小説 | ナノ

大空少年史3

「君はバン君の異変に気付かなかったのか!!」

突き飛ばすように叫んだ大魔王様こと、海道ジンさんのわなわなとした震えが空気を振動し、僕にまで伝わるようでございます。

「………え…!?」

青い超新星こと、僕、大空ヒロは雷に打たれたように固まってしまいました。どうも頭の上で雄々しく立つアンテナが災いし、避雷針となってしまったようでございます。あれ、避雷針は雷に当たらないんでしたっけ。しかし問題はそこではありません。毎日飽かずバンさんを見つめている僕はバンさんの異変に絶対に気づく「絶対の自信」を持っています。この僕がバンさんの異変に気づかないこと、それはまずあり得ません。
しかし、この場合はどうでしょう。相手は大魔王ジンさんです。彼はこの僕も畏れをなすほどの男です。彼のバンさんに対する観察力は最早人間の為せる領域を堂々と通り越し、その情報は本人よりも正確と言われています。

「本当に…気付かなかったのか…?」
ジンさんは泣きそうな声で言いました。

「前髪を切っただろう!昨日!」



「な、に、を、仰るんですかぁぁぁぁぁぁ!!」

僕は激しく怒りました。
「本当にバンさんが前髪を切っていたのなら、この僕がっ、バンさんの髪型が変わったことに気づかないワケがありますか!!なんと面白くない冗談!!なんとタチが悪い!!さあ、自分の罪を認め僕に謝りなさい!迅速に!!」

「たわけがぁぁっ!!」

ジンさんも大声を上げました。

「何故僕が君に面白くなくタチの悪い冗談など言わねばならぬのだ!そして何故気づかない!?昨日も君はにやにやとバン君見ていたではないか!!君の目は節穴か!!」
「にやにやなんかしていない!」
「していた!そして君の視線はべっとりとバン君を舐めるようだった!あれは強姦に値する!誰か警察を呼べ!!ここに変質者がいる!!」
「僕の視線はレモンを絞ったように爽やかですっ!!」
「嘘をつけ!大体、そんなだから君は寝ぼけて見たものを幽霊などと間違うのだ!」
「そんなに言うならジンさんもこの眼鏡をかけてみたらどうです!人に物事を言うときは確かめてからいうものですよ!」

大魔王様はふんっと鼻をならしました。すると彼は無言で僕から戦友を取り上げ、暫く戦友を回して観察したり指でつついたりしてから耳に引っ掛けました。

「…フレームからレンズまでプラスチック製。まるで安く売るためだけを目的として作られたような伊達眼鏡だな。」
「どうです?なにか見えますか?」
「特に変わったものは何も見えないぞ。わかったことはこの眼鏡には随分傷がついていることだけだ。」
「どうかな。ジンさんは魂が穢れているから。綺麗な心を持っている人にしか見えないのかもしれません。」
「なんだと!僕よりも君の魂の方が清らかだといいたいのか!」
「まぁそうでしょうね!誰が見たって明らかでしょうよ!きっとバンさんだって、僕の魂のが清らかだと言ってくださいます!!」
大魔王様はぷるぷると身を振るわせて怒りをあらわにしています。

「…わかった。ならばバン君に聞いてみようではないか。どちらの魂が清らかか。どちらがバン君に相応しい男か。」
「…決着をつけるとき、ですね。」
ジンさんの目がめらめらと燃えて瞬く度にばちばちと火花を散らします。僕もそれに対抗して目から星を出して見せました。
「あ、でも一ついいですか。」
「なんだ。」
「僕、負けてもバンさんのこと、諦めませんよ。」
「そこは潔く身を引きたまえ。君も、腐っても男だろう。」
「ジンさんは負けたら諦めるんですか?」
「僕は負けない。それに、君に魂の清らかさが劣ったとしてもバン君が僕を捨てないだろう。」
「畜生!爆発しろっ!」

大魔王様は僕に戦友を返すと嘲笑を浮かべ、くるりと背を向け去って行きました。

「あれが幻のリア充、都市伝説じゃなかったのか。畜生!絶滅しやがれ!」
身体は子供でも頭脳はオトナな僕は、ジンさんの僕に対する冒涜を許してあげることにしました。僕はとっても紳士的だからです。

戦友は僕の手に握られていました。後で考えると、このとき僕は何も考えていなかったような気がします。気がつけば、僕はこの手が為すままに戦友で視界を覆っていました。


「!…ジンさん…!?」

僕は驚きを隠せずに声をあげました。
その僕の声色に違和感を感じたジンさんが怪訝そうな顔をして此方を振り返りました。
僕が何も言わず首を横に降るとジンさんは再び前を向いて歩き出しました。
僕の隣にはいつの間にやらいつか見た男性、宇崎悠介氏が立っていて、真っ直ぐジンさんの背中を見詰めていました。

「予定外だが想定内だ。」

彼がそう呟くと、此方に振り返りました。
「ヒロ君、理解出来ているかな?」

「…理解なんか、出来ません。しかし、しかしですね、しかし…」
僕はありったけの星を瞳から散らして言った。
「ジンさんはやはり大魔王様だったのですね!!」


現状が理解できていないであろう皆様に僕から説明させていただきましょう。
僕が眼鏡を掛けて前を見ると、そこにいたジンさんがさっきまでのジンさんではなくなっていたのです。いえ、形はジンさんでありました。しかし眼鏡を通して見るジンさんは全身に禍々しい紫色の靄のような、焔のようなものを纏っていました。イメージするならば、ヒーローアニメの悪役が発している悪のオーラです。明らかに善良な人間が纏っていて良いものではありません。元より黒い服を着ていて大魔王様のような雰囲気を持ち合わせていたジンさんは、大魔王様を通り越して「暗黒皇帝様」と化していました。きっと、今のジンさんなら眼力だけで人を殺せるのでしょう。
僕は大変驚きましたがジンさんはきっと平気なのでしょう。僕が思わず声をあげてしまったときも彼は、わけがわからない、と言いたげな表情をしていました。

ははん!と、僕は笑ってみせました。
「わかってしまいましたよ、僕!」
宇崎悠介氏もまた、わけがわからない、という顔をして此方を見ました。
「つまりジンさんは本当に大魔王様なのです!全て事柄におけるラスボスなのです!」
一瞬涼しい顔をされましたが、彼は「参考程度に聞こう」と言いました。冷たくされるのは慣れっこです。

「大魔王であるジンさんはバンさんに呪いをかけたのです。バンさんを自分にめろめろにしてしまう恐ろしい呪いです。毎夜身体を求められるバンさん。ジンさんの命令に逆らうことが出来ず、心も身体もずたぼろです。このままではバンさんの全てをジンさんに食いつくされてしまいます。今日も悲しく窓の外の満天の星空から星がひとつこぼれます。バンさんはいつものように身体を揺さぶられながらも祈るのです。『助けて…。ヒロ…。』その細い声は闇にのまれ、頬を伝う一筋の涙はベッドのシーツに吸い込まれてゆきました。その時、満天の星空のうちの一つがカッと光りました。その光は闇を暴き、部屋の四隅からバンさんの裸体までを明るく照らします。その眩しさにジンさんは顔を手で覆いました。すると1人の少年が星を振り撒きながら飛来してくるではありませんか。少年は窓辺に降り立つと身に付けていた群青のマントをバンさんに向かって放り投げました。マントはバンさんの裸体を隠すように掛かりました。なんて紳士的な少年なんでしょう!バンさんは涙を流して言います。『ああ!ヒロ!来てくれたのか!』ヒロと呼ばれた少年はバンさんを自分の背に隠すと、狼のように低い唸り声をあげているジンさんを見ていいました。『我が名は空の戦士、大空ヒロ!バンさんのピンチを聞きつけ参上だ!』ヒロは伝説の剣、ペルセウスソードを抜くと…」
「まぁまぁ、妄想もそのくらいにしないか!」

まさに今、戦士ヒロが暗黒皇帝ジンさんを切り裂こうとした瞬間、宇崎悠介氏が僕の話を遮りました。

「これからがいいところなのに!!」
「いつかゆっくり君の妄想を聞いてみたいものだよ。全く。これでは全然話が進まないではないか。えーと、我々は何の話をしていたんだったかな…。」
宇崎悠介氏は記憶のなかにどこで手放したのかわからない話の主題を探しているようですが、もう大分地層に埋まってしまったようです。僕自信も、宇崎悠介氏に関して何か忘れているような気がするのですが、今はそれどころではないのです。
この眼鏡で見えたものを信じるか否か。そんなことは問題ではありません。ジンさんが暗黒皇帝様であったならば、僕がなんとかしなければなりません。何故ならこの事実を知るのは僕と、僕の隣にいる宇崎悠介氏だけなのですから。

「…分かりました。宇崎悠介氏。あなたに力を貸しましょう。共にジンさん、暗黒皇帝を倒し、バンさんを救いましょう!」

宇崎悠介氏はにっと笑いました。

「ありがとうヒロ君。」

僕らはお互いの目を見つめました。宇崎悠介氏が瞳をきらきらと輝かせるので、僕も目からありったけの星を散らして応戦しました。

「だがしかし、ジン君は暗黒皇帝ではないからな。勝手な誤解はしないように。」


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