- ナノ -

■ 07.ペイント・イット・ブラックの共犯

『オレぁ、人を探してるんだァ〜! オレの幸運のうさぎさん、教えてくれよォ〜ッ! こんなかにオレの探している奴はいるかい、いるならどうか教えておくれよォ〜ッ!』

 日に焼けた褐色の肌に、強いウェーブのかかったブルネットを肩まで伸ばした男が、腕の中に一匹の白ウサギを抱いて人目も憚らずに大泣きしている。
 その姿かたち、言動は先ほどアバッキオが目にしたものと全く同じものであったが、ただ一つ、男の額にはデジタルのタイマーが輝いているという違いがある。

「……よしッ。ムーディ・ブルース、そのまま早送りで巻き戻せ」

 確か、空港で不審物騒ぎあって警察が呼ばれたのは一時間前だと言っていた。今回のこの空港閉鎖もあのスタンド使いの引き起こした“不運”によるものだとしたら、あの男は一時間前までは少なくともこの周辺にいたということである。
 果たしてアバッキオの予想通り、男の姿をとったムーディ・ブルースは倍速で周辺をうろうろと歩き始めた。どうやら定期的にああして大泣きしつつ“涙目のルカ”殺しの犯人を捜していたようで、本当に気味の悪い男である。この辺では見かけない顔だがどうも組織の人間であるみたいだし、もしかするとこの男の他にもスタンド使いの仲間がネアポリスにやってきているかもしれない。

「チッ、ジョルノのやつ、入って早々厄介ごと持ち込みやがって……」

 まだ仲間として認めていない二人に、自分の能力を明かす気はない。
 そういうわけでジョルノ達が去ったあと、アバッキオは一人で敵を探るために自身のスタンドであるムーディ・ブルースを発動していた。思わず漏れた悪態がそのまま本心を表しているのだけれど、彼はこの行動がジョルノの為であるというのを絶対に否定するだろう。これだけ騒ぎになっているならネアポリスの平和的な意味で無視できないからだとか、そんな理由をつけて……。

『おう、そうだ。なぁに、大丈夫だって! アルゲーロ、お前の能力なら一人だって大丈夫さ!』

 額のタイマーがちょうど二時間前を指した頃だろうか。空港の出口の案内板の前で、男は隣の誰かに向かってそうやって話しかけている。アバッキオは早送りを止めると、通常の速度で男達の会話に耳を傾けた。

『あぁ、こっちはオレに任せとけってッ! 絶対にルカさんを殺した犯人はオレが見つけてやるさ。オレの幸運のウサギさんがいりゃあ、どう転んだって悪いことにはなりゃあしねぇ』
『だ、だけどよう、マルチェロは幸運かもしれねぇけど、オレは……』
『だから犯人を見つけるまでは別行動するんだろうが。ちゃんと見つけたらお前にも教えてやるよ。な? だからお前はその間、あのブチャラティの邪魔をしてやるんだ。殺しちまってもいいぜ? ルカさん殺しの犯人も見つけられないような無能が、このネアポリスのチームリーダーなんておかしいモンなァ』

 ブチャラティだと!?

 アバッキオは“再生”された思わぬ名前に、知らず知らずのうちに拳を固く握りしめる。これはいよいよ放ってはおけない。アルゲーロとマルチェロという名の二人組は、“涙目のルカ”の仇としてジョルノを狙うだけでなく、その調査にあたったブチャラティにまで恨みを持っているようなのだ。
 アバッキオは一度ムーディ・ブルースを解除すると、その場ですぐさまもう一度“再生”を命じる。今度のムーディ・ブルースは北欧の血が入っているのか、ブロンドの髪に青い瞳の小柄な男の姿を取った。今にも泣き出しそうな困り眉が気の弱さをこれでもかと表している彼は、先ほどの会話からブチャラティの妨害を担当することになったアルゲーロである。

『わ、わかったよ。で、オレはどうしたらいいんだい……?』
『ブチャラティが任されてんのはこの辺の賭場だって聞いたぜ。お前の能力を使えば、その大事な大事な収益をちょろまかしてやるくらいわけねぇよなァ。しかも今日は月初めだから、ちょうど先月分の利益がまとまったところで……やっぱりツイてるぜ、オレ達はよォ』
『う、うんッ! わかった、オレやるよッ!』

 男達はそこで二手に分かれることにしたようだった。今“再生”してない方のマルチェロの行動に至っては、先ほど直に目にした通りなので確認するまでもないだろう。
 アバッキオは市街地のほうへ向かい始めた“アルゲーロ”の背中を追いつつ、長いコートの陰に隠れたポケットから仕事用の携帯を取り出した。


「ブチャラティ、」
「どうした? お前がかけてくるなんて珍しいな」

 組織からの連絡手段は、ほとんど一方的にパソコンを通じて行われる。そのためリストランテ二階の事務所の電話にかけてくるのは、基本的に任務に向かっている仲間しかいない。しかも先ほど同じように電話をかけてきたフーゴとミスタはもう戻ってきており、新人二人にはまだ仕事用の携帯を持たせていなかったので、かけてくる相手はおのずと限られていた。

「まさかとは思うが、お前までスタンド使いが出たとか言うんじゃあないだろうな?」
「なッ! なんであんたが知ってんだよ、まさかもう襲われたのかッ!?」
「オレではなくフーゴとミスタがな。怪我はない。お前達が出た後、二人にはカジノの集金に行ってもらったんだ」
「あぁ、それでか……」

 怪我人なし、と聞いてアバッキオは少し落ち着きを取り戻したようだった。「それで、とは?」電話の向こうのアバッキオこそ交戦したのだろうか。彼のスタンド能力は戦闘向きではないが、向こうにはジョルノもベルもいるはずだ。
 こうして電話をかけてくるぐらいなのだから全員無事なのだろうが……。

「敵は二人組、狙いはジョルノとあんただ」
「ジョルノも……?」
「“涙目のルカ”の報復らしい。こっちは”人を不運にする”とかいう妙なスタンドを使う野郎で、ジョルノとベルが追ってる。オレはもう一人のほうをムーディ・ブルースで追跡してる。ヴィンチェンツォ通りを道なりだ」
「なるほど……」

 “涙目のルカ”の名を聞いて、つくづく因果だな、とブチャラティは他人事のように思った。ジョルノとブチャラティの出会いはルカの死を起点にしている。そしてブチャラティはジョルノの黄金の精神に触れ、犯人は見つからなかった・・・・・・・・・・・と虚偽の報告をした。これはただちょっと未来ある少年に感じ入って、仕事の手を抜いたとかそういう次元の話ではない。ジョルノの、ボスを倒すという夢に賭けて彼を仲間に迎え入れたのだから、間違いなく組織に対する裏切りだった。ならばその選択の結果が早くも現れたというだけのこと。

「フーゴ達の報告によれば、そのスタンド使いはタール状の物質で相手の身体の包み、行動を操作する能力らしい。動きが精密で遠隔操作型とまではいかないだろうが、本体が隠れちまってどう見つけたもんかと頭を悩ませてたんだ。お前が追っててくれて助かるよ」
「あぁ、こっちは任せてくれ」
「だが絶対に近づきすぎるな。ナランチャを向かわせる。お前の追跡とあいつの索敵があれば、どこに潜んでたってすぐ見つけられるだろう」

 身体の自由を奪われる能力というのは厄介だが、逆に言えばその黒いスタンドに近づかなければ問題ないということだ。本体の方もその弱点がわかっているから、身を隠すことに専念しているに違いない。ミスタのピストルズをかわすくらい素早い動きのスタンドらしいが、他の人間を操作している間に本体の方を奇襲すれば倒すことはそう難しくないだろう。ムーディ・ブルースで足跡を辿り、ナランチャのエアロスミスで発見。そのまま本体に向かって機銃をぶち込んでやれば、タールに汚れてやる必要は全くないというわけだ。
 あとはもう一人の方か……。そう考えたところで電話の向こうのアバッキオも同じことを思ったのか、あいつらのことなんだが、と口を開いた。

「ジョルノがその“不運”の効果をかけられちまってて、少々まずい状況かもしれねぇ。タクシーに横から突っ込まれても相変わらずふてぶてしい面をしてやがったが」
「そうか……二人は今どこに?」
「なるべく巻き添え被害が出ねぇよう、ポッジョレアーレ墓地のほうへ向かうと言ってたぜ」
「空港前だな。わかった、ありがとう。お前も気をつけろよ」
「あぁ」

 通話を終えたブチャラティは早速ナランチャにアバッキオのところへ向かうように指示を出す。もちろん自分も一緒だ。流石にレーダーを見ながら車の運転をさせるわけにはいかないし、なにより今回の件はブチャラティの行動が生んだ結果である。部下に任せて高みの見物をするつもりはない。

「よしッ! ブチャラティ、それじゃあ行こうぜッ!」

 一応敵に攻撃を受けているという状況なのだが、ナランチャは仕事をもらえて嬉しそうである。それに少し呆れたような視線を向けたフーゴは、ブチャラティが指示を出すまでもなく先に考えを汲み取ってくれた。

「で、ぼくらはジョルノ達を追ってポッジョレアーレ墓地へ向かえばいいと?」
「流石うちの参謀殿は話が早いな。帰ってきたばかりで悪いが、ミスタも頼めるか?」
「行くのは構わねぇんだけどよォ〜、その“不運”を操るスタンドってやつ? 周りがアンラッキーってことは本人がラッキーってことだろ? 当たらねーんじゃねぇのか?」

 別に敬虔なカトリックというわけではないものの、ミスタは基本的に“神”というものを信じている。そのことは普段、彼のどんな逆境にも耐えうる楽観的な性格に大いに生かされているのだが、今回のように“運”を操るといわれるとどうも引っかかるのだろうか。彼のスタンド達もいつになく消極的な主人に驚いたらしく、大きな身振り手振りで口々に喚きたてる。

「ミスター! オレタチヲ信ジロヨーッ!」
「“ヨン”ガ関係ナキャア、ミスタモラッキーダゼーッ!」
「いや、オレは別にブルってるとかそういうんじゃあないぜ。ただ、運ってもんは本当にありやがるからよォ。しかも今日は“四”の月の初めの日だ……」
「アアーッ! ホントウダーッ!」

 しかしこの主人にしてこのスタンドありだ。ご丁寧にNo.4を抜かした彼らが、その数字を嫌うのは同じであった。

「あんたまたそんなこと言って、四月は丸ごと休むつもりですか?」
「だったらなんかいい策でもあんのかよッ、フーゴ」
「そうですね……その男たちは二人組なんですよね? だったら策はあるかもしれません。ブチャラティも行くんでしょう? 少し頼みたいことが」
「ん? いいぜ」

 作戦会議――そういうにはあまりにお粗末だけれど、この天使のような顔をしたIQ.152の天才はこういうときに役に立つ。ブチャラティ自身も咄嗟の判断力や胆力があるからこそこうしてここまで生き残ってきたが、何事にも臨機応変に対応できるがゆえに多少大雑把なところもあるのだ。
 ナランチャも交えて人間四人。この時点でミスタは嫌がるかもしれないが、彼がその事実に気づいていないうちにフーゴの話は進んでいく。

「ウエェーン! ヤメロヨー! ヘンナモンツケンナヨー!」
「No.3、“泥”ンコ遊ビナンテヤルナヨナーッ!」
「No.1、No.2、オマエラ“泥”ナンカツケテカエッテキタンダロー」
「ウゲェェーッ!ホントダ、汚ネーッ!」
「コッチヨルナー!」
「ナンダトー!」

 その傍らで小さな弾丸のスタンドたちは、いつものようにくだらないじゃれあいを繰り広げていたのだった。
 その身を少しずつ黒いものへと染めながら――。


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