- ナノ -

■ 03.みんなの嫌いな月曜日@

 
 よその国の人間が持つイタリアのイメージと言えば、陽気な国民性と明るく温暖な気候、旨い料理に旨いワイン、カンツォーネ……そんな楽園めいたものかもしれない。お洒落が好きな奴ならグッチやブルガリ、プラダやアルマーニを思い浮かべるかもしれないし、車乗りはアルファロメオやランボルギーニ、フェラーリを夢想するだろう。
 しかしもう少し現実的な奴なら、大都市でのスリやひったくりなどの軽犯罪が絶えないことや、街中にあふれるゴミ問題――あれはゴミ処理をめぐる利権に食い込んでいた犯罪組織とイタリア市の軋轢が生んだ産物なのだ――にも目を向ける。違法行為や犯罪行為などによる経済活動のことを地下経済と言うが、イタリアの地下経済の割合は、国内総生産の実に三十パーセントにも上ると推測されているのだ。

 つまり外側から見たイメージは所詮見たいところを切り取っているだけに過ぎないので、ギアッチョは陽気な人間なんてどこにいるんだよ、とチームのメンバーを見回して常日頃から思っている。確かに飯や酒は上手いし、身近にはグッチのスーツを愛用してる奴がいて、自分だって愛車のオープンカーを乗り回してはいるけれど、陽気な国民性と言われると首を傾げてしまうのだ。
 それから故郷の方を思い出すと、明るくて温暖な気候というのにも。

 そもそもが長靴の形をしたイタリアは南北に長く、地域による気候の差が大きい。北のアオスタではアルプスおろしの冷たいミストラルが吹くし、南のシチリアではアフリカから渡ってくるシロッコという熱風が吹く。水の都と名高いヴェネチアもイタリアの北東部に位置するので、温暖な気候のイタリアのイメージに反し、真冬にもなれば最低気温は氷点下近くなる。気温に比べれば水温は若干高くなるが、それでも決して人間が長時間無事に浸かっていられる温度ではない。

 ――神様はお赦しにはならないかもしれないけれど、母さんのこと、許してね

 一月の冬、深夜。たぶん、月曜日のことだったと思う。馬車馬のように働くのが普通になっているジャッポーネの連中は、新たに始まる一週間への絶望で月曜日に命を絶つことが多いらしいが、一週間の始まりというのは仕事の有無に関係なく、心の弱い者にとって苦痛でしかないのだろう。カトリックでは自殺は罪だとされているが、それでも自殺者がいないわけではない。
 だから生活に困窮し、心と体を病んで、未来を悲観したギアッチョの母は、凍り付きそうなほど冷たい運河の中へ祈るように身を投げた。
 当時まだ幼かったギアッチョを、その腕の中に抱いたまま。

 ――ごめんね、ごめんね。でも、お前一人を残してはいけないのよ

 入水自殺のくせに、十メートル近くの高さの橋から飛んだのは、もしかすると気を失えるかもしれないなんて甘いことを考えたせいなのだろうか。だが、人間がその程度の高さで気絶するはずもないし、ヴェネチアを流れる運河の水深が深くても五メートル程度なのを考えると、中途半端な高さから身を投げるのは無駄に苦しみを増加させるだけでしかなかった。死ぬつもりの人間が飛び込みの選手のようにきれいな着水姿勢を取るはずもなく、彼女の身体は高さによってコンクリート並みの硬度を持った水面に激しく打ち付けられた。そして最も愚かなことに、彼女は道連れにするつもりの息子をしっかりと抱きかかえ、着水の衝撃から庇ってしまったのだ。


 あのときの身を切るような運河の冷たさは、いつまでたってもギアッチョの感覚に染み付いている。全身を包み込む水の層は、それが氷でできているのではないかと錯覚するほど冷たかった。なぜ母がいきなり飛び込んだのかもわからない。なぜギアッチョに赦しを乞うたのかもわからない。しかし恐慌の最中、幼いギアッチョが求めたのは、その疑問の答えではなく、ただ生きるために必要な酸素と熱だった。

 ――おいッ! 女が飛び込んだぞッ! 早く引っ張り上げろッ!

 幸か不幸か救いの手は、飛び込みの瞬間を偶然目撃していた人間によって比較的早く差し伸べられた。溺死するほどでも、凍死するほどでもない時間。それでも強く頭を打ったギアッチョの母親は、彼女の望み通りにこのどうしようもない陰気な世界から旅立ってしまった。あれだけお前を一人で残してはいけないと言っていたくせに、ギアッチョを置き去りにして自分だけあの世に行ってしまった。

 ――殺そうとするくらいなら、初めから産むんじゃねーよッ! バカかクソ女ッ!

 ――人が何もわからねーのを良いことに、勝手に飛び込んでんじゃあねぇ! 許すも許さねーもねぇだろうが! 舐めてんのか!?

 ――そんで最後の最後で庇ってんじゃあねーよッ、クソッ! それが母性だとでも言うつもりか? まったくふざけやがって……ムカつくぜ!

 その後、母の行動と己の孤独を理解した時には、悲しさよりも行き場のない怒りがギアッチョの中に生まれた。母だけが憎かったわけじゃない。自分を助けた、深夜に呑気に散歩なんかしていたお人好しを恨んだわけでもない。ただこの社会や世界の何もかもにムカついていた。
 そしてふつふつと腹の底で煮え立つ怒りの感情は熱く、あの日の身も凍るような寒さを少しだけ誤魔化すことができるような気がした。


 ――あんたのあのスーツって、寒くないのかい?
 ――あぁ? おめーみてぇな半裸のヤローにゃ言われたくねーよ!

 社会に腹を立てている奴が、反社会勢力に与するのは当然の帰結と言えるだろう。
 浮浪児、街のチンピラと順序よく経て<パッショーネ>に行き着いたギアッチョは、矢に刺されてスタンド能力”ホワイト・アルバム”を発現させた。配属先は初めにあちこちを転々とした結果、能力も本人の性格も手に負えないということで暗殺チーム。すぐにカッとなって熱くなる性格のお前がなぜ氷なのか、と嫌味のように言われたこともあったが、ギアッチョだけはこの超低温の死の世界が何に由来するのかを知っている。もちろん、聞かれたところで誰にも話すつもりはないし、たかだか仕事が一緒というくらいで馴れ馴れしく話しかけてくるメローネにも苛立っていた。

 ――いや、だってさ。それ氷のスーツを着てるんだろ? ギアッチョは寒くないのかと思ってね
 ――本体のオレが寒いわけねーだろうが、バカかテメーは!? イヌイットが作る氷の家があんだろ、あれだって中はあったけぇんだ!
 ――なるほど、そう言われるとそうだな。じゃあ寒さの被害を受けてるのはオレだけか
 ――だからテメーはまともな服着ろってんだボケッ!!

 メローネはチームの中では比較的、陽気と言える男なのかもしれない。何をもってして陽気と評するのかは難しいが、ギアッチョがどんな態度を取ろうが怒りもしないし、次から次へと興味の赴くままに会話をやめない。手のかかる“ベィビィを教育する”のでさんざん経験済みなのか、物事が思い通りにいかなくても他人に当たったり、失敗して落ち込んだ姿を見せたりすることもなかった。仕事も――彼のやり方は到底理解できないが――楽しそうにこなしている。

 今ではもう、流石にメンバーもギアッチョの性格に慣れてしまったようだったが、ギアッチョが暗殺チームに入ったころは常にアジトの中が一即触発という雰囲気だった。ギアッチョ自身も若さゆえに誰彼構わず噛みついていたし、相手だってギャングの、人殺しを生業にするような奴ばかりだ。殺し合いとまではいかずとも、喧嘩を売られてただ黙っているわけがない。
 そんな中、メローネだけはギアッチョの怒りを全く意に介さなかった。あの無表情なリゾットですらたまには眉をしかめることがあったのに――実際それは主に修理費を考えてのことだったが――メローネだけは まるで人にキレられることが当然のように、なんてことない態度で全て受け流すのだ。ギアッチョからするとそれはとても気味が悪く、また余計にイラつく原因でもあったのだが、必然メローネなら大丈夫だろうと二人で組まされることがよくあった。別に、能力自体の相性がいいわけでもなんでもなかったのに。

 ――まぁそう言うなよ、お洒落ってのは寒さも我慢するものだろ?
 ――おっ、お洒落ェ〜〜ッ!? テメェのそれはお洒落の範疇超えてんだろーが!
 ――ギアッチョももう少し露出すると、ディ・モールト良くなると思うんだがなぁ
 ――誰がするかッ誰が! オレはこれで適温だし、テメェの思うお洒落なんてどうでもいいんだよッ!
 ――そうか。あんたがそれで良好なら問題は無いな
 ――だから最初っからそう言ってんだろがッ!
 ――あぁ、寒くないなら良しだッ!
 ――さ、寒……?

 何言ってんだこいつ。
 思いがけない言葉が返ってきて、ギアッチョはぽかん、と口を開けてしまう。それでもやっぱり、メローネはギアッチョがどんな反応をしようとまったく気にしていないのだ。彼の興味はすぐさままた別のところへ移って、そう言えばさ、なんて全く違う話を始めようとしている。

 ――おい、メローネよォ……
 ――ん? なんだい?
 ――オレが寒かろうが寒くなかろうがよォ……テメーには関係ねーだろうが。あぁ? そうだろうがよォ……?

 仮に能力の反動で手足が壊死したって、任務を失敗しない限りはコイツには関係ないはずだ。ましてや、寒さくらいで気遣われるいわれは無い。
 ギアッチョはまたどうしようもない怒りが腹の底からふつふつと込み上げてくるのを感じていた。ただそれは普段の対象が明確な怒りとは違って、あの日の、母親の行動の意味を理解したときの、行き場のない感情にとてもよく似ていた。

 ――あぁそうだな。別にあんたはベイビィの母体になるわけじゃあないし、健康でなくとも問題は無い
 ――だったらッ!
 ――だが、チームのメンバーが不健康でいるよりは、健康なほうがいい。そうだろ? 
 ――……ッ!

 その答えを聞いた時、自分がどんな反応を返したのか、ギアッチョ自身記憶が曖昧だ。ただそれ以来、ほんのちょっと、ほんのちょっとだけギアッチョはアジトで大人しくなった。イライラしたときの八つ当たりは人じゃなくて物にすることにしたし、話しかけられれば悪態をつきながらも一応は返事をするようになった。もちろんそんな目に見えた変化に、プロシュートなんかはおいおいどういう風の吹き回しだよ? 腹でも壊してんのか? なんてウザったく絡んできたりもしたけれど、ギアッチョは以前みたいに暴れなかった。

 ――……うるせー、テメェらちょっとチームが一緒だからって、揃いも揃って母親面してんじゃあねーぞ
 ――はぁ? 誰がマンマだ。おめーみてぇな手のかかるガキなんてこっちこそお断りなんだよ。でもまあ……最近ちっとは成長したみてぇじゃねーか

 ハン、と鼻で笑われて普通ならムカつくところだが、その時は不思議と腹が立たなかった。もしかするとプロシュートの笑いに、言葉ほど嘲るような響きがなかったからかもしれない。それどころかむしろ、こいつってこんな風に笑う奴なんだな、と初めて知った。

 ――こんだけ毎日のように仕事で顔合わせてりゃ、いい加減テメェらにキレんのも疲れんだよ! クソッ! 労働基準って言葉を知らねーのかうちのボスは! 一体どうなってやがる!
 ――今度はボスに八つ当たりか? と、言いたいところだが、まぁな……。だが、文句言っても仕事は山のようにあるんだから、せいぜいくたばらねーように気ィつけろ。おめーが死んだらオレの仕事が増える
 ――テメェこそ、ギックリ腰になってオレに余計な仕事回したりしたらぶっ飛ばすからなクソジジイ

 さっきのプロシュートみたいに上手く笑えたかどうかは、久しぶりだったのでよくわからない。けれども、今のやり取りが険悪な雰囲気の中での口論でないことは確かだ。ギアッチョは、"チーム"というものへの認識を改めることにした。今までどこへ行っても厄介者扱いしかされなかったが、厄介者ばかりが集まるとかえってそれはそれで上手くいくのかもしれない。




「そういや確かリゾットの奴、新人が入るとか言ってたな。もう来てんのか? そいつ」
「アジトに着いたらいるんじゃあないか? 昨晩電話をかけた時には、今お前らが来るとややこしいから報告は明日でいいって言われたが」
「チッ、やっぱりよォ、今更新しい人間が来るなんてどう考えても怪しいぜ……」

 昨日はホルマジオも仕事でいなかったらしいが、それでもアジトにはリゾット、プロシュート、ペッシ、イルーゾォの四人が残っていたはずだ。仮に新人が刺客でもその人数相手に勝てるはずがないから特に心配はしていないのだが、"ややこしいから来るな"とは一体どういうことなのだろう。新入りは女と聞いていたのでメローネが敬遠されるのはまだ理解できるが、もしかして自分までひとまとめにされたのだろうか。それはかなり心外でしかない。
 しかしそんなギアッチョの疑問と不安は、アジトにたどり着くとすぐ解消されることになった。 

「これは……穏やかじゃあなさそうだな」

 何かを無理やり引きずったかのように、激しく亀裂の入った廊下の壁。それを見たメローネの声音は、言葉とは裏腹にどこかわくわくと弾んでいる。真横にがりがりと伸びる亀裂はそのままリビングまで続いていて、ソファーにはズタボロのプロシュートがしかめっ面で足を組んで座っていた。
 視界の端でメローネが、すうっ、と笑いの予備動作に入る。

「ははは、こりゃすごい! あんたともあろう人が随分と手酷くやられたもんだな!」

 こういうときのメローネの空気の読めなさは、いっそ尊敬に値するほどである。怖いものしらず、とでもいうのだろうか。別にギアッチョは普段からプロシュートのことを恐れているわけではないが、これほどわかりやすく不機嫌を前面に押し出されれば誰だって関わり合いになるのを避けるだろう。しかもメローネの口ぶりは心配というよりもからかいの意味合いが強く、視線をあげたプロシュートは盛大な音を立てて舌打ちした。

「……うるせぇな。別にこんくらい大したこたァねえよ」
「そうかい。でもオレは新入りが女だって聞いてたんだが、これは何かの手違いでゴリラでも送られてきたと考えるべきかな」
「メローネ、それ当たってるぜ」

 いつの間にか、ひょいと鏡から上半身を乗り出していたイルーゾォが、肩を竦めて会話を拾っていく。別に今更驚きやしないが、突然壁の鏡から男の半身が出てくるというのは決して見ていて楽しい光景ではない。「ちなみに一回戦が終わった後は、こいつもそのゴリラとなんだかんだ意気投合してたんだよ」そのまま全身こちらの世界に戻ってきた彼は、プロシュートを避けるようにして一番遠い席のソファーに腰を下ろした。どうやらギアッチョ達が帰ってきたので、もうそろそろ安全だと判断したらしい。

「一回戦だぁ? そんな何度もったつーのかよォ」
「二回目はもはやガキの喧嘩だったがな。ほら、もうすぐ三回戦も始まるぞ」
「あぁ?」

 がちゃ、とリビング奥の小部屋――そこはアジトにおけるリゾットの執務室になっている――のドアが開いたかと思うと、ぶすくれた表情の一人の女が気だるそうに姿を現す。こちらも服はズタボロ、髪はぐしゃぐしゃ、ガーゼと包帯だらけの酷い有様で、彼女の後ろから救急箱を持ったペッシがおろおろとついてくる。もちろん、部屋の主であるリゾットも一緒だ。どうやらプロシュートと引き離して簡易的な手当てを行ったらしい。

「やぁ、あんたが新入りかい? 見たところ良好ではなさそうだが、生年月日と血液型を教えてもらってもいいかな」
「……はぁ? 誰よアンタ。一九八〇年一月三日、B型」
「答えんのかよッ!」
「ふむ、二十歳か……悪くないな。煙草や酒はやるかい? 麻薬ドラッグは?」
「煙草と麻薬ドラッグはやんない。酒はザル」
「好きなキスのやり方は?」
「やり方? やり方って言われても……浅いか深いかってこと?」
「よし、一覧を見せたほうが早いな。インドの“カーマスートラ”ほどじゃあないが、オレの“ベイビィ・フェイス”にだってそれなりに――」
「バ、バカかテメェら!」

 いきなり新入り相手になにスタンド使おうとしてんだとか、もしかすると敵かもしれねえのにあっさり自分のスタンドをバラしてんじゃねーとか。
 いや、敵かもしれないからこそなのか? とにかくメローネの行動に動揺したギアッチョは、大声を上げて二人の間に割り込む。女も女だ。どうして馬鹿正直にこんな脈絡も何もないプライベートな質問に答えるのだ。

「メローネ、こいつを母胎にするのは禁止だ」
「いやだな〜リゾット。こんなのほんの挨拶代わりじゃあないか」
「ならばまず最初に名前を聞け」
「あぁ、ウン。名前か、ついでに聞いておくのも悪くはないな」
「ペコリーノ」

 そう名乗った彼女は、別にメローネに対して気味の悪さを感じているわけでも、腹を立てているわけでもなさそうだった。プロシュートとやりあったというからてっきり好戦的な女なのかと思っていたが、不躾な質問や態度くらいでは特に動じることもないらしい。ゴリラという前情報についても、見た目はごくごく標準的な体格のイタリア人女性にしか見えないので謎だ。

「おい、ペッシ! いつまでその女のところにいるつもりだ?」
「ご、ごめんよ兄貴、もう手当ては終わったからッ!」
「はー、心のせっまい男とかサイアクよねー。これは勝者の正当な権利なんだけど?」
「ハン、スタンド無しじゃあ防戦一方だったくせによく言うぜ。てめえの勝ちは反則だろうが」
「知らないわよ、そんなルール。そもそも一番最初にスタンド持ち出したのはアンタでしょ」

 二人はバチバチと火花が見えそうなほど険悪な雰囲気を醸し出し、三回戦の勃発を恐れたペッシが目を泳がせる。「オイオイ、これは一体どういうことなんだよ?」ペッシを巡って、という話がさっぱりと理解できず、ギアッチョはイライラしながらリゾットを仰いだ。

「……先に仕掛けたのはプロシュートとペッシだ。彼女がアジトにやってきたところを“ビーチ・ボーイ”で釣り上げた。敵かどうか試すつもりだったのだろう」
「あぁそれはわかる。スゲーよくわかる。今さら新入りなんて怪しさ満点だからな。だが疑って攻撃すんのはわかるんだけどよォ〜、それがなんでペッシを巡った争いになってんだ? 訳がわかんねえ」
「攻撃を受けたペコリーノがペッシを気に入って、弟分にすると言い出したんだ」
「ワオ、そいつは大変だ。三角関係じゃあないか」

 いや、言いたいことはわかるがそれは三角関係とは言わないだろう。しかしそうすると彼らは兄貴?姉貴?の座を巡って、こんな大人げない争いを続けているということだろうか。くっだらねぇ!吐き捨てたギアッチョに、プロシュートとペコリーノの冷ややかな視線が突き刺さる。

「で、一回戦はさ、スタンド使われちゃあ迷惑だからオレの鏡の中を貸してやったんだよ。まぁペコリーノも健闘したが、そりゃ純粋な力勝負になれば男のプロシュートが勝つわな」
「つーか、女相手に本気出すとかダセェだろ……」
「いや、ペコリーノは拳こそ軽いが動きは速え。よく鍛えてるし、場慣れもしてると感じたぜ」
「プロシュートも、ただの伊達男かと舐めてたらマジに強かったよ。兄貴風吹かせるだけあったわ」
「テメェら仲良いのか悪いのかはっきりしろよッ! クソが!」
「だからここまでは良かったんだ」

 周囲が言うには、二人は一度拳を交えたことでかなり打ち解けたらしい。そもそもリゾットがアジトまで連れてきた時点で”刺客”の線は極めて薄いし、ペコリーノの能力は大きくした聖書で相手をぶん殴るというシンプルなスタンドで、聞いている限りではさほど脅威とも思えなかった。正直、暗殺チームでなくともカスレベルの能力だろう。

「問題は怪我の手当てをする際だ。ペッシがプロシュートを、オレがペコリーノを診てやろうとした。そうしたらペッシがいいとゴネられた」
「で、今度はどっちがペッシに診てもらうかで二回戦ってわけ。口論からヒートアップしたペコリーノがいきなりスタンド出して殴りかかったせいで、プロシュートもムキになっちまったらしくてよ」
「ムキになってねえ。その証拠にオレは攻撃にスタンド使ってないし、最終的には情けをかけてペッシを譲ってやった」
「いやいやそういう問題じゃあねえだろ」

 イルーゾォのツッコミも虚しく、プロシュートは尊大に鼻を鳴らしただけだった。人にマンモーニだのなんだの言うくせに、ときどきどうしようもないくらい大人げなくなるのがこの男である。
 ペコリーノの方も猫のようにしゃあっと威嚇をすると、ソファーにおいてあった布のようなものを引っ掴み、頭から被った。色と言い、形と言い、それはどこからどうみても修道女ソレッラのものであった。そう言えば、彼女のスタンドは聖書なんだったか。

「……なんだよその格好。テメェ、ここが暗殺チームだってわかってんのか?」

 九割がた、こんなアホが”刺客”ではないはずだと頭では分かっている。だが、まるで”神”の振る舞いであるかのようにソルベとジェラートに付けられた”罰”の文字が蘇り、今度は信仰心でも養えと修道女ソレッラを寄こしたのか? なんてモヤモヤした思いが湧き上がってきた。そもそもギアッチョはこのカトリックだらけのイタリアで、”神”なんてクソくらえだと思っている。もっと言うと、“神の顔色を窺っている”脆弱な人間が愚かで腹立たしいと思っていた。
 母さんを許してね――いくら信仰してたって、結局は罪を犯すくせに。

「本当だ。変わった格好しているな。あんた修道女ソレッラだったのか? それともイメージプレイってやつかい?」
「……四分の一裸の奴には言われたくないわよ。あたしは真剣に修道女ソレッラに憧れて、修道女ソレッラになりたくてこの服を着てるの!」
「はぁ!? ギャングのくせに何言ってんだよッ。こんなところまできて、人は殺せませんだとか笑わせんじゃあねェぞ?」
「ギャングになる前に二人殺ってるわよ」
「へぇ、面白いじゃあないか。その話ぜひ聞かせてくれよ」

 なんなんだコイツは、矛盾の塊か。
 誰だって多少はそうだろうが、ギアッチョは人より遥かに“曲がったことが大嫌い”だ。筋の通ってないものは慣用的な言葉の表現にだってイライラするし、自分の納得できないルールで世界が回っているのは理不尽だとすら思う。
 いつの間にか救急箱を置いたペッシが、リゾットと一緒に人数分のカッフェを運んできてテーブルに置いた。それを見てギアッチョ以外の全員が、ごくごく自然に、適度な距離を開けて腰を下ろす。

「ギアッチョも良かったらどうぞ」
「……」

 気に入らねェ。誰が、とか何が、とかそういう具体的な話ではない。
 ただギアッチョがまだ受け入れられてない物を他の皆が当たり前のように受け入れている、そういう空気がどうにも気に食わない。
 だが、せっかく差し出された好意を無下にするのは流石に気が引けるし、ここで自分だけが要らねぇと出て行くのも間違っている気がした。出ていくならばそれはギアッチョではなく、新人のペコリーノのほうだ。よそ者のくせにすっかりアジトのソファーに馴染んでいるのが面白くない。

「オイ、詰めろよ。広々場所使ってんじゃあねェ」
「まったく、ギアッチョは寂しがりだなあ」
「あぁ!? ぶっ飛ばされてぇのか!?」
「はいはい、これでいいだろ?」
「チッ……余計なこと言わねーで初めからそうしろよ、クソが」

 メローネがペコリーノの方へ詰めるようにして空いた席に、ギアッチョはどっかりと腰を下ろした。

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