■ ▼3対3 前編
「お願い!!」
「無理だって」
「一生のお願い!」
「それ…前も言ったよね?
いつの間に死んで生まれ変わったの?」
久しぶりに電話をかけてきたと思えば、いきなり無茶な頼み事をするんだから……。
ユナはこっそりとため息をつき、いかにしてこの厄介な頼み事を断るか頭を悩ませた。
「私達、友達でしょ?お願いお願い!助けると思ってさ!」
「……でも私、結婚してるんだよ?」
こうして、電話の向こうで必死に頭を下げているであろう彼女は、ユナが友達と呼べる数少ない人間の一人だった。
幻獣ハンターでもある彼女、ミリアとは、初め『情報屋』として知り合った。
その時はユナにしては珍しく、希少生物の出現情報なんていう表の商売だったのだが、強化系で裏表のない彼女にすっかり感化されて。
いつしか、メリルではなくユナとして彼女と付き合うようになったのだった。
「それは知ってるよ。こわーいとこ。あのゾルディックでしょ、有名じゃん」
「知ってて私に頼むってどうなの?
バレて殺されたらどうするのよ」
「えっ………合コン行ったら殺されるの?」
「……そうとは限らないかもだけど」
彼女は本当にいい子だ。
だから損得抜きで出来れば頼みくらい聞いてやりたい。
だけど合コン、となるとそう簡単には引き受けられなかった。
「単なる数合わせじゃないんだって!ユナには協力して欲しいの!」
「協力?」
まさか、私の念を使って見た目を変える気なのだろうか。
だが、これから一生念をかけたままになんて出来ないのだがら、そんな偽りの容姿で好かれても意味がない。
ユナはどういう意味だろう、と怪訝に思った。
「あのね、実は私が気になってる人がその合コンの幹事なの。
勇気でなくて自分じゃデートになんか誘えないんだけど、合コンでなら話せるかなって………
ほら、ユナって無愛想でしょ?
だからそこを私が優しくするというギャップ効果で……」
「…要は当て馬になれってこと?」
「そう!ホントに無愛想にかけては、ユナの右に出る者はいないと思うの!」
元気いっぱいに力説する彼女には、おそらく悪気はない。
しかも、あながち間違ってもないから怒る気にもなれなくて、ユナはふぅ、とため息を漏らした。
「それ褒めてないからね、貶してるからね……。
でもまぁ、依頼としてなら受けないことはないよ?」
冷静に見ればこれはハイリスクノーリターン。
だが、ユナは多くの人間に愛想を振り向かない代わりに、気に入ったごく一部の相手にはとても甘くしてしまう傾向にあった。
「い、依頼!?それってお金……」
「今度、とびきり高級なランチを奢ること」
「なんだそんなこと。奢る奢る!ユナ大好き!」
じゃ、よろしくね!!と日付と集合場所だけ告げると、ぷつり、と電話が切れる。
打ち合わせとか計画とか、そんなものは一切無く、ぶっつけ本番らしい。
それがミリアらしいと言えばらしいし、そういう単純なところに惹かれたのでもあるが…………
ユナは厄介なことになった、と軽い頭痛を覚えた。
**
「合コン?なにそれ?」
耳慣れない言葉に、イルミは首を傾げる。
音の響き的に何かの略のようなのだが、元の言葉がいまいちこれといって浮かばない。
すると、そんなイルミをちょっと馬鹿にしたように、目の前のヒソカはにやっと笑った。
「なんだ、イルミってそんなことも知らないのかい💓?」
乗せられてはいけないとわかりつつもその言い方に無性に腹が立って、イルミはわずかに殺気を滲ませる。
「別に、知らなくても困らないし」
つん、と突き放したように冷たい声を出せば、ヒソカはやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「そうかな?あれはあれで結構勉強になるんだけどなぁ☆
ある意味、これ以上ないってくらいの心理戦だからね💛」
「心理戦?なに、戦いなの?」
合コン………やっぱりそんな戦い方、聞いたこともない。
合流、合同、合格…………?
コン………コンクール?コントロール?
イルミは頭の中で、色々な組み合わせを考えてみたが、特にどれもしっくり来なかった。
「おや、興味を持ってくれたのかい★?
そういや近々合コンが行われるんだけど、イルミも来るといいよ」
「いいよ、面倒だし。
それにオレはお前と違って戦闘狂じゃないんだから、金にならない争いはしない」
まっ、たとえ合コンがなんであれ、そういうことだ。
我ながら無駄なことに頭を使ったな、と軽く反省し、さっさと家に帰ろうと思った。
ヒソカと仕事をすると、いつも無駄話が多くて帰りが遅くなる。
もしかしたらまだユナが起きて待っているかもしれないのに………
「そういやイルミって奥さんと上手く行ってるのかい💓?」
「……いきなりなんの話?」
「ちょっと気になっただけさ。
キミ、まだ一回も会わせてくれてないだろ★
ボクが結婚したって聞いたのは最近だけど、もう3か月くらい経つらしいし、仲良くなったのかなって💛」
奇しくも、ユナのことを考えていた矢先に、ヒソカから投げかけられた質問。
仲良く…………?
別に彼女とは嫌々結婚した訳ではないし、お互いにある程度割り切っているから、夫婦生活はそこそこ順調だ。
だが、仲良くと言われたらどうだろう?
イルミは自分の父と母のことを思い浮かべてみたが、自分たちはあんな感じではないな、と思った。
「うーん、上手くいってないならさ」
「待って、オレ別に上手くいってないなんて一言も言ってないよ」
「そう💓?
まぁ、どっちでもいいけど、結婚生活も心理戦な部分あるよね★
干渉しすぎても、しなさすぎてもダメ。
表面上は上手くやってるように思ってても、実はキミに不満を抱いてるかもね☆」
「…不満……」
言われて見れば確かに、ユナはオレを避けがちな気がした。
夜、自分から求めてくることなんてありはしないし、オレから誘ってもかなり強引に行かないと「眠い」と断られる。
今まであんまりそういうのに興味がないのかな、くらいにしか思ってなかったけど、あれはオレだから避けていたのか………
そう思ったら、なんだか胸の辺りがモヤモヤした。
「もちろん、彼女に直接聞くのもアリだとは思うけど、女ってのは察して欲しい生き物だからね。聞いたら逆に幻滅されちゃうかも☆」
「そうなの?うちの母さんは自分から全部べらべら喋るけど」
「え、あ……でもキミのお母さんは参考にならないんじゃない?恋愛結婚だし。
心理戦、勉強になると思うけどなぁ💓」
どうやら、ヒソカはどうしてもオレをその合コンとやらに連れていきたいらしい。
何か厄介なことでも企んでいるのか……。
そう警戒しつつも、ユナのことがわかるようになる『訓練』だと思えば、気にならなくもない。
3ヶ月一緒に暮らしても、相変わらず彼女はよくわからない存在だった。
「…考えとく」
イルミにしては優柔不断な答えに、ヒソカは計画の成功を予感した。
**
「お待たせー!」
「…誘った本人が遅れるってどうなの?」
今日は例のあの合コンの日。
ユナは淡いグリーンのワンピースに身を包み、ミリアの到着を待っていた。
「あと5分遅かったら帰ってたよ」
「ごめんごめん」
残念ながら彼女には全く反省の色が見られなかったが、ユナは口で言うほど怒ってはいなかった。
彼女と待ち合わせをして遅刻されることなど毎回のことで慣れてしまっている。
ただいつも待たされるのとはまた違って、今日はなんとなく落ち着かなかった。
「あっ、紹介するね。
こっちは同じハンターのアリスちゃん。二人とも今日はよろしくね」
「初めまして、アリスです」
「ユナです、よろしく」
そうか、合コンだから勿論他にも女の子がいるのか。
なんだかんだ言って、ユナも合コンには初参加。
当たり前なのだが自分以外の友達といるミリアに、少し胸がざわめく。
アリスと名乗った女性は同い年くらいで、大人しそうな雰囲気だった。
「それで、ユナは旦那に合コン行くって言ってきたの?」
約束の時間まで、あと15分くらい。
当初の予定では10分前には店に到着するはずだったが、これではおそらくギリギリになるだろう。
歩き始めるとすぐに、ミリアがそんな質問をしてきた。
「え?何言ってるの。
言えるわけないじゃない」
イルミには今日、出かけることすら言ってない。
実際のところはどうなのかわからなかったが、弟にも友達を作るなというような人間だ。
もしかすると私に友達がいると知ったら、いい顔をしないかもしれない。
それに今日も今日とてイルミは仕事だし、下手に遊びに行くと言うよりは黙って来た方が面倒くさくなかった。
「えっ?ユナさんご結婚されてるんですか?」
「あ、勘違いしないでくださいね。
浮気とかそんなのじゃなくて、この子の当て馬に来たんですよ」
愛想のなさに定評があって誘われた、と正直に言うと、アリスは苦笑する。
浮気ではないと言ったものの、一応外した指輪のせいで、左手の薬指が軽いような気がした。
「それ、まずくない?
旦那怖いんでしょ?」
「誰のせいでこうなったと思ってるの」
「旦那さん、どんな人なんですか?」
控えめながらも、アリスの目は好奇心に満ちている。
どんな人……
そう改めて聞かれると、ユナにもわからないような気がした。
「あ、ダメダメ。
ユナの旦那はやばいからね、私だって写真すら見たことないんだよ。
顔写真だけですっごい高値らしいし」
「えっ…なんかすごいですね」
「政略結婚です」
相変わらず口の軽い友人に、情報屋としての自分が内心舌打ちをする。
はっきりとそう言い切ったユナに、アリスはなんとも言えない表情をしていた。
**
「誰こいつ?」
「何言ってるんだい、今日の参加者だよ★」
待ち合わせ場所にヒソカはもう一人の男を連れてやってきた。
イルミはすぐさま警戒をしたが、どうも相手はただの一般人らしい。
先程からしきりにおどおどとヒソカの方を見ているところをみると、脅されているのだな、とすぐにわかった。
「聞いてないんだけど」
「心配しなくても彼はただの数合わせさ💓
合コンってのは最低でも3対3の『バトル』だからね」
そう言ったヒソカはいつものふざけたピエロの格好ではなく、わりときちんとした私服姿で髪も下ろしている。
イルミもイルミで、今日はヒソカに言われた通り、グレーのジャケットに細身の黒のパンツと言った完全なる私服姿だった。
「よくわからないけど……合コンってルールの多い戦いだね。
知らない奴がそんなに来るなら、顔を変えた方がいいかも」
「あっ、ダメダメ☆
ダメだよイルミ!
顔はそのままじゃなきゃ、意味が無いんだ💛
偽名くらいにしておいてよ」
「はぁ……ホントに注文多いな」
金にもならないし、面倒だし、なんでオレ来ちゃったんだろう。
もうやっぱり帰ろうか。
そんなこと思っていたら、何も言わないうちからヒソカにダメだよ☆と牽制される。
「心理戦、学びに来たんだろ★
それに、ドタキャンするならするでキャンセル料発生するからね」
「…わかったよ。
で、概要は?
どうなったら勝ちなの?」
面倒くさいから早いとこ終わらせよう。
嫌になったら、心理戦だとかもう関係なく針刺しちゃえばいいような気がしてきた。
「針もダァメ💓」
「…さっきから、オレの心読むのやめてくれない?」
「キミ、何気にわかりやすいんだもん。
ルールは簡単だよ、女を口説いてお持ち帰りすればいい☆」
ハニートラップ的なものか、嫌なやつだな。
だがそれならヒソカが私服で来いと言った理由もわかるような気がした。
「合コンってのはねぇ、男と女が出会いを求めてやってくる所なのさ★
彼氏彼女を探そうっていう集まり💛」
「バトルは?」
にやにやとするヒソカに、あれ?と思う。
なんだか思っていたのと違うんだけど。
怪訝そうに眉を寄せたイルミに、ヒソカは手品の種明かしでもするかのように嬉しそうに笑った。
「恋の駆け引きだよ💓」
「………帰る」
「おっと、キャンセル料いいのかい☆?」
今更後悔しても遅いのはわかっている。
けれども楽しそうなヒソカとは対照的に、イルミは始まる前から気分が重かった。
「いや、ホントにタメになるよイルミ。奥さんの為だと思って頑張って★」
「……うるさいな、わかったよ」
もう二度と仕事以外でヒソカに関わるのはよそう。
滅多なことはするもんじゃないな、とイルミは深く後悔した。
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