- ナノ -

■ ▼それでも繰り返される

仕事帰りにナナの家を訪ねて、あ、まただと思った。

電気は付いてないし人の気配もしないから、たぶん彼女は留守にしている。これが昼間だったら買い物かな、なんて呑気に考えられるところだが、時計を見れば深夜2時。女一人で外を歩く時間でもなければ、普通の用事で出かける時間でもない。

どうして彼女はいつもいつも……。

ついでに部屋の中を物色すると、自分がプレゼントした覚えのない宝石や鞄が次々に見つかる。どれもこれも高級な物ばかりで、どちらかというと吝嗇家の気があるナナが自分で買ったとは思えなかった。

「オレに言えばいいのに」

いくら高級なものとはいえ、このくらいイルミにとってははした金。それよりもナナが他の男と会ってることのほうが嫌だって、何度も言ってるのに。勝手に彼女の部屋から男に繋がりそうなものを全部引っ張り出して、連絡先なんかを見つけた場合はイルミがいつも処理することになっていた。
ちなみに処理と言うのは、その連絡先が書かれた紙をシュレッダーにかけるとかではない。文字通り男たちをこの世の中から消すのだ。

そういうわけで今日も今日とて彼女の身辺を整理していたイルミだったが、流石に見逃せない物が目についてはた、と手を止める。彼女の浮気性についてはもう何度も喧嘩してきたし最後まではやってないみたいだから半ば諦めかけていたが、その相手がイルミの知り合いとなると少し話は変わってくる。

見慣れたトランプに念文字で書かれた連絡先。否応なしに奇抜なピエロが脳裏をよぎる。イルミはそれを見るなりびりびりに破り捨てて、すぐさま彼女の携帯へと電話をかけた。


「もしもし、どうしたの?」

「どうしたの、じゃないんだけど」

思いのほか早く電話に出た彼女は、いつもと変わらぬ調子で受け答えをする。「今誰とどこにいるの?」とテンプレ通りに質問を口にしても、ナナは一切焦る様子が無かった。

「バーにいるよ、可愛らしいお兄さんと」

「堂々と答えたけど浮気だよね、それ」

どうやら今ヒソカと一緒にいるわけではないようだ。しかし次から次へと本当にキリがない。彼女だって弱くはないけれど、酒で判断つかなくなってるところを襲われるってことも十分考えられるのに。

「イルミがそう思うならそうかもしれない。ただバーで飲んでるだけでも浮気って言うんなら」

「この時間で男とだったら浮気だよ。今すぐ帰ってきて」

「じゃあ迎えに来て」

「……わかった、どこ?」

今の状態で彼女のところに行ったら、その男殺しちゃいそうだけどいいのかな。身元を洗って探す手間が省ける分楽だと言えば楽だが、今はすこぶる機嫌が悪い。こんなに浮気されるんだったらいっそ彼女も殺してやろうかとさえ思うけれど、それでも彼女が好きだからまだ生かしている。とりあえず今のところは。

具体的な住所を聞いたイルミは、ヒソカに『死ね』とだけメールを送って、彼女を迎えに夜の闇に溶けた。





「あれ、ゾル…おっと、なんでこんなとこに」

目当てのバーに入るなり、すぐさまナナの姿は見つかった。そしてその隣にいる奴も少なからずイルミは知っている。

「イルミ、針なんか投げたら危ないじゃない。シャルだから無事なものの」

「なんでこんなとこに、はオレの台詞。お前確かクロロのとこの奴だろ。
ナナはオレの女だから近づかないでくれる?」

本当は殺してやろうと思ってたけど、クロロのことも厄介だし、なによりこんな目立つところで戦闘なんかしたら大変だ。イルミはナナの腕を取って帰るよと言うと、シャルは面白がるように口角を上げた。

「へぇ、知らなかったな。ナナってそういう趣味してたんだ?
二人でどんな会話するのか想像できないんだけど」

「シャルと違ってイルミは無口だからね。褒めてもくれないし甘いことも言わないし面白くもないよ」

「じゃ、なんで付き合ってんの?」

人が黙っていたら好き放題言いやがって……。
確かにナナが浮気を繰り返すのは生来のちやほやされたい性格のせいだし、それなら悔しいが自分はあまり向いていない。鞄や宝石を欲しがるのも特にそれ自体に興味があるわけではなく『貰える価値のある自分』が好きなのだ。
そのまま無理矢理引っ張ってもよかったのだが、イルミは彼女がどう答えるのか気になってぴたりと動きを止めた。

「……さぁ、イルミといるとなぜか落ち着くんだよね。見透かされてるから、っていうのもあるけど、背伸びしなくても飾らなくても本当の私を好きでいてくれるからじゃない?」

「へぇ、じゃあ今のナナは偽物ってこと?」

「そうかもね」

「……行くよ」

真剣な顔して、そのくせどこか他人事みたいな調子で語る彼女に驚いた。じゃあまたね、なんてとんでもないこと言うから握った腕に力を込めると、ナナは痛いよと眉をひそめる。

バーから出るともう店のネオンすらほとんど消えていた。そろそろどこも閉店だろう。
お酒の匂いはしてるのにナナの足取りは意外としっかりしていて、さっきの言葉も酒の勢いではないんだろうなと思った。


「……落ち着くならさ、オレから離れないでよ」

もしもオレが別れよう……とは言わないけど、殺そうとしたら彼女はどうするつもりなんだろう。物理的に彼女を殺してしまうのは簡単だった。もしくは無理矢理言う事を聞かせるために、針でもいい。「ナナはオレの言う事を聞いて、オレだけの傍にいればいいんだよ」それこそ背伸びをする必要も、飾る必要もなかった。

「イルミが傍にいればいいんだよ、イルミが離さない限り私はいつまでもイルミのとこにいるから」

「そう、じゃあホントに離さないけど」

「浮気しても捕まえてて」

ナナはそう言うなり逆にイルミの腕を引いて、自分から唇を重ねた。
まだ浮気はするつもりなのか、やっぱり浮気だったんじゃないか、なんて反論は、こぼれた吐息に変わって消える。「ナナ……」次第に変わる深い口づけに、少し呼吸を整えようとした時だった。


鳴り響いた着信音に、思わず二人ともぴたりと止まる。どちらともなく自分の携帯を確認すると、イルミは受信ボックスにピエロからのメールを発見した。「もしもし?」どういうタイミングか、彼女の方も電話だったようだ。

ヒソカからのメールには写真が添付されていた。さっきの旅団の奴と違ってヒソカはナナが誰の女か知っていたらしく、『死ね』の一言で意味が分かったらしい。
少しだけ彼女のことを許しかけていたのに、ヒソカとナナが楽しそうに写真に写っているのを見て、また怒りが沸々と沸いてきた。
特に嫌なんだな、ヒソカは。知り合いだってのもあるけど、本当にナナが取られてしまいそうな気がして。

「うん、うん、わかった、じゃあ明日」

結局イルミは深いため息をつくと、おやすみー、と電話を切ったナナに今の誰?と早速問い詰めた。

「ナナの携帯の連絡先、たまに整理してあげる」

「嫌、イルミすぐ殺しちゃうから」

「殺させてるのはナナだよ」

ぱっ、と彼女の手から携帯を奪ってしまえば、後は身長差のおかげでどうとでもなる。「イルミの好きなとこもう一つ見つけたよ」着信履歴を見れば『蜘蛛2』と書かれていた。まさかクロロ?と思ってリダイアルでかけてみる。

「お?もしもし?ナナ、どうしたんだ?さっき電話切ったとこだろ」

「……」

クロロじゃないみたいだけど、なんかそんな奴蜘蛛にいたな。目つきの悪いジャージの男。どうしてナナは厄介な連中ばかり構うんだろう。

無言で電話を切ったイルミは自分以外の連絡先を全部消した。彼女は怒るでもなくむしろ嬉しそうだった。

「イルミの妬いてくれる表情もね、好きなの」

「……それなら悪循環だね。
でも、絶対に離してやらないから」

手を握って指を絡めて、いつか殺してしまうかもしれないよ、なんて呟いたら、いいよとあっさり返ってきた。

「それでも離さないでね」

笑う彼女の一言に、それじゃあ心中じゃないか、なんて馬鹿なことを考える。でもナシじゃない。彼女がイルミといて落ち着くと言ったように、イルミだってこの手の温度にすっかり馴染んでしまっている。

「今はまだオレにもやることがあって死ねないから、ナナを生かしておいてあげる」

だからヒソカだけはやめてよ、と真剣に頼んだのに、彼女はくすくすと笑っただけだった。


「イルミのそういうとこが好きだよ」


End


[ prev / next ]