- ナノ -

■ 6.世界の名残



「ねぇ、パクって記憶が読めるんでしょ?」

ララは、長身のパクノダにほとんど仰ぐようにして話しかける。
彼女は一瞬ぴたり、と動きを止めたが「ええ、そうよ」と微笑んだ。

「私の記憶、読んでもらっていい?」

「…どうしてかしら?」

「曖昧なの、なぜか。
私は確かに流星街にいた。
でもその記憶がなぜか断片的で……」

「思い出したいの?」

パクノダはしゃがんで、私の目を覗きこむようにして聞いた。
そしてその聞き方には、思い出さない方がよいのではないか、というような意味が言外にありありと滲んでいた。

「ねぇ、パク……私は誰なのかな」

「どうしたのよ、ララはララでしょう?
それ以外は、私達も知らないわ」

「そうなんだけどさ…」

時折、皆と過ごしていると、無性に懐かしい思いで胸がいっぱいになる。
昔に誰かと似たような経験をしたことがあるのかもしれない。
だが、特に思い当たる節がないし、思い出そうとしても思い出せない。

自分というものがわからなくなって、ララは最近とても不安だった。

「パク、ララがそこまで言うんなら、見てやったらいいんじゃないか?」

「……団長」

気配もなく現れた彼は、にこりともしないでこちらを見る。
相変わらず手には本で、もはやクロロの一部のようだ。
そんな変な彼だが、今回助け舟なのは間違いない。
今の雰囲気では、パクはララの頼みを決して聞いてくれなかっただろう。

クロロの言葉に、広間にいた団員全員がそれとなく反応したことがわかった。

「…わかったわ、じゃあララは何が知りたいの?」

「私が何者か……いや、それじゃわからないか。
私が昔、誰とどんな風に生きていたかな」

ララの言葉に、パクノダはちらりとクロロを見た。
こんなことにもいちいち伺いを立てなきゃならないなんて、結構厳しい組織だ。
クロロはというと、感心したように少し眉を上げてみせた。

「さすがララだな。
お前は頭がいい」

「クロロに言われてもなぁ……」

パクノダの手が私の頭に優しく乗せられる。
確かに、私は年の割にマセているのかもしれない。
だけどきっとそれは、小さい時から過酷な生活を強いられてきたから。
記憶な曖昧な私が言うには説得力に欠けるが、それ以外には考えられなかった。

「じゃあ、やってみるわね。

『あなたはここに来る前、誰とどんな風に過ごしていたの?』」

パクノダに見えたものをそのまま、私も見ることが出来ればいいのに。
残念ながら、彼女の表情からは何も読み取ることができなかった。

「何かわかったか?」

「……そうね」

パクノダは私から離れるようにすっ、と立ち上がった。

「ララはここに来る前、何人かの子供達とグループを作って生活していたみたいよ。
覚えてないかしら?」

子供?グループ?
そう言われればそんなような気もするし、違うといえば違うような気もする。
だけど、パクノダが『見た』というのならそういうことなのだろう。
彼女が見ることができるのは、加工されていない状態の原記憶だと聞いた。

だから、たとえ私が忘れてしまっていても、彼女が見たものが事実である可能性が高い。

「覚えてないか?いや、思い出さないか?」

「……うん、わからない。
でも、皆と過ごしててたまにすごく懐かしくなるのはそのせいなのかな」

誰か、知らない子たちとの共同生活。
じゃあ今頃その子達はどうしてるんだろう。
会いたいな、と思った。
この狭い世界から抜け出して、もう一度会いに行きたいなと思った。

だけど、ふと目が合ったクロロが、難しい顔をしていたから、交わした約束を思い出した。

「そうか…思い出せないか。
それは残念だったな……」

「クロロ…?」

自分の記憶を思い出せなかった私より、彼の方がこの結果を残念に感じているような口ぶりだ。
ララはそれを不思議に思ったが理由を問う間もなく、彼はさっさとアジトの奥へと姿を消してしまった。

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