- ナノ -
取り乱しながら眠りに落ちて、ナマエは夢をみた。
大きなものに包まれている。
ぬいぐるみとは違って、あたたかい。
息遣いと鼓動を感じる。
あたたかさが心地よくて、いつまでもこうして眠りについていたいと思わせるほどだった。
ナマエは目を開いて、あたたかさの正体をみた。
イルミがその長い腕に自分を抱きしめているのだった。イルミはじっとナマエをみつめていた。真っ直ぐな視線にナマエはたじろぐ。
ぎゅっと抱きしめられていて、あつい、とナマエは思った。
イルミの顔が近づいてきて、ふに、と唇を重ねられた。
ナマエは思わず目を瞑ったが、知ってる、と思った。
イルミのキスを、ナマエはすでに知っていた。だって一度、強引に、深く深く、口づけられていたから。それはいつのこと? とナマエは考えて、はっとして目を覚ました。
「ゆ、夢……」
リアルな夢だった。
胸がどきどきしていた。
「えっ」
ナマエは、叫びそうになるのをどうにかこらえた。
ベッドで眠っていたナマエの隣には、イルミが眠っていたからだ。
ほとんど夢のなかの出来事と変わらない。
イルミはナマエのほうを向いて、目を瞑っている。腕はナマエを包むように回されていた。ナマエは動揺した。頬がかっとあつくなる。どうしてこんな状況にあるのだろう。窓から陽が射していて、室内は明るい。朝のようだ。
――ああ、でも
イルミが生きている。
ちゃんと鼓動が鳴っている。
――よかった
ナマエはほっとした。
イルミが毒に侵されて、みたことのない状態になっているのをはじめてみた。混乱した。イルミが死ぬかもしれないと思って、怖かった。だけどイルミは死なないって、言うから。抱きしめて、ナマエをあやしてくれたから。
いつのまにかほっとして、眠ってしまったのだろう。そのあとのことを覚えていない。どうしてイルミと一緒に眠っているのか、わからない。
「素直になれなくて……ごめんなさい」
ナマエは、イルミの頬に手をそえて、語った。
イルミにキスされたとき、どうしようもなく焦った。自分の気持ちがどうこうなんていう余裕はなくて、ただイルミと触れ合っていることに胸が苦しくなった。嫌だったのではない、激しく動悸がして、身体があつくなって、すこし満たされたような気持ちに戸惑った。
イルミを一人の男としてみている自分がいるのだと感じた。その瞬間の言葉にできない感情を、すこしもとりこぼしたくないと思った。だけど混乱が勝って、涙が滲んで、毒素を振りまいて、イルミが死ぬかもしれないと思うと怖くなって取り乱した。
――わかったのかもしれない
イルミじゃなきゃ、だめだっていう気持ちが。
ナマエにとってイルミは、家族として離れがたい存在だった。今だってそうだ。だけどその”家族”というのは、兄妹という括りではなかったのだ。
問題は、イルミが自分をどうとらえているのか、ということだ。
この結婚に必要な気持ちは、ナマエには揃ったのかもしれない。でもイルミにとっては、利点がないとナマエは思ってしまう。そんなに役に立つ能力ではないとはっきり言われてしまったのだから。
どうしたらイルミが自分に想いを寄せるなんてこと、想像できるだろう。難しい気がする。昨夜はおそらく、自分はまた馬鹿みたいに一人で取り乱して、イルミを振り回したのだろう。
イルミはそんなナマエを突き放すでもなく受けとめてくれた、とも思う。
”家族”だから?
それ以上でも以下でもないのだったら、どうしようもない。
ナマエの一人恋慕だ。
「何が、素直になれないの?」
「……えっ!?」
イルミの言葉は唐突だった。
いつのまに起きていたのだろう。
イルミは気だるそうに瞬きをした。咄嗟に離れようとしたナマエの背中に、イルミは手を回す。
「……その、私の毒で、苦しい思いをさせて悪かったな、と思って」
「なんで泣くの」
「え、泣いてなんか……あれ?」
イルミの行動がすべて妹へむける感情なのだと思ったら、それはそれで突き放されたように哀しいと思い、ナマエは気づくと涙していたのだった。
修行をするのだってそうだ。ナマエを妹として強化するための、イルミにとっては兄の役割みたいなものだ。それなのに、キスした。
イルミはきっと理屈や感情など瞬時に消すことができる。
任務だと、仕事だと思えば。
ああ、以前仕事ならぎりぎり、なんて会話をした覚えがある。
イルミにとってはそうなんだろう。
いつまでも子ども扱いされることも、イルミより年下だからなのだろう。
でもナマエにとってはもう違う。
わかってしまった。あのキスで。本当に、わかってしまったのだ。
「そんなに泣いて、急にどうしたの」
「わ、わかんない」
「自分のことなのに?」
「……だって、勝手に流れてくるんだもの」
どんな表情も作れずに、ただただ涙が端からこぼれる。目尻にそっと触れてくるイルミの指に、びくりとした。
「平気よ、こんなの、なんでもないから」
「それなら早く泣き止んでくれる? まるでオレが泣かせたみたいでしょ」
「ちがっ……イルミのせいじゃないから」
そんなふうに触れられたら、好きだと自覚してしまう。
でも謝らなければいけない。そう簡単に、素直になれないから。
いったいなんて言葉にしたら、伝わるのだろう。今のナマエには難しい。
「もう毒は出てないみたいだね、よかった」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいから、少しは落ち着いてくれると助かるんだけど」
「……子供扱いしないで」
「なに言ってるの、とことん子供だよ、自覚がないとはね」
「イルミ」
「なに?」
「私を一人にしないで、お願い」
「……死なないって言ったでしょ」
――そういう意味じゃない
イルミが溜息つくのを、ナマエは涙をこぼしながらみつめた。
一人にしないでって言ったら、イルミはきっと、そうしてくれる。それくらいの情はあるらしいから。一人にしないってことは、そばにいてくれるってことだから、今のナマエが伝えたいことの一部くらいは、叶ったことになる。
[
prev
/
next
]