- ナノ -

■ ▼追いつ追われつ

2月14日、午前3時。
要するに、深夜。

ナナは携帯の着信音で目が覚めた。

「……………誰?」

割と自分は眠りが深い方。
だから目を覚ましたってことは、それなりに長い時間かけ続けられていて、なおかつ重要な用件であるということだ。
だから、本当は無視してもう一度眠りたいのを我慢して、ナナは電話に出る。
画面に表示された番号は、幼馴染みの兄、イルミのものだった。

「……もしもし?」

「や。ナナ」

「どうしたの?こんな時間に」

ナナの家は毒や薬品を扱う家業だから、ゾルディックとは古い仲である。
年齢的にはイルミと十ほど離れていたが、よく向こうの家に遊びに行っていた為、ゾル家兄弟とは皆仲がいい。
しかし、それにしてもこんな時間に電話をかけてくるなんて思いもしなかった。

「ねぇ、準備できてる?」

「え?」

「今日、期待してるから」

「は?」

寝ぼけている私が悪いのだろうか。
全く話が見えてこない。

…イルミと何か約束してたっけ?
もしそうなら、破ると怖い。

ナナは『今日』というワードに、思わずカレンダーへと視線を走らせた。

「あ………もしかして、バレンタイン?」

今日は世に言うバレンタインデー。
なんだかんだで、ゾル家兄弟には毎年あげている。

「それ以外に、なにがあるの?」

そう言ったイルミに驚きつつも、ナナは一応用意してて良かったーと、こっそり胸を撫でおろした。

「イルミ、チョコそんな好きだった?」

「ううん。でもナナのなら食べてやってもいいよ」

「なんで欲しがってる奴が上から物を言ってるんだ………」

夜中に起こされるわ、食べてやってもいいよだわ、何かと理不尽だ。
年上じゃなかったら一発くらい殴ってる。
あっ、もちろん絶してもらわないとこっちの手が砕け散るけど。

イルミは自分の言いたいことだけ言うと満足したのか、「じゃ」と言って通話を切った。

「勝手な奴………」

チョコレートくらい、イルミならいくらでも貰えるだろうし、なんなら高級チョコだって山のように買えるだろう。

それは勿論、キルアもそうなんだろうけど………
ナナは今年こそ、と用意した本命チョコレートを思い浮かべて今からドキドキした。

明日、いや今日こそは気持ちを伝えるんだ。

「もう、変な時間に起こされたから寝付けないじゃないの…」

ナナはがばっと頭から布団を被ると、キルアのことを思い出して一人赤くなった。


**



「ナナ姉様!」

「わー、カルト、お出迎えありがとう」

試しの門の前につくと、可愛い末っ子がちょこんと立って待っていた。
挨拶がわりにぎゅーと抱きしめてやると、ちょっと赤くなっててますます可愛い。
だが、その可愛い可愛いカルトがこの重たい扉を楽々と開けてしまうのだから、やっぱりゾルディックって侮れない。

中に入り、二人で本邸まで歩いていく道すがら、彼は妙にそわそわしていた。

「あ、あの……ナナ姉様。
今日って、何の日かご存知ですか」

カルトだけなら、走ればすぐ帰れるのだろうが、私がいるからそういうわけにもいかない。
長い道のりで焦れてしまったのか、待ちきれずに自分から聞いてしまうカルトに思わずくすりと笑った。

「バレンタイン、でしょ?
毎年あげてるじゃん。カルトの分も勿論あるよ」

本当は後で渡そうと思っていたけど、聞かれてしまったのならここであげてもいいだろう。
ナナは持ってきた紙袋からラッピングされた手作りチョコレートを取り出すと、はい、と手渡す。

ぱっ、と輝いたカルトの顔を見て、まだまだ子供だなと微笑ましく思った。

のも束の間。

「では、そちらはもう必要ありませんね」

「えっ!?」

ばっ、と袋ごと奪いさられる残りのチョコレート。
突然のことに、呆気に取られていればチョコレートを持ったままカルトはものすごいスピードで走り去っていく。

「ナナ姉様は僕にだけくださればいいの」

「ちょっ!カルト、待ちなさい!!」

もちろん、追いつけるわけもない。
だが、ナナだってここで諦めるわけにもいかない。

「あの中に本命も入ってるのよ…」

広い広いゾルディックの庭。
こんなところに置き去りにするなんて、カルトもなかなか鬼だ。
とりあえず執事邸にだけでもたどり着かねばと、ナナは泣きそうになりながら山道を走った。


**


「カルトの奴、なかなかやるな……」

自室でモニターを見ていたミルキは、既に自分で買ったチョコレートを貪りつつそんな感想を漏らす。
もちろん、これだけでは満足しない。
ナナからも貰うつもりである。

そのままカルトがそのチョコレートを一体どうするのかじっと見守っていれば、幼い弟はなんとまるごとゴトーに渡した。

『ゴトーにあげる』

『いえ、そのようなもの受け取るわけにはいきません。
それにこれは…ナナ様がお作りになったものでは?』

『だから何となく棄てられなくて』

なるほど、そういうことか。
我が弟はこれでもまだちょっと情はある方らしい。
きっとこれが長兄だったならばナナの目の前で『じゃあもう残りは必要ないよね』と言って粉々に砕きかねなかっただろう。

だが、それが命取りだったな、とミルキは一人ほくそ笑んだ。

─ゴトー。一旦受け取れ。

事前にゴトーのメガネに仕込んでおいた超小型トランシーバー。
耳のあたりにスピーカーがあるから、小さな声で言っても十分伝わる。

カルトにも俺にも受け取れと言われれば、ゴトーはそれに従う他なかった。

『わかりました。それではこの私が預からせていただきますね』

『うん、食べてもいいから』

『はい』

作戦通り。
後はささっとアレを回収すれば………
とはいえ、わざわざ取りに行くのめんどくさいな。

─ゴトー、適当に誰かに持ってこさせて

これでよし。
ミルキは満足してモニターを消すと、やりかけだったゲームに手を伸ばした。


**



「おや、ナナ様ではありませんか。どうしてこちらに」

幾重にも張られたトラップのせいで命からがら執事邸にたどり着けば、そこには頼りになるゴトーの姿が。
ナナはこれ幸いとばかりに、彼にすがった。

「あの、カルト見ませんでした!?」

可愛い顔してやることがえげつない彼は、もしかしたらもう残りのチョコを粉砕してしまっているかもしれない。
それでもせっかく気持ちを込めて作ったのだから、そう簡単には諦められなかった。

「カルト様ですか?
しばらく前に一度ここに来られましたが……まさか、ナナ様を置き去りにして?」

「そう!あの子、私からチョコを強奪して…!!」

「チョコ……」

そのワードにゴトーは困ったように眉を寄せる。
あ、なにその反応。
知ってるのね。
在処を、もしくは事の顛末を知ってるのね。

だが、ナナが質問をするよりも早く、不意に後ろから声をかけられた。

「ナナ」

「イルミ様、お帰りなさいませ」

振り返れば、その長い脚でつかつかとこちらに向かって歩いてくるイルミが見えた。
そしてただ歩いてくるだけなら別にいいのだけれど……

「いやぁ!イルミ怖い!!」

全身血まみれなのだ。
彼のことだからおそらくターゲットの血で、本人は無傷なのだろうが、歩く度にポタポタと床に赤い華が咲く。
昼間に会ってもこの迫力なら、夜は恐ろし過ぎて気絶するレベルだった。

「あぁ、これ?
ちょっとターゲットに自爆されちゃってさ。死んでからも他人に迷惑かけるとか最低だよね」

「シャワー浴びてきなよ!なんでその格好のまま来るの!?」

「だって」

イルミはそこまで言って、長い髪を後ろにかき上げたが、血をすってずしりと重くなったそれはなかなか流れていかない。
それに一瞬鬱陶しそうな顔をした彼は、血で濡れた手をそのままこちらに向かって突き出した。

「早くしないと、ナナが帰っちゃうかもしれないと思ってさ。
チョコ、手渡しで欲しいし」

「だから、その手を向けないでって!!」

だいたい、どいつもこいつもどんだけチョコ欲しいんだよ!
ゾルディックの子、ちゃんとご飯食べさせてもらってるの!?
一瞬、そんなことを考えたが、ミルキを思い出し、食べてるわと納得する。

こてん、と首を傾げたイルミは、血塗れじゃなかったら可愛かったかもしれない。

「まさか、オレの分ないの?」

「あ、あるにはあるよ!けど……」

「けど?」

ここで、カルトの名前を出してしまってもいいのだろうか。
イルミのことだから、カルトが持っていったなんて聞いたら何をするかわからない。
ゴトー助けて、とでも言うように、横目でちらりと彼を見れば、ゴトーはため息をついて眼鏡の位置を直した。

「ナナ様のチョコなら、今頃きっと本邸に届いている頃だと思われます」

「えっ」

「本邸に?」

本当だろうか。
でも、ゴトーが嘘つくとは思えないから、きっとカルトは私をからかっただけなのだろう。
この窮地を脱することができた上に、本命チョコも無事だとわかってナナはほっと胸を撫で下ろした。

「そうなの?ナナの気配が会ったからわざわざこっちに来たのに、なんで本人とチョコが別行動してるわけ?」

「い、色々あったのよ」

「ま、いいや。
じゃ、早く本邸に行こうか」

「えっ、ちょ!?うわっ!!」

そう言ったイルミは、こちらの了解もとらず急にナナを肩にかつぐ。
こんな時お姫様だっこじゃないところは彼らしいのだが、今はそんなことよりも─

「いやぁぁ!だからその手で触らないで!!!」

「うるさいな、喋ってると舌噛むよ。
自分で血塗れになりたいわけ?」

「ひぃぃ!!!」

これなら置き去りにされたほうがまだマシ。
お気に入りの服も血で汚れ、ものすごいスピードのせいで髪もぐちゃぐちゃだ。
もう……好きにして……

キルアならたぶん、血塗れの私でも引かないはず。
ナナは観念して目をつぶった。


**



「へへっ、ちょろいな」

まんまとチョコレートを手に入れたミルキは紙袋の中を見て、思わず固まった。
カルトが自分の分を取ったから、残りは恐らくイル兄、俺、キルアの分。

それは別に問題ないのだが……

「明らかにこれ、一個だけ豪華だよな…」

1つだけサイズがでかいし、1つだけハートだ。
一般的な常識から考えて、間違いなくこれは本命なのだろう。
幼なじみのナナがチョコレートをくれるのは毎年のことだったが、いつもは兄弟全員同じものだったのに。
あいつもそういう年頃なわけね。

でも誰にだ?
イル兄になら、いくら本命でもただデカイだけのチョコは渡さないだろう。
どう見たって甘党じゃないし、ウイスキーボンボンとかそういう系を渡すに違いない。

じゃあキルアか?
だが、普段ナナはキルアと喧嘩ばっかりだしな……
実は好きだったとか、そんなラブコメ展開は二次元だけで十分だ。

と、なると答えは………

「ナナ、お前ってやつは……」

ミルキは感慨深そうにため息をつくと、ぎゅっと胸の前でチョコを抱きしめる。

俺のこと、好きだったのか。
それならそうと初めから言えばいいものを、可愛い奴だな。
確かに、ナナとはよくゲームをして遊んでやってるし、あの年頃の女の子は少し年上に憧れるものだ。

ミルキは自分の出した答えに満足してふっと笑みをもらした。

「なんだ、だったら手渡しされるまで待っときゃ良かったぜ………」

「引導ならオレが渡してやろうか」

だが、幸せな気分も束の間、聞きなれた声に浮かべた笑みも凍りつく。
ゆっくりと椅子の回転を利用して振り返れば、薄暗い部屋にパソコンからの光を受けて浮かび上がるその姿─

「うわぁぁあ!!!!」

血塗れの長兄は、まるで今しがた画面から出てきたかのように佇んでいた。


「イ、イ、イル兄か!び、びっくりさせんなよ!!」

「なに?お前まで血を怖がってどうすんの」

「血が怖いんじゃねぇよ!」

「ミルキ、チョコ返して!!」

動揺しつつもさっと後ろ手にチョコを隠せば、兄の肩の上からナナが手を伸ばす。
そんなところにいたのか。
イル兄が抱えてるから死体かと思った。

「皆の分もあるよ!あるから、一旦返そう?ねぇ、返して!!」

「ほらミルキ、さっさと出しなよ。
執事から聞いたけど、お前独り占めしようとしてたんだって?
いい度胸だよね」

「わ、わかったよ、ほら、返すよ!」

兄が怖い。あと血生臭い。
ようやく地に足をおろした彼女に紙袋ごと手渡すと、ナナはホッとしたような表情になった。

「おーい、豚くん。これのセーブデータ……って、お前ら何やってんの」

「あっ、キ、キルア!」

すると、ちょうどナイスなタイミングでそこにやって来たキルアは、この状況を見て怪訝そうな顔になる。
そりゃそうだろう。
だがちょうどいい機会だ。
三人揃ったところでチョコを渡せば、ナナの本命が俺だって皆もよくわかるに違いなかった。

「あ、ナナもいるじゃん。
そっか、今日バレンタインか」

「う、うん、それで今日は」

「でもなんで兄貴もナナもそんな血で汚れてんの?」

それはターゲットが─
説明しだしたイル兄が鬱陶しい。
今はそんなことどうだっていいだろ、それよりも早くナナの本命が誰かって事の方が……

ミルキがイライラしていると、ナナも焦れたのだろう。

あのさ!と声を上げるから、皆の注目は自然と彼女に集まった。


**


「バ、バレンタイン、渡したいんだけど………」

本当は二人っきりになれれば良かったんだけど、今の雰囲気では無理だろう。
乱れた髪の毛を整えると、まずは一番うるさいイルミからチョコを渡す。

「はい、これ」

「どーも」

あれだけしつこかったわりにあっさりと受け取った彼は、わかりにくいけど喜んでいるらしい。
お次はミルキ。
彼に用意していた分のチョコを手渡せば、何故かショックを受けたように固まっていた。

あれかな、女の子から手作り貰うって初めてだったのかな。
あ、いや、そんなことない。そういや去年もあげたわ。

まぁ、今のナナはミルキなんかに構っている場合ではない。
残る大本命のチョコをキルアに渡すべく、緊張しながら彼に近づいた。

「今年もくれんだろ。さんきゅーな」

「で、でも今年は……」

今年は本命なの。
いつも恥ずかしくて会えば喧嘩ばかりだけど、キルアのことが好きだった。
いきなり去年と違ったらびっくりするかな。
でも、今回は勇気出してみたんだよ。
色んな言葉が頭の中で浮かんでは消え浮かんでは消えたが、もう渡しちゃった方が早い。

真っ赤になりながら、ナナは一番豪華なハート型チョコをキルアに向かって突き出した。

「これ!キルアに…!」

「えっ、なんか……」

受け取ったキルアが、思わず目の前の兄二人の分と見比べていることはわかった。
だけどそんな彼の顔を直視できなくて、ナナは俯く。

「ねぇ、キルのだけ大きくない?」

「そ、そんなことねぇ…よ」

「いや、明らか大きいよね。
まさか………本命?」

イルミの言葉に、思わずナナはドキッとして顔をあげた。
視界に入るキルアの動揺した顔。
その顔が見る見る赤くなっていって……

「バッ、バッカじゃねーの!」

照れてる。
ちょっとくらいは私の気持ち、伝わったかな。
キルアは恥ずかしそうにそっぽを向くと、頬をかいた。

「……その、アレだ、ホワイトデー……期待しとけよ」

「う、うん!!」

「じゃあほら、シャワー貸してやるからまたゲームしようぜ」

それでこそ私の好きなキルアだ。
いっつも手加減なんてしてくれなくて、ボロ負けの私が悔しくて喧嘩になっちゃうけど、それでもやっぱりキルアが好き。

「キル、オレもシャワー借りていい?」

「なんでだよ!!」

「あ、ナナも一緒に入る?」

「ふざけんな!!おい、行くぞ」

私の手を取って走り出した彼に、思わず見とれてしまう。
迷路のようなゾルディック家を駆け抜けて、もうどこを走っているかなんてわからなかった。

「オレも…同じ気持ちだから………」

「え」

「聞き返すんじゃねーよ!あーもう!」

ごめん。ホントは聞こえてた。
ここがどこかなんてわからなくても、あなたと一緒ならどこでもいいよ。

「ねぇ、キルなんで逃げるの?」

「マジで来んな!」

たとえ後ろから追っかけてきてるのが、こわーい暗殺者でも─。




End

+++++
キムさん、リクエストありがとうございました!

ゾル家兄弟に邪魔されつつも、キルアに頑張って渡す話、ということでしたが、思った以上にキルアの出番が少ない………すみません(ToT)
やっぱりギャグは難しく、イルミさんが若干やばい奴に……(;^ω^)

微妙な仕上がりかもしれませんが、今回はこれで御勘弁ください!
またこれからも当サイトをよろしくお願いしますね!

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