■ 4.世界の価値は
「ララ、来い」
アジトで生活し始めてはや3ヶ月。
急にクロロに呼ばれて、ララは絵を描いていた手を止めると、彼の方へ片足を引きずりながら走りよった。
「なにー?」
クロロから話しかけてくることなんて珍しい。
基本的に彼は無口で、いつも構ってくれるのはシャルとフィン、それから女性陣だ。
彼は瓦礫に腰掛けたまま、左手で自分の太ももをぽんぽん、と叩いた。
「…どうしたの?」
「座れ」
「そこに?」
「あぁ……」
流石にもうそんな子供じゃないんだけれど……とは思いつつ、言われるがまま素直に腰をおろす。
痛みは全くないものの、まだ治らない片足をぶらぶらさせながら、頭上のクロロを仰いだ。
「クロロ、なに?」
「いや、特に用はない。少しこうしてみたくなってな」
そう言って彼はまた、読書をする。
よくもまぁ飽きないものだ。
ララがアジトに来てから、クロロが本を持っていない姿を一度も見たことはなかった。
話し中であろうと食事中であろうとお構いなし。
流石に風呂や寝るときまでは確認していないが、常に右手に本を開いていて、酷い時は左手でも別の本を読んでいたりするのだから、ここまで来ると病気だろう。
そんな失礼なことを考えていたら、頭の上からクロロの低い声が響いた。
「ララは、何を描いてたんだ?」
「え?あぁ、えっとね、皆の似顔絵だよ」
流星街にいた頃は、玩具なんて手に入らなかった。
もっとも、生きることに忙しくて遊ぶ時間すらまともに無かったけれど、そんな生活の中でも唯一自由に遊べるのが絵だ。
地面に木の棒や石で絵を描くのが、ララは昔から好きだった。
「そうか、似顔絵か。それはすごいな」
「見せてあげる」
クロロがそう言ってくれたのが嬉しくて、ぴょんと膝から降りると、絵を描いた紙を取りに行く。
戻ってくると、今度はクロロが抱きあけて膝に座らせてくれた。
「どれどれ、ほう……なかなか上手く描けてるじゃないか」
「これがクロロ。でね、これがシャル、マチ、フィン、フェイ……」
順番に指で指し示していくと、うんうんとクロロは頷く。
それからもう一度上手だな、と笑って頭を撫でてくれた。
「褒めても何もあげないよ」
「はは、そんなつもりじゃないんだがな。照れてるのか?」
「違うってば」
とても幻影旅団の頭と思えないほど優しく笑って、クロロはもう一度ララの描いた絵をじっと眺める。
色んな素晴らしい絵画を見てきたクロロに見られるのはなんだか恥ずかしく、ララは手を伸ばして取り返そうとした。
「これ、俺にくれ」
「え?」
「お前の絵だよ」
クロロはこちらがまだ返事もしないうちに、片手で器用に紙を筒状に丸めた。
まさか、くれとまで言われると思ってなかったから、ララはびっくりする。
「え、だめだめ。そんなちゃんと描いてないし、落書きだし!」
「落書きなんかじゃない。
十分上手く描けてるよ」
クロロはそう言ったが、どう見たって所詮子供の絵でしかない。
彼がいつも欲しがるような価値のある絵達とは程遠い代物だった。
「お前にはまだわからないだろうけど、美術品の価値は上手い下手じゃないんだ」
「ん……?それって、やっぱ下手ってことじゃん」
「そうじゃない」
ララの指摘に苦笑したクロロはふと、どこか遠いところを見つめた。
その眼差しがやけに切なげで、ララは一瞬言葉を失う。
「今までお前の絵は、地面に描かれて後に残らなかっただろう?」
「……うん」
「だから、俺はこれが欲しいんだよ」
流星街での暮らしなど、彼にはお見通しだったんだろうか。
紙に描かれた旅団メンバーの隣には、ちゃっかりララの顔も描かれていた。
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