- ナノ -
プライス島がその美しさから天国にもっとも近い島だと例えられるのならば、ククルーマウンテンは暗殺一家の住処であるという事実から、天国にもっとも近い山だと言ってしまえるのではないだろうか。
とはいえ、あちらは年中常夏に近い気候なのに対し、こちらの山頂は逆に年のほとんど冠雪が見られるといった具合だ。そんな、普通の人が暮らすにはお世辞にも過ごしやすいとは言い難い環境の中で、ゾルディック家の住人たちはいかにもありふれた夫婦の会話をしていた。
「あの子たち、今頃どうしているかしらねぇ……」
互いをもっと理解してみろと、ほとんど騙し討ちのような形でイルミとナマエを送り出してから、今日で実に七日目になる。いくらゾルディックの人間と言えど自力で脱出することは無理な距離だから、帰ってくるならきっと今日のうちだろう。
キキョウはというと初日から同じことばかり繰り返して、自分の息子と息子と同じように可愛がって育てた娘のことを、ひたすら飽きもせずに心配していたのだった。
「仲良くできているといいんだけど……」
「二人ともいい大人なんだ。いくらなんでも、七日間ずっと喧嘩してるということもないだろう」
「あら、いやだあなたったら! 私は二人の恋路の話をしているのよ! 帰ってきたらラブラブかしら? ウフフ、楽しみだわぁ!!」
「いやまぁ……そううまく話がまとまればいいが」
いくつになっても、少女のようにはしゃぐ妻の姿は実に愛らしい。が、息子のことを考えたシルバは、彼らの関係が一朝一夕には進まないものではないかと内心思っていた。
仕事の面ではしっかりしているように見えて、あれでイルミはなかなか抜けたところがある。まさかナマエを血の繋がった妹だと、長い間ずっと信じてこんでいるとは思いもしなかった。
しかしながら、期待しすぎないようにとやんわり諫めたシルバの言葉は、妻に余計に火をつけたようだった。
「んまぁ! 元はと言えばあなたが悪いのよ!? あなたが素敵すぎるからナマエちゃんがパパっ子になってしまって、なかなかイルミに目を向けなかったんじゃない!!」
「ふっ、それはお前がオレの話ばかり、ナマエに吹き込むせいだと思っていたんだがな」
「オホホ、いやだわ! そればっかりはホントのことなんだからしょうがないじゃない! あなたったら意地悪なんだから!」
「悪いな、男ってのはいくつになっても好きな女には意地悪したくなる生き物なんだ」
シルバが言うと、まぁまぁまぁと声を上げて恥ずかしそうに扇子で口元を覆ったキキョウは、上機嫌にスコープのライトをちらつかせた。二人しかいないときは、だいたいいつもこのような感じだ。いや、キキョウがどこでも同じ調子なので、子供たちの前でもそう大差がないかもしれない。
ナマエが恋愛に対して、少々夢見がちに育ってしまうのも無理はなかった。そう考えるとこの水準を要求されるイルミの苦労が偲ばれるが、なんだかんだ長男は母親似なのであまり心配も要らないかもしれない。
特に、ひとたび内輪に入れた相手に対する、愛情の深さや執着心の強さとか。それは甘ったるくて綺麗なだけのものではないかもしれないけれど、可愛い義理の娘を任せられるくらいには、シルバは息子のことを深く信用していた。
「でも、そうだな。今回はお前の提案もあって多少強引にきっかけを作ってみたが、ここから先は本人たちに任せるしかないだろう。仮に二人がうまくいったとしても、いかなかったとしても、あいつらの帰ってくる家はここなんだ。二人とも、オレたち自慢の子供だってことには変わりがない」
「ええ、そうね」
キキョウは見惚れてしまうような微笑をたたえて、優美な仕草で頷いた。かと思えば次の瞬間、急にぴたりと動きを止めて、ほとんど言葉にならない歓声をあげた。
「んまぁあああ!! なんて素敵なの!」
彼女がそのスコープを通して、一体何を目撃したのかはわからない。
だがそれとほぼ同時に執事邸から、イルミとナマエの乗った飛行船が無事に帰還したとの連絡が入った。
「こうしちゃいれられないわ! 早く迎えに行きましょう、あなた!」
「そうだな。あいつらには言ってやらなきゃならないことがある」
物凄いスピードで駆けだす妻に腕を引かれ、シルバも強く地面を蹴る。
そしてちょうど本邸を出たところで、小さな二つの人影が並んでこっちに向かってくるのが見えた。
そのうちの片方が、大きく、子供のように手を振る。
「お父様、お母様、ただいまー!」
シルバとキキョウは二人揃って顔を見合わせた。どちらの口元も笑みを我慢しきれないといった感じで、緩んでいるのがよくわかる。
しかしそれではあまりに恰好がつかないと思ったので、シルバは互いの表情がわかるような距離になると、努めて厳格な父親らしい表情を作った。
「おかえり。ナマエ、イルミ」
とはいえ、その努力の効果はいかばかりだったろうか。
耳に届いた自分の声が思いのほか優しい調子だったことに気が付いて、シルバはとうとう降参したように二人に向かって笑いかけたのだった。
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