■ ▼3対3 後編
なんで。
約束の店が見えてきて、そこにいる男達を見た途端、血の気がさあっと引いていくのが感じられた。
なんで。
見間違える訳が無い。
遠目にでもわかる背の高さ、そして長い黒髪。
一見まともな格好をしているが、隣にいるのが例のあのピエロ野郎となると間違いなくイルミ本人としか考えられない。
ヒソカとはまだメリルとしてしか会ったことがなかったが、あの様子じゃ今回の件を仕組んだのはあいつだろう。
どうする……?
ユナは思わず、そこで立ち止まってしまった。
「ん?どうしたの?
あっ、やっぱり向こうの方が早く着いてたみたいだね」
「ミリア、私さ…………急に体調不良」
「ええっ!?嘘!?困るよ!!
ってか、嘘でしょ!?」
ミリアが大声を上げるから、向こうもこちらに気がつく。
あっ………これは本気でまずい。
イルミと目が合って、その大きな瞳がこれ以上ないってくらい見開かれた。
お喋りなミリアのことだから私の念のことが少しでも漏れてしまわないように今日は変装してこなかったのだ。
後悔した。
イルミのオーラが不穏なものに変わるのを見て激しく後悔した。
「やあ★
揃ったね、皆可愛い子ばっかりだ💓」
そして、目が合ってしまった以上は今更引き返すわけにもいかなくて。
「ヒ、ヒソカさん、待たせちゃってごめんなさい」
「全然待ってないよ、大丈夫さ☆」
店の前で集まる6人。
内、既婚者2名(夫婦)。
修羅場だ。
何も言ってこないイルミが逆に恐ろしい。
─私が気になってる人が合コンの幹事さんで………
慌てたミリアの様子に、彼女の言葉が自然と頭の中で再生される。
まさか、それってヒソカのことだったの?
趣味悪っ!!
我が友人ながら、男を見る目が無さすぎる。
そりゃ確かに見た目だけはいいかもしれないけれど、こんな奴を好きになるミリアのことが心配だ。
ユナは自分の方が今大変な状況にあるにも関わらず、動揺というか現実逃避というか、とにかくイルミのことは考えないようにしていた。
「さっ、入ろうか☆」「ヒソカ」
「やだなぁ、話は入ってからにしようよギタラクル💓」
ホントに帰っていいですか?
約束の店はお洒落な居酒屋さん、といった雰囲気の店構えだったが、今のユナには地獄への入口にしか見えなかった。
**
なんで。
女の大声が聞こえたから、つられるようにしてそちらに目をやった。
見間違える訳が無い。
オレが見たこともない淡いグリーンのワンピースを来て、オレが見たこともない女と一緒にこちらに歩いてきてて。
どういうこと?
ユナだよね?
ちらり、とヒソカに視線を走らせるが、奴は知らん顔。
そういやユナにはまだ会わせたことなかったし、関係ないのかな。
ユナはこちらに気づくなりさっと青ざめたが、ヒソカが明るく隣の女に声をかけると、渋々といった表情でこちらに来る。
ねぇ、なんで?
なんでオレと目を合わせないの?
─合コンってのはねぇ、男と女が出会いを求めてやってくる所なのさ。
ヒソカの言葉がふと、脳内で再生される。
それってつまり、今日ユナがここにいるのもそういう理由ってこと?
オレがいるのもおかしいけど、ユナがいるのはどういうことなの?
「ヒソカ」
「やだなぁ、話は入ってからにしようよギタラクル☆」
合コンって本当はなんなの?
お前、またオレをからかったの?
ユナが男を求めてこんな所に来るはずがないんだ。
だってユナにはオレがいるでしょ?
混乱して、とにかく現状をはっきりさせないとどうしていいのかもわからない。
言われるままに店内に入り、ヒソカに流されるようにして皆席に着く。
最も対角線の遠い位置に腰掛けたユナは、本気でちらりともこちらを見なかった。
「ねぇ、ヒソカ」
「待ってよ、物事には順番ってものがあるんだから💛」
ヒソカはそこまで言うと、にこやかに笑いながらメニューを取るふりしてその陰で念字を紡ぐ。
─心理戦は始まってる。
何があってもポーカフェイスで知らんぷりがルールだよ★
何があっても………
それは妻と合コンで鉢合わせしてるっていうのも含まれるのかな。
何事もなかったかのようにあっさりと飲み物や料理を注文していくヒソカ。
ユナも何も言わないし、馴染めてないのはオレだけみたい。
イルミにはお洒落をして普通に振舞っているユナが、自分の知らない人間のように感じられた。
**
「じゃあそろそろ自己紹介しようか💛」
乾杯も済ませてしまうと、当然そういう流れになる。
先程からイルミから痛いくらいの視線を感じるが、怖くてそっちを向けなかった。
「じゃあ男性陣からでいいかな?
ボクはヒソカ。よろしくね★」
相変わらずなピエロは場慣れした雰囲気で、やっぱりこいつが全部仕組んだとしか思えない。
そうでなきゃ、イルミがこんなところに来るわけが無いのだ。
恐らく数合わせと思われるもう一人の男が挨拶し、残るはイルミとなる。
用心深い彼はここでも偽名で通すつもりなのか「ギタラクル」と短く名乗っただけだった。
「あっ、じゃあ次は私かな。
ミリアっていいます」
「アリスです、ミリアちゃんとは一緒の仕事で仲良くなりました」
「へぇ?何の仕事をしてるんだい💓?」
おーい、普通に談笑しないでよ。
流れでこのままさらっと名乗ろうと思ったのに、ヒソカが余計な質問するからこの後口を開けば注目を浴びるのは必至。
そうでなくても、若干一名こちらをガン見しておりますが………
「えっと、ユナって言います」
ようやく話がひと段落して、ユナはうつむき気味に小さな声で名乗る。
偽名を使わなかったのは、イルミがいるからだ。
疚しいことをしているわけではないのよ、というせめてものアピール。
名乗ればヒソカの目がすうっと細められたので、やっぱりこいつは黒だと思った。
おおかたお喋りなミリアがぽろっとゾルディックに嫁いだ友達がいるというのを漏らして、そのせいで今回の合コンを思いついたのだろう。
イルミの態度もわかりやすいし、これで奴には私がゾルディックの嫁だとわかったに違いない。
流石にユナがメリルなことまでは知らないだろうが、出来れば関わりたくなかった。
「そういや、皆さんって何されてる方なんですか?」
先程の会話で、ミリアとアリスは動物保護に関わる仕事だと自己紹介した。
本来ならば幻獣ハンターと言ってしまえば楽なのだが、なにぶん一般人がいるようなので少し考慮したのだろう。
ヒソカはトランプを取り出すと、しれっと「奇術師だよ☆」と手品をやってみせた。
「うそー、すごーい!!」
「ギタラクルさんは?」
無謀にもアリスが質問をする。
あれ、もしかしてイルミのことが気になる感じなのかな?
私の周りの女の子って皆見る目なさすぎじゃ……
名前を呼ばれたおかげで、イルミの視線から一瞬解放される。
まさか暗殺って言うわけにもいかないだろうし、彼がなんと答えるのか少し気になった。
「オレ?
そうだね………似たようなものかな。
動物を調教したりとか」
「へぇ、ギタラクルさんも動物好きなんですね」
「まぁね。でも最近ちょっと一匹逃げ出しちゃったみたいだから、躾し直さなきゃ」
それは……………私か。
びくっ、として思わず顔を上げると、ばっちりと合う視線。
なんのことかわかるよね?と言わんばかりの目が怖い。
周りの皆は気付かず、「躾って」と笑っているがこちらは全然笑えなかった。
というより、イルミってこんな精神的に抉ってくるようなタイプだっけ?
いつもならすぐに質問攻めにされ、自宅へと強制送還されそうなのに、今日の彼は夫婦であることをなかなかバラさない。
ある意味助かっているといえば助かっているのだが、逆に後が怖かった。
「で、ユナさんは何してるの?」
やめてよ、『さん』付けとかやめてよ!!
こてん、と首を傾げたイルミがどこまで本気でそう聞いてるのかわからない。
何してるの?とは今このことか?
仕事じゃなくて、暗にこんなとこでなにしてるの?と聞いてるのかな?
嫌な汗が背中を流れたが、ここは耐えて笑って見せる。
「わ、私もギタラクルさんと似たような仕事かしら」
「ふーん。飼われる側じゃなくて?」
「ちょっと何をおっしゃってるのかわかりませんね、あはは」
や!め!て!
これなら、いつものように直接怒られる方が何倍もマシだ。
逃げ出したい衝動に駆られるが、そもそもユナがここに来たのは当て馬になるため。
とりあえずその役割だけでも果たしておくためにはヒソカに嫌われなくてはならなかった。
「でも、ヒソカさん奇術師ってなんだか胡散臭いですね」
「そんなことないよぉ、酷いなぁ☆」
「無職ってことですよね。舞台とかされてるんですか?」
「えっ、いや……なんかキミ、グイグイ来るね💓」
ヒソカが少し驚いたような顔をしててそれは面白いんだけど、こっちは貴方が快楽殺人者と言う名の無職であることを知っている。
なんでもいいから私を嫌って。
そしたら少しはミリアも納得するだろう。
相手が相手なだけに友人の恋は全く応援できないし、あのヒソカのことだから付き合うなんて無理だとは思うけれど、ミリアにそんな説得は通用しない。
それならそれで私が人事を尽くした後の正攻法で彼女にはフラれてもらうのがいいと思った。
「まぁね、奇術師っていうのは冗談さ。
ボクとこっちの彼はバーテンダーをやってるんだよ★」
「えっ、バーテンダー?恰好いい!」
ほとんど空気な存在になっていた男の肩を、おもむろに抱いたかと思えばまたそんな嘘を………
きゃっ、と騒ぐ友人を横目に、ユナは「へぇ、遊んでそう」と冷めた意見をぶつけてみる。
ほらほら早く嫌って。
ミリアもちゃんと聞いてる?
私頑張ってるよ。
こわーい旦那が目の前にいるのに、ポーカフェイスで頑張ってるよ。
だが、ヒソカに嫌われようと頑張れば頑張れるほど、何故かイルミの機嫌が悪くなっていくのだった。
**
なんでヒソカのことばっかり聞くんだろう?
オレとは、なかなか目を合わせないくせに。
イルミは言いたいことが色々あったが、一応『合コンのルール』とやらに則り、視線だけで問いかけることにする。
話題は今や『好きな異性のタイプ』へと移り変わり、ミリアとかいう女はほぼヒソカに告白していたも同然の回答をしていたが、イルミにとってはそんなことどうだって良かった。
「ユナさんはどんな人がタイプなんだい💛?」
ヒソカがそう質問する。
……まさかとは思うけど、ユナのこと狙ってないよね?
ヒソカには伝えてないとは言え、もしもそうなら許さない。
でも、確かに彼女のタイプは聞いたことが無かったな、と少しだけ興味が湧いた。
「えっ、私?
そうですね………優しい人かな」
なんとも当たり障りのない答え。
オレは優しいよ?
ユナがいい子にしてくれるならいくらでも優しくしてあげる。
だからいい加減ちゃんとこっちを見てよ。
「見た目とかは☆?」
ヒソカも今の答えには納得しなかったのか、さらに畳み掛けるように訊ねる。
彼女はそれにもあまりこだわらない、と答えた。
「じゃあさ、ギタラクルみたいに長髪の男はどうだい★?」
「「え」」
まさか、名指しされるとは思わず、二人してハモってしまう。
ユナは困ったように微笑むと、「か、かっこいいと思いますよ」と小さな声で言った。
「ふーん」
なんでそこ、声小さいの?
イルミは頬杖をつき、じっと訝るように彼女を見つめる。
すると、アリスとかいう女が突然、「あ」と言う声を上げた。
「アリスちゃん、どうしたの?」
「ギタラクルさん……指輪………」
言われて自分の左手に視線を落とせば、確かにプラチナの結婚指輪。
あっ、そうか。
ハニートラップの時は外すけど、今日は忘れていた。
別に弁解する気もなくて、イルミはそのままユナの左手にも視線を走らせる。
気づいたユナがさっと、手をテーブルの下に引っ込めたけれど、それよりも早くオレは見てしまった。
そして、それを見た瞬間、心理戦だなんて言葉はすっかり頭から抜け落ちてしまった。
「………なんで外してるの?」
「え」
周りの皆は、意味がわからないと言った表情でこちらを見る。
ユナだけが意味をわかっていて、それなのに彼女はまだとぼけてみせた。
「何が、ですか?」
「帰るよ」
突然席を立ち上がり、つかつかと彼女の席まで行くとユナは固まっている。
ヒソカだけはニヤニヤとしていたが、驚く皆をものともせず、イルミはユナの手をとって強引に立たせた。
「…躾、し直さなきゃって言ったよね?」
耳元でそう囁くと、元から色の白い彼女の顔色は青に近くなる。
もう一度間近で見てみたけれど、やっぱり彼女の手に指輪はなかった。
「ヒソカ、合コンは持ち帰ってもいいんだろ?
オレ達、先に帰るから」
「ん〜積極的だねぇ💓」
「あっ、あの!ごめんなさい、その子は!」
そのままユナを連れて出ていこうとしたイルミをミリアが慌てて止める。
邪魔だな、と睨みつければ意外にもユナが彼女に向かって「戻って」と告げた。
「そういうことだから。悪いね」
オレ達は二人っきりで色々話さなきゃならないことがあるんだ。
イルミは彼女が逃げ出してしまわないように、握った手にぐっと力を込めた。
**
と、とうとうイルミが動いた…………
躾し直さなきゃ、の言葉に自分の本能が危険だと警鐘を鳴らす。
とはいえ、掴まれた腕はふり解けるはずもなく簡単に連れ出されたユナ。
店を出るなり近くの路地裏に引きずり込まれて、何をされるのかと思わず怯えた。
「ずっと聞きたかったんだけど、なんでユナがいるの?」
半ば、壁に押し付けられるようにして質問をぶつけられる。
抑揚のないはずの彼の声には隠しきれない激情が滲んでいて、本格的にまずいなと思わざるを得なかった。
「実は、好きな人がいるから協力してくれって友達に言われて……」
ここは仕方が無いから正直に言うに限る。
距離の近さに思わず息を殺したが、彼が追求を緩めることはなかった。
「ふーん、ユナは合コンがどんなものかわかっててここに来たんだ?」
「でも、別にそういう意味で来たじゃない」
「指輪は外してるくせに?」
「…念のためよ。当て馬になる約束だったから」
ユナの答えにイルミは納得したのかしていないのか。
しばらくの沈黙のあと、ぽつりと「どこ?」と問う。
ユナはゆっくりと鞄の中から結婚指輪を取り出して見せた。
「次、勝手に外したら覚悟してね」
イルミは指輪を受け取ると、そのまま顔を近づけ、噛み付くようなキスをする。
実際、『ような』なんて可愛らしい比喩ではなく、下唇に歯を立てられた。
「…っ」
「痛かった?」
こくん、と頷いて見せると、彼は満足そうに目を細める。
それから私の左手を取って、元の位置に指輪をはめなおした。
「でもまだ、許してあげない」
「イルミだって、来てたくせに」
「オレはヒソカ……あの奇術師とか言ってた奴ね。
あれに騙されただけだよ」
イルミはだから仕方ない、と言わんばかりだったが、そんなことは百も承知。
唇が割と痛かったから、反撃とばかりにユナは彼の胸を押した。
「嘘。イルミ、ホントは浮気するつもりだったんでしょ」
「え?」
「だって、イルミはいつも友達いないって言ってたのに……今日だって仕事じゃなかったの?」
「それは……」
よしよし、形勢逆転。
ユナはイルミが驚いた隙に、するりと壁との間から抜け出すと、彼に背を向ける。
「あーやだやだ、帰ろっと」
「ユナ、違うよ」
「イルミなんか知らない」
「待ちなってば」
路地裏から出たところで、後ろから抱きしめられる。
ごめん、誤解だって。
先程までの威圧感はどこへやら、イルミはそう呟いた。
「じゃ、仲直りしよう?
私もイルミに黙っててごめんね」
「…うん」
イルミはホントに騙されやすい。
ユナは呆れつつも、そんな彼のことをちょっぴり愛しく思った。
その後は珍しく手を繋いで帰った。
というか、実際のところは彼が私の手首をずっと掴んでるだけだったけど、こんな風にして歩くのは初めて。
私服姿のイルミも、割とかっこいいななんて思ってしまった。
「長髪ね、イルミの綺麗だから好きだよ」
「そう?」
私だったら邪魔だから切るけど。
最後の一言はイルミが嬉しそうだったから、言わないでおいた。
世の中、言わなくていいことの方が多いと思うんだ。
例えば、私の仕事のこととか
イルミのこと嫌いじゃないよ、とか。
握られた手首がじんわりと暖かくて、離して欲しくないなんて思ってしまった。
End
+++++
柚子さん、リクエストありがとうございました!
中々面白そうなリクエストだったんですが、書き始めてみるとイルミさんをどうやって合コンに来させるかで悩みました(笑)
だから『後から遅れてきたのがイルミ』って部分は少し変えさせていただきました、すみません(;^ω^)
今回は割とイルミさんが優位に立ってましたが、最後はやっぱり………
本編よりも前の設定で書いてしまったので、まだまだ距離のある二人でしたが、気に入っていただけたら幸いです。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!
これからもまた当サイトをよろしくお願いします(*´∀`*)
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