- ナノ -

■ 俗説通り

 チームで一番モテるのはプロシュートだ。理由は簡単。顔が良くて、うちのメンバーにしてはまともな格好をしているから。その次はホルマジオだろうか。彼も男らしい顔立ちをしていて、何より気さくな性格がいい。ファッションだってまだまだお洒落の範疇だ。残るメンバーは一長一短で、モテ度でいうならどっこいどっこいかもしれない。イルーゾォとギアッチョは服装こそシンプルだけれど、そもそも本人達が人付き合いを望んでいないし、メローネは顔"しか"まともじゃない。ペッシは女性に優しく気遣いもできる男なので、実は優良物件なのだが、プロシュートといるせいでどうも霞んでしまいがち。ソルベとジェラートに関しては、お互いにバツグンにモテている。それをモテていると言っていいのかはわからないが。

 さて、わたしは今、このチーム内モテ度ランキング(わたし調べ)であえてリーダーであるリゾットを外した。こちらの理由も簡単。彼の恋人はわたしであって、他の女にモテているなどということは許せないからだ。イルーゾォ風に言えば、許可しないィィーッ!
 だが、いくらわたしが心の中で否定しようとも、現実は非情である。リゾットはモテるのだ。気さくでとっつきやすいわけでもないし、服装だってなかなかのセンスなのにモテる。

 割れに割れた筋肉がすごいからなのか。ボーダー柄のズボンを物ともしないほど足が長いからか。寡黙でちょっと影のある感じが色っぽいからか。低い落ち着いた声が素敵だからか。一見怖そうに見えて、実は優しいギャップがたまらないからか。
 どう思う?とメローネに聞いたら、セックスがスゴそうだからじゃあないか、と返ってきた。聞く相手を間違えた。やはりこいつは顔"しか"まともじゃない男。

「実際のところ、どうなんだ? もちろんヤってるんだろう?」

 誰が言うか。無言でメローネにチョークスリーパーをかければ、白目を向いて喜ばれたのでやめた。もうちょっとまともな意見を言える人に聞こう。


「目、だろうな。ありゃ、どー見ても狩る側の人間の目だ」
「……わたしはペッシに聞いたんだけど」

 プロシュートとペッシはセット売りなのか。ソルベとジェラート商法をするつもりなのか。わたしが上まぶたを平らにして睨みつけるのも構わず、プロシュートは勝手気ままな見解を述べる。

「女ってのは強い男が好きなんだよ。だからああいう目に弱い。ふらふら〜っと引き寄せられちまう」
「光に群がる蛾みたいに……ううっ、害虫はそのまま死んで」
「何言ってる、おめーもその一人だろうが」
「わたしは恋人だからいいんだもーん。合法的に好き好き言っていいんですう」
「ハン、好きに合法も違法もあるかよ」

 なるほど、プロシュートのくせになかなかいい事を言う。さすがメンバーいちのモテ男。カッコ良さで言うと、わたしのリゾットには及ばないがな。
 ふふん、と恋人を思い出して悦に入っていると、思考が読まれたのか思い切り鼻を摘まれた。

「いだだ!!」
「だ、大丈夫ですかい?」

 心配してくれる優しさを持ち合わせているのは、やっぱりペッシだけだよ。暴力男のプロシュートとは解散して、早く自分の幸せを掴むといい。栄光に幸せがあるとは限らないぞ。「ペッシに余計なこと吹き込むんじゃねェ」さらに拳骨が一発降ってくる。

「いいもん、イルーゾォに聞くから! ね、いるんでしょ、イルーゾォ!」

 ドンドンドンドン、とアジトのリビングにかけられた鏡を叩く。どうせ彼はいつもなんだかんだと他人の会話に聞き耳を立てているのだ。居留守は許可しない。「君がッ! 出てくるまでッ! 殴るのをやめないッ!」ドンドンドンドン。ついにうるせぇ!と声がして、わたしは鏡からにゅっと出てきた手に頭を鷲掴みにされた。ついでに2階にいたギアッチョも怒らせたらしく、荒々しく階段を降りる音が聞こえてくる。

「さっきからガンガンうるせぇのはテメーか! ナマエ!」
「ガンガンじゃないよ、ドンドンだよ」
「んなもんどっちでもいいだろうが!」
「ギアッチョにどっちでもいいとか一番言われたくないんだけど!」

 普段あれだけ細かく言葉の表現に拘っておいて、オノマトペは守備範囲外ですかそうですか。ギアッチョ登場の隙を突いてイルーゾォの手を振り払ったわたしは、ちょうどいいだろうと2人に質問をぶつける。内容は言わずもがな。なぜリゾットはモテるのか。逆に、どうやったらモテるのを止められるのか。

「ハァ?なにかと思えば……くだらねぇ」
「くだるとか、くだらないとかは頭の使い方一つだってホルマジオも言ってたよ。つまり……馬鹿を認めると?」
「馬鹿はおめーだろ、ナマエ」

 そう言って、鏡から半身を出してため息をつくイルーゾォ。わたしはそれを見て、暖炉の上に飾られがちな鹿の剥製みたいだ、と考えていた。「言ってる傍から、こいつまた馬鹿なこと考えてんぞ」プロシュート兄貴は他人の思考まで読めるんだね! すごいや!「全部顔に出てんだよ」周囲の全員が頷く。悔しい。

「リゾットは頭が切れるからな、そりゃモテるだろ」
「キレ度で言うなら、ギアッチョもいい線いってマスヨ」
「ぶっ飛ばすぞ」
「……オレたちはリゾットがなぜモテるかよりも、なんでモテるリゾットがお前を選んだかのほうが気になるぜ」
「えー」

 なんでって、そりゃあ……なんでだろう? わたしが可愛いから?
 ダメ元で聞いてみるが、全員が素早く「ねぇな」と即答する。いいよ、こっちもダメ元だったから。

「しかし確かに妙な話だな。ナマエが弱ぇから、庇護欲でもわいたのか?」
「ひょっとすると馬鹿が好きなのかもしれないぜ、いるだろそーゆー性癖のヤツ」
「実はナマエがスッゴいテクニシャンだとか!」
「メローネは寝てろ」

 わたしがテクニシャンかどうかはさておき、確かに気になる問題だ。リゾットは一体わたしのどこが好きなんだろう。

「どうしたんだ、集まって」

 噂をすれば、なんとやら。突然聞こえてきたバリトンボイスに、全員が一斉にリビングの入口を見る。一緒にホルマジオがいるのは、2人が奥の執務室で何やら仕事の話をしていたからだろう。そういえばソルベとジェラートだけこの場に姿が見えないが、あまり詮索しないほうがよさそうである。

「どうしたもこうしたも、ナマエがうるせーんだよ」
「イルーゾォってそうやってすぐチクるよねぇ。ホルマジオの猫に勝手に餌やってること、わたしもバラしちゃうからー」
「オ、オレは別にッ!」
「おいおい犯人はてめーかよ、道理で最近いつにも増して寄ってこねぇと思ったぜ……」
「で、ナマエは何を騒いでいたんだ?」

 流石リーダー。よくこのまとまりのないチームを率いてくれている。放っておくと常に脱線しかしない会話だ。こうやってそっと元の進路に戻してくれるリゾットがいなければ、暗殺チームは早々に解散していたに違いない。

「あのね、わたしリゾットがモテるのを阻止しようと思って、まずはどうしてモテるのか皆に意見を聞いてたんだけど、」
「……あぁ」
「それはもう一旦置いておいて、よく考えたらリゾットはわたしのどこが好きで付き合ってくれてるんだろって。……え? 大丈夫? 付き合ってるよね? わたしたち」
「あぁ、それは大丈夫だ」

 びっくりするくらい呆れた表情をされたから一瞬不安になったけれど、どうやら恋人であることは間違いないらしい。よかった。
 しかしそうなると、頷いたリゾットに否が応でも皆の視線が集まる。もちろんそれは「なぜ?」という視線だ。

「……言わなくてはいけないのか?」
「男だろ、言っちまえ」

 喧嘩だろうとギャンブルだろうと焚き付けがちなプロシュートだが、こういうときはとてもありがたい。わたしが期待のこもった眼差しを向けると、リゾットは困ったように片手で口元を覆う。それから音量は小さめなものの、相変わらずの素敵な声で言った。

「見ていて放っておけない……そう思う」
「同情だとッ……!?」
「いや憐憫だろ……」
「んなもん、どっちでもいいじゃあねぇか!」
「うわーん、ギアッチョがどっちでもいいって言うのナシ!!!」

 いくらダイヤモンドメンタルのわたしでも、流石に同情で付き合われるのは砕けます。ダイヤモンドは砕けます。胃か心臓か――たぶんお腹は空いてないから心臓に、きゅっと縮んだように痛みが走って、リゾットの顔をまともに見ることができない。

「放っておいても案外大丈夫だよ、わたし」

 今はこうやって能天気にしてるけど、チームに入る前は一人で殺しだってやってたんだし。ていうか、スタンド使いだし。ギャングだし。
 頑張ったのにわたしの声が震えたからか、皆が息を呑んだのがわかった。いやだな。こんな空気、好きじゃない。もっと気楽に行こうよ。

「なんか……わたしばっか好きなのも重いだろうし、好きなのやめるね!」

 あはは、と笑って、リビングの入り口は塞がれているから、壁のほうへと向かう。手にはスタンド。チョークの形をしたそれで、長方形と丸をひとつずつ描く。「ま、待て、ナマエ!」目の前に現れたのはドアだ。後ろでリゾットが大きい声を出したけれど、わたしは振り返らない。振り返る勇気がない。ノブを回してそのまま、一気にそこを通り抜けた。


▽▲

「はぁーやっちゃった……」

 職場恋愛が面倒だということは、付き合う前に覚悟していたつもりだった。自分の性格上、隠し通せるとは思っていなかったが、せめて別れる時は穏便に。さらっと。大人らしく。格好良く。そういうつもりだったのに。
 いや、うそだ。別れるなんてこと、考えてもみなかった。付き合う前からわたしはリゾットにめろめろだし、ずっと好きでいる自信があった。実際、あんな結末を迎えた今でも、リゾットのことはまだ好き。でも、片方だけがずっと好きでも、なんの意味もないじゃあないか。そんな簡単なことにも気づけなかったなんて、わたしはやっぱりイルーゾォの言う通り馬鹿なんだろう。

「帰るしか、ないよなあ……」

 勢いで飛び出してきてしまったが、どのみち家も職場もあそこだ。けれども帰りたくなくて、かといって真剣にホテルなどを探す気にもなれずに、こうやって無駄に時間が溶けるのを待っている。

 サンタルチア港は夜になっても、賑やかな明かりに照らされていて、わたしはそれをただ眺めていた。世界三大夜景に数えられるだけのことはある美しさだが、今はちっとも慰めにならない。むしろ、まさに光に集まる蛾じゃん、と惨めな思いになる。ううっ、害虫は死なせて。下手に優しくしないでよ。優しいとこも好きだったから、わがままは言えないけど。あぁ、ほんとに、どんな顔して帰ればいいんだろうか。
 係船柱に腰掛けて、面白くともなんともない自分のつま先を見つめる。声をかけられたのは、そんなときだった。

「……ナマエ、探したぞ」

 静かで、聞いているだけで安心する声だった。この"好き"から逃げたい。一刻も早く、逃げ出したい。全然大したことないんだって誤魔化して、戻れるものならただの仲間に戻りたい。「ごめーん……」そのためにわたしは笑って振り返った。

「えっ、近ッ!」

 眩しい夜景を眺めていたからか、いきなり視界が真っ暗になったように感じる。気づくとわたしはリゾットに抱きしめられていた。ちょっと力が強すぎて痛いんだけれども、そんなことはお構い無しに抱擁が続けられる。「ちょ、ちょっと!」押しのけようとするが、筋肉の壁はびくともしない。座ったまま振り返った、腰をひねる形の体勢なので、たぶんこれ以上やられると上半身だけ取れる。ザ・グレイトフル・デッドみたいになってしまう。
 しかしわたしがフォルムチェンジを覚悟したその瞬間、すまなかった、という謝罪とともに圧迫から解放された。

「う、うん……ギリセーフ。もげてないから、いいけど……」

 呼吸を整え、自分の腰を手で触って確かめる。大丈夫、くっついてる。
 一人で安堵していると、正面に回り込んだリゾットがわたしの視線の高さまでしゃがんだ。状況が呑み込めずに驚いているうちに、今度は手を握られる。

「お前をその……放っておけないといったのは、別に同情とかそんなんじゃあない。というか、質問に正しく答えられていなかったんだ。放っておけないから好きになったんじゃあなく、好きだから放っておけなくて……だが、その放っておけないところも可愛くて好きなのは事実だし……」
「つまり、にわとりが先か……卵が先か……?」
「しかし、同情なんかでは決してないんだ。ナマエが気持ちを伝えてくれた時、オレはとても嬉しかった。オレの為に嫉妬している姿を見るのも好きだし、感情がすぐ顔に出るところも、賑やかなところも可愛いと思っている。だから好きでいるのをやめるなんて言わないでくれ」
「……」

 なにやら後半は悪口になっている気がしないでもないが、リゾットはいたって真剣な表情だ。黒い瞳にまっすぐ射抜かれて、プロシュートが言った通り、ふら〜っと吸い込まれそうな気持ちになる。「それに、何もお前ばかりが好きというわけではない」普段寡黙な彼がこれだけ饒舌に話すのは珍しく、わたしは少々呆気に取られてもいた。

「嫉妬なら、言わないだけでオレだってしている。いつも他のメンバーと近づきすぎだと思っていた。メローネを羽交い絞めにしているお前を見るたび気が気ではなかったし、プロシュートに頭を触らせるのはやめてほしい。イルーゾォの鏡の中に遊びに行くのも、こちらからは何も見えないので不安だ。ペッシやギアッチョとドルチェを分けて食べたりするのも見ていていい気はしないし、ホルマジオの猫がお前に懐いているのも面白くない。もちろん、ナマエのことも他の奴らのことも信用しているが、それと気持ちのことは別の話だ」
「え、あ、はい……」

 メローネの件は自衛だし、プロシュートがわたしの頭に触るのは拳でだし(むしろリゾットから言ってやめさせてほしい)イルーゾォのはまぁわからなくもないが、ドルチェの間接キスまで気にしていたとは寝耳に水だ。だって、普段のアジトのごはん、大皿料理でどのみち分けあってるし。最後のホルマジオに至っては、嫉妬の対象がホルマジオなのか猫なのかもよくわからなかった。というか、あの猫はわたしに懐いているんじゃあなく、ホルマジオ以外に懐いているだけなのに。

 だが、普段ほとんど表情が変わらず、いつも冷静に落ち着いて見えるリゾットが、内心でそんな嫉妬をしてくれていたと聞いて嬉しくないわけがない。なんだ、このひと。リゾットのほうが、わたしより何百倍も可愛いじゃあないか。

「……わかった。好きでいるの、やめたりなんかしない。ていうか、やめるなんて無理。わたし、リゾットのことめちゃくちゃ好きだから」
「そうか、よかった。オレも好きだ、ナマエ」

 あぁ、なんて素敵な仲直りだろうか。
 嬉しくなって彼に抱き着けば、そのまましっかり受け止められる。彼の前髪がさらさらと頬にあたるのがくすぐったかった。

「リゾットが、そんなにわたしのこと好きでいてくれてるなんて知らなかった!」
「みっともないところ見せたくなくてな……だが、バレてしまったのなら仕方がない。だからナマエも、これからはもう妬かせないでくれるんだよな?」
「え」
「これでも放っておいたほうなんだ、オレは」

 ふわり、と地面から足が浮いたと思うと、わたしはリゾットに抱き上げられていた。人一人抱えておきながら、なにこの抜群の安定感……。いや、そんなことは今どうでもいい。当たり前のようにそのままアジトへ帰ろうとする彼に、動揺が隠せない。

「ちょ、ちょっと待って、流石にこれで帰るのは恥ずかしい!」
「オレたちのことは皆知っている。問題ない。むしろ知っていてあれだけ普通に接してくるのだから、これくらいしないとな」
「え、ええ……」

 確かに俗説では、シチリアの男は嫉妬深いと言われているけれど。人前でべたべたしてくるようなことがなかったから、てっきりリゾットには当てはまらないのだと思っていた。

「嫌か?」
「い、嫌ではないよ!」
 
 もちろん嬉しいに決まってる。だけど、ちょっぴりこれからのことが不安になったのはひみつ。「大丈夫だ。ナマエが気を付けなくても、そのうち周りのほうが気を付けるだろう」あぁ、そっか。わたしってば全部顔に出るんだった。じゃあこれからもわたしは、どんどん言葉にも態度にも出していけばいいだけの話。そうと決まればーー

「リゾット、大好き!」

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