■ ▼来年もまた
─イルミと彼女ってそろそろ付き合って一年だよね
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?
仕事終わりに不意にそんなことを言われて、思わず眉間にしわが寄る。
「もう過ぎてるよ、それにしてもヒソカ」
気持ち悪い。
別に彼女とはヒソカの紹介で知り合ったわけでも、ましてや付き合ったことを事細かに報告したわけでもない。それなのにどうして部外者のこいつに一周年だなんて言われなきゃならないの。
しかも彼女であるナナはヒソカがまったく興味を持たなさそうな一般人。イルミ自身も初めは自分がこんな一般人に惚れるとは思っていなかったが、結果としてそうなのだから仕方がなかった。
「気持ち悪いだなんて酷いなぁ
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ボクはただよく一般人とイルミが一年ももったなって感心してるだけなのに
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」
「大きなお世話だよ。ナナには初めからオレが暗殺者だってこと、隠してないし」
「ふぅん…で、何かお祝いしたのかい
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?」
「お祝い?何の?」
「一周年だよ
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」
だからそれがどうしたんだと問えば、ヒソカは呆れたように眉を下げて見せる。「女の子はそういう記念日を大事にするんだよ
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」女心がわかってないなァ、なんて馬鹿にしたように言われていい気がするわけなかった。
「別にナナは何も言わなかったし。もう過ぎたことだから仕方ないだろ」
「キミに気を遣っただけで本当は悲しかったんじゃないかなぁ
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そういう些細なことからすれ違いが起こるって言うし、キミも気をつけなよ
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」
「あっそ。じゃ、来年ね。ら、い、ね、ん」
「誕生日は
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?彼女のいつなんだい
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?」
しつこいな、と思いつつも、いつと聞かれて反射的にいつだっけ、と考えてしまう。確か、何かの話の流れで聞いたことがある気が……。
「あ」
「どうしたんだい
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?まさかそれも過ぎてたの
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?」
声をあげたイルミに、ヒソカは話を聞く前から肩をすくめる。「まだ。だけど、明後日だ」
「…その雰囲気からすると、何も考えてないよねぇ
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」
「……いいだろ別に。ナナだって子供じゃないんだし」
イルミ自身、自分の誕生日にそこまで特別な注意を払ったことはない。だいたい歳をとると言ったって、たかだか一日日付が変わったくらいでそう何か変化があるものか。
けれどもそんなイルミを詰まらせたのは「彼女は一般人なんだろ
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」という言葉だった。
「来年なんて言ったけど、来年は来ないかもねぇ
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」
「…うるさいな、やればいいんだろ」
「手伝ってあげようか
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?」
「いいよ、それくらい一人でできるし」
からかうような視線を投げかけてくるヒソカが心底憎らしい。イルミだって弟たちの誕生日くらいは祝ったことがある。どうやればいいのかくらいはわかっているつもりだった。
「へぇ、じゃあアドバイスは要らないよね
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ま、せいぜい頑張りなよイルミ
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」
「言われなくても、だよ」
とにかく用意すべきはプレゼントだ。どうせならサプライズとかのほうがいいんだろうか。だけど彼女が欲しいものなんてわからないしな……。
悩みだしたイルミの耳に、ヒソカが別れを告げる声は届いていなかった。
※
「遅いな……」
迎えた誕生日当日。イルミはナナに内緒で彼女の家を訪れたのだが、肝心の彼女がいなかった。せっかく仕事を急ピッチで終わらせて、夜とはいえ日付の変わらないうちにと頑張ったのに、ナナはどこかへ出かけているらしい。
時計を見ればもうすぐ23時で、イルミが少しイライラし始めたころだった。
かちゃり、と鍵の開く音がして、ナナが入ってくる。「どこへ行ってたの」連絡していなかったからか彼女は目を見開いて、びっくりした…と呟いた。
「待ってたんだけど」
「え、あ…ごめん、まさかイルミが来るとは思わなくて」
「今日、誕生日だよね」
「へっ?…覚えててくれたの?」
正確にはヒソカに言われて思い出した、のではあるが祝おうと思って準備していたことに変わりはない。「ケーキ食べる?ナナが前に食べてみたいって言ってたの取り寄せた」冷蔵庫を指さすと、彼女はややあってからにっこりと笑った。
「…嬉しい。イルミがこんなことしてくれると思わなくって…。今コーヒー入れるね」
「ううん、飲み物も用意したから」
「うそ、イルミが?」
「……悪い?」
とはいえ何がいいのかわからずワインやらジュースやらたくさん持ってきたのだけれど、驚いた風の彼女が嬉しそうに笑ってくれたからよしとしよう。
こんな簡単に喜ばせられるのなら1周年もやればよかったと今更ながら思った。
「おめでとう、ナナ」
「ありがとう。イルミは誕生日なんて忘れてるか祝わないだろうな、って思ってたから、友達がパーティー開いてくれた方に行ってたんだ。待たせちゃってごめんね」
「オレもパーティー開いた方が良かった?」
「…うーん、イルミにクラッカー鳴らされたら心臓止まりそうだからなぁ」
そう言って冗談ぽく笑いながら、彼女はケーキを切り分けようとする。「待って、ろうそくは?」「えっ」せっかくの誕生日なのに肝心なイベントを忘れている。ナイフを持ったナナを制止して付属のろうそくを素早く立てると、イルミはあらかじめ用意しておいたライターで火をつけた。
「準備万端だね…イルミ」
「当たり前。キルもこの火を消すやつは絶対にやりたがったからね。自分の誕生日じゃなくても消すって聞かなくてさ。あ、電気消すよ」
暗い室内にろうそくの橙色の灯りが揺らめいて、ぼんやりとナナの顔が照らされる。ちょっと照れくさそうに、だけど言葉にしなくても彼女がはしゃいでいるのが伝わってきて、今なら普段言えないことでも言えるような気がした。「おめでとう、ナナ。ごめんね」「なんで謝るの?」
「1周年も、やればよかった」
彼女が一般人なのは何も戦闘面に限ってのことじゃない。生まれも育ちも違えば、考え方だって違う。『イルミは祝わないだろうな、と思ってた』という彼女の言葉は、彼女の方は自分に理解を示していたということだ。でも決して『祝われなくてもいい』と思っていたわけじゃない。嬉しそうな彼女の表情が何よりの証拠だった。
「いいよ、イルミが無事だったら私はそれで十分だから」
「そっか…歌、歌うね」
「えっ!?いいよ、恥ずかしいし…怖「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー」「イ、イルミストップ!!」
「なんで?早く消したいの?せっかちだなぁ、いいよほら」
「う、うん」
彼女から笑顔が消えたのはなぜだろう。緊張してるのかな。
ふう、と息を吹きかけた彼女は一発では消しきれなくてもう一度吹いてろうそくを消す。
真っ暗闇に包まれたところでようやく電気をつけ、イルミは両手を大きく打ち鳴らした。
「ははは、お誕生日おめでとうナナ」「ありがとう、でも時間が時間だからちょっと静かに…」
「プレゼントは何がいい?殺してほしい奴がいたら無料で殺してあげるよ」
「ホントに、イルミが無事ならそれでいいから。だからね、一旦落ち着こう。ケーキ食べよう?」
そう言って席に座るように勧められたが、イルミからしてみれば無欲なナナは逆に困る。
「いただきます」
「じゃあ、ナナは何が欲しい?なんでもあげるよ」
鞄でも宝石でも服でもなんでもいい。土地でも家でも大抵のものは手に入れられる。
なんでも来い、と構えていたら、彼女は少し首を傾けてうーんと唸り、指をさした。
「それならイルミの苺ちょうだい」
「いいよ、いいけどこんなもの…」
「来年もだよ。来年もイルミの苺ちょうだいね」
「…ナナ」
もちろんいいよ、と頷いた。何が『来年は来ないかもねぇ』だ、ヒソカの奴。
赤く艶のある苺をぶすりとフォークで刺して、彼女の顔の前に持っていく。「ほら、あーん」
「…っ」
苺に負けず劣らず赤くなった彼女だけれど、最後には照れつつも口を開いた。
「ん…美味しい」
そのうちに日付が変わって、ナナの誕生日は終わった。数字としては一つ歳を取った彼女だが、やっぱり誕生日を迎えたところで何も変わりやしない。
それでも来年も再来年も、そのまたずっと先も、彼女のこんな表情を見ていたいと思った。
End
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