- ナノ -

■ 10.閉じる世界


そんな彼女が死んだのは、皮肉なほど麗かな春の日のことだった、とクロロは思い出す。

なんだかんだ面倒くさがっても、皆彼女の『家族ごっこ』が嫌いではなかった。
流星街にいる者にとって、『家族』は忌まわしい存在であり、同時に羨望の対象でもある。
母のような姉のような彼女の優しさに、幾度となく救われた。

それなのに。

─クロロ、ごめんね…

彼女はあっけなく死んでしまった。
病気だった。
だから仕方が無いといえば仕方がなかったが、満足に医者にかかることも薬を飲むこともなく衰弱して死んだ。
せめて、不治の病ならまだよかったかもしれない。
けれども彼女の病気はそう難しいものではなかった。
ただあの当時のクロロ達には、どうあがいても助けることができなかったのだ。

「どのみち、今回だって助けられたわけじゃなかった……」

クロロはずっしりと重い体を、ベッドに沈める。
このところずっと念を使った状態でいたからか、ひどく疲れていたのは事実。
加えて、精神的なショックも大きく、目を閉じれば、すぐに意識がおぼろ気なものになる。

こんな念、使わなければよかった。
いっそ眠ってしまえたら良かったのに、後悔の想いが次々と胸を見たして眠れない。

そういえば彼女が死んだ時も、こんな気分だった。
クロロが使った念は、『死者の魂を呼び戻す』といったものだった。

とはいえ、残念ながら死んだものを完全に蘇らせることはできない。
彼女が存在していられるのは、ごくごく限られた範囲でのみだった。
それも、呼び戻せるのは魂だけ。
肉体という器は、他に死んだばかりの人間が必要だった。
それも必ずしも適合するとは限らない。
幾度なく試して、唯一成功したのが今回の足を骨折していた10歳くらいの少女。
本当はもっといい体を選んでやりたかったが、こればかりはそう贅沢も言ってられない。
当然ながら姿形は昔のララと似てもにつかなかった。

それでも─

それでもあれは確かに、ララだったと思う。
いくら外見が変わっても、俺達にはわかる。
ふとしたときの仕草や表情、そして子供の癖に感の鋭いところ。

それをまざまざと見せつけられる度、懐かしさで胸が締め付けられた。
だが、ララの方は何も覚えていない。
それも制約のうちの一つだからだ。

だから感動の再会というわけにもいかない。

本当に俺は何がしたかったんだろう。
見た目も代わり、記憶すらも共有しない彼女に、一体何を求めたんだろう。

「エゴだな……」

クロロは一人、自嘲の笑みを浮かべる。
この念を編み出した能力者も、きっとこんなものでは役に立たなかっただろうに。
だるい体と妙に冴えた頭を持て余し、クロロはゆっくりと寝返りをうつ。

すると控えめなノックの音が聞こえて、シャルがドアの隙間からそうっと顔をのぞかせた。


「…団長」

「……悪いが、一人にしてくれないか」

どこまでも自分勝手なのはわかっている。
それでも今だけは一人になりたかった。
だが、そう言って背を向けたのに、依然としてシャルが立ち去る気配はない。
彼は控えめながらも、はっきりと言葉を続けた。

「……ララの部屋に、メッセージがあったんだ」

「………」

「だから団長にも…見て欲しくて…」

一体、彼女は最後にどんな言葉を残したのか。
ごめんね、はもう聞きたくなかった。
謝らなければならないのはこっちだからだ。

「……わかった」

クロロは重い体を起こして、シャルに続いてララの部屋へと向かう。
既に部屋の前には、フェイタンを除くメンバーが集まっていた。

「フェイはまだ向こうか」

「うん…アタシ言い過ぎた、後で謝るよ」

「いや、あいつもわかってるだろう」

たぶん、フェイタンも俺と同じで自分が許せないだけなのだ。
だから他の人間からの気休めや慰めなんかでどうにもならないのはよくわかった。

「手紙か何かか?」

「ううん、机に文字が…」

暗い部屋の電気をつけ、机を覗き込む。
そこにはナイフで浅く引っ掻いたような文字が刻まれていた。

─ありがと。楽しかった。責めないで。

急いでいたからか、たったのそれだけ。
でもこの数行がこれまで見たどんな文章よりも胸を打った。

ララは記憶がないはずだから、俺が彼女にしてしまったことを知っている筈がない。
あの桜の木を超えた瞬間、全てを思い出してもしかしたら絶望して、俺は彼女を2回死なせたも同然なのかもしれない。

だけど、『楽しかった』の一言に救われた。
少なくともここにいた間、ララはそう感じてくれていたのだ。

にっこりと笑う彼女の笑顔が、脳裏に鮮やかに浮かび上がった。

「本当にララ…お前という奴は……」

「団長……俺たちも皆同じ想いだよ。
会いたかったんだ……もう一度。
だから─」

責めないで、はおそらく監視役だったフェイタンへの言葉。
でもどこか自分にも言われているような気がして、とことん自分勝手だなと我ながら呆れた。

「……埋葬してやろう」

今の俺達がララにしてやれるのはそれくらい。
体は彼女のものではなかったが、共に過ごしたのはあの体だ。
フェイタンにもこのメッセージを読ませて、もうそれで何もかも終わりにしよう。


秋のくせに妙に麗かな日。
こんな日のことを、小春日和とでも表現するのか。
喪服に身を包んだ蜘蛛は、一人の少女の冥福を祈った─。



End

→あとがき

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