持ちに嘘はないと誓えるのか?この思春期の時期には勘違いで恋が芽生えることなどいくらでもある。バン君は誰にでも優しいからその勘違いを生じさせやすい。勘違いを起こした馬鹿はすぐに欲情する。だから僕はこうして頻繁にバン君とお互いの愛を確かめなければならない。勘違いの馬鹿に思いしらせるために。」
皇帝はほっと息をついた。
「僕だって、好きでうら若き少年の恋心をへし折っているわけじゃないんだ。」
「同じ人を好きになったからと言って、わざわざ相手の恋心をへし折る必要がありましょうか!」
今度はヒロが嘲笑した。
「あなたはその人たちとの付き合い方がわからないだけだ!」
「黙れ!」
皇帝は、さっと顔を上げて報いた。
「口ではどんな清らかなことでも言える!僕は君がなんと言おうと、僕とバン君の行為を覗き、そして馬鹿にしたことを許さないぞ!人の恋路を邪魔したお前など馬に蹴られてしまえ!」
「ああ!ジンさんはりこうです!そうやって自惚れていればいい!僕は死ぬ覚悟でここにいる!」
皇帝がCCMのボタンを押すと、どこからやってきたのか、黒服の屈強な男たちがヒロの周りを取り囲んだ。
「待って、止めてよ、ジン。馬に蹴られたら本当に死んでしまうかもしれないよ。」
行為の余韻でぼんやりとしていたバンが、ようやく口を開いた。
「確かに、ヒロが覗きだなんて、信じられないし、許せない。けれど、なにもそんな酷い仕打ちをするまでじゃないだろ。何か罰ゲームで許してあげようよ。」
「罰ゲームか…。」
皇帝は少し考えて、言った。
「では、こうしよう。明日の夕方、君はアロハロア島平和公園で、大統領の平和演説で使われたあのステージに立ち、ブリーフ一丁で『美しく青きドナウ』を踊る。しかもそのブリーフは破廉恥極まる桃色だ!」
「ああ!踊ってやる!ブリーフでも全裸でも踊ってみせるとも!ただ、─。」
と言いかけて、ヒロは足もとに視線を落とし瞬時ためらい、
「ただ、僕に情をかけたいつもりなら、明日の夕方まで猶予をくださいませんか。実は明日、新作ゲームの発売日で、これからお店に並ばないと手に入らないかもしれないのです。明日の日暮れまでには必ずアロハロア島に行きます。」
「馬鹿野郎。」
皇帝はせせら笑った。
「誰がゲームごときのために猶予をくれるんだ?それ以前に、君はそう言って逃げるつもりなんだろう。」
「違います!」
ヒロは必死の形相で言い張った。
「僕にとってゲームは命だ!これがなければ僕は死ぬ!どうしても信じられないなら、いいでしょう、オメガダインに風摩キリトという男がいます。彼を人質に置いていきます。僕が逃げたら、彼をブリーフ一丁で踊らせればいい。」
「待て待て!話が飛躍し過ぎだ!お前とキリトに何の関係がある!そもそもキリトが君の人質を受けてくれるわけがない!」
「いいえ!彼ならきっと!ジンさん、黒服の方に頼んでください!キリトをここに連れて来いと!さあ、早く!」
それを聞いて皇帝は考えた。
ヒロはこの通りの正義漢だ。約束を破り、なんの関係もないキリトに罪を押し付けるような男じゃない。ヒロは必ず明日の夕方に帰ってくるだろう。男がブリーフ一丁で踊るのを見る趣味はないし、僕だって鬼じゃない。ヒロが約束を守るのなら、僕はヒロを許してあげよう。
「わかった。風摩キリトを連れてこい。」
皇帝は命じた。
しばらくして、風摩キリトがダックシャトルに召された。ヒロは、彼に一切の事情を語った。キリトは無言で頷き、ヒロと固い握手を交わした。友と友の間はそれで良かった。
ヒロはダックシャトルから駆け出した。初夏、満天の星である。
部屋にはジン、バン、してキリトが残された。バンが三人分のコーヒーを運んで来たので、三人はベッドの縁に腰掛けた。
皇帝はコーヒーをすすりながら、
「まあ、明日までの辛抱だ。キリト。ヒロは僕の知る限りで約束を破る男じゃない。必ずあいつはアロハロア島に向かう。そしたらお前は自由の身だ。」
と言った。
「あいつは戻らないとおもうよ。」
「そんなこというな。約束したんだ。明日発売のゲームとやらを手に入れたら必ず来る。」
「彼が欲しがってるそのゲーム、発売日は明日じゃないよ。」
キリトは傲然と言い放った。
皇帝は唖然とした。しかし、怒りに顔を歪めたのはバンだった。
「じゃあヒロは嘘をついたっていうのか?何の関係のないキリトを巻き込んで、あいつは平然と逃げたっていうのか?友情は?愛は?信頼は?」
「さあ。俺に聞いたって仕方ないだろう。」
「な、………!なんだよそれ!ふざけやがって!!」
バンは怒りに震え、コーヒーをチェストの上に置くと立ち上がった。
「信じられない!裏切りなんて、人として許せるもんか!こうなったら、なんとしてもあいつにブリーフ一丁で踊らせてやる!」
バンはベッドの上に散らかった自分の服を手繰り寄せるとCCMを取り出した。
「シーカーのメンバーに告ぐ。ヒロが裏切りをはたらいた。現在あいつは逃走中だ。皆も捜索に当たってほしい!今すぐにだ!」
一方で皇帝は放心状態であった。そんな二人をよそに、キリトは悠然とコーヒーをすすった。
「あいつが、そう簡単に約束を守ると思うなよ。」

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