■ ▼集合
兄貴に呼ばれた。最悪。
嫌々でも流石に無視することはできず、キルアは重い足取りで長兄が待つ訓練室へと向かう。
今日の担当は兄貴ではなかった。
というか、今日の分の訓練はとっくに親父の手によって終了している。
それなのに、わざわざこうして呼び出されるのだから、絶対に嬉しくない用事に決まっていた。
「お、豚くんじゃん」
「キル……?お前もか?」
「は?お前もって?」
意味がわからず首を傾げると、どうやらミルキの巨体に隠れて見えなかっただけでカルトもいたらしい。
しかも、話を聞けば全員イル兄に呼び出しを食らったとか。
ミルキと二人ならば、俺らなんかしたっけ……?と胸に手を当てて見るところだが、カルトもとなるとちょっと話が見えてこない。
イル兄は兄弟を集めて一体何をするつもりなのか。
「カルト、お前何か怒られるようなことした?」
「僕はしてません。兄様達じゃあるまいし」
「可愛げなくなったよなー、お前も」
ミルキはそう言って暗にキルアのことも揶揄したが、今は下らない口喧嘩をしている場合ではない。
説教じゃないなら、新しい拷問とか?
あの兄の考えることだけはいつもよくわからないが、たいていまともでないのは確か。
説教と拷問とどっちがマシか、と問われれば難しいところだが、3人もいるなら説教の方がマシだろうなとは思った。
「まぁ、なんにせよ行ってみなきゃわかんねーよな……」
「あぁ」
いつもは使えないと馬鹿にしてる豚くんでも、この時ばかりは少し心強く感じた。
**
「遅かったね」
「いや、豚くんがダラダラ歩いててさー」
「お、おい!キル、お前な!」
訓練室に入って、まずは新しい器具がないかと室内に目を走らせる。
だが、特にこれと言った物は見当たらない。
じゃあやっぱり説教なのかな、とキルアは複雑な思いで兄を見上げた。
「ま、いいよ。
取り敢えず座れば?」
「座る……?…うん、まぁ」
あたかもそこに椅子やソファーがあるように喋られるが、もちろんそんなものはない。
兄弟顔を見合わせて、恐る恐る床に腰を下ろすとコンクリートの冷たさが身にしみた。
「なんで並ぶの?」
「え?」
「普通、こういう時は円になるでしょ」
兄貴の口から普通、なんて言葉が出たことにまず驚きだが、それよりなにより言われたとおりに座れば妙な感じだ。
兄弟で円になって座る。
まるで楽しい談笑や、秘密の相談でもするみたいに。
そんなことはもちろん生まれて初めての経験で、それまで涼しい顔をしていたカルトも流石に困惑していた。
「イル兄……何?」
「単刀直入に聞くけど、ホワイトデーって知ってる?」
「えっ」
「……知らないか。わかった、まずはそこから説明するね、ホワイトデーっていうのは」
「いや、そうじゃなくて、ホワイトデーは知ってるけど」
いきなり何の話なのだ。
確かに、キルアも言われるまで忘れていたが今日はホワイトデー。
だかしかし、だからといってイル兄に呼び出されるのはおかしい。
だが、そんなこちら側の動揺も一切汲み取らず、イル兄は知ってるんだ?と瞬きをした。
「それなら話が早いね。
で、お前たちはどうするの?」
「ど、どうするの、とは?」
あー、なんか話が読めてきた。
ミルキがバカ正直に質問を返しているけど、それはあまり利口じゃない。
現にイル兄はめんどくさそうにわずかに眉をひそめた。
「ユナから貰っただろ?」
「え、あぁ」
「返さなきゃ」
「……あーなるほど」
ここでようやく豚くんも理解したみたいで、困ったように頬をかく。
やっぱこいつも忘れてやがった。
イル兄もそれを察したのか、ふぅと短くため息をつく。
「…兄様のお話ってそのこと?」
「うん、そうだよ」
「僕、もう用意してある」
「「えっ!?」」
思わず声を上げると、最悪なことに豚くんとハモった。
それにしてもやっぱりカルトは油断ならない。
というか、イル兄が俺たちを呼んだのってこのことを相談するため?
確かに訓練室にいる限り、滅多なことでは邪魔は入らないけど………
ちらり、と横目で兄を見てみると、目が合った。
というか、どの方向から見ても目が合ってるような錯覚に陥る。
案外普通の相談だ……と安堵した瞬間、今度はふつふつと好奇心が首をもたげてきた。
「ふぅん、カルトは何にするの?」
「……かんざし」
「なるほど。使うかな、それ?」
自分も思いついてないくせに、人のプレゼントにケチつけんなよ!
言われたカルトは可哀想に困っている。
確かにユナ姉は別に和服を好んで着たりするわけじゃなかったが、貰って嬉しくないことはないはずだった。
「よし、俺も決めたぜ」
「えっ、マジ?」
「ミル、言ってごらん」
なんでそんな簡単に思いつくんだよ、と思ったが、よくよく考えればミルキはこの中で一番女に貢いでる。
もちろんそれはゲームの中での話だが、女が喜ぶプレゼントくらいは何かわかるのだろう。
ミルキは何故かドヤ顔をしながら、堂々とこう言った。
「俺がプレゼントするのは、コスプレ衣装だぜ」
「は?」
こいつ…………
前からバカだとは思ってたけど、ホントにバカなんじゃねーの?
イル兄を前にして、よくそんなことを言えたもんだ。
一瞬にして、その場の空気が凍る。
は?と言った兄貴の声はいつもより低く冷たかった。
「なにそれ却下。オレのユナに何させるつもり?」
「ち、ちげーって!まぁ話を聞いてくれよイル兄!これはイル兄にもメリットがあるんだって」
「言ってみなよ」
「俺からならいつものノリで受け取ってもらえるだろ。そうなると新しいプレ」「わかった、それで決まり」
いいのかよ。
新しいプレ…………なんかエッチだ。
だが、人の話に顔を赤くしてる場合ではない。
残るは俺だ。
イル兄はたぶんまだ決めてないけど、絶対先に俺に聞いてくる。
案の定、くるりと顔がこちらに向いて、キルは?と抑揚のない声で尋ねられた。
「んー、なんだろう……」
貰って嬉しいもの……と考えてみるが、ユナ姉はイル兄に匹敵するくらい無欲に見える。
だったら安直に自分が貰って嬉しいものにしておこう、と思い、キルアは適当に「チョコロボくんにしようかな」と答えた。
「え、それキルが好きなやつじゃないの?」
「…そーだけど、ほら。自分が貰って嬉しいものをあげろって言うじゃん」
「そうなの?」
イル兄は初耳だと言わんばかりに首を傾げた。
それから顎に手をやって、うーんと考え出す。
「兄様は何になさるおつもり?」
「被っちゃいけないと思って皆の案を聞きたかったんだけど、そうだな…オレが貰って嬉しいものね…」
しばらく悩んだ末、ぽんと手を打つ兄。
キルアはちょっとワクワクしながら、返事を待った。
「よし、決めた。渡してくる」
「え?」
「教えてくんねーの?」
「僕達には聞いたのに」
「なんでいちいち教えなきゃならないのさ」
「………」
クソ、こんなのアリかよ。
だが、イル兄を止められる奴なんてこの中にはいない。
押黙る3人をすっかり放置して、イル兄は立ち上がると部屋を出ていく。
「豚くん………」
「任せろ、屋敷内の盗聴器のどれかには引っかかるはずだ」
後を追うようにして立ち上がる3人。
目指すはミルキの部屋。
このままイル兄だけ言わないなんてそんなのはずるい。
たった今ゾルディックの兄弟は、かつてないほどの強い結束で結ばれたのだった。
***
「あれ?イルミ訓練中じゃなかったの?」
「もう終わったよ」
自室に戻ると、ユナはきょとんとした表情でこちらを見る。
最近は何故かパズル雑誌にハマっているらしく、彼女は白と黒のマス目とにらめっこばかりしていた。
「そう、早かったのね」
「あのさ、ユナ。
渡したいものがあるんだけど」
「…渡したいもの?
あ、ホワイトデー?」
「うん。それで、プレゼントなんだけど……」
イルミはゆっくりと彼女に近づくと、まだ状況を飲み込めていない彼女の両肩に手を置く。
座っていた彼女は自然、上から押さえつけられる形となり、身動きが取れないようだった。
「オレ」
「うん………ん…?」
「だから、プレゼントはオレ」
「は??」
割と真剣にこれしかないな、と思って言ってみたのに、ユナは怪訝そうな表情になる。
それから、意味がわからないとでもいうように軽く頭を振った。
「え、どういうこと?」
「オレをあげるよ」
「どう使うの」
「好きにしていいよ」
「これもセクハラ発言?」
「なんで」
なんで、そうなる。
オレが貰って嬉しいものを考えたとき、頭に浮かんだのはユナだった。
だから逆もまた然りだろうと自分をプレゼントに選んでみた訳だったのだが……
「それって、女の子が言うものじゃない?」
「そうなの?じゃあユナ言いなよ」
「待って。ホワイトデーだよ。なんで私があげなきゃならないの」
「…いちいち文句が多いな」
「文句じゃないし」
とにかく、とユナは肩に置かれた手を払い除けようとした。
が、オレもそう安々とは引き下がるつもりはない。
「気持ちだけで嬉しいよ、だからこの手どけようか」
「やだ」
「イルミ」
「いいでしょ?ちゃんとヨクしてあげるよ」
「この万年発情期」
「ユナだけだから」
「バカ」
「バカじゃないよ」
「じゃ、変態」
「でもさ、結局その変態に気持ちよくされちゃうユナも…」
プチッ
「うわぁぁぁぁぁあ!!!カルト、耳塞げ聞くな聞くな!」
「ちょ、兄様なに!?」
「完全にエッチだ……」
なんだか、とんでもないものを聞いてしまった。
耐えきれず、スイッチを切ってしまったミルキだったが、その判断は正しいと思う。
「コスプレ衣装なんていらねーじゃん!」
「つーか、これ聞いたのバレてない?」
「知らねーよ。こういうの付けんのはだいたい母さんの仕業だしな」
ミルキは青ざめながら額の汗を拭う。
すると、間髪入れずに携帯の着信音が鳴り響いた。
「げ」
「うわぁ……」
電話はイル兄から。
出ないわけにも………いかない。
ミルキはすうっ、と深呼吸すると、恐る恐るといった感じで通話ボタンを押した。
「も、もしもし?」
「ねぇ、今からお前のプレゼント持ってきてくれる?」
「お、おう………」
「あと、聞かせてあげるのはここまでだから。後で全員さっきの訓練室に集合。いいね?じゃ」
一方的に電話は切れる。
イル兄の言葉は当然キルア達にも聞こえてた。
「マジかよ…」
今度のは説教か拷問か。
キルアは拷問の方がマシだろうな、と半分放心状態で思ったのだった─。
End
+おまけ+
3月14日、午後23時48分。
ヒソカはその日16回目の電話をかけてようやくちゃんと繋がったのだった。
「あ、やっと出てくれたねメリル★
ギリギリだけど今日が何の日かはもちろん……」
「ホワイトデー、でしょ」
電話ごしのメリルの声には、ありありと疲労の色が滲んでいる。
普段弱みを見せない彼女がこんなにも露骨に表すなんて珍しいこともあるものだ。
だが、時間もそんなにないしこちらとしては待ちくたびれたわけだし、ヒソカはいつも通り冗談混じりの本気をぶつけてみる。
「バレンタインには手作りチョコを貰っちゃったからねぇ。
どうだい、プレゼントはボク、なんて言ったら💓?」
「はぁ……それ、流行ってるの?」
「えっ☆?」
「そういうのさ、別にいいから」
深々とため息をつかれ、ヒソカは少し驚く。
別にこれくらい、いつもの自分からすれば挨拶程度みたいなものなのだが。
けれども、すぐさま気を取り直したように冗談だよぉ★と返事した。
「欲しいものがあるなら言って☆
ボク、メリルのためなら頑張」「いつもの口座に振り込んで」
「ん?」
「じゃ、よろしく」
「……メリル?えっ、ちょ………」
切られた電話。
今日はいつにも増して冷たい。
「……きっと、照れてるんだろうねぇ💓
ウン、そうに違いない☆」
この時ばかりは流石に、自分のポジティブさに救われたような気がした。
End
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