- ナノ -

■ ▼そんな顔しないで

携帯電話の着信音。

たったそれだけのことに、過剰反応してしまう。
ナナはしばらく携帯を触ることすら躊躇っていたが、やがて意を決して画面を確認すると安堵のため息を洩らした。

「もしもし」

「やぁ、ナナ☆
もしかしてもう寝ていたかい?」

「ううん…そうじゃないの。お風呂に行ってたのよ」

よかった。相手はヒソカだ。
最近は仕事が忙しいようで会えない日々が続いていたけど、彼とは付き合って半年くらいになる。
咄嗟に出た嘘は、心配をかけまいとするただの強がりでしかなかった。

「そう、なら良かった💛
仕事が終わったからね、もうすぐ会えると思うよ★」

「ほんと?嘘じゃない?」

「信用ないんだなぁ☆」

「だって……この前もそう言って会えなかったし」

彼が具体的に何の仕事をしているのかは聞かされていない。
だけど、本来なら一般人の自分が関わっちゃいけない世界の人間であることは、薄々感じていた。

「大丈夫、今度はちゃんと会いにいくよ★
明日の夜には会えるさ💓」

「じゃあ……待ってる」

「……どうしたんだい?何かあった☆?」

ヒソカは勘がいい。
というより、嘘に敏感なだけか。
けれどもナナは助けを求めることができなかった。
どうせ明日には会えるのだし、いたずらに心配をかけたって仕方が無い。

え?何もないよ?ととぼけると、ヒソカはそう💛と短く返した。

「早くヒソカに会いたいよ」

これは本心だった。


***


「じゃあお先に。お疲れ様です」

「気をつけて帰るんだよ」

「はーい」

バイトを終え、帰路に着く。
晩御飯を食べるには少し遅い時間だったけれど、少しくらいは手料理を振舞いたいなぁなんて考えて、買い物してたらすっかり遅くなってしまった。
ヒソカはもう先に家にいるとのこと。
ナナは早く帰ろうと、少し早足になって歩いた。

それにしても、通いなれた道でも夜は知らないところみたいだ。
スーパーのビニール袋のたてる、ガサガサと言う音がやけに大きく響いて聞こえる。

「…どうしようかな」

ナナは携帯を握り締めながら歩いていた。
いつでも110番にかけられるように。
そして、家でヒソカを待たせていると思うと、近道をしようと考えた。

ここからナナのマンションまでは普通に歩いて15分ほどかかる。
だが、公園の中を突っ切って行けば、10分で着くだろう。

たった5分だが、今のナナは急いでいた。
最近、妙な奴が自分の周りをうろうろしているのも知ってる。
だけど、大丈夫だろう。
振り返って辺りを見回してみたが、特にそれらしい人影もない。

走って通り抜ければ問題ないだろうとたかを括った。

それが失敗だった。


「……きゃっ!!やだ!やっ!」

走り出して、いくばくも行かないうちに後ろから走ってくる足音。
近づいてくる。
腕を掴まれる。
後ろへぐっと体が傾いた。

「やだ!離し……っん!!」

口を押さえられて、声も出せない。
いや、たとえそれがなくても、ナナは声を出すことが許されなかった。
喉元に突きつけられたナイフに、冷たいものが背筋を伝う。
男の荒い息遣いが耳元で聞こえ、大きな手が体中を撫で回すのを感じた。

「やっと、手に入った……嬉しいよ、ナナ」

興奮を隠しきれない様子で男は囁いた。
それが最近しつこく電話をかけてきていた声と同じだと気づいたとき、ナナは絶望した。

あまりの恐怖に固く目を閉じた時。
何かがひゅん、と頬をかすめて続いて鈍い音がした。

驚いて目を開ける。
男の拘束が緩んだのも理由の一つだ。
恐る恐る振り返って見てみれば、そいつが地面に仰向けになって倒れていた。

「え……」

何が起こったのかまるでわからない。
ただ男の首には深々とカードのようなものが刺さっており、生きているのか死んでいるのか確認するのも恐ろしくて後ずさる。

目をそらすことも出来ずに後ずさり続ければ、やがてとん、と背中に感触。
振り返って視界の端に人影をとらえたナナは、今更思い出したかのように悲鳴をあげようとした。

「しっ、ボクだよ☆」

大きな手で口を押さえられて、再び先ほどの恐怖が蘇る。
だが、すぐに誰だかわかるとナナは安堵のあまり腰が抜けてしまいそうになった。

「……ヒソカ…!!」

「…ナナ、あの男は顔見知りかい💓?」

口ぶりは優しいが、その声はどこか詰問するような響きを滲ませている。
顔見知りと言うには語弊があるが、まったく知らないわけでもない。
襲ってきた男は最近ナナにしつこくつきまとっていた相手だったからだ。

「……どうしたんだい★?」

「その……少し前から付きまとわれてて……」

「少し前……💛?」

ナナは今までヒソカが怒るのを見たことがなかった。
いつもにこにことどんな時でも笑みを浮かべていて、怒ったところなんて想像もできなかった。
それなのに、今のヒソカは……

「…どうして昨日電話した時に言わなかったんだい☆?」

じっと射るような視線を真正面から受け止めることになり、ナナは自然、身を固くした。

「ご、ごめん……心配かけたくなくて…それにこんなことになるなんて…」

「他に何された★?」

「しつこく電話されたりとか後をつけられたりとか……い、家まで来たことも…」

目に見えない圧力みたいなものを感じて、ナナは言葉を続けられなくなる。
ヒソカはすっ、と目を細めると、何処からともなくトランプを出して、横たわる男に無言で投げ始めた。

「……ヒソカ?」

トランプはまるで鋭利な刃物のように男の体に突き刺さるが、男はうめき声ひとつ上げない。
ナナはそこでやっとあの男がもう死んでいること、それから殺したのがヒソカであることを悟って青ざめた。

「……ヒソカ、もう…もうやめて」

目の前で男が死んだことには、不思議と実感が沸かなかった。
突然のことで感覚が麻痺してるのかもしれない。
次々とトランプが刺さっていくそれは、もはや物のようにしか認識できなかった。

けれども、

「ヒソカ……ごめんなさい、もうやめて」

愛しい人が冷たい顔でそんなことをしていることには耐えられなかった。

「……ボクの知らない間に、ナナのことをずっと見ていたなんて許せないなぁ

ヒソカはそう言って、顔だけをこちらに向ける。

「だいたいキミもキミだよ。
無防備すぎる、こんなことになるなんて思わなかっただって?
もしもボクが来てなかったら、今頃」「ヒソカ…」

ナナはトランプを投げる彼の腕に抱きついて止めた。
そこでようやく彼は我に帰ったようだった。

「……そういや、キミに見られちゃったね★」

彼のためらいのない動き、そして刃物のようなトランプ。
何の仕事をしているのかは知らなかったが、きっと人の命を奪うことも珍しくないのだろう。
彼は私を見下ろすと、少しだけ眉を下げた。

「怖いかい💓?」

「……」

「ご覧の通りボクは人殺しさ☆
別にこれが初めてじゃない。
あの男のしたことを責められるような立場にはないんだ」

ヒソカはそこでにやり、と笑った。
でも、いつもみたいに楽しそうな笑い方ではなかった。

「…しないで」

「え」

「そんな顔、しないで」

ナナは驚くヒソカに構わず、ぎゅっと抱きつく。
今離れたら、彼がどこかへ消えてしまうような気がした。

「ヒソカがどんなことをしててもいい……だから、そんな悲しく笑うのだけはやめて。
いつもみたいに笑ってて」

「ナナ……」

パサリ、とトランプが落ちる音がした。
それからヒソカの両腕がナナを包むように回される。
慣れ親しんだ温もりに、思わずじわりと涙が滲んだ。

「キミはホントに……」

ククク、と笑う声はいつもの彼のものだった。

「そういう無防備なのが良くないって教えたばかりだろう💛?
だからキミはボクみたいなのに、すぐにつけこまれる★」

「ヒソカになら、いいよ」

間髪入れずにそう返すと、ヒソカは嬉しそうに目を細める。
こんな悠長なことをしている場合ではない、と頭のどこかではわかってるのに、彼さえいればなんとかなるような気がした。

「そうだね。ボクだけなら、いいさ☆」

たとえ貴方がどんな人でも。

貴方と一緒にいられるのならそれでいい。
貴方の笑顔が見られるのなら…

「私ね、ヒソカの笑った顔が好き」

「そんなことを言ってくれるのはキミくらいのものだよ★」

「うん。そう思うのは、私だけでいい」

「それもそうだね💓」

暗い夜道、繋いだ手。
明日の新聞やニュースはきっと大変な事になる。

だけどそれがどうしたと思う自分に、ヒソカだけじゃなく私も変なのかな、と思った─。




End

+++++++

とら子さん、リクエストありがとうございました!
夢主がストーカー被害にあってヒソカが嫉妬&説教する話、ということでしたが、わりとシリアスになってしまいましたね…(;^ω^)

拙い表現ですし、おそらくハンター読者様なら大丈夫だと思われますが、若干グロくなってしまってすみません
今回改めてヒソカのキャラも難しいなぁという発見もあったので、これからもっと精進しますね!

読んでくださってありがとうございました!


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