- ナノ -

■ ▼知ってますか、犯罪ですよ?

─偶然ってあるんだな。

最初はナナだって、そんな風にしか思ってなかった。
土砂降りの雨の日、すっ、と傘を差し出してくれた彼。

実はもう既に会うのは3回目。

一度目はナナが犬の散歩中に。
二度目は家の近くのカフェで。

とても綺麗な男の人だったから、よく覚えている。
まぁでもその時は、特に話したこともなかった。
視線を感じたから、そちらを見れば目が合って。
なんとなく微笑めば、すぐさまその目は反らされた。

名前も知らないそんな彼。

「あなたは………」

また会えたことに少し嬉しくなって、今回こそ名前を聞こうとした。
傘を貸してくれるなんて親切な人。
だが、その傘にナナは見覚えがあったし、いくら女性のように髪の長い彼とはいえ、流石に花柄の傘は似つかわしくなかった。

「駄目じゃないかナナ。
朝の天気予報一緒に見てたでしょ?」

「え……?」

ひどく親しげに紡がれた言葉に、もしかして人違いなのかしらとさえ思ったくらいだった。


**



「ねぇ、ナナ。
そろそろ起きなよ」

ボイス付きの目覚まし時計なんて買った覚えはない。
それなのになぜか、朝から抑揚の欠いた、耳に優しい声音で起こされる。
念の為に言っておくとナナは一人暮らし。
家に泊めるほどまでのお付き合いをしている男性などいなかった。

「……何度言ったらわかるんです?
不法侵入ですよ」

顔を見なくてもわかる。
例のあの男だ。
私の傘を持って、さも当たり前のように私を迎えに来た男。
よく会うなと思っていたら彼はどうやら悪質なストーカーだったらしく、あの雨の日以来その行為はますますエスカレートしていた。

「不法侵入?
恋人に会いに来ちゃいけない法律なんてあるの?」

「恋人じゃないですし、恋人でも不法侵入は成立すると思います」

しれっと私の布団にもぐり込んでいる彼だが、一応寝込みを襲ったりはしてこない。
それでもやはり気持ち悪いものは気持ち悪く、警察に相談してみたが取り合ってもらえなかった。
彼は警察なんて金で動かせるし、なんて言っていたがそんなのはきっと冗談で。

要は事件性がないから駄目なのだろう。
私がいくら不法侵入だと騒ぎ立てたところで、事情を知らない人からすれば単なる痴話喧嘩で片付けられてしまう。

それにナナ自身も、こうも堂々と家に居座られては、きゃーストーカー!!と今更リアクションするのも馬鹿らしくなってきていた。

「照れ屋さんだねナナは。
その割に下着の趣味は大胆だからかなわないな」

「し、下着っ!?
まさか盗ってませんよね?
立件しますよ」

「大丈夫。流石に数が減るとナナだってローテーション大変だよね。
オレに抜かりなんてないよ。
同じもの買ってすり替えておいたから」

「全然大丈夫じゃないんですけど!」

やばい、この人普通じゃない。
まぁ鍵をかけても普通に入ってきたり、気配もなく背後にいたりする時点で普通でないことは明白だが、考え方が新しすぎてついていけない。
下着の数自体が減っていないのでは、これまた下着泥棒としての立件も難しいに違いなかった。


**


「さ、早く支度しなよ。
今日は買物に行くんだろ?」

ぽん、と頭に手を置かれ、そのままわしゃわしゃと撫でられる。
確かに彼の言う通り、今日は出かけようと思っていたのだった。

「……なんで知ってるんですか?」

「電話で話してくれたでしょ」

「は?」

もちろん、ナナはこの人と連絡先を交換したわけではないから、電話なんかするはずも、した覚えもない。
だがすぐに、ナナは一昨日の夜、実家の母親と電話で話したことを思い出した。

「まさか…盗聴してるんですか?」

「盗聴?
ナナが電話かけてきてくれたんじゃないか」

「ダメだこの人……」

ストーカー心理には大きく分けて5つの種類があると聞いたことがあるが、この人は間違いなくパラノイド系だ。
都合のいい妄想によりストーキングを行うくせに、それ以外の思考は論理的。
しかも、行動は緻密。
いつの間に盗聴器なんか…と思ったけれど、安々と部屋に侵入してくる奴なのだから不可能ではなかったと思い出した。

「あの、念の為に聞いておきますが、カメラとか仕掛けてませんよね……?」

「防犯カメラってことだよね。
オレのいない間にナナに何かあったら心配だし、もちろん付けてるけど」

彼はそう言って携帯を取り出すと、ほら、とこちらに向ける。
そこには今の私達二人の様子がしっかりと映っていた。

「携帯から確認できるんだよ。切り替えのタイミングは弟任せなんだけどね」

「弟まで加担!?一体どういう家庭なんですか!」

「どういう家庭って……言ってなかったっけ?
ウチ、暗殺一家だけど」

「…はいはい」

いや、論理的じゃないからパラノイドですらないかもしれない。
とにかく頭がぶっ飛んでる。
ナナはもう相手にするのはやめよう、と無視を決め込むことにして、とりあえず出かける前に家中のカメラを探し出すことにした。


***


「ねぇナナ、買い物終わったら寄りたいところがあるんだけど」

こいつは忍か、と思うほどぴったりと背後について回るイルミを無視して、ナナはスーパーをうろつく。
そのため、しばらくは大人しくしていた彼だったが、不意にこちらの袖を引くなりそんなことを言った。

「……どうぞご勝手に。好きにすればいいじゃないですか、一人で」

「何言ってるの?もちろんナナも一緒だよ」

「なんで私が。
関係ないですし」

「………前から気になってたんだけどさ」

商品を取るため伸ばした手は、後ろからにゅっ、と伸びたイルミの手によって掴まれる。
非難しようとして思わず振り返れば、彼の黒い瞳と視線がかち合った。

「…ナナにとって、オレってなんなわけ?」

「ストーカー」

「え」

「変態ストーカー」

掴まれた手を振り払う。
私は何も間違ったことは言ってない。
彼に告白された覚えもないし、もちろんそれをOKした覚えもない。
ただ、特別いい対策方法が思いつかないからこうしてずるずると一緒にいるだけで、彼はストーカー以外の何者でもなかった。

「そうなの?」

しかし、いつもは怖いくらい無表情なイルミも、その時ばかりはとても不思議そうな顔をしていた。

「やっぱり自覚なかったんですか?」

「自覚って何さ」

彼はゆっくりと人差し指で私の眉間をつつく。
どうやら怪訝な顔をしたので、そこにシワが寄ったらしい。
一体なんと説明すれば彼にわかってもらえるのか、ナナは頭を悩ませた。

「そもそもいつ、私があなたの恋人になると言いましたか?」

「……言ってないね」

「でしょう?だから何度も言ってますが、全部あなたの思い込みです。
私達は恋人じゃない、あなたのしてることは犯罪で─」

「じゃあ、付き合ってって言ったら付き合ってくれるの?」

「え………」


ぴたりとナナの思考は停止する。
彼はこてん、と首を傾げ、こちらを見つめてきた。

「だってそうだろ?
恋人じゃなかったから、ナナは嫌がってた。
だったら、告白したら恋人になってくれる?」

「それは……」

「オレのこと、嫌い?」

どうなんだろう。
正直、ストーカーと言う意味では怖いし気持ち悪い。
だけど別に、一緒にいて不快かと問われれば、そこまでではなかった。
まぁ、馴れたせいもあるが。

「す、好き嫌いの問題じゃないです」

「じゃあ何?何が問題なの?」

「だからストーカーは犯罪で」

「犯罪を犯すくらい好き、って考えられない?」

とんでもないポジティブ発言に、呆気にとられてすぐには言葉を返せない。
そのまま彼は何を思ったのか、私が取ろうとしていた商品をかごにぽとりと入れた。

「別に、すぐに好きになれなんて言ってないよ。
ナナが好きになってくれるまで傍に居続ければいいだけの話だしね」

イルミはさらっと恐ろしいことを言うと、まるでナナの頭の中を読んだように次々と必要なものをかごに入れていく。
でも、不覚にも一瞬だけ彼の言葉にドキッとしてしまった。
そう、不覚にも。

だから今度は前を歩きはじめたイルミをナナが小走りで追いかける。

「好きになるまで、ってそれじゃあ私が好きになったら、イルミさんは私の元を去るんですか?」

「ナナが傍にいて、って言うならいるよ」

「そう……」

この変態ストーカーを追い払う手はたった1つというわけか。
今度はイルミが商品を掴む前に、ナナは先にそれをかごへと入れた。
空を掴んだイルミは驚いて、こちらを見る。

「だったら、一生好きになりません」

「え?」

なるべく彼の顔を見ないようにして、いつもよりたくさんの食材を買い込んだ。
それこそ、一人では食べきれないような分。
かごの中を覗きこまれて、ナナは自分の顔が赤くなるのを感じた。

「それじゃあ、一生オレはキミについてまわるけど?」

「勝手にどうぞ」

「素直じゃないね」

それからイルミは「これは家に買い置きがあったはずだよ」と勝手にかごから棚へと戻した。

「さすがストーカー」

「ストーカーも悪くないでしょ?」

「それはノーコメント」

彼が居候、それから本物の彼氏になる日は、そんなに遠くない未来なのかもしれない。
だけど今は─

「ダブルベッドなんて買いません」

「なんで?狭くない?
そもそもナナの部屋自体、オレの家の犬小屋よりも狭いんだけど」

「失礼な!だいたいこんな高い店で買えるわけ無いでしょう!」

「高くないよ、普通だって」

帰りに寄りたいというから来てみた家具屋で、ナナはため息をついた。


─今はまだ、こいつは変態ストーカーでいい。




End

+++++
和葉さん、リクエストありがとうございました!
イルミが変態ストーカーな話、と言うことで、さてどう変態にしようかと考えましたが、やっぱりヒソカの『変態』とはまた違う感じになりましたね…
こっちはこっちで悪質、というか精神的な怖さがあります(笑)
結局、ちょいギャグ風味になってしまいましたが、気に入って頂けると幸いです。

また連載のほうもぼちぼち更新していきますので、これからも当サイトをよろしくお願いしますね!


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