- ナノ -

■ 07.降灰の水曜日@

「土産はモンラッシェでいいぞ〜」
「うっさい、ボジョレー・ヌーヴォーでも飲んでろハゲ」
「GUCCIの財布だな」
「先に財布の中身を寄越してから言いなスケコマシ」
「メゾン・ラデュレのマカロンが食いてェ」
「メルヘンなのは能力だけで間に合ってるよ! だいたい土産に日持ちのしないモンを頼むなキャベツ頭」
「お、おいら、ボンヌ・ママンのマドレーヌがいい」
「このマンモー二ッ! キャトルキャールもおまけしといてやるわッ!」
「おいおい、ペッシだけ特別扱いかァ〜〜?」

 Boo〜という、大人げない男たちのブーイングに見舞われて、ペコリーノはローテーブルをガンッと思い切り蹴飛ばした。おかげで跳ねた灰皿はカーペットに遠慮なく灰をまき散らしたが、特に誰も慌てるようなことはない。日常茶飯事だ。

「あんたらのは値段と行列が可愛くないのッ! だいたいあたしたちは観光に行くんじゃあないんだけど!」

 ふん、と鼻を鳴らしてペコリーノは腕を組むが、その隣に置かれたスーツケースのサイズにはまったく説得力がない。格好もいつもの修道服ではないし、口さえ開かなければ普通の女だ。どー見ても観光気分だろ、と周りから口々に突っ込まれて、ペコリーノは近くのソファを思い切り蹴った。悪いのは口だけではなく足癖もだった。

「うるさいわね、観光だってんなら飛行機で行かせなさいよッ! 9時間以上も列車移動とかホントありえない!」
「フランスっつってもニースだろォ〜〜? ンなもん、ほとんどイタリアだ、行ける行ける」
「列車の方が便利だぞ、切符を買わずに済むときがあるからな」
「ねぇよ」
「すまない、交通費はなるべく節約したいんだ」
「……」
「オレは列車の方が好きだな。飛行機だと、いい母体を見つけても移動がしづらい」

 だろ?とペコリーノに同意を求めたメローネは、今回の暗殺旅行の参加メンバーだった。と言っても、ペコリーノと二人だけ。今まで組んだこともないし、能力の相性がいいわけでも、個人的に仲が良いというわけでもない。「……あたしがわがまま言ったみたいにしないでよ」メローネが他の仲間達――たとえばギアッチョとか、プロシュートみたいに――わかりやすく突っかかったりからかったりすることもないので、ペコリーノもメローネに対しては実にふつう・・・だった。人によってはそれを、仲が悪いと捉えるのかもしれない。

 とにかく、今回のニースでの依頼は、ペコリーノとメローネの二人が向かうことになっている。リゾットからそう告げられた時、二人とも特に文句は言わなかった。一番文句を言ったのは、いつもの騒がしさもどこへやら、先ほどから不気味なほどに黙りこくっているギアッチョだ。
 メローネはするり、と猫のような身のこなしで彼に近づくと「いない間にオレのバイク、壊すなよ」と囁いた。途端、赤い縁の眼鏡ごしに、ぎろりと睨みつけられる。

「……チッ、納得いかねーぜ」
「ギアッチョが納得することのほうが少なくないか?」
「……潜入先がパーティー会場でよォ〜〜、女手があったほうがいいってのはわかる……スゲーよくわかる。女連れの方が怪しまれにくいに決まっとるからな。だがよォ、メローネ。オメーの能力で一緒にほいほい会場まで出てってどーすんだァァ〜〜? すぐに使えるスタンドでもねェのに、前線に出るのはおかしいだろうがよ〜〜ッ!!!」

 ギアッチョの指摘は実にごもっとも。が、いつもいつもスタンドが必要な殺しばかりというわけでもないし、そういう荒事だけで解決するものは、それこそリゾットやギアッチョがやればいい。いろんなタイプと組んでみろ、というリゾットの発言からペコリーノの教育を手伝わされている感は否めないが、それでも仕事は仕事。メローネに不満はない。

「仕方ないだろ、フランス語がいちばん上手いのはオレなんだし」
「理由がくだらなすぎンだよッ! だいたいフランス語なら他の奴だって多少は、」
「なんだギアッチョ、心配してくれてるのか?」

 この件に関してギアッチョを納得させるのは不可能だ。なぜかはわからないがギアッチョはペコリーノのことを未だにお気に召さないようだし、彼女に経験を積ませる目的もあるなんて言ったら、それこそ火に油を注ぐ結果になるだろう。
 メローネがからかうように笑ってやれば、ギアッチョは文句を言いかけた口の形のまま、ぎょっと目を剥いた。それから、構造上ぽっかりあいた胸倉の代わりに、肩口近くの服をぐいと掴まれる。

「〜〜ッ! 誰がテメーの心配なんざするかッ! オレはテメーに貸してる6万リラの心配をしてんだよッ!!」
「借りたのは5万リラじゃあないか」
「おいおい……ガキみてーな額の貸し借りしてんじゃあねーよ、おめーら」
「土産を買ってくるから、それで手を打たないか?」

 と言っても、先に皆が挙げたようなものは、高価すぎるしパリにまで行かなきゃ手に入らない物もある。「ソッカチップス」ギアッチョは乱暴に手を離すと、それだけ言って口をへの字に曲げた。それなら、ペッシと変わらないくらいのご注文だ。

「ベネ、5万リラ分のソッカチップスだな!」
「そんな要らねーよッ! それは別で返せよクソッ!」
「ねえ、話長くなりそうならあたし先に出るよ。これ以上お土産を要求されたくないし」

 ギアッチョとメローネの間を割って通ったペコリーノは、言いながらがらがらとスーツケースを転がして床の灰をさらに広げ散らす。それからふと、思い出したように足を止めてこちらを振り返った。
 
「ところで、メローネ、あんたまさかその格好で列車に乗ろうってわけじゃあないでしょうね?」


▼△

 ナポリ中央駅から高速列車ユーロスター・イタリアで5時間。最初の乗り換え地点であるミラノに辿り着くだけでも結構時間がかかるが、この先さらにユーロスター・シティに4時間半ほど揺られてイタリア国境、終点のヴェンティミリアに向かう。そこから最後にフランス国鉄に乗り換えれば、目的のニースには45分ほどで到着できる予定である。
 だが、それは全てつつがなく列車が運行していた場合の話で、高速鉄道はともかく、在来線は遅延などさして珍しくない。前触れなくストライキで運行自体がなくなることもあるし、つまるところ、この旅に必要なのは寛容な精神と暇潰しの道具なのである。

 さて、自分はその寛容な精神を持ち合わせているが、同乗者の方はどうだろうか。メローネは隣に座るペコリーノにちらりと視線をやり、彼女で暇を潰せそうか考える。平日ということもあって、自由席でも座席はひどく空いていた。
 するとメローネの視線に気が付いたらしく、窓の外を眺めていたペコリーノが振り向き、目が合う。

「……それにしても、マジにその格好で乗るとはね」

 ペコリーノはだらしなく頬杖をつくと、そう言って面白がるように口角を上げた。もしもうるさく嫌がられるようなら離れて座っても良かったのだが、結局彼女もそこまで人目を気にするたちではないらしい。「まさかとは思うけど、パーティもそれ?」人が答える前から想像して笑いを堪えている彼女に、失礼な奴だな、とメローネは呆れる。

「当然そっちは正装するさ。けど、道中についてはリゾットも何も言わなかっただろう?」
「正直リゾット自体の服もアレだから、どの口が言うんだって話になるけどね。ま、メローネのおかげで周囲の席は空くし、あたしとしては助かってるよ」
「そいつはどうも」

 わざとらしく肩を竦めてやれば、彼女はますます笑みを深くした。こういうところは、やっぱりプロシュートに似ていると思う。酔ってる時の、という注釈はつくが、絡み方のうっとおしさはよく似ている。一番最初に大揉めしたくせに、その後あっさり打ち解けているのが良い証拠だ。
 
「ところで、あたしは前に昔話をしたけれど、あんたのは聞いてなかったなあと思ってね」
「なるほど、暇潰しに詮索ってわけかい? いい趣味してるな、アンタ」
「別に嘘でもいいわ。作り話でも、面白けりゃそれでいいの」

 メローネがペコリーノで暇潰しを目論んだように、彼女もまた暇を持て余しているらしい。
 列車がナポリ中央駅を出てからまだ1時間も経っていなかった。目ぼしい母体も乗ってくる気配がないし、とメローネは口を開く。

「オレにはフランスの血が流れてるんだ。今回行くニースじゃないが、住んでいたこともある。両親揃ったごく普通の家庭だったよ。父親は教師をしていて、母親は主婦。オレは一人っ子だったけど、代わりに大きな犬を一匹飼っていた。犬種はル・シアン・デ・ピレネーで、名前はカリーヌ。本来は忠実で賢くて穏やかな性格のはずなんだが、うちのはわがままであまり言うことを聞かなかったな。たぶん、躾がよくなかったんだろう」

 まるで遠い過去でも思い出すかのように列車の前方に視線をやってみたが、実際自分にフランスの血が流れていることを知ったのは、スタンドが発現してからの話だった。メローネのベイビィ・フェイスはDNAを分析できる。本来はターゲットに使うべきそれを、メローネは過去に自分へと使ってみたことがあった。

「へぇ、想像以上に素敵な家庭じゃない。それがどうしてこっちの道に来たの?」
「どうしてと言われると困るな、反抗期を拗らせたのかも。結構難しいんだぜ、反抗期をどう乗り切るかって。子供ってやつは、反抗と甘えを行ったり来たりしながら、ジグザグに階段を上って成長するんだ。甘やかしてばかりいると一人じゃ何にもできないマンモーニで止まっちまうし、厳しくしすぎても今度は自立心が暴走して階段から飛び降りちまう。厄介だよ」
「ウーン、さすが、“息子”に手を焼いてる人の台詞は重みが違うね」

 ベイビィ・フェイスを直接ペコリーノに見せたことはまだなかったが、どういう能力かという大まかなところは、他のメンバーからの注意もあって耳に届いているらしい。
 メローネのスタンドはイルーゾォのように日常生活で使用できるものではないし、能力の特性上、息子をつくる・・・・・・ときは、人を殺す時だ。今回のように仕事で一緒になるか、メローネが仕事を持ち帰りでもしない限り、お披露目する機会はほとんどないだろう。

「ペコリーノも子供を作ればいい、親の大変さってやつがよくわかるぜ。一方で、クソみたいな遺伝子でも、教育次第でいい子に育つってところが最高に良いんだ」
「残念だけど、あたしは神様と結婚してるの」
「“処女懐胎”がしたくなったらいつでも声をかけてくれ」
「だったらその時のタネ・・はアンタね」

 びしり、と至近距離で指を突き付けられたのと、思いがけない発言だったのとで、メローネは瞬きをした。マスクと擦れた睫毛の先が、かさかさと小さな音を立てる。

「変な意味じゃあないわよ。あたしを殺して終わり、じゃ済まさないってことよ」

 ペコリーノは勝気な色をその瞳に浮かべ、まるで宣戦布告でもするように付け加える。気持ち悪がられたり、罵倒されたりするのでもなく、こんな風に殺してやる・・・・・と告げられるのは初めてのことで、メローネはなんだか可笑しくなってしまった。

「ハハハ、確かに! ペコリーノで作った“息子”は相当しつこく命を狙いに来そうだ!」
「そりゃそうよ。だって、あたしを殺して終わりだったら、メローネがあたしの罪を被ることになるじゃない。終点はあたしじゃなきゃあだめよ」
「あぁ、もっともっと性根の腐った奴だったら、ペコリーノは最高に、ディ・モールト良いんだがなぁ!」

 どうやらメローネに負けず劣らず、ペコリーノも寛容な精神の持ち主らしい。めいめい好き勝手なことを喋って会話がちっとも成立していなくても、旅の時間はゆるりと穏やかに流れていく。

「ねぇ、出発してからどれくらい経った?」
「まだ2時間も経っていないな」
「……Morraじゃんけんしよう」

 あとはどうやって暇を潰すか。
 合計数の予想を言いながら突き出された手の形に、メローネの身体は咄嗟に応える。こんなくだらない手遊びをした記憶は遠い遠い過去の物だったが、それこそ案外、列車の前方にでも転がっているのかもしれなかった。


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