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大空少年史5

いかにも、僕、大空ヒロは違いのわかる男でございます。
「違いのわかる男」とは何者でございましょうか。
僕が想像するに、そいつは甘いマスク、すらりと長い脚、キラリと光る白い歯、英国の紳士性、ぴょんと跳ねた青いアンテナを兼ね備えた、女性にモテモテの男でありましょう。
間違っても赤い目と白い前髪を持った黒い男ではありません。
「違いのわかる男」が行く場所には必ず女性達がいて、男が一言喋る度にきゃあきゃあと騒ぎたてるでしょう。しかし、男がその煩い女性達にウインクをお見舞いしてやれば、ばたりばたばたと女性達は地面に倒れ込むのです。女性達が全て倒れると周りの視界が開け、向こうに光り輝く人影が見えます。バンさんです。男がバンさんに向かって歩み寄ると、バンさんはピクリと肩を振るわせます。男はバンさんの目の前で止まり、彼の前髪を梳きます。バンさんは目を潤ませ頬を真っ赤に染め上げていますが、男の瞳から視線を離せません。そして、男は言うのです。
「雰囲気変わりましたね。前髪、切ったんですか?」
バンさんはまた肩をびくんと跳ねさせて、右手でぎゅと服の胸元のあたりを掴みます。
「わかるのか?」
男は白い歯を光らせにこりと笑いました。なんて爽やかな笑みでしょう!
「わかります。僕は毎日アナタをちゃんと見ています。」
その男につられたのか、バンさんも照れたように笑いました。
「お前は『違いのわかる男』なんだな。」

そう!そういうことでございます!僕はそういう「違いのわかる男」だと、今僕の目の前にいる華人系策士様こと灰原ユウヤさんはいいました。そういえば、僕は皆さんの細かな変化にいつも一番に気付いている!…ような気がします。つまり、僕は以前から「違いのわかる男」であったのでしょう!だから今回、バンさんの前髪の変化に気づけなかったのは偶々であり、いつもの大空ヒロであれば、それはジンさんの前髪が真っ黒になるのよりも簡単に気づくことが出来たのです!
「はい!僕はバンさんの前髪の変化に気づいていました!バンさんのハニーブラウンの前髪があまりにも美しく揃えられているものですから、一体どこの5つ星散髪職人の仕業だろうと、僕はずっと考えていましたよ!」
僕がそう嘯くと、ユウヤさんの瞳がシャンパオの夜景のごとく煌めきました。
「あのね!バン君のあの前髪、僕が切ってあげたんだ!すっごく似合ってるだろ!?僕もさ、まさかあんなに上手くいくなんて思ってなくて!」
ユウヤさんがあまりに喜ぶので僕の胸はちくりと痛みましたが、たかが前髪。僕はそれを見逃すことにしました。されど前髪とは誰にも言わせません。
「そうだ、ヒロ君の髪も切ってあげよう!もとからバサバサしているけど、前に比べたらやっぱり伸びているよ!それに、邪魔だろう?その青いぴょんとしてるのとか…。」
「な、何を仰います!このアンテナにはこだわりがあるんです!このアンテナを切るおつもりなら僕は断固お断りですよ!!」
「そうなの?でも邪魔だよ、それ。前とか通られると、ちょっと鬱陶しいし…。」
「酷い!!」
どうやらユウヤさんにはこのこだわりを理解していただけないようです。全く酷い!
ユウヤさんは席について少し落ち着くと、また僕をじっと見つめてきます。
「…そうかぁ。でもなぁ…、それ、本当に良くないんだよなぁ…。」
「ユウヤさんは本当に酷いことを仰る!このアンテナの何が気にくわないのですか!?」
「気にくわないんじゃないよ?鬱陶しいけど…。」
「酷い酷い!酷すぎる!僕はもう泣きます!」
「…違うんだよ。そういうのが『良くない』んじゃないんだ。僕が言うのはね…、そうだな─

──スピリチュアルな。」

ユウヤさんの声はいつもより一段と低く、なごやかだった部屋の雰囲気を凍り付かせます。僕は背中を冷たい汗が一筋つうとつたうのを感じました。

「それがバン君の襟首から乳首が覗くのとは訳が違うのは、わかるよね、ヒロ君。」

おかしい。
ユウヤさんはおかしい。
この人は何を知っているんだろう。
ユウヤさんがあまりにもじっと見詰めてくるため僕は瞬間接着剤を飲まされたように動けなくなってしまいました。
「君のその『アンテナ』は良からぬものを引き寄せてしまうと思うよ。現にほら─」
ユウヤさんの目が鈍く光ります。

「──君の後ろに」

ぞくりと背中が跳ね、首筋にむず痒い感覚。
僕は恐る恐る振り向きます。
すると、そこには───


「なぁんちゃってね!冗談だよ!」

─そこには何もありませんでした。
「あはは!ヒロ君は面白いなぁ!ジン君じゃこうはいかないから!」
「なっ!騙したんですか!酷い!詐欺だ!誰か警察を呼んでください!もうっ!」
ユウヤさんは腹を抱えて笑ってい出しました。
全く!ユウヤさんは本当に酷い方だ!一瞬、このアンテナは良からぬ霊をわんさか喚んでまう恐怖のアンテナなんじゃないか、と僕は恐ろしい想像をしてしまったではありませんか!
しかし冗談であったと分かると、僕は大変安心しました。
が、何故でしょう。ユウヤさんの笑みはやはりどこか不自然なのです。
…もしかしてもしかすると、ユウヤさんは…。

「ユウヤさんは、本当に見える方なんですか?」

ユウヤさんはぴくりと笑みをひきつらせました。
これはもしや…。
しかし彼はまたにこにこと笑いました。
「…ああ!わんさか見えるよ!そりゃもう、生きてる人との見分けがつかないくらいくっきり見える!」

彼は冗談っぽく言いましたが、やはりそれは明らかに不自然なのです。
そのとき、僕は「いいこと」を思いつきました。ここは一つ賭けにでる、それもなかなか男らしいと考えたのです。それを実行すべく、僕はメガネ、戦友を掛けました。
一瞬ユウヤさんは驚いたようでしたが、へぇヒロ君って眼鏡なんだぁ、と微笑みます。
僕は振り返らずに自分の背後を指差しました。

「僕の後ろにドレッドヘアの男性が見えますか?」

ユウヤさんの目は大きく開かれるのを見て僕は確信しました。

どうやら正解のようでございます!

普通では信じられないことですが、ユウヤさんには幽霊が見えている!それなら少し不審に感じたユウヤさんの態度は全てつじつまが合うわけです!
僕が宇崎悠介氏にアイコンタクトで星を送れば、彼も相当嬉しかったようでにかりと笑ってみせました。
ユウヤさんは大変仲間思いの優しい方で、いつだって僕らの心配をしてくれます。ジンさんとバンさんのピンチであると知れば、何かしらの協力を得られるに違いありません。それに以前から霊が見える能力を持っていたのなら、既に何か知っているかもしれない。ゲームでいうなら、共に戦う強力な仲間が増えたという燃える展開なのです!

「…やっぱり、ヒロ君にも見えていたんだね。」

ユウヤさんはゆっくりと立ち上がりました。

「君が廊下で霊と話していたときから、僕もずっと疑ってたんだ。」

そして、コツコツと音を立てながら、彼は僕らの前まで歩み寄りました。
ユウヤさんの目は据わっていて、とても怖いようにも感じます。しかし、まるで「僕も君と同じ能力(と書いてチカラと読んでください)を持つ、星の戦士なんだ!」と言い出しそうな超展開に、僕はもうすっかり興奮していました。その冷めた瞳のユウヤさんが銀河最強の戦士のように大変かっこよく見えるのです!

「けれどね、ヒロ君。」

「うわっ!」

僕はユウヤさんに右腕を強く引かれバランスを失いました。そのまま僕がふらふらとよろめいいているうちに、ユウヤさんは僕の前に立ち、宇崎悠介氏に向かって右手をつきだしました。その右手には何か握られていましたが僕の角度からはわかりません。
「な、なにを!?」
僕は訳がわからずにユウヤさんに掴まれたままの右腕を振りほどこうとします。しかし僕が腕を揺すると、ユウヤさんはより掴んだ手に力を込めます。元より身体を鍛える努力を怠ってきた僕の腕は、めりめりと骨が軋み激痛が走りました。
「痛い痛い!離してください!」
ぼくは助けを求めようと宇崎悠介氏を見ます。しかし彼はユウヤさんのつきだした右手を見詰めて動けなくなっています。まさかユウヤさんは人の時間まで操ることが可能なのではないだろうか。まさか。

「簡単に霊の言葉に耳を傾けてはいけないよ。勿論、霊にも良いやつと悪いやつがいるんだけど、君はそれをどうやって見分けるつもり?」

ユウヤさんの言葉の意図がわからず、何か反論をしたかったのですが、未だぎしぎしと音をたてる腕の骨が心配で何も言うことが出来ません。

「霊に出会ったらまず無視すること。付きまとってくるようなら強制成仏だ。霊と猥談なんてもってのほかだからね。次回からは、猥談なら僕も少しは付き合ってあげるから霊が見えても口をきいては駄目だよ。絶対に。」

ユウヤさんは宇崎悠介氏に向かって右手に握られた──「salt」と書かれた小瓶を振りかざしました。

「悪霊退散!!!」

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