- ナノ -

■ 3.世界の記憶



「フィン、肩車してよ」

「なんだよ、お前もいい年なんだからガキみてぇなこと言うなよ」

そんな風に文句を言ったって、フィンクスは絶対に肩車をしてくれる。
見た目は怖そうだが、彼はとっても優しいし、面倒見が良かった。

「だって私、足骨折してるし」

「骨折くらいなんだってんだよ、しかも片足だろ?」

よっこらせ、と爺くさいことを言いながら、彼はララを乗せてくれる。
視点が高くなると、それだけでとっても偉くなったような気がした。

「フィン達と一緒にしないでよ。
私は念が使えないんだから、まだ全然治らないもん」

「そうかよ」

フィンは短くそう言っただけだった。
てっきり「じゃあ鍛えろよ」とか言われるかと思ったのに。
フィンクスはいつもより元気がないように思えた。

「うわー、フィンそれアウトじゃないの?
ロ、リ、コ、ン」

「うるせーよ」

「お前ら楽しそうだな」

ふと、広間を通りかかったシャルとウボォーが冷やかすようにそう言った。
普段は背が高くて、見上げてばっかりのシャルだったけど、こうして上から見てみるのも面白い。
あ、ウボォーはダメ。
肩車してもらっても見下ろすところまではいかなかった。

「フィン、似合ってるぜ」

「嬉しくねーよ」

「でも、前にもこんな…」

とっても懐かしい感じがする。
私にも肩車をしてくれるような人がいたんだろうか。
誰かに肩車されて、その状態で誰かと喋って、冷やかされて、笑って……

シャルはまたニコニコと笑っていた。

「お前、覚えてねぇんだろ」

「うん、思い出せないや。
もしかしてお父さんとかだったのかな?」

「…さぁな、俺が知るわけないだろ」

肩車してもらってる状態じゃ、フィンクスの顔は見えなかった。


**


「ところで…あなた誰?」

「えっ」

あのあと、フィンクス達は用事があるとかで出かけて行ってしまった。
まあ、皆忙しいんだろう。
お土産買ってきてくれるって言っていたけれど。

だから今、アジトにいるのはボノレノフって人とフェイタン。
そして自室にクロロとララの目の前のシズクくらいなものだった。

「また、忘れたの……?」

いくらなんでも、忘れっぽいにも程がある。
もうこれは病気か、それとも彼女の念の制約なのか。
ちらり、とフェイタンがこちらを見たが彼はすぐさま視線を反らした。

「えっと…ララって言って、旅団に拾われた者、です?」

「ふーん、そうだっけ?
団員になるの?」

「いや…わかんない。
でも今はまずこの怪我を治すのが先だから」

そう。 結局シズクにこうして問われてみれば、私は答えを持ち合わせていない。
私は何者か。

─戸籍はない。存在しない人間。

私は何のためにここにいるのか。

─治療?でもそのあとも……

「なんで団長は貴方を拾ったの?」

シズクの疑問は最も過ぎて、私には答えられなかったし、それは私も知りたいことだった。

「慈善活動、だって……」

「へぇー 」

聞いたくせに、シズクは興味無さそうに呟いた。
ララは続ける言葉に困って、へら、と笑う。

「…蜘蛛の人たちって、案外いい人だよね」

「そう?」

「だって、見ず知らずの私をこうして助けてくれたんだもん」

見ず知らずの。
そう、私は蜘蛛の気まぐれで助けられたに過ぎない。
だけど、もうすっかり今の新しい生活に浸りきっていて、これを失うのは怖かった。

「ねぇ、シズク。
お願いだから、忘れないでよ。
私、毎日でも自己紹介するよ?
何度だって説明するから……だから、私のこと忘れないで」

「いいよ」

彼女は事も無げに頷く。
でもきっとまた同じやりとりを繰り返すのだろう。

「大丈夫、私は物覚えいい方だよ?」

「……」

「むしろララの方こそ忘れないでね」

名前を呼んでもらえて、ララはにっこりと微笑んだ。

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