■ ▼耐性
世間一般でいうところの『妻』とは、一体何をするものなのだろう。
掃除、洗濯、料理……
俗に言う『家事』と呼ばれるこれらの仕事は、ここゾルディック家では全て執事やメイドが行うことである。
つまり、ユナには『嫁』としてこの家でする事がなかった。
「日中はダラダラしてるって言ってなかったっけ?」
「そうそう、だからちょっと申し訳なくて」
キルアの訓練を終え、自室に戻ってきたイルミはもうくつろぎモードだ。
本当は彼さえいなければ、普段は『他の仕事』をやっていたりするわけだが、生憎今日はそういうわけにもいかず、ユナは暇を持て余していた。
「私に何かできることないかな」
「暇なの?」
「うん、暇。
何かして欲しいことない?」
暇は別に大歓迎だが、せっかく珍しく夫がいるのだから何かしてあげてもいいかもしれない。
まぁ、要するに気まぐれだ。
イルミはソファに腰掛けたまま、うーんと声に出して言った。
「じゃあ寝る?」「却下」
「……………」
この男はそればっかりか。
最近気づいたけど、もしかしたらあの変態ピエロの方が紳士なのかもしれない。
というか、ピエロはへらへら笑いながら言うから冗談で流せるけど、イルミは真顔で言うから怖い。身の危険しか感じない。
そんなことを考えていたら、その間にもイルミは用事を考えてくれていたようで、ぽん、と手を打った。
「じゃあ、妻らしく料理でもしなよ」
「え、料理?」
「うん。この前バレンタイン作ってくれたでしょ?
あれと同じ要領でやったら?
オレ、ユナの料理食べてみたいんだけど」
正直、「げ」と思った。
料理はそんなに得意ではない。
同じ要領でやれと言われても、まさか溶かして固めるだけの料理ってワケじゃないだろうし。
だが先ほどの提案とは違って、今度は特に断るいい理由が見当たらなかった。
「…なに?嫌なの?」
「…だってさ、バレンタイン美味しくなかったんでしょ」
「何事も練習だろ」
あー、否定してくれないのね。
チョコで不味いとか、料理の才能絶望的じゃないかな。
私の想いが顔に出ていたのか、イルミがとりなすように言葉を続ける。
「大丈夫。オレ毒じゃ死なないし」
だからそれ、慰めになってないから。
ユナはもういいやどうにでもなれ、と思い、深い深いため息をついた。
**
「で、なんでイルミまでキッチンにいるの?」
ゴトーさんに料理を作りたいと相談してみたら、食材から全て揃えてもらえることになり、中途半端な出来では許されなくなった。
それだけでもかなり重荷なのに、一体どうしてこんな目力の強い男に見張られながら料理をしなくてはならないのか。
後ろから手元を覗き込まれると、なんだかやけに緊張した。
「味見係だけど」
「いりません」
「何作るの?」
「お楽しみ」
いいからあっちで待っててよ、とイルミを追い出しにかかるが、びくともしない。
挙句の果てに携帯でレシピを見ていることまでバレてしまった。
「なにこれ?」
「あーもう、返してよ」
「ふーん。携帯でこんなのも見れるんだ。
ロールキャベツ……?
あぁ、シュー
![](//img.mobilerz.net/img/j/8226.gif)
ファルシみたいなものか。これ作るの?」
「シ、シュー
![](//img.mobilerz.net/img/j/8226.gif)
ファルシ?」
なんだそれ。すっごいお洒落だな。
でも、彼は表示された写真を見て言っているのだから、勘違いしてるってことでもないのだろう。
高級なお店ではロールキャベツのことをそんなお洒落な呼び方で呼ぶのかもしれない。
なんとか携帯を取り返すと、ユナはさっそく食材を目の前に置いた。
「えっ、それキャベツなの?」
べりっべりっと一枚ずつ葉っぱを剥がすと、すぐさまイルミからストップが掛かる。
「違うけど…」
ユナが今持っているのは紛れもなくハクサイと呼ばれる東方の国の野菜。
別にキャベツと間違ったわけではなく、単にこっちを使おうとしただけだった。
「待って。なんでキャベツじゃないの」
「いいじゃない。アレンジアレンジ。
こっちの方が巻きやすそうなんだもの」
「……そういうことするからアレなんじゃないの?」
「アレとは何よ」
「……………まっ、いいけど」
たっぷり間を置いてから、諦めたようにイルミはぽつりと呟く。
その後もイルミは事あるごとに口出しをしてきてかなり面倒くさかった。
そして言われれば言われるほどレシピ通り作りたくなくなる。
本来ならばミンチ肉を使うところを豚バラ肉へと変更し、ホワイトソースの予定だったものをケチャップ自立てのソースに変えた。
「ねぇ、大丈夫?」
「文句あるなら食べなくていい」
「食べるよ」
鍋に蓋をし、グツグツと煮込んで待つ。
そして肝心なことに気がついた。
「あ、毒入れるの忘れた…」
一応レシピをチラチラ見ながら作っていたので、毒のことはすっかり忘れていたが、ゾルディックで出る食事には全て毒が入っている。
ユナも嫁いできてそれにはかなり苦労したし、今もカルトの十分の一にも満たない毒の量しか摂取出来ないが、もはや毒は入れて当然みたいな考え方になっていた。
「いや、いいよ。
毒はいらない」
「そう?なんなら今からでも足せるけど」
「入れる必要がないかもしれないよ?」
「イルミ、ちょっと一発殴らせて」
自分から作れって言ったくせに、何なのよもう!
絶対完食しなきゃ許さない。
火を止め、お皿に盛り付けると、見た目はそれなりの出来だった。
「さぁ、居間に移動しよ。
どーぞ召し上がってくださいな旦那様」
「いいね、その旦那様ってやつ。
もっと言ってよ」
「嫌味のつもりなんだけど」
椅子に腰掛けたイルミの前に、出来立てほやほやの料理を置く。
気をきかせた執事たちがさっとナイフとフォークを持ってきて、彼はそれを当然のように手に取った。
「どう?」
「まだ食べてない」
流石お坊ちゃん育ちだからか、お上品に小さく切り分け口に運ぶ。
軽口を叩いたものの改めて批評されるとなると、なんだか落ち着かない気持ちになった。
「……どう?」
「意外と美味しい」
「い、意外と?
でも美味しいのね?」
「うん。オレ、嘘つかないし」
他の奴が同じ台詞を言ったら、そんな馬鹿な、とツッコミたくなるところだが、確かにイルミは良くも悪くも嘘をつかないタイプだ。
料理には自信のない方だったけど、もしかして実は才能あったりして………。
そんな風に単純にも喜んでいたら、うーんでもな、と呟くイルミ。
フォークの先端に小さな欠片を突き刺し、そのまま私へと手渡した。
「何か足りないんだよね」
「えっ……なんだろう?
やっぱ毒?」
食べてみろ、と言うことだと思い、ユナは受け取ったフォークを自分の方へと向ける。
するとなぜかその腕は、がしりとイルミによって止められた。
「なに?」
「なに?はこっちの台詞。
食べてみなよ、って意味で渡したわけじゃないんだけど」
「じゃあ何?」
「食べさせてよ」
真顔で、さも当たり前のように。
しかも食べさせてよ、と言った割に口を開かない。
ユナはびっくりして手を引こうとしたが、がっちりと掴まれていて逃げられなかった。
「やっ、やだよ、子供じゃないんだし」
「いいから早く」
「…じゃあ……口、開けてよ」
「そんな言い方で口を開けてもらえると思ったら大間違いだよ」
…………なんだこいつムカつく。
とはいえ、言い出したら聞かないイルミなのはよくわかってるし、観念してユナはフォークを彼に向けた。
「あ、あーん……」
今度は素直に口を開いたイルミ。
パクリ、と料理を口に含んだ彼はご満悦と言ったオーラを醸し出す。
それから「これで足りたね」なんてさらっと言うから、ユナはいろんな意味で恥ずかしくなってきた。
「イルミってそれ……天然なのわざとなの?」
「何が?」
「いや、なんでもない……」
よくもまあそんな恥ずかしいことを真顔で言えるよね。
照れ隠しに皿に残ってたロールキャベツもどきにえい、とフォークを突き刺し、自分も食べてみる。
「あ、ホントだ美味しい」
「オレのなんだけど」
「私が作ったんだもん」
これ以上食べさせてよ、なんて言われたらかなわない。
そう思ってパクパク食べてたら、隣からイルミの視線。
「オレの分取ったから、また作ってくれるんだよね?」
「………お返しします」
「もうほとんど残ってないでしょ。
あ、それとも口移しでくれるの?」
「汚い」
ユナの言葉にイルミは肩を竦める。
それからゆっくりとした動作で頬杖をついて、こちらを見つめた。
「また作って。食べさせて」
あれだけ散々私の料理を馬鹿にしたくせに。
ずるいよ、ストレートにそう言われたら断れない。
これでもしも天然じゃなかったら、ホントに策士すぎて怖いなぁと思った。
「…………いいけど」
耐性をつけるために、やっぱり定期的に毒は摂取すべきだと思うよ。
それとも、私も『あーん』に耐性つけた方がいいんだろうか?
まぁ、なんにせよ一つだけ言えることは
「気が向いたらね」
料理はあまり好きじゃないんです。
End
++++++
ツバキさん、リクエストありがとうございました!
手料理のお話ということでこんな感じになりましたが、TSの夢主ってどうも料理得意そうじゃないんですよね(笑)
ちゃんと調味料とか測ったりしなさそうで……(;^ω^)
最後は甘いんだか甘くないんだか良く分からないオチになりましたが、気に入って頂けると幸いです
これからも本編の方、更新頑張りますので、またお時間あるときにでも遊びに来てください!
読んでくださってありがとうございました!
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