小説 | ナノ

大空少年史4

「世の中には二種類の眼鏡がある。視力を補う眼鏡と何か特殊なものを見るための眼鏡だ。」
宇崎悠介氏はそう断言しました。
「しかし!残念ながらヒロ君!君が今かけている眼鏡は伊達眼鏡といってそのどちらにも分類されない。それは眼鏡にとってどんなことか!眼鏡として生まれたのに眼鏡としての機能をもたず、伊達野郎共のお洒落として使われる…。伊達眼鏡達は悲しいのだ!一番のコンプレックスなのだ!」
「そんな…!僕の戦友が僕と共に戦うことが嫌だったと言いたいのですか!?」
宇崎悠介氏は優しく首を振りました。
「いいや。君の戦友君は君のことが好きだったのだよ。君と共に戦うことに大変誇りを持っていた。…それなのに…。」
僕ははっとして息をのみました。宇崎悠介氏が顔を少しふせて口を開きました。
「君は戦友君を裏切った…。戦友君は大変悲しんだよ。」
宇崎悠介氏の言葉が胸の深くに突き刺さり背中まで貫通しました。とたん、僕の頭の中に走馬灯のごとく戦友と過ごした日々の、共に戦う楽しみ、敗北のときの涙を飲む悔しさ、数々の栄光を手にしたときの喜び、そしてバンさんと出会い、戦友を置き去りにしたあのときの記憶までもが鮮明に甦ります。僕はへたり、としゃがみこみ、床に手をつきました。
「…僕は…、僕はなんてことを…!」
過去の過ちはもうどうすることもできないことを悔い、僕は目から星を乗せた涙を流しました。僕は裏切り者であった、それだけでも耐え難い事実だというのに、裏切られた戦友は僕のことを心から信じていただなんて!
宇崎悠介氏もしゃがみこむと、俯いた僕の顔を覗きこんで、安心したまえ、と言いました。
「だから私は憐れな戦友君に眼鏡としての能力を与えたのだ。それが今君が目にしている現実、『見えちゃいけないようなものが見えちゃう能力』だ!」
「…なんて…余計なことを…!」
要するに、僕には今見えちゃいけない余計なものが見えているということになります。僕が確認するために戦友を目の下のほうにずらすと、それは一目瞭然でした。裸眼の視界と眼鏡の視界を境に、不自然に宇崎悠介氏の顔が見切れています。その様子がなんだかとても恐ろしかったので僕は急いで戦友をかけ直しました。
「つまり、今僕が見ている貴方の姿は『見えちゃいけないもの』なのですね。」
宇崎悠介氏は静かに目を閉じました。
「そのとおりだ。私は一年前に命を落としている。だから君の力を借りたい。私はもう何もすることが出来ないのだ。」
宇崎悠介氏の開かれた目が真っ直ぐ僕を見詰めます。
「…本当に余計なことをしてくださいました。」
不本意ではあります。僕の思い描くヒーローのストーリーとは多少差異がある。しかし、僕は宇崎悠介氏のことをもう恐れません。寧ろ彼が持つ正義の心に好意を抱いたくらいでございます。僕の視界を覆う戦友は罪深き僕に、もう一度共に戦いたいと請うた気がします。誰かの正義の為にこの力を使えるのなら本望です。
僕はにっと笑って星を散らして見せました。
「余計なことではありますが、お陰でジンさんが暗黒皇帝であることに気付けたことには感謝します。さぁ、我々でジンさんを成敗したしましょう!!」
僕は彼に手を差し伸べました。
「だからジン君は暗黒皇帝ではない!君は物わかりの悪い男だなぁ!」
彼は声を荒げましたがその表情は嬉しそうでございました。僕らは固い握手を交わすと、心なしか戦友までもが微笑んだような気がしました。

このときの僕は、
──僕は一体何故気付けなかったのか未だに信じられないのですが、僕の手にあたかも生身の人間と同じように宇崎悠介氏の手が触れたことを気にも留めないのでございました。

「本題に移ろう。ジン君にかかっていたあの靄はその眼鏡を通さなければ見えなかったろう。つまりあれは『見えちゃいけないもの』だったのだよ。」
「『見えちゃいけないもの』ですか。正直、まだよくわかりません。あれは、あのように体に纏っていてはいけないものなのですか?なんだか、魔王のようなジンさんにはよく似合っていたような気がするのですが。」
「まぁ、『見えちゃいけない』ように、見え『て』ちゃいけないものなのだ。あいつは『見えちゃいけないもの』が作用することによってその『見えちゃいけないもの』が纏う見えてちゃいけないものがあのように見えちゃうもんなのだ。見えてちゃいけないものが見えるというのはつまり『見えちゃいけないもの』が…」
「ストップ、ストップ!そんなに何度も『見えちゃいけないもの』と言われましても、なんだかいかがわしいもののようにしか思えません!!」
「君は物わかりが悪い上に助平だなぁ!私はそんなエロチックなもののことを言っているわけではないよ。言うなれば、そう、スピリチュアルなものだよ、解るかね、君。」
──スピリチュアル。
それは確かに時々バンさんの襟首からピンク色の乳首がちらと覗くのとは訳が違うようです。
「要するにジンさんの身になにが起こっているのですか?」
宇崎悠介氏はため息を一つつきました。
「要するに…」「わっ!?ヒロ君何をしてるの!?」
突然背後から声が聞こえました。振り向くとユウヤさんが驚いた顔をして此方向かって来ます。あっと思って宇崎悠介氏を見ると、彼はとりあえず眼鏡を外せと促しました。眼鏡を外してすぐにユウヤさんの方に向き直ると、ユウヤさんはもう僕の真後ろまで来ていて僕を訝しげな目でまじまじと僕を見つめていました。
「…一人で話していたの…?」
ユウヤさんの質問に僕は身じろぎました。
「あ、あは!そうです!独り言ですよ!」
「誰かと話しているようにしか聞こえなかったんだけどな…。」
「や、ヤだなァ…、ユウヤさん、僕以外誰もいなかったでしょう…?」
僕は辺りを見回すフリをしました。大丈夫、今の僕は眼鏡を外したため宇崎悠介氏の姿は見えていません。だからきっとユウヤさんには自然な動きに見えるはず。
そう自分に言い聞かせるとユウヤさんはますます訝しげな目で僕を見ます。
「だって、一人で何を話していたの?」
「せ、センシマンの技を、叫んでいたんです…!」
「嘘。バン君の乳首が…とか言ってたでしょ。」
「言ってません!言ってません!それは口に出さなかったはずだ!!」
全くユウヤさんは何を聞いたのでしょう!─年齢14歳、身長未詳(ジンさんと同じくらい?)、長髪を一つに結ったその外見は大変中性的で普段は穏やかだが怒ると恐い─灰原ユウヤさんはやはり僕を訝しげな目で見ていました。…僕を、見ているはずなのですが、何かがおかしい。彼の瞳は僕を捕らえていましたが、焦点が合っていないわけでも、遠くを見ているわけでもないのに、何故か僕を見ていない気がするのです。
「…本当に、本当に大丈夫かい?」
ユウヤさんがおかしなことを尋ねます。
「なにか不調なことはないかい?寒気がするとか、目眩がするとか…」
「ぼ、僕、そんなに体調悪そうにみえますか?」
ユウヤさんは少し考えこんで、平気ならいいんだけど、と言いました。
「そうだ、ヒロ君。君、朝食をまだとってないだろ?丁度おにぎりを作ったんだ。良かったら食べないかい?」
ぱっとはにかんだユウヤさんの視線が、ようやく僕を捕えた気がします。そういえば朝起きてから何も食べていません。どたばたしていて気付かなかったけど、僕の腹の虫が鳴くのを諦め腹痛を訴えるほど僕はお腹が減っているようです。思わず僕も宇崎悠介氏のことを忘れ「是非いただきます!」と言いました。

食堂のテーブルの上、積まれたおにぎりが山と化して僕を見下ろしてるのを見て僕は戦慄しました。
「う、うわぁ…。」
「ラン君の間食用に作ったんだけどね、流石に作り過ぎちゃって。」
僕ならこのくらいなんてことないんだけど、と付け加えたユウヤさんは僕のえっと驚く声を聞かずに簡単に取り皿と飲み物を僕の前に用意してくださいました。
「さあさ、好きなだけお食べよ。全部食べてしまっても構わないよ。まだまだ作れるから。」
こんなにたくさん食べれません!と言うとユウヤさんは、今時の子は食が細いなぁ、と老けたようなことをいいます。とりあえず僕は山が崩れないようにおにぎりを一つ取りました。いただきます、と呟いておにぎりを一口かじると、懐かしい海苔の風味が口の中に広がります。
「美味しい!ユウヤさん、とても美味しいです!」
「そう、良かった。実はラン君が味に飽きないように具を9種類くらい用意したんだよ。」
それは楽しみですね、と思ったものの、僕のお腹は9個もおにぎりを受け入れてはくれないので、全ての味を楽しむことは出来ません。大変残念なことでございます。
「でもなぁ。」
唐突にユウヤさんが切り出しました。「バン君の作ったおにぎりには敵わないんだよなぁ。」
「!バンさんもおにぎりを握るんですか!」
「うん。普段はジン君にしか振る舞わないんだけど、一回だけ僕も頂いたことがある。」
ユウヤさんは僕の向かいの席に座って、溜め息をつきました。そして何か遠い日の思い出を懐かしむような表情で遠くを見詰めています。
「あれはどうしてあんなに美味しいのかなぁ…。米の立ち方とか、塩加減とか、絶妙過ぎて真似出来ないんだ。ふんわり握られてるのに全然型崩れしないし。ふわふわしてほっこりして、きゅんってするんだ。」
「それは是非一度いただいてみたいですね。」
どうかな、ジン君が怒るんじゃないかな、とユウヤさんは笑って、また唐突に話を切り出しました。
「そういえばさ、ヒロ君、バン君を見た?」
ユウヤさんはまた変なことを言い出します。
「?そういえば、今日はまだ見てない…」
「いやそういうことじゃなくて。昨日でもいいよ。バン君に何か変わったことはなかった?」
ユウヤさんは妙ににこにこしています。僕は彼の言葉に思い当たる節がありました。それはデジャヴのように、前に話していたような気がしたのです。
そうだ、さっきジンさんに、僕は。
考えるより早く口が動きました。
「バンさんは前髪を切ったって…」
がたーんっと勢いの良い音をたててユウヤさんが立ち上がり、その両手で僕の肩を掴みました。本当ですか、と続けようとした言葉はユウヤさんの物凄い剣幕によって口内に残っていた少しのご飯粒と共に生唾ごっくんされました。僕が彼に一体何をしたというのでしょう!
「ヒロ君、わかったのかい?バン君の前髪、わかったのかい?」
ユウヤさんが静かに問います。しかし僕はすっかり畏縮してこくこくと頷くことしか出来ません。
「…ヒロ君、君は…」
ユウヤさんがぱぁぁぁっと微笑みました。
「違いのわかる男なんだね!!」

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