■ 9.想う世界
仕事を終えて急いでホームに帰ってみれば、そこには少女の亡骸を抱えて座るフェイタンがいただけだった。
薄々わかっていた。
自分で発動した念なのだ。
それが解除されて気づかないわけが無い。
それでもこの目で見るまでは信じたくなかった。
「…なんで……あんた、ちゃんと見てたんじゃなかったのかい!」
怒鳴ったマチの声は震えている。
彼女だって、今のホームの有様を見れば何が起こったかわかっただろう。
何者かと戦った痕跡。
その隙に、ララは自分でここを去ったのだ。
「マチ、やめなよ……」
「わかってる……だけど、こんな……」
「責めるなら、俺を責めろ。マチ」
クロロは肩から力を抜くと、何ヶ月かぶりにスキルハンターをしまった。
本当はわかっていたのだ。
ずっとこんな嘘で塗固めた日々をつづけられないことくらい。
ララの魂を定着させるために念を使っている間、クロロは他の念を使うことができない。
遅かれ早かれ別れは来ただろうし、その別れをわかっててもなお、この念を使ったのはクロロだった。
「…団長…………」
もしかしたら、俺は自己満足のために団員達を傷つけたのかもしれない。
いや、それだけでなくララすらも冒涜したのかもしれない。
それでも、仮初めでも、もう一度彼女のいる時間に戻りたかった。
「今日の仕事はこれで終わりだ……」
宴なんてする気分じゃない。
クロロはそれだけ言うと、黙って自室へと向かうため、暗い暗い廊下を進んだ。
***
「クロロ、また本ばっか読んでるの?」
「うるさいな、いいだろ別に」
「いいけど、ご飯だよ」
「……わかった」
クロロは渋々読みかけの本を閉じると、誰にも見つからないように瓦礫の隙間に押し込んだ。
流星街には色んなものが捨てられる。
もちろん、本だってたくさん捨てられていたが、金目になりそうなものはどんどん売り払われるのだ。
クロロは立ち上がって、服についた土を払うと、自分を呼びに来た少女─ララの後をゆっくりと追いかけた。
「それにしても、よく飽きないね」
「ララだって読むだろ」
「読むけどクロロほどじゃないし。
歴史物は好きだけどね」
そう言ったあと、彼女は不意に足を止め、隣のゴミの山に向かって叫ぶ。
「もう、フィン、フェイ!皆が揃うまで大人しくしててって言ったでしょー!」
「悪ぃな、ララ!もう先に食っちまった」
「はぁ!?」
「モタモタしてるのが悪いね」
悪びれる様子もなく、二つの影はぴょんぴょんとゴミの山を移っていく。
ララはそれを見て、ふぅと呆れたようにため息をついた。
**
当時、ララはクロロより1つ年上だった。
まぁ、実際それだけでなく、彼女は面倒見のよい性格で頭も良かったから、必然的に皆に慕われていた。
「あ、ララ!
オレ達、一応止めたんだけど」
「うん、知ってる。さっきそこで二人に会ったよ」
「二人だけじゃなくて、ノブナガやウボォーも」
「えーっ」
だが、きちんと待っていた者は逆に少なくて、彼女は頭を抱える。
皆が気ままに過ごす流星街で、いつまでも『家族ごっこ』にこだわるのは彼女のくらいのものだった。
「なんでご飯一つそろって食べられないかな…」
「仕方ないよ、今まで食事は勝手に手に入れて勝手に食べるものだったからね。
私としては、こうやって共同生活してるってだけでも驚きだよ」
マチはそう言って、早く座んなよ、と手招きする。
諦めたのかララは肩をすくめると、じゃあ食べよっかとこちらを見た。
「あぁ……」
つられるようにして、俺は頷いた。
「今度は俺ももう少し早く来るとしよう」
彼女はそれを聞いてにっこりと微笑んだ。
その時の嬉しそうな笑顔は、脳とはまた違う場所に、深く記憶されたような気がした。
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