- ナノ -

■ 17.金曜日の受難は乗り越える@

 暗殺チームは、仲良しクラブではない。らしい。
 確かに、まだまだ歴史の浅い新興組織とはいえ、今や<パッショーネ>はイタリア全土にその名を知られる一大ギャングだ。ボスを頂点に、その下には複数の幹部がおり、その幹部はさらにシノギごとに分けたチームをいくつか統括している。その辺の道端にたむろしているチンピラたちとは違ってしっかりと上下があるし、比べ物にならないくらいやっていることだって非合法。ましてや、暗殺を請け負う部門とくれば、チームメンバーだって仲良くどころか殺伐としているに決まっている。
 
「『すべて外から人の中にはいって、人をけがしうるものはない。それは人の心の中にはいるのではなく、腹の中にはいり、そして、外に出て行くだけである。』*1」
 
 スプーンでローマ風豚モツ煮込みコラテッラを山盛りすくい上げたペコリーノは、まるで演説でもするかのように聖書の一文をそらんじると、上機嫌のままそれを口に運んだ。その食いっぷりはお世辞にも上品とは言い難いところだが、食前にはきちんとお祈りはするし、美味そうに食べることにかけて彼女の右に出る者はいない。
 
「はぁ、美味しい〜〜。まったくもって素晴らしいわね、私たちの主は! 豚がダメだの、タコがダメだの、そんな心の狭い神を信仰している奴らの気が知れないわぁ。いや〜可哀想」
 
 ペコリーノは煽りなのか同情なのかわからないことを言いながら、お次はタコのサラダに舌つづみを打っている。そんな彼女に対して、酒だって飲んだっていいしな、とワイングラスを傾けながら返したのはホルマジオだった。
 
「もちろん禁止されようが守るつもりはねーけどよォ、話がわかる神で何よりだとは思うぜ」
「だけど、酔っぱらいは駄目なんだろ?」
 
 そう横から口を挟んだイルーゾォのグラスには、透明なミネラルウォーターが注がれている。先日、飲みすぎて酷い目にあったので、ちょっとした冷却期間みたいなものだろう。だいたい向こう見ずなメンバーが多い中で、イルーゾォはきっちり反省をするタイプだった。もっとも酒に関しては、ほとぼりが冷めればまた飲みだすには違いないが。
 ペコリーノはイルーゾォの指摘を聞くと、ますます顔を輝かせた。
 
「そうそう、『酒に酔ってはいけない。それは乱行のもとである。*2 』ってね。イルーゾォ、感心したわ! あたしが貸してあげた聖書、読んでくれたの?」
「ち、ちげーよッ! んなの、一般教養のうちだろ! だいたい貸したんじゃあなくて、おめーが全員に一冊ずつ押し付けたんだろうが!」
「いやいや、俺見たぜ〜? こいつがお前に影響されて聖書読んでんの。プロシュートが枕にしてんのも見たけどな」
「そういやリゾットは書類の重しにしてたぞ……」
「まぁ、あたしなんて武器にしてるし?」
「それもそうだな」
 
 あはは、と笑い声があがる食卓は、いつも通りの・・・・・・賑やかさだ。
 ペッシはそんなやり取りを尻目に、  ローマ風豚モツ煮込みコラテッラ  を避けてサラダの野菜をちびちびと口に入れる。
 仲良きことは美しきかな。プロシュートの言葉は正論だとしても、ペッシ自身は和気あいあいとしたチームのほうが好きである。特に食事というのは一人で寂しくとるよりも、皆で食べる方が楽しいに決まっている。

「……ペッシ、どうしたの? なんだか変よ。顔色も悪いし」
 
 が、今日はどうしても食が進まなかった。食べ物の好き嫌いがあるわけではない。ペッシは豚肉もタコも美味しいと思うし、普段であればむしろ喜んで食べる。
 だからこそいつまでも減らない皿の中身に、ペコリーノがとうとう疑問を持ったようだった。そもそも、ペッシがこの場にいるのに、プロシュートがいない時点で最初からおかしかったのだ。
 
「ははーん、さてはプロシュートのヤローにこってり絞られたな?」
「は? そんなのいつもの事だろ」
「……そ、それはそうだけどよォ、」
 
 プロシュートの指導には、だいたい鉄拳がつきものだ。のんびりマニュアルを読んで、という職種ではないから仕方がないけれど、常に実践的だし要求される能力も高い。だが、厳しい指導のあとにはちゃんとフォローもあった。尊敬する兄貴に期待をしているんだぜ、と言われると、恐れ多いのと同時に面映ゆい気持ちになる。
 それなのに、今日は。
 
「あぁ、やっぱり俺、今回ばかりは見限られちまったかも!」
 
 突然、スプーンを置いて頭を抱えだしたペッシに、その場にいた全員がはぁ? と怪訝な声をあげた。
 だが、そんな周りの反応もお構いなしに、情けなくべそをかく。
 
「だって、今日は一緒に飯食わねぇって、勝手にしろって二階に上がってちゃって……」
「いや、別で食う時くらいあるだろ……なぁイルーゾォ」
「こいつらデキてんのかぁ?」
「まぁまぁ、何があったのか話してごらんよペッシ」
 
 呆れられるか馬鹿にされて終わりだと思っていたけれど、意外にも優しい言葉がかけられてペッシは顔をあげる。わざわざ皿ごと隣まで席を移動してきてくれたペコリーノの優しさは嬉しかったが、「……うっ、ごめん」近づけば近づくほど、彼女の口にぱくぱくと運ばれていくものが改めて”内臓”であると意識されて、ペッシはますます青ざめる。
 それで十分、ホルマジオはピンときたようだった。

「あーわかったぜ。おめー、今日の仕事……」
「おいおい、こっちはまだ食ってんだぞ。汚ねぇ話は許可しないッ」
「汚いってグロ系? スカ系?」 
「ど、どっちもだよ……」
「だからやめろって言ってるだろうが」

 流石に青ざめたりはしていないけれど、イルーゾォはこの手の話を避ける気持ちにまだ理解がありそうだ。反対に、ペコリーノは興味を示しているくらいで、食事の手を止めるようなこともない。ギャングとして経歴では彼女のほうが長いとはいえ、ペッシのほうがチームでは先輩なのだから、こんなに恰好がつかないことがあるだろうか。

「ペコリーノは平気なんだね……」
「まぁ、あたしの教育係はとっっっても猟奇的なスタンドだし。初めて見たときは引いたけど」
「へぇ、お前でも引くとかあるんだな」
「なんならメローネのやつより引いたわよ」
「意味が違うだろうが……。それはリゾットに言うなよ。地味に気にするぞ」

 スタンド能力というのは、いわば精神の形だ。うっかりすると、下手な人格否定よりも攻撃力が高いかもしれない。
 いつも散々、ホルマジオの能力をくだらないとからかうくせに、イルーゾォは複雑な顔をした。普段のあれは、別に本心から言っているわけではないということだろうか。
 何やらもの言いたげな顔のホルマジオを置いて、ペコリーノは肩を竦める。

「いやいや、だっていきなりあたしに近づかないって宣言して何事かと思ったら、剃刀なのよ? まずもって説明が足りてない。うちのリーダーは口数が少なすぎるわよ」
「おおかた、お前が聞いてねーだけだろうが……」
「と、とにかく、あんな恐ろしい能力に巻き込まれかけたらそりゃドン引きでしょ」
「組む必要がねぇからな、メタリカは。むしろ邪魔なお前が悪いぜ」
「はいはい、お陰で教育係とは名ばかりよ。しっかり面倒見てもらえるペッシが羨まし……くはないわね。絶対嫌だわ、口うるさいし面倒くさすぎる」
「同感だな」
「あ、兄貴のことを悪く言わないでくれよう」

 一度逸れかけた話題がプロシュートのところに戻ってきて、ペッシはほとんど反射的に彼を庇った。途端、皆がまた可哀想なものを見るような、生暖かい視線を向けてくる。

「はぁ、今日だって殴られてんだろ? 殊勝なこった」
「プロシュートもはた迷惑な能力だしさ、ペッシはイルーゾォと組めばいいのに。最初にあたしを襲ったときも近いようなことしてたじゃない」

 ペコリーノが言っているのは、彼女がこのチームに来た初日の“洗礼”のことだろう。あの時はプロシュートの意向もあってペッシが鏡の世界に入ることはなかったが、実際暗殺にはもってこいの組み合わせであると思う。「まぁ能力の相性がいいのは認めるけどよ、俺は誰かと組むなんてゴメンだぜ」イルーゾォのほうにその気がないのなら仕方がないけれど。

「じゃああたしと組むのはどう? あたしの弟分になったら?」
「えっ」
「おいおい、プロシュートがいないからって口説きだしたぞコイツ」
「だから妙に優しかったのか」 

 冗談かどうか判別がつかないほどの満面の笑みで提案されて、ペッシはなんと言えばいいのかわからなかった。「あたし、弟が欲しかったの」任務の都合で彼女と組むのは別にいい。この前、メローネと彼女がフランスに行ったように、内容によってリゾットが決めることもある。だが、

「悪いけど、俺の兄貴はプロシュートの兄貴だけだよ」

 それは譲ることができない。
 いつもの優柔不断な物言いと違い、はっきりと言い切ったペッシに、ペコリーノはちょっと面食らったような顔をしていた。

「はは、振られてやんの」
「……うるさいなぁ。一人で鏡に引きこもるような奴に、あたしの心は永遠にわかるまい」
「ご、ごめんよ。ペコリーノのことが嫌ってわけじゃなくて――」

 バン、とテーブルに手が叩きつけられて、思わず肩をはねさせる。彼女はそのまま、ペッシの皿を自分のほうに引き寄せると、驚いているペッシの額を軽く中指で弾いた。

「いいわ、そこまで言うなら聞かせてもらおうじゃないの。あんたがそこまでプロシュートを慕うわけってやつをね! 代わりに、残してる料理はあたしが手伝ってあげるわ」
「いや、それお前は得しかしてないだろ」  

 ホルマジオのツッコミもどこ吹く風。
 さほど気を悪くしたわけではなさそうな彼女に、ペッシはほっとしながら、プロシュートとの出会いを思い出していた。思えば、あの頃から自分は大して成長していないかもしれない。

「えっと、そんなには、昔の話ではないんだけど――」


▼△

 暗殺チームは、使い捨てられようとしている。らしい。
 ソルベとジェラートの一件がそれを加速させたのは間違いないだろうが、与えられる任務の危険度と報酬が如実にそれを物語っている。そもそも二人が動いたのも、あまりの待遇の悪さに耐えかねたからであって、ボスはきっと初めからキリのいいところで暗殺チームを潰してしまうつもりだったのだろう。
 実際、誰を殺したいか、というのは、かなり依頼主のことを知れる情報だ。何が邪魔で、何を恐れているのか。そういった情報が蓄積されてしまうチームを、あの小心者のボスは放っておけないのだろう。

 リゾットは集めたばかりの情報を前に、自室で一人、思案していた。ホルマジオの奴も既に同じ噂に辿り着いていたようだったが、リゾットがカーペットを台無しにした・・・・・・・・・・・・楽しいバカ騒ぎに顔を出さずにやっていたことも一緒だ。

 カラブリアという町の病院で死亡した女。死期を悟った女が、探し始めた昔の男。そして女には、父親のわからない“娘”がいた――。

 ようやくだ。ようやく、悪魔の寝床を探って、何もかもをひっくり返せるときが来たのかもしれない。けれども焦りは禁物だった。同じ轍を二度踏むわけにはいかない。はやりがちなメンバーを抑えるのが、リーダーであるリゾットの役目でもあった。

 リゾットはデスクを離れると、リビングボードの奥の金庫に、まとめたばかりの資料を仕舞う。正式な鍵はとうに処分してしまったけれど、磁気ロック式の金庫というのはメタリカと相性がいい。残念ながらその他の電子機器とはすこぶる相性が悪いので、リゾットが気兼ねなくそれらを使うにはパーマロイ加工された特注品を用意する必要があったが。
 
「お取込み中か?」

 しっかりロックをかけたのを確認し、リゾットはゆっくりと声のほうを振り返る。「いや」部屋の戸口のところには、プロシュートがもたれかかるようにして立っていた。

「そいつはよかった。もしもあんたがプライベートを守りたいってんなら、ドアにも鍵をかけることをおすすめするぜ」
「先週ギアッチョが壊したままなんだ」
「弁償させりゃあいい」
「キリがないだろう。だいたい、俺たちには普通のドアの鍵なんてあってないようなもんだ」
「まぁ、本当に見られたくねぇモンは別に仕舞っているだろうしな」

 リゾットはそれに小さく肩を竦めて返しただけだった。今はまだ、話す気はない。プロシュートの性格であれば、すぐにでも動き出してしまうだろう。
 
「で、何の用だ? お前は帰ってきたばかりだろう。仕事の報告か?」

 悠長な振る舞いからして深刻な内容ではないだろうが、ターゲットをぶっ殺した・・・・・という報告は既に電話で受けている。それ以上の詳細をわざわざ改まって話に来るなんて、プロシュートにしては珍しいと思った。

「いや、それはもう言っただろ。飯に行くぞ」
「飯? あぁ、さっきホルマジオ達にも声をかけられたな。キリのいい所で終わらせて向かうつもりだったが……」
「そうじゃねぇよ。外に食いに行くぞって言ってんだよ」
「用意されているのにか?」

 確か、今日のメニューはローマ風豚モツ煮込みコラテッラだと聞いている。
 リゾットが思わず聞き返すと、プロシュートはなぜか不機嫌そうにああ、と頷いた。

「違うもんが食いてぇ。付き合えよ」

――ペッシを誘ってやればいいだろう。

 つい、言いそうになったのを、リゾットはすんでのところでやめた。普段のプロシュートなら間違いなくそうしていたはずなので、しないというからには何か理由があるのだろう。
 思えば、プロシュートと二人だけで食べにいくというのも滅多にない話だ。アジトにいるとたいていその場にいた複数人と連れ立って飯に行くことになるし、仕事帰りに寄るというにも、お互い射程が広く無差別な能力なのでまず組むことが少ない。

「……わかった」
 
 こうして、プロシュートのわがままに付き合うことにしたリゾットだったが、近くのトラットリアに着いたプロシュートがよりにもよってフィレンツェ風 牛の胃煮込みトリッパを注文したものだから閉口した。

「待て、それは違うものか?」
「あ?」
「……いや、いい。好きにしろ」

 言われなくてもする、という顔をしたプロシュートになんだか納得がいかないものの、食前酒とお通しストウッツィキーノのオリーブから、二人の食事は始まった。

「まさかとは思うが、ペッシと揉めたのか?」
「はあ?」

 おそらくリゾットは巻き込まれたのだ。これくらいのことは聞いてもバチは当たるまい。「どうやって、あのマンモーニが俺と揉めるってんだ」プロシュートは眉を吊り上げて反論したが、ペッシ関連であることは間違いないようだ。

「まあ、揉めたというか、お前が一方的にボコボコにして説教したんだろうとは思っている」

 返ってきたのは、まるでお手本のような舌打ち。「もう二年にもなるってんのに、いつまでも甘ったれた野郎だから、ちょっと喝を入れただけだ」プロシュートが椅子にふんぞり返ったのを見て、これは長くなりそうだな、とリゾットは心の中で思った。

「今頃向こうで、飯が喉を通らずに青ざめてるだろうぜ。なんにもなくても吐きそうだったからな」
「ほう。俺の能力ならともかくも、そんなにぐちゃぐちゃにしたのか?」
「向こうが勝手に自爆したんだよ。臓物どころか肉片ぶちまけて」

 普通なら食事の席でする話ではないが、プロシュートは気にした様子もない。むしろ、自分で臓物の煮込みを注文しているくらいだ。

「なるほど。それで外に食いに行くって言ったのか」
「それで、の意味がわからねぇな。俺は今日は豚じゃなくて牛の気分だっただけだぜ」

 重要なのは食事の内容じゃない。プロシュートがその場にいるか、いないかだ。
 グロテスクな死体にブルってしまったペッシを、プロシュートはいつものように叱りつけた。だが、こういうものは叱られてすぐに直せるようなものでもない。ペッシが飯を食えない状態なのを見越して、プロシュートはあえて席を外したのだ。怖い兄貴分がその場にいれば、叱られたばかりのペッシは無理にでも飯を食おうとするだろうから。

「まったく、お前がガキを拾ってきたときも驚いたが、こんなに甘やかすとは思ってもみなかったぞ」

 もともと世話焼きなほうだとは思っていたが、メローネやギアッチョにはここまでな印象はなかった。まぁ、あの二人はペッシと違って完全な悪ガキだったから無理もないのかもしれないが、なんだか見ていて微笑ましくなるほどだ。

「別に、甘やかしてるわけじゃあねぇ。あいつの場合、自信のなさが問題なんだ。いっぺんにあれもやれ、これもやれっつったら、余計に出来ないと決めつけて萎縮しちまう」
「能力自体は、拾ってきたときからそれなりの物だったしな」
「そうだろう。あいつのビーチ・ボーイはまだまだ化けるぜ」

 初めの不機嫌さもどこへやら、自分の事のように自慢げなプロシュートが面白い。とはいえ、それを口にするとキレられるので、リゾットは代わりに別の事を言った。

「俺もお前を見習わなくてはな」
「見習う?」
「それか、お前がペコリーノの面倒を見てくれるか?」

 ペコリーノの名前を出すと、プロシュートはあからさまに、そういえば、という顔をした。

「断る。だいたいあいつはペッシと違って殺しの経験だってあるだろ。おめーが面倒を見てやる必要もねぇよ」
「まあな。元は教育と言うより、監視のつもりだった」
「……フン、杞憂でなによりじゃねーか」

 プロシュートはもっと早くに、あいつは刺客なんかじゃねぇ、と言い切っていた。プロシュートの勘が良く当たるのは知っているが、リーダーとして勘だけに頼るわけにもいかない。結果、彼女とはある程度の距離を保っていた。

「お前を見ていると、俺はあまりいい上司ではなかったと思う」

 ペコリーノはチームを害するどころか、一緒にボスを裏切ってもいいと思っているらしい。ホルマジオからそれを聞いたとき、嬉しいような、申し訳ないような、複雑な気持ちを抱いた。期間の短さももちろんあるが、リゾットはペコリーノの命を預かるだけのことを、彼女にしてやれたとは到底思えなかった。

「そう思うなら、今から面倒みてやりゃあいいじゃねぇか。果たして、おめーにあのじゃじゃ馬を飼いならせるかどうかはわからねぇけどな」
「別に飼いならそうとまでは思わない。というか、無理だろう、あれは」
「腹割って話せばいい。馬鹿みてぇに生真面目なのがおめーの取り柄だ」
「……」

 随分な言われようだが、いかにもプロシュートらしい激励である。
 リゾットはそうだな、と息を吐いた。それから、お前もだぞ、と言い返す。

「お前だって恰好をつけすぎだ。お前があまりにも遠いから、ペッシが自信を無くすんじゃあないか?」
「なんだと」
「お前だって、ガキの頃から筋金入りのギャングだったわけじゃあないだろう」

 プロシュートの精神はとても強い。だが、それは様々なものを乗り越えてきたからでもある。

「それは、そうだが……」
「そういう話をもっとペッシにしてやればいい」

 いきなりゴールだけ見せられても、初めての者は戸惑うだけだ。
 そういうと、プロシュートは珍しく、“不快さ”以外の感情で眉をしかめた。

「……昔のダセー話なんか、できるかよ」
「そうか? 昔話はジジイの特権だと思っていたが。ジジイは武勇伝しかしねぇのか?」
「……」

 沈黙を埋めるように、前菜アンティパストが運ばれてくる。食事はまだまだ始まったばかりだった。


*1 マルコによる福音書 7:15-19から抜粋
*2 エペソ人への手紙第5章18節
 

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