■ ▼発表
「ねぇ、イルミ……私、ちゃんと合格してるかな?」
そう言って、不安げに俯く幼なじみ。
幾重にも巻いたマフラーに顔をうずめて顔はあまり見えないが、その声は確かに震えていた。
「…大丈夫に決まってるだろ。
なんてったってオレが教えたんだから」
本当は、その手を握って安心させてやりたい。
だけどオレ達はまだただの幼なじみで、この気持ちは彼女には伝えていなかったから手はポケットに入れたまま。
せめて、冷たい風から彼女を守るように、イルミは少し前を歩いた。
「そう、だよね……。あんなに付きっきりで勉強教えてもらったんだもん。
落ちたらイルミに会わせる顔ないなぁ」
「だから、落ちないってば」
別に怒ってるわけじゃないのに、口からこぼれるのはぶっきらぼうな言葉ばかりで。
ナナが不安なようにまた、オレも今日の発表が不安で仕方がなかった。
「イルミと同じ高校行きたいなぁ…」
「初めに、オレがもっとバカなところを受ければよかったね」
「……なにそれムカつく。
イルミは勉強しなくても頭いいからいいよね」
「別に。
まぁ、もしもナナが落ちてたら、オレがお前の行く私立に編入してやってもいいよ」
「なにそれ、意味わかんない」
そこで彼女はちょっとだけ笑ってくれた。
でも、オレの言ってる意味がわからないことはないでしょ?
ナナは単に、進学校だからここに受かりたいのかもしれない。
ここの吹奏楽部が有名だから、通いたいのかもしれない。
だけどね、オレはそうじゃないんだよ。
ナナがいるところじゃなきゃ、どんなに良い高校でも意味ないんだよ。
合格発表が行われるまで、後15分。
掲示板にたどり着くまで、後5分。
自分の時は全く緊張しなかったくせに、おかしいよね。
どうかナナと同じ高校に通えますように。
そして
どうかオレの気持ちを伝えられますように。
**
小学校の時は良かった。
オレが3年生の時に、1年生として入学してきたナナ。
家も近く、毎日のように一緒に登下校をするのが当たり前で、次第にナナが友達を優先するようになったのはムカついたけど、それでもよく二人で帰っていた。
だけど、中学に入ってからはそうはいかない。
ナナが入学してくるまでの2年間、本当につまんなかったよ。
それでもたまに会えば笑顔で手を振ってくれて、昔みたいに家にも遊びに来てくれて。
バレンタインにくれたチョコレートは、あれはやっぱり義理だったの?
いつまでも幼なじみの枠から抜け出せなくて、それでも君と一緒にいられる理由はそれしかなかった。
「中学に行ったら、吹奏楽部に入るんだ」
「へぇ……じゃあオレも入ろうかな」
「えっ?イルミもう次中3で受験でしょ?
今更なに言ってるのよ」
やっと君が入学したと思ったら、一緒にいられるのは一年だけって酷くない?
2歳の年の差を恨んだ、そんな15の春。
オレが君に恋人ができないことを願ってたなんて、そんなことは知るよしもないんだろうね。
言葉にしない好きだよ、に君は気づかない。
オレはまた、今の小さな幸せに浸るだけで満足して、想いはそっと胸に閉まった。
**
「ふぅ、緊張する……」
「何番だった?ナナの番号」
「301、だよ」
高校に到着してみれば、既に発表待ちの受験生が沢山いた。
こうして見ると、毎日通ってるはずの自分の高校が、知らない所のように思える。
親には「一人で見に行くからね」と言っていた彼女が、オレにだけ後でこっそり
「着いてきて」と言ってくれたのは、本当に嬉しかったんだ。
「うん、よし。大丈夫!
私、あんなに頑張ったし!」
「そうそう。
結果見る前から落ち込んだって仕方ないだろ」
君と図書館で勉強した日々が懐かしい。
夏休みは特訓だなんて言って、毎日会ったよね。
真剣に問題を解くナナの横顔に見とれてたのは内緒。
解き方を教える時の、距離の近さにドキドキした。
「イルミ………」
「なに?」
一人、回想に浸っていれば、ちょんちょんと引っ張られる袖。
彼女は躊躇いがちに口を開いたが、またすぐさま考え直したように閉じてしまった。
「あー、やっぱいい。後で言う」
「気になるだろ、言ってよ」
「受かったら、ね」
どうせ君が言おうとしてることなんて、オレにはわかってるよ。
─今まで勉強教えてくれてありがとう
受かったら、きっと君はそう言って嬉しそうに笑うのだろう。
だけど、伝えたいことならオレにもある。
いよいよ発表の時間になって、職員が掲示板の前にやってくるのを見ながら、イルミは静かに覚悟を決めた。
*
緊張の瞬間。
ぱさり、と掲示板にかけられていた幕が降りる。
黒い数字の羅列の中から、オレ達は必死でお目当ての番号を探した。
「ナナ、あそこ!」
「えっ!?どこ!?嘘!?」
冷静に考えれば、自分で見つけたかったよね?
だけど、ごめん。
オレは嬉しくなって、彼女の番号のある辺りを指さす。
彼女の目が大きく見開かれ、それから嬉しそうに細められる瞬間まで、オレはしっかりと見ていたんだ。
「嘘!?
ホントに?イルミ見て!
私の番号、あれ私の番号だよね!?」
「うん、301番。
ナナは受かったんだよ」
「やった!!ありがとうイルミ!!」
ぎゅっ、と抱きつかれて、思わず心臓が跳ねた。
泣き出しそうになってる彼女の背中に腕を回すと、優しく背中を撫でてやる。
「おめでとう」
「ありがとうイルミ!ほんとにイルミのおかげ!
先生には無理だって、ずっと言われてたのに、それなのに!!」
「その先生が、見る目なかっただけじゃない?」
どうせまた、この2歳っていう年の差は、オレ達に1年の猶予しか与えてくれない。
だからこそ、今回はちゃんと伝えるって決めてたんだ。
幼馴染みって関係も、そろそろ卒業するべきだろ?
そっと、ナナから体を離すと、イルミは彼女の顔を見つめる。
寒さのせいじゃなく、唇が震えた。
「ナナ、あのさ……ずっと前から言おうと思ってたんだけど…」
こんな時に言うのはもしかして卑怯?
もしも断られたら、これから同じ高校に通うのも辛い?
─結果見る前から落ち込んだって仕方ないだろ
先ほどの自分の台詞が、今になって反芻される。
「………好きだよ、ナナ。
ずっと前から」
時が止まった気がした。
笑顔だった彼女の表情が、驚きに満ちていく。
オレは今日一日で何回、いるかどうかもわからない神様に祈らなきゃならないんだろう。
「先、越されちゃったな………」
「え?」
やがて、ぽつりと呟く彼女。
オレは一瞬、意味がわからなくて首を傾げる。
ナナは恥ずかしそうにはにかみながら、それでもしっかりこちらを見て言葉を続けた。
「私も……受かったらイルミに告白しようって、そう決めてたんだよ」
「ナナ……」
君の頬が赤いのは、寒さのせいだけじゃないよね?
今日、嬉しいことが2つあった。
1つは彼女が無事に高校に合格したこと。
それからもう1つ。
「好きだよ」
君とオレの気持ちが同じだと知ったこと。
End
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麗さん、リクエストありがとうございました!
初めての学パロ設定で悩みましたが、季節柄受験の話に……(;^ω^)
きっと思い描いてくださってた学パロとは違うと思うんですが、どうも高校生活をやらせるとイルミさんがストーカー化してギャグ夢になりそうだったので(笑)
シリアス甘、くらいに分類されそうですが、どうかこれで大目に見てもらえると嬉しいです(*´∀`*)
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!
またこれからも当サイトをよろしくお願いします!
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