- ナノ -

■ ▼男のロマン

ユナは一瞬自分の目を疑った。

イルミが手に持っているものを見て、それから彼の顔を見て、もう一度その手にあるものへと視線を落とした。
それからなんで……?とほとんど呟くように疑問をこぼした。

「ミルキならまだしも、なんでイルミが?」

「知り合いから貰ってね。
キル達の訓練用にどうかと思うんだけど、その前に一度行って調べておきたいし」

ぱっと見、それは普通の家庭用ゲーム機だ。
もちろん、そんなものをイルミが持っているというだけでも似合わないのに、ソフトはなんと幻のグリードアイランドというゲーム。
念能力者専用のゲームであり、発売当初の定価は58億。
世界に100本しかないもののため、今ではそれ以上の値がつくだろう。
イルミは知り合いに、と言ったが、どうせそんな突拍子のないことをするのはヒソカくらいのものだ。

ユナはふーん、と気のない返事をすると、ややこしいことになる前にさっさと退散しようとした。

「さ、早く発してよ」

「は?」

「行かないの?」

「行かないよ!なんで私が」

「だってユナってゲーム好きなんでしょ?
ほら、たまにミルキに借りてやってるじゃない」

痛いところを突かれて、ユナはぐっ、とおし黙る。
実際、ゲーム好きというレッテルはあくまで『仕事』のカムフラージュ。
万が一パソコンを触っているところを見られても、言い訳できるようにするためだけのものだった。

「オレ一人だとすぐに攻略しちゃって全然調査にならないし、足手まといって必要じゃない?」

「……へぇ、足手まといはどっちかしらね。ゲームもしたことなさそうなお坊ちゃんが、いきなりGIだなんてハードル高いと思うけど」

「ふーん、そこまで言うなら一緒においでよ。それとも怖いの?」

「怖い?私が?」

いけない、とは思いつつも売り言葉に買い言葉で話はとんとん拍子で進んでいく。
イルミは私の目の前にジョイステを差し出した。

「じゃあ、行こうよ」


**


「イルミ……ルールわかった?」

「うん」

嘘でしょ?と言いたいのをこらえ、ユナはとりあえず「ブック」と唱えてみる。
ゲームに入ってまず、女の子に一通りの長ったらしい説明を受けたのだが、ユナは後半ほとんど聞いていなかった。
何しろややこしい。まぁどうせ後から来るイルミが聞いておいてくれるだろうなぁ、と人任せにしていた部分もある。

「わ、ホントに出たよ」

「カードによる攻撃はカードでしか防げない。
だからまずはカードを集める必要があるね」

言うなりイルミは強く地面を蹴ると、次の瞬間には近くで人間の悲鳴が上がった。
どうやら、先程からこちらの様子を伺っていたプレイヤーたちを狩ったらしい。
ユナは可哀想に、と肩をすくめた。

「殺しちゃダメだよ、ブックを出してもらわないといけないんだから」

「オレをナメてるの?そんなことくらいわかってるよ。
ほら、早く出して」

掴まれた男はひぃ、と声にならない声をあげたが、それでもかろうじてブックを出した。
完全なカツアゲだ。
イルミは男のバインダーから全てのカードを取り出すと、効果にざっと目を通す。

「ふぅん、結構面白そうなカードもあるんだね」

「このゲームってさ、特定のカード全部集めたらクリアなんでしょ?
イルミだったら、全員襲って終わりなんじゃない?」

「出現条件が難しくて、誰もまだ持ってないカードならそういうわけにもいかないだろ。
それに、オレは別にクリアしたいわけじゃないからね」

イルミは奪ったカードの中から1枚取り出すと、迷うことなく「ゲイン」と唱える。
ぽん、と音がして実体化した物はメガネで、ユナは訳もわからず黙って見守っているしかなかった。

「それ何?」

「あ、ホントだ。見える」

「見えるって何が?」

へんてこなメガネをかけたイルミはこっちを見てそんなことを言う。
背伸びをして手を伸ばして彼からメガネを奪うと、ユナは自分もかけてみることにした。

「なっ!!!なにこれ!?変態ッ!」

実際はメガネを外せばいいだけだったのだが、混乱したユナは目の前のイルミを思いきりビンタした。


**


「なにも叩くこと無いだろ」

「イルミ変態、変態るみ!」

赤くなった頬をちっとも痛くなさそうに撫でる彼は、同様に反省の色もない。
まぁ実際、彼が咄嗟に堅なんかしていたりしたら、私の手の方がぶっ壊れていたわけだからそこは感謝するのだけど、スケルトンメガネなんか使ったイルミが悪い。
絶対に悪い。

「ユナもオレの裸見たんだからおあいこだろ」

「別に見たくなかったし」

「ってゆーか、お互い何回も見たことあるんだから今更恥ずかしがる必要なんて」「うるさい!」

とりあえず、なんでもかんでもイルミに渡すのは危険ということで、攻撃や防御に役立つスペルカード以外は没収。
捕まえたプレイヤーから近くの街の場所を聞き出し、ひとまずそこへ向かうことにした。

「懸賞都市ねぇ……」

「いちいち大会とか出るの面倒だよ、襲おう」

「……このゲーム、子供の教育に良くないと思う」

「子供?ユナとうとう出来たの?」

「もうイルミは黙ってて」

とにかく、こういうRPGでは街の人から話を聞くとおのずと次の目的が見えてくる。
地図なんかもあると嬉しい。
イルミのことは放っておいて、ユナは近くにあったショップに入ってみた。

「すいません……えっと」

「いらっしゃい、ここはカードを売却したり、情報を購入したりするトレードショップだ」

「え、はぁ……そう。ありがとう。
聞きたいことがあるんだけど」

「マサドラへの行き方の情報は3000Jだぜ」

会話が噛み合っているようで、微妙に噛み合ってない。
さすがゲームだ。
もしかしたら初めに設定されているセリフしか話せないのかもしれない。
だが、とにかく次に行くべきはマサドラという場所らしかった。

「どうする?さっき奪ったカードの中に確かお金があったよね」

「買ってもいいけど、吐かせたらいいんじゃないの?」

「まぁ……でもプレイヤーならともかくも、ゲームのキャラ襲っていいのかな…
とにかくせっかく来たし、要らないカード売っておこうか」

ゲームに慣れないイルミは、街に入るととてもつまらなさそうだ。
街の人の固定された会話にはやくも苛立っている。
結局手にしたお金を使ってカードショップで地図を購入し(安い方)、マサドラへの行き方は手近なプレイヤーから聞き出すことにした。


**


「……宿屋っていうシステムないのかな」

「さぁ、あったとしてもこんなとこには無いんじゃない?
それか、さっきの山賊達の所に泊まるか」

岩石地帯までやって来たものの、怪物がイルミを恐れてやってこない。
無理に追いかけて倒してみたらカードになったけれど、特にこれと言って活用のしようもない。
別に夜通し歩きっぱなしでも疲れることはなかったのだが、単調なこの旅にユナは既に飽きてきていた。

「やだよ、あの山賊達しつこいし、何か貰えるのかなと思ったから恵んでみたのに何もないし」

「お金はいいとしても服はね…ユナを脱がせるのはオレだけで十分だよ」

「ホントにイルミ黙って、お願い」

そんな馬鹿げたやりとりをしていたら、明け方近くにようやくマサドラへと到着する。
唯一ゲーム内でスペルカードを入手できる街であるためか、こんな時間にも関わらず人で賑わっていた。

「これだけ人がいたら狩りがいがあるね」

「だんだんゲームの趣旨わかんなくなってきたんだけど……ま、いいか」

街の中だろうと人が見ていようと、お構いなしにイルミはカツアゲを繰り返す。
もうそれだけで結構な数のカードが集まっていた。

「スペルカードはかわすことができないんだけど、詠唱される前に黙らせればいいだけだし……やっぱキルの訓練にはならないかなぁ」

「というか、万が一何かあった時に外からゲーム内の状況がわからないから、訓練には適してないかもね」

「ゲイン」

「え?ちょっと、なに勝手に……」

イルミは勝手に小瓶を出すと、それに口づけ、私に飲めと言う。
だがユナだって馬鹿じゃない。
そんないかにも怪しいものを、素直に飲むわけなかった。

「嫌よ、なにそれ」

「いいから飲みなよ」

「やだやだ、絶対変な薬だ!どうせ媚薬とかでしょ」

ユナの言葉にイルミの動きが一瞬止まる。
図星か。最低だ。
このゲームを作った人は、絶対に男性だろう。
ちょくちょく、男のロマン的なカードがあるのがその証拠だ。

ユナは口をきゅっ、と結んで絶対に飲むまいと意思表示した。

「よくわかったね。ご褒美に飲ませてあげるよ」

「全然ご褒美じゃないから!ちょっ、イルミ、やだ!」

ジリジリとにじり寄ってくるイルミに、ユナは身の危険を感じ、ブック!と唱える。

「オレと戦おうっての?」

「『離脱(リーブ)』のカードが見つかるまで別行動します!」

効果範囲がわからないから、とにかくイルミの半径20m以内から脱出する。
首を傾げてこちらを見るイルミの目の前で、ユナは躊躇なくカードを取り出した。

「『漂流(ドリフト)』オン!」

きょとんとしたイルミの顔。
だがそれも、すぐに光に包まれて見えなくなった。


**


漂流のカードは『行ったことのない街へランダムに飛ぶ』というもの。
到着してユナは辺りを見回し、すごいところに来てしまったと思わざるを得なかった。

「お嬢さん、ハンカチ落としましたよ」

「え?」

不意に話しかけられ振り返ると、それこそ乙女ゲームに出てきそうなキラキラしたイケメンが。
もちろんユナはハンカチなんて落とした覚えがなかったので私のものではないと答えると、目の前の男は爽やかに微笑んだ。

「そうでしたか、すみません。
お詫びにお茶でもどうですか?」

「え、いや、お詫びというほどでも」

なんだこれ、新手のナンパか?
その割にあまりにも爽やかな雰囲気なものだから、殴るにも殴れない。
周りを見てもやっぱりイチャイチャしているカップルばかりで、ユナは今更ながら困惑した。

「無理にとは言いませんよ、だけどせっかく貴女みたいな素敵な人に会えたから。運命かもしれないって思っちゃって」

男がそんなクサイ台詞を吐いたときだ。
ピカッ、とすぐ近くに眩い光が出現し、その中から光とは正反対の重苦しいオーラが溢れ出る。
あ、と思った瞬間、爽やかイケメンはぶっ飛ばされていた。

「人の奥さんに手を出そうとするなんていい度胸してるよね。
お前のその運命もここで終わらせてやろうか?」

「イ、イルミ、なんで!?」

禍々しいまでのオーラをまとったまま、イルミはこちらを振り向く。
彼も一応美形なんだろうけど、その表情に爽やかさは欠片もなかった。

「あのさ、ユナ。
オレだってスペルカード持ってるんだよ?
『磁力(マグネティックフォース)』で飛んできたんだ」

「な、なるほど」

「それより、オレが目を離したらすぐこれなの?ねぇ?
監禁しようか?」

「わ、私のせいじゃないじゃん!」

地図を見れば、都市名が既に記入されている。
恋愛都市アイアイ。
まるで恋愛シミュレーションゲームのようなイベントが街のいたるところで発生する、そんな街らしい。
不穏なオーラを出したまま、イルミはさらにもう一枚のカードを取り出すと、私に向かって詠唱した。

「『追跡(トレース)』」

ぴゅっ、と光がユナの体を包んだが、これと言って異常はない。
全部のカードの効果を覚えているわけではないが、今のイルミは何をするかわからなくて不安だった。

「私に……何した?」

「これでもうユナがどこにいても常にわかるからね。
オレからは逃げられないよ」

「……」

イルミの学習速度が恐ろしい。
仕方なく、ユナは参った、とでもいうように両手をあげた。

「じゃあ移動系のスペルは全部イルミに預ける。
その代わり、イルミがさっきカツアゲしたアイテムカード見せてよ」

「いいよ。でもとりあえず、どこか座らない?」

休憩をイルミから言い出すなんて珍しいな、と思えば、イルミの視線の先には喫茶店。
そのテラスでこれまた甘々なカップルが、1つのグラスから伸びる二股のハート型ストローで顔を寄せ合うように飲んでいた。

「あれ」「やらないよ」

「なんで?」

「なんでって………」

恥ずかしいからに決まってる。
だが、ユナはここが恋愛都市であるということまで考慮にいれていなかった。

「じゃあ別にあれじゃなくてもいいよ」

イルミがそう言うから、店に入って席につく。
彼はどこか勝ち誇ったように、メニュー表をこちらによこした。

「どうせ他のメニューもカップル仕様だしね」




結局、イルミの押しに負けて先程のジュースを飲むことになったユナだったが、なるべく同時に飲まないように気をつける。
そして、今後のことを考えるべく、彼が入手したカードの効果を一枚一枚確認していた。

「で、キルアの訓練には適さないんなら、もう帰ってもいいんじゃないの?」

「まぁね、でもせっかくだしもうちょっと試したいな」

「試すって………先に行っておくけど、さっきの媚薬はやだよ」

効果を読んでヤバそうなやつは、ユナが預かっておく。

『長老の精力増強剤』……?
これはアウトだ。
こんなものイルミに飲ませたら、私が死ぬ。

それから、『身重の石』。
これも危険そうだから早いうちに売り払ってしまうに越したことなかった。

「大丈夫、そんな石に頼らなくてもすぐに孕」「ここ、公共の場」

「じゃ、ユナにじゃなくて、自分に効果がある系のカードならいいでしょ?」

言って、イルミはいつの間に隠し持っていたのか、一枚のカードを伏せたまま机の上に差し出す。
ユナがその内容を確認しようとすると、さっとその手は引っ込められた。

「なによ、怪しいわね……嫌」

「何のカードも使わないなんて、ゲームやる意味ないよ。
ユナも使いたいのがあれば使えば?」

「………」

確かにイルミの言う通りだ。
せっかくGIをプレイしているのだから、ここ独自のカードを使わなくては面白くない。
だが、これまでの経験を元に、あのカードは絶対にろくなものじゃないはずだった。

「この一枚を使ったらマサドラに戻って、『離脱(リーブ)』を買おう。
そしてこのゲームも終わり」

「…うん、でも………」

「ユナ、これは取引だ。
このゲームに乗ってくれなきゃオレはお前を帰さないよ」

「……わかったわよ、ただし」

一度言い出したら、よほどのことがない限りイルミは聞かない。
かといって、なんでもかんでもイルミの言いなりになるのは恐ろしかったので、ユナは同じようにカードを伏せたままテーブルの上に置いた。

「公平に、私にも一枚使わせて?
お互い、自分にしか効果のないアイテムカード。それでいい?」

「いいよ」

彼が頷いたのを確認して、お互いゆっくりとカードを構える。
できれば、これでイルミのあの謎のカードを無効化できたらいいのだけれど………

二人はせーので「ゲイン!」と唱えた。

この勝負は、果たしてどちらの有利に転んだのか─


**



「やったー!やっと帰れたー!」

時間にして1日ちょっとしかいなかったのだが、それでも現実世界に戻ってこられてユナはホッとする。
それからすっかり筋肉質になった自分の体を上から眺め、改めて感心した。

「確か、効果が切れるのは24時間だよね。
男の体になるのも面白いな、イルミの服借りよっと」

「……ねぇ、ユナ」

クローゼットに駆け寄り、ど派手な仕事着はよけて、イルミの私服を物色する。
背後から恨めしげなイルミの視線を感じたが、それはスルーした。

「…なんでこのタイミングで男になるの?」

「別にルール違反はしてないでしょ。『ホルモンクッキー』は私に効果のあるアイテムカードだもん」

「オレのこれ、意味なくなったんだけど」

結局、イルミが使ったのは、『マッド博士のフェロモン剤』というカード。
私に媚薬を飲ませない代わりに、自分の方の魅力をあげようとしたらしいのだが………
残念ながらこのカード、効果対象は『異性のみ』。
ユナは自分の性別を変えることにより、見事に勝負に勝ったのだった。

「最悪。もう二度としない」

「うわ、何も壊すことないのに!
それ高いんだよ!?」

「所詮ゲームでしょ」

完全なる八つ当たりで、黒煙をあげるグリードアイランド。
ミルキが見たら泣くだろう。

そんなことを思っていたら、本当にドタバタと足音が近づいてくる。

「イル兄!!」

「噂してないけど、来るときは来るのね」

「イル兄が、グリードアイランド持ってるってホントか!?」

どこからの情報か、ゲーマーのミルキは鼻息荒く部屋に飛び込んでくる。
いつもは気を遣ってノックするくせに、今回はそんなこともすっかり忘れているようだった。

「持ってる、ってか持ってたね」

「か、過去形!?
え、まさかそれ……その黒煙あげてるのってグリードアイランド!?!?」

そうだけど、と不機嫌モードのイルミはいつも以上に素っ気ない。
膝から崩れ落ちたミルキは、見ていてちょっと可哀想になるくらいだった。

「じ、じゃあクリア報酬は!?
イル兄ならクリアしてきたんだろ!?」

「してない。別に興味ないし」

「そんな……!
お、俺の……『スケルトンメガネ』…『3Dカメラ』…『マッド博士のフェロモン剤』がっ…」

「……さすが兄弟、発想が同じだわ」

全然可哀想じゃなかった。

「……ん?つーか、ユナ姉、男!?」

今更のように気づいたミルキがこちらを見てびっくりしている。
まぁ確かに、背とかもそこまで変化ないからぱっと見じゃ性別が変わってもわからないのかもしれない。

「この格好で言うのはアレだけど、言わせてもらうね」

ユナは二人の兄弟に向かって、とびきりの笑顔を向けたが、その目はちっとも笑っていなかった。

「男って最低」

「ちょ、ユナ、ミルキと一緒にしないでよ」

「ミルキよりなんかイルミの方がやだ。このムッツリ変態ドスケベ野郎」

ぴきっ、と音が鳴りそうな勢いで固まるイルミ。

「…イル兄一体何したんだよ……」

そんな彼とは正反対に、ユナは鼻歌交じりで服を選んでいたのだった─。



End


++++++

かなさん、リクエストありがとうございました!
二人がGIに行く話ということで、どうしようかな、とコミックス片手にカードをいろいろ見てたんですが、見事にイルミさんが変態になりました(笑)
そして結局、クリアせずに途中で帰ってきちゃいましたね。

残念ながら甘くはなりませんでしたが、楽しんでもらえると幸いです(*´∀`*)
また本編の方もぼちぼち更新していきますのでそちらもよろしくお願いしますね!
では、最後まで読んでくださってありがとうございました!


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