- ナノ -

■ 03.物で評価を改める

「6、7、8、9、10……10万ジェニー! はぁー売れば売るだけ純利益になるなんて、夢みたい!」

 ヨークシンには夢のような実話が転がっている、というのは比喩でも冗談でもなく本当の事らしい。すっかり夜も更け、客足が途絶えた頃――ゾルディック家を訪れる賞金首狩りは、夜は暗殺者の時間だとばかりに朝や日中にやってくることが多かった。伝承の吸血鬼みたいな扱いである――こうして売り上げを数えるのがミセルにとって至福の時間だった。羽振りのよさそうな客には、ここが決戦前の最終ポイントですよ、とここぞとばかりに商品を売りつけ、一方、懐の寒そうな者にはレンタルとして格安で武器を貸しつける。どちらにしたってすぐに武器は回収できるので、ミセルはまさに濡れ手で粟状態であった。

 ただ一つ、心配なことがあるとすれば、それはこの国の観光ビザの期限が30日しかないことである。そもそも戸籍を持たないミセルは観光ビザの時点で偽造であるし、今現在労働していることについても絶賛法律違反中なのだが、この先長くこの国でビジネスを拡大していくためには、なんとかして就労ビザまで用意する必要がある。しかし、滞在のみのビザとは違って就労ビザとなると、これまた偽造の難度や手間が跳ね上がってしまうのであった。

「よ、相変わらずだな、ミセル」
「ひぇっ!」

 突然、背後からかけられた声に、ミセルは児童向けアニメのキャラクターのごとく盛大に飛び上がった。レジ締め作業を茂みの中でするな、と言われればそれまでなのだが、気配もなく足音もなく、いきなり声をかけるのはやめてほしい。後ろ暗いことには事欠かないミセルであるので、すわ職質か! と思わず身構えてしまうのである。

「び、びっくりした……キルアか……。うん、お陰様でぼちぼち儲かってるよ」

 振り返ると、ここ数日の間にすっかり見慣れてしまった少年の顔が、呆れたようにこちらを見下ろしていた。彼は一応、大事な商品の供給元サプライヤーなので無碍にはできないのだが、ミセル的には販売をお目こぼししてもらえれば、特に関わる理由もない相手なのである。しかしながら何を思ったかキルア少年は、彼の仕事帰りのついでに必ずミセルに声をかける。もちろん商品を買ってくれるわけでもなく、それどころか仰々しい敬語も使うな、と言われて、ミセルはこの少年の扱いに非常に困っていた。有り体にいうと、客でもないのに世間話に付き合わされるのは勘弁してほしい。そんなことする時間があるなら、ミセルは販路の拡大や新商品戦略――賞金首狩り相手以外にも観光客向けの記念品やグッズなど――を考えたい。
 そんなミセルの内心も知らず、キルアはミセルの隣によっと腰をおろした。となればまぁ一応、当たり障りのない話題を振らないわけにもいかない。

「キルアも今日はもう仕事終わり?」
「あぁ」

 ミセルがお疲れ様、と言葉を続けると、キルアの表情が一転して陰りを帯びる。さては、今日の仕事は良くないものだったのだろうか。伝説の、とうたわれるゾルディック家の彼が仕事を失敗するとは思えないので、きっと割に合わない仕事だったに違いない。ミセルはうんうん、と深く共感した。報酬以上の労働は決して楽しいものではない。 いくら無料タダという言葉を愛しているミセルでも、 無料タダ働きだけは絶対にごめんだからだ。

「まぁ、仕事って色々思い通りにいかないことも多いよね」

 ミセルも過去に何度か経験がある。高額な報酬につられて仕事を一生懸命やったら、そのままトカゲのしっぽ切りに合いそうになったり、口封じに殺されかけたりしたこともある。せめて働いた分くらいは払ってよ、と思っても、結局は命が助かったんだからと泣き寝入りばかりだ。

「いつもいつも、自分でやりたい内容を選べるわけじゃないしね」
「そうなんだ。オレは言われた通りに仕事をこなすだけ。本当は……やりたいわけじゃない」

 キルアは躊躇うように、少し声を潜める。確かに、働きたくないという若者の声に、世間の評価は厳しい。彼の場合は家族経営なので、なおさらわがままだとみなされるだろう。「守秘義務に反しない範囲でなら、聞くよ」ミセルはここでようやく、目の前の少年が自分より2つ年下であることに思い至った。体格が良いせいで忘れがちだが、彼はまだ子供なのだ。人生の先輩として、仕事に悩む彼に何かアドバイスしてやるべきかもしれない。
 ミセルのそんな親身な様子を意外に思ったのか、キルアは少し目を瞠ると、それからぼそぼそと話し始めた。

「……今日のターゲットは、とある一家を皆殺しにすることだったんだ」
「何人家族?」
「え? 家族自体は5人。まぁ、他に警備のやつとか使用人とかもいたけど……」

 なるほど、報酬外の分はそこか。使用人のいる家ならかなりの金持ちだろうが、同時に警備の面でも手厚く、面倒なことが多いだろう。殺しても金にもならないのに、増員なんかされていた日には嘆きたくなっても当然だ。
 ミセルはキルアにいたく同情し、自然と暗い表情になった。

「別に、こういう仕事は初めてじゃないんだ。オレ、まだ一人で仕事に行く許可貰ってないから、人手が必要な依頼のほうが多いし。女の人や子供を殺すのだって、これまでにだってあったし……」
「うん」
「だけど今日、なんかお前のこと思い出しちゃって……」
「え?」

 聞けば、一家を殺害したあと、嫡子の家紋入りのボタンを依頼主に届ける必要があったらしい。証拠なら死体だけで十分だし、ボタンの必要性や使い道についてはキルアも詳しくは知らないそうだが、キルアがターゲットを殺害し、そのボタンを回収しようとした際、横からそれを奪おうとしたメイドがいたというのだ。そしてなぜか、キルアはそのメイドとミセルの姿を重ねてしまったらしい。

「ほら、ボタンはこれなんだけど」
「エンブレムボタンだね、うん、純金製」

  鑑定士ではないミセルには、本来正確な識別はできない。ただ、第六感というべき”金覚”が備わっており、彼女は自分のそれを非常に信頼している。つまり、金になりそうか、ならなさそうかくらいの判断はできる。「だけど、ボタン自体は普通だ」いくら純金製だろうと、急場に持ち逃げを画策するには少々物足りない。ボタン一つに金をかけられる家庭なら、もっと価値のあるものがごろごろしているに違いないのだ。

「あれ、お前ならもっとすっげー反応すると思ったのに」
「どういうこと?」
「だって、いつもカネの話ばっかだし……死体から頑張って金を取ろうとしてるメイドの姿見たら、なんかミセルのこと思い出しちゃって」
「失礼な!」

 いくら欲深いと言えど、さすがに暗殺者の前で呑気に死体漁りなんてしない。いや、しているけれど、状況がまた異なる。どうやらキルアは報酬外の働きをしたことよりも、ミセルを彷彿とさせる所業のメイドを殺してしまったことに対して、気まずさを感じているらしかった。知り合いに似てるとやりにくい、というのはわからなくもないが、その前に元から今の仕事内容が気に入ってない、という理由もあると思う。不名誉なイメージを抱かれ、勝手に仕事への不満を転嫁させられるなんてあんまりだった。

「こんな金程度で命投げ出さないよ、どんだけ安いと思ってんの!?」
「悪かったって、ほら、これやるから」
「はぁ? ボタンは届けるまでが仕事なんでしょ」

 ぺいっ、とコインを弾くように投げ渡されたボタン。反射的に受け取ってみると、キルアはいたずらが成功したと言わんばかりににやりと笑った。「よく見てみろって」そう言われて、手の中のボタンをしげしげと眺めてみる。きらきら輝いているのも、そこに刻印されているエンブレムも先ほどキルアに見せてもらったのとそっくり同じものだ。だが、ミセルの”金覚”はピピン、と来ない。

「これ…… 偽物ダミー ?」
「へーよくわかったな。本物はこっち。うまくできてるよな」
偽物ダミー 貰っても、嬉しくないんだけど……」

 とはいえ、もちろん貰えるものは病気以外なんでも貰うミセルだ。自分に全然関係ないエンブレム入りでも、見た目が美しいところが気に入った。

「いや、やっぱり嬉しいな。ありがとう!」
「……っ」

 そう言ってにっこり微笑むと、キルアが酷く驚いたような顔でじっとこちらを見つめかえしてきた。

「……え、返さないよ。これはもう貰ったんだから」
「い、いらねーよ! そんな素直な反応が返ってくると思わなくてびっくりしただけだ!」
「ほんとに人のことなんだと思ってるんだか。素直でしょうに」
「お前のは素直っていうか、 現金・・って感じなんだよ!」

 そりゃそうだ。実のない世間話は面倒なだけだが、プレゼント付きならいくらでも聞ける。しかも、キルアはこのボタンを 偽物ダミーと見抜けるくらいには正しい”金覚”の持ち主なのだ。

(今の仕事に不満もあるみたいだし、キルアが転職を考えるときにはうちで雇ってあげてもいいかな!)

 プレゼント一つで随分と気を良くし、キルアの評価を改めたミセル。彼女がそんなゾルディック家を敵に回すようなことを考えていた事実は、幸いにも誰も知らないのであった。

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