- ナノ -

■ ▼割に合わない恋

「はぁ、どうしようかな………」

ナナはターゲットの屋敷の見取り図を見ながら、深いため息をついた。

正面にはもちろん警備がたくさん。
実力でいうならこんな敵、いくらいたって苦戦することはないのだが、暗殺となれば出来れば侵入を悟られたくはない。

都合の悪いことに今回のターゲットは念能力者でもあり、いくら絶がうまかろうと円を使われてしまっては意味が無いのだ。
そのため、仕事は時間との勝負になる。
どうしても人手が足りなかった。

「仕方ない、報酬は減っちゃうけどイルミにヘルプしてもらうか」

久々の仕事だった。

ナナは基本的に暗殺を生業としているが、一度仕事をすればかなりの大金が手に入るため、そこまで本腰を入れてやっていない。
貯金が底をついて初めて、その重たい腰を上げるのだから、多少依頼が難しいからと言って断れる状況にはなかった。

携帯を取り出し、知り合いのなかで最も優秀な暗殺者に電話をかける。
彼とは職業柄古い付き合いだ。
だからと言って知り合い割引なんか適用してくれる彼ではなかったが、それでも一緒に仕事をする分には信用できる。

数回のコール音の後、もしもし、と例の抑揚のない声が耳に響いた。

「あっ、イルミ、あのね」

話だそうとした瞬間、聞こえる風を切る音と男の叫び声。
仕事中だったらしい。
思わず、口を閉ざしたナナにイルミは何?と続きを促した。

「ごめん、取り込み中だったよね」

「いいよ別に。本当に忙しい時は無視するから」

「そっか、それもそうね」

「で、何の用?
久々に仕事するの?」

流石イルミ。
私のことを良くわかっている。
話が早くて助かると、ナナは早速お願いをすることにした。

「実はちょっと手伝って欲しくって。
一人じゃ無理そうなんだよね」

「へぇ、ナナが無理って、ターゲットそんなに強いの?」

「まぁ一応念使いだし?
とにかく人手が足りないの」

イルミに手伝ってもらえるなら百人力だ。
そう思って報酬を口にし、5割でどう?と持ちかける。
電話の向こうの彼はうーん、と唸り、しばし考え込んでいるようだった。

「悪いけど、パス」

「ええっ!?なんで!?
5割じゃ不満!?この守銭奴め」

「最後まで話を聞きなよナナ。
あとさり気なく悪口言うのやめてくれる?
オレ、向こう一ヶ月先まで仕事で埋まってるんだよね」

イルミが言うには、彼はしばらく長期の仕事に出なければならないらしい。
気まぐれに依頼をこなすナナとは違って、ゾルディック家の長男ともなるとスケジュールがびっちりと決められているようだった。

「そういうわけだから無理。
厳しそうなら断れば?
気ままに仕事してるんだから、特に失って困るような信頼ないでしょ?」

「失礼ね。こっちにも色々都合ってものがあるのよ」

「またどうせいつものように、お金がなくなったんだろ」

うっ………言い返せない。
何かもお見通しの長男さんは、呆れたようにため息をつくと、それから何かを思い出したかのように「あ」と声をあげた。

「どうしてもっていうなら、腕の立つ暇人を紹介できないことはないよ」

「腕の立つ暇人?なにそれイルミの友達?
っていうか、イルミに友達とかいるの?」

「友達じゃないよ。仕事の関係でちょっとね。
変わったやつだけど腕は保証する」

イルミから人を紹介されるなんて初めて。
ナナは戸惑いながらも、彼が認めるくらいだから本当に強いのだろうと思って少し迷った。

「うーん、でもな、やっぱりいきなり知らない奴と組むのはね……」

「まっ、それはそうかもね。
だけど、使い用によってはその報酬の1割くらいで引き受けてくれると思うよ、そいつ」

「いっ、1割!? 」

そうなると、残りの9割は当然ナナの懐に入ることになる。
当面生活には困らないどころか、欲しかったあんなものやこんなものまで買えてしまうだろう。

思わずごくり、と生唾を飲んだ。

「………その人の連絡先、教えてくれる?」


***


「あんたねぇ、時間厳守って言ったでしょ!?」

「ごめんよ💛
でも待っててくれたんだね☆」

「馬鹿じゃないの!
一人で出来るなら初めからあんたなんか頼らないわよ」

ナナは15分も遅れてきたピエロに腹を立てていたが、本気で怒鳴るわけにも行かず、睨み付ける。
決行日の前に、一度会って打ち合わせをしたが、その時から胡散臭いやつだった。

見た目もさることながら、その適当な感じが気に入らない。
強化系のナナは、出会った初めから「キミは単純で面白いよ💓」と彼に翻弄され、ペースを崩されていた。

ホントにあのお堅いイルミの知り合いなのだろうか。
とてもじゃないが、真面目な彼とは仕事を一緒にできないだろうと思った。

「遅れたけど、ちゃんと来ただろ★」

「当たり前じゃないの、これで来なかったからマジで殺すから」

「怖いねぇ💛暗殺者って皆、二言目には殺すって言うのかい?」

「言われる自分の方に原因がないか、一度考えてみたらどうなの?」

今更計画を変えるわけにもいかない。
強いことは強いらしいし、こいつにはせいぜい囮として頑張ってもらおう。
ナナは気持ちを落ち着けると、行くわよとヒソカに声をかけた。

「了解★」

その返事を聞くや否や、ナナは地面を強く蹴って飛び出す。
狙うはターゲットただ一人。
その他のことは何も考えない。

だがいくらも行かないうちに後ろからびゅん、と何かが飛んできて。

間一髪、指の間で受け止めたそれを見れば手品で使うような赤いトランプ。

─終わったら、食事でもどう?

念字でそう書かれたハートのエースに、ナナはぷちり、と何かが切れる音がした。

「行かないわよ馬鹿!!
………あっ!」

思わず大声をあげてしまい、しまったと思った時にはもう。
ピカッと目映いライトに照らされるのを感じた。

「侵入者だ!」

「こっちだ!!」

鳴り響く警報。
大勢の人間がばたばたと走りよってくる気配。
ナナはちっ、と舌打ちをしつつ、現れた敵を次々となぎ倒していく。

計画はもう無茶苦茶だ。
早くターゲットのところに行かねば、と活路を探せば、嫌でも視界に入るピエロの姿。
彼はさも面白そうに、塀の上からこちらを見下ろしていた。

「あんたのせいなんだから、見てないで手伝ってよ」

「返事は☆?」

「は?」

「食事の返事💓
ボクと行ってくれるのかい?」

こんな時に何を……と苛立ったが、背に腹は変えられない。
早くしないとターゲットに逃げられしまうかもしれないのだ。

「わかったわよ、行けばいいんでしょ行けば!
さぁ早くちゃんと仕事してよ!」

「OK、任せてよ★」

彼がそう言ってにやっ、と笑った瞬間、ぐいと引っ張られる体。
突然の浮遊感にナナは慌てたが、ヒソカは気にしない。
そのまま彼が、大きく腕を後ろへ引くとナナの体も大きく後方へと引きずられ─

「行ってらっしゃい💛」

とっさに凝で視認すれば、何やら腰周りにゴムのようなもの。
伸びきったそれには今度、元に戻ろうとする力が働くこととなる。

「きゃああああ!!!」

ナナはそのまま一直線にターゲットがいるはずの部屋へと飛ばされた。


**



「きゃあぁぁあ!!!」

悲鳴とともに、窓ガラスを突き破って侵入。
普通の人間だったら、これだけでもう傷だらけだろう。
だがとっさに堅をしたナナはすぐさま立ち上がると、面食らっているターゲットの前に堂々と姿を表した。

「なっ、なんだお前は!?」

「……ふっ、びっくりしてるようね。
計画通りだわ」

「俺の命を狙ってるんだな!?」

ホントは予定とは違うが、逃がさなければもう後はこっちのもの。
念能力者って聞いてたけど、こうして向かい合ってみれば大したことなさそうだ。
男の周りには他にも護衛がいたが、自分より弱いただの人間を護衛につけるなんてどうかしてる。
ナナは安心してじりじりと男との距離を詰めた。

その瞬間、

「かかったな!」

にやり、と男が笑い、地面が揺れる。
ナナの足元から顔を出した植物はみるみると成長し、手足の自由を奪った。

「なっ………!」

具現化?それとも操作?
これだけでは判断できないが、ターゲットの念は植物を操るものだったらしい。
今度は男の方からじりじりと距離を詰めてきて、完全に形成は逆転した。

「威勢の良さだけは認めてやるよ、お嬢ちゃん。
だけど相手が悪かったな」

唇を噛み締め向かってくる男を睨みつけたが、所詮こんな状態では脅しにすらなりはしない。
なんとかしなくちゃ。
そう焦っても、強化系のナナは動きが封じられてしまうと途端に困るのだ。

「誰から依頼された?」

「言わない」

「守秘義務ってやつか?
だけど、死にたくはないだろ?」

「死んでも言わない。
私にだってプライドくらいあるの」

キラリ、と光るナイフが喉元に突きつけられる。
植物の拘束が強くなり、手足の骨がミシミシと音を立てた。

「……っ!!」

「いい加減にしな。
女だからって優しくはしてやらないぜ」

「やめ……、やめて!殺すなら殺しなさい!」

男の手がするり、とナナの太ももを撫でる。
骨が折れてもいい。
渾身の力を振り絞って、ナナは思い切り右足に力を入れ、目の前の男を蹴りあげようとした。


「おっと、そこまでにしてくれるかな☆」

「ヒソカ………!」

声のする方に視線だけ動かせば、ナナが飛び込んできた窓枠に足をかけ、相変わらずのにやにや笑いを浮かべる彼。
新手の登場に、ターゲットの男は目を白黒させた。

「強化系を煽っちゃ駄目じゃないか💓
単純なんだから、すぐに無茶しちゃうだろ」

「こいつの仲間か!?」

「と、言うより、ボクの獲物に手を出して欲しくないんだよね☆」

ヒソカは不気味な笑みを浮かべながら、トランプを口元に当てる。

来ちゃダメ!とナナは声を上げた。

「こいつは植物を操る念を使うわ!
迂闊に近寄ったら………」

「だったら、近づかない💛」

しゅっ、と空を切る音。
驚いて目を見張れば、ターゲットの脳天に深々とトランプが刺さっていた。

「うわぁぁあ!!!」

ゆっくりと、地面に崩れ落ちる男を見て、護衛たちは泡を食って逃げ出す。
部屋には、ぽかんとするナナとヒソカの二人だけが取り残された。

「まったく…これだからキミは目が離せないねぇ★」

「……外の奴らは?」

「全部片付けたよ☆」

「………」

ヒソカが来てくれなかったら、私危なかった。
あれだけ怒ってたけど、ホントに彼は強い。
男が死んで、ナナを拘束していた植物は綺麗に消え去った。

「そんな顔するなよ💓」

「別に…っ…」

痛む足が体を支えきれず、ぐらりと傾く。
気づけば、ナナはヒソカに抱きとめられていた。

「その様子じゃ、食事はまた今度だね★」

「……………ありがと。
ヒソカがいなかったら、たぶん私…んっ!」

強引に塞がれた唇。
驚いて彼を押そうとしたが、手首も痛めていたので力が入らない。

長い長いキスの後、ようやく解放されたナナは耳まで真っ赤になっていた。

「な、何して………!」

「つまみ食い💛」

そう言って、妖艶に笑うヒソカに目を奪われる。
報酬は今のでいいよ、と事も無げに言い放った彼は、ナナの膝裏に手を入れ、抱き上げた。


「逆に高くついたじゃない………」

1割でいいって言うから、ヒソカのことを頼ったのに。
これから貴方に会う度にこんな気持ちになるのなら、この契約は大損だ。

「誘ったんだから、食事は奢ってね」

「……暗殺者って、皆ケチなのかい☆?」

月の綺麗な夜。

たぶん私はこの人に恋をしました。





End


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優美さん、10万打リクエストありがとうございました!

久々に書いたヒソカ夢でどうなることやらと思いましたが、なんとか書くことができました。
なんだか戦闘ばかりで甘さはあんまりなくなってしまったのですが、気に入って頂けると幸いです。

またこれからもサイトの運営を頑張っていきますので、良ければお時間ある時にでも遊びにきてくださいね(*´∀`*)
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!

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