- ナノ -

■ ◆玉砕

※下ネタ注意


 イタリアでは特別珍しい光景ではないが、それでも見知った人間が女を口説いているところを見るのはあまりいい気分ではなかった。普段の口の悪さを知っているからだろうか。歯の浮くような台詞を言っているのを聞くと、面白さよりもなんだか気色悪ィな、と思ってしまう。他のメンバーはからかいのネタくらいにしか思っていないようだが、少なくともギアッチョはそうだ。自分が女を口説いているのを見られるのも、人のを見るのも気分最悪。

「あ、メローネだ」

 赤信号で停車した途端、助手席に座っていたナマエが窓の外を指して言った。その指先を視線で追えば、まさに横の歩道のテラス席。どう頑張っても見間違えようのない恰好の男が、女性に向かって何やら話しかけているところだった。

「仕事かな?」
「なら、こんな往来でやんねーだろ。いくらアイツでもな」
「じゃあナンパかな。へぇ〜意外。メローネって母体以外で女に興味あるんだ」

 ナマエは本人が聞いたら衝撃を受けそうなことをさらりと言って、遠慮なしにメローネと女性をガン見する。窓ガラスのおかげでこちらの会話も向こうの会話も聞こえることはなかったが、ギアッチョは「そんな見んじゃねーよ」と苛立った声を出した。

「えーだって気になる。母体は結構気の強い女を選んでるみたいだけど、プライベートはどういうタイプが好きなんだろ。っていうか、やっぱあの本みたいに色々できる人がいいのかな。この女の人も結構女王様って感じの見た目してるよね」
「興味ねぇ」
「何よ、面白くない。男同士なんだし、そういう話したりしないの? あの女の締まりは良かったぞ、的な」
「……」

 もちろん、酒の席でそういう話題が出ることはある。さすがにナマエがいる場では皆控えめだが、男だけのときは無法地帯だ。ナマエが勝手に無害判定しているメローネだって、例外ではない。むしろあの変態をなぜ無害判定しているのか、ギアッチョにはこれっぽっちも理解できなかったが。

「あ、ぶたれた!」

 早く信号変われよ、とハンドルを指で叩き始めたのと同時だ。「女の人、走って行ったよ」ナマエがそんな実況をするものだから、見たくもないのについそちらに視線をやってしまう。
 そして目が合った。頬にばっちりと赤い手形をつけたメローネは一瞬呆けた顔をしていたが、すぐさまにやりと目を細める。ウィーン、と音がして、助手席側の窓が下がった。

「メローネ、派手にやられたね」
「まぁそんなこともある。というか、二人で内緒のお出かけなんて酷いな」
「後ろ見ろよ、買い出しだっつーの!」

 ギアッチョは後部座席を見ろ、と言っただけで、別に乗れとは言っていない。だが、メローネは荷物を押しのけて無理やりスペースを作ると、当たり前のように車に乗り込んできた。別に今からアジトに帰るところなので問題ないといえば問題ないが、どうにも釈然としない気分だ。ようやく変わった青信号に、ギアッチョは思い切りアクセルを踏む。後頭部でも打てばいい、と思ったが、ナマエもメローネも荒い運転にはすっかり慣れているようだった。

「買い出しならオレに言ってくれればよかったのに。ナマエとならどこだって行くぜ」
「メローネ、バイクでしょ。荷物運ぶとなると車あるギアッチョのほうがいいんだよね」
「だったら買い出しはギアッチョと、デートのときはオレと行こう」
「はいはい、失敗したからって手当たり次第に口説くのやめなー?」

 ナマエは全く相手にした様子もなく、けろりとしている。あしらわれたメローネのほうもそうだ。こんなものはくだらない冗談でしかなく、真に受けるほうがどうかしている。が、酒の席で色々と聞いているギアッチョとしては、どうにも居心地が悪い。なんでオレがこんな気まずい思いしなきゃなんねーんだよ、と腹も立ってくる。

「そうそう、メローネってさっきの人みたいなのがタイプなの? すごいスタイルよかったよね」
「あぁ……オレもエロそうな女だと思って色々質問してみたんだが」
「質問ってまさか」
「性的嗜好と外見に相関があるのか、わかっていれば母体を探すときにスゴク便利だと思わないか?」
「うわぁ、そりゃぶたれるよ……っていうか、やっぱり母体にしか興味ないじゃん」

 つまんなーい、とナマエはすっかり興味を失ったようだが、普通は”母体”に興味があるほうが問題である。どうやら彼女は”仕事”に関しては下心とカウントしていないらしく、メローネを無害と見なしているようだった。仲間であるナマエはメローネの質問被害にあったことがないから気楽なものだが、男性陣からの意見は満場一致でメローネは変態。スタンドの件を差し引いても、こいつの猥談や行動にはドン引きさせられることが多い。
 

「あぁ、ディ・モールト良いぞッ! ナマエの体温で温かいッ!」
「キメーんだよ、てめーはッ! さっさとオレの車から降りろ!」

 果たして今のこいつを見ても、まだナマエは無害だと言えるのだろうか。
 アジトについて荷物を運び終わったあと、わざわざもう一度車に引き返してきたメローネ。助手席のシートに頬ずりし、悦に入るその姿は、誰がどう見ても変態以外の何者でもないと思う。




「はぁーナマエってベリッシモ可愛いよな。どんなセックスするんだろう」
「……」

 アルコール交じりの熱っぽい溜息とは裏腹に、室内は一気に冷めた空気になる。これはなにもギアッチョのスタンドのせいではなく、普通に皆が引いているだけの話である。
 仲間相手に下世話な推測をしない、と言い切れるほどお綺麗なメンツでないのは確かだが、メローネのは戯れではなくガチだと皆知っているのだ。普段は別人かと思うほど、アブノーマルのアプローチはおろか、普通のアプローチさえしないくせに、何を隠そうこの男はナマエに惚れている。

「オレが見張ってる限りじゃ男の影はないけど、やっぱり一人で発散したりしてるのかな? そのうち指じゃ物足りなくなって道具使ったりとかさぁ……あぁ、言ってくれたら喜んで相手するんだが」
「……おいおい、マジにこいつ何とかしたほうがいいぜ、リゾット」
「とりあえず、ナマエとは組ませないようにする」

 ホルマジオの助言は、しっかりと聞き入れられた。当然だ。たぶん、誰がリーダーでもそうする。
 しかしながらメローネのタチの悪いところは、ナマエ相手に直接これをやらないところだった。いや、やったらやったで即セクハラなのだが、表ではまるで無害なふりをするものだから、周りが気をつけろと忠告しても冗談だと思われてしまう。かといって面倒だからくっついてしまえ、と背中を押すにはあまりにも酷。本性がバレて玉砕、というのが、最も幸せな結末かもしれない。

「いっそ、いつもみたいに聞いてみたらいいじゃねーか」

 メローネが好きだと言い出した最初の頃は面白がっていたプロシュートも、やはり玉砕ルートが正解だと考えたのだろう。投げやりに変態行為を助長したかと思うと、不愉快そうに眉をしかめたまま煙草に火をつける。「好きな体位でも、オナニーのやり方でも、聞きてぇと思ったンなら聞け。今更恥ずかしいとかねーだろ、おめーにはよ」メローネはそうかもしれないが、聞かれる側の身にもなってやれ。黙って頭を抱えてしまったリゾットに、ギアッチョは内心で同情する。そりゃ、部下がこんな無茶苦茶だとつれーわな。仲間の口説き文句すら知りたくないギアッチョからしても、体位の質問なんて最低最悪でしかない。

「嫌だね」
「あぁ? いい子ぶりっ子してんじゃあねーぞ」
「本命にはヘタレってわけかぁ? ダッセェ!」

 なぜかイルーゾォまでもが煽り始める始末だが、おろおろしているのはミルクを嗜むペッシだけで、メローネは特段気にした様子もない。酒の入ったグラスを持ったまま、真顔で首を横に振る。

「そういうわけじゃあない。ただ、聞いてみてスゴイ答えが返ってきたら嫌だろう? そんなセックス誰としたのかとか、調教済みなのかとか、知りたくないことまで気になってくるじゃあないか」
「……」

 今度訪れた沈黙は、皆が思わず同意してしまったからだろう。こいつ、本気だ。だからこそ”ナマエに構うな”と言えなくて、余計にタチが悪い。
 とうとうイライラの限界を超えたギアッチョは、テーブルにガンッ、とグラスを叩きつけた。その勢いでガラスが粉々に砕け散る。メローネはさっさとこうなるべきなのだ。

「いや、だから普通に告白しろよッ!」

[ prev / next ]