- ナノ -

■ ▼無粋な訪問

─次こそ来なかったら、蜘蛛から追い出すって団長が

先ほどマチからそんな最終通告を受け、渋々ヒソカは旅団の招集に応じることにした。確かに元々あまり真面目には参加していなかったが、最近は特に顔を出していない。というのも招集時ではメンバーがほとんど集まるためにお目当てのクロロに隙はないし、何よりヒソカには家を離れたくない理由があったのだ。

「ねぇ、ボク出かけなきゃならなくなったから、イルミ帰ってくれない?」

当たり前のように人の家のソファーでくつろぐイルミに声をかけると、彼は首をこてんと傾げてなんで?と聞く。「オレのことは気にせず行ってきなよ」別にヒソカ一人ならそれでもよかったが、この家にはナナだっているのだ。

「気にしてるのはナナのことなんだけど

ヒソカはため息をついて、イルミと自分で挟むようにして座らされていた彼女の腕を引っ張った。

「蜘蛛のお仕事?」

「うん、そうなんだクロロがどうしても来いってねぇ

ナナとは最近結婚したばかりで、言うなれば新婚ほやほやだ。元はイルミ経由で知り合った暗殺一家のお嬢さんだったが5人兄妹の末娘で甘やかされて育ったため、家業を継がずに駆け落ち同然でヒソカのところに収まった。
まさかこの自分が結婚なんて俗っぽいことをするとは思わなかったが、こうして正式に手に入れておかないと安心出来ないのだ。
現に結婚した今ですらイルミはまだ知り合いという理由だけでナナにちょっかいをかける。はっきりと言わないものの、彼がナナに気があることを知っていたヒソカは気が気じゃなかった。

「ヒソカのことだから心配ないけど、気をつけてね」

「はは、心配しなくてもヒソカはそれくらいじゃ死なないよ、ホント死ねばいいのに」

「イルミ、もう帰ってくれない?だいたいいつもいつも何の用なの

深夜だろうが早朝だろうがお構いなしに突撃してくるイルミのせいで、はっきりいってイチャイチャしたくてもイチャイチャできない。明らかに邪魔してるのはわかってるんだけど、ナナ自体も知り合いのため当たり前のように居座っている。それが許せない。

「オレはナナの両親から娘の様子を見てきて、って頼まれてるからね」

「お父様たち、駆け落ちしたこと怒ってる?」

「もう娘が幸せならいいってさ。ま、でも本心は嫌だろうね。オレと結婚してくれれば、って行くたびに言われるし」

ちらり、と挑戦的にこちらを見たイルミに、やっぱり二人を残しては出かけられないと思い直す。
「仕方が無いだろ、ナナはボクと両想いなんだから」牽制するように彼女の肩を抱くと、その途端ピンポーンとインターホンが鳴った。

「あれ、もしかしてお客さん?」

立ち上がったナナは玄関へと向かうが、イルミがここにいる以上他に客など思い当たらない。「待ってナナボクが」もしも自分やイルミの命を狙うような危険な相手だったらとヒソカが慌てたのも虚しく、モニターを見たナナはあっさりとドアを開けた。

「クロロさんだよ、ヒソカ、お仕事のことじゃない?」

「え、クロロ?」

彼女が言った通り、廊下を通ってリビングへと入ってきた男は紛れもなくクロロ本人。自分で呼び出したくせに、まさかわざわざ家まで来るとは思わなかった。しかも入ってきたクロロは仕事時の団長モードではなく、髪を下ろして爽やかな雰囲気を醸し出し、猫を被っているではないか。

「いつも主人がお世話になってます」

「いやいや、こちらこそ。この前会った時も思いましたが、相変わらずナナさんはお綺麗ですね」

「い、いえ……」

わかり易く照れたナナは、それを誤魔化すようにどうぞ、と奥へ案内する。クロロはソファーに座るイルミ見て僅かに眉をあげたが、特に二人とも何も言わなかった。

「なんでクロロがここに来たの?しかも、この前って前にもナナに会ったのかい?」

とりあえず出かける手間は省けたが、どうしてこう揃いも揃って新婚家庭の邪魔をするのか。「珈琲でいいですか?」「あぁ、ありがとう」ダイニングの椅子にしれっと腰掛け客人ぶるクロロに、ヒソカはイライラとした眼差しを向けた。

「勘違いするな、俺はお前に用があるんじゃない。むしろなんでまだ家にいるんだ?」

「それってどういうこと?ボクが邪魔だって言いたいのかい?」

「あぁ、そうだな。もちろんイルミもだが」

「クロロが一番邪魔なんだって気づけば?いつものダサいコートはどうしたの?」

彼女がキッチンに立っているのをいいことに、男達は見えない火花を散らす。まさかとは思うが、もしかしてクロロまでナナを狙っているのだろうか。モヤモヤし始めたヒソカに追い討ちをかけるように、クロロは顔を寄せて小さな声で囁いた。

「あのヒソカが結婚したなんて聞いたから、嫁の顔でも拝んでやろうと思ってな。
隣の家の林檎は赤いと言うが、想像よりいい女だ」

「…っ…冗談きついなぁ、クロロ

得意のはずの笑顔が、引き攣っているのを自分でも感じた。「お待たせしました、砂糖とかいります?」

しかし、この猫かぶり野郎は下手するとイルミよりタチが悪いかもしれない。「いや、ありがとう。このままで十分だよ」
にっこりとナナに向けられた笑みは、男が見ても色っぽかった。

「……美味いな、ナナさんが煎れてくれた珈琲を毎日飲めるなんて羨ましいよ、ヒソカ」

「珈琲で喜ぶなんてクロロは単純だね、ナナはお菓子も作れるよ?昔よくくれたよね」

「イルミ甘いもの嫌いじゃないの」

「ナナのは食べるよ」

「ほう、それは是非食べてみたいな」

「いいですよ」

あっさりと了承したナナは、ヒソカがイライラしていることに気がつかないのだろうか。欲目と言われようがナナは可愛いし料理も上手いと思っているけど、それは全部夫である自分のものだ。

我慢できなくなったヒソカは立ち上がると、おもむろに彼女の腕を取って廊下まで引っ張り出した。

「ちょっ、何、どうしたの?」

ばたん、と一旦リビングのドアを締め、ヒソカは深いため息をつく。どうせ今頃クロロは笑っているのだろう。人をからかう分には面白いが自分がからかわれるのはごめんである。

「ナナ、もう一回駆け落ちしようって言ったら着いてきてくれる?」

「えっ?駆け落ち?どこへ?」

「ボクはキミと二人きりになりたいんだよイルミにもクロロにも邪魔されずにね

もしかすると賞金首狙いや怨恨で命を狙ってくる奴らよりも、あの二人の方が厄介かもしれない。ヒソカの言葉に頬を染めたナナは、いきなりぎゅっと抱きついてきた。

「いいよ、ヒソカとだったらどこにでも行くよ」

「好きだよ、ナナ

夜ではないから夜逃げではないけれど、そのまま二人は着の身着のまま家を飛び出す。


一方……

「ヒソカが嫉妬してるの面白かったな」

「クロロは遊びならこれ以上構わないでよ。
…………っていうか、流石に遅くない?」


放置されたとは知らずに各々好きに喋っていたが、もうその家にヒソカ達が帰ることはないだろう。
すっかり珈琲が冷めてしまう頃、イルミとクロロはようやく二人がいないことに気がついた。


「「やられた……!」」


新婚さんの邪魔するなんて、無粋なマネはやめましょう。


End

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