- ナノ -

■ とある闘技場

 もしも人に職業を問われたら、ヒソカは迷いなく奇術師だと答えるだろう。
 仮とはいえ幻影旅団に籍を置いており、そうでなくても収入源は殺しや盗みといったアングラなものばかりだが、それでもヒソカは自分が奇術師であると胸を張って答える。もちろん、そこには彼なりの拘りや思い入れがあるのだけれど、それを語るのはまたの機会にするとしよう。すぐにタネを明かしてしまう奇術師なんて、興ざめでしかないのだから。

 それでは、そんな奇術師がもしも人に趣味を聞かれたらどう答えるのだろう。
 トリックの考案?それとも、人のあっと驚く顔を見ることだろうか?

 確かにヒソカはエンターティナーだ。
 同じ人を殺すのだって華麗なほうが気分がいいし、自分に出し抜かれて驚きながら死んでいく人間を見るのも一興。だが、相手を楽しませるよりは、どちらかと言えばヒソカ自身が楽しみたい。強い相手や面白い能力者との一戦は、ヒソカの戦闘狂としての血を沸き立たせる。ヒソカは好物を最後まで取っておくタイプでもあるので、将来有望な伸びしろのある逸材も好きだ。我慢して待てば待つほど、果実を収穫した時の喜びは大きい。
 というわけで、ヒソカはもしも人に趣味を聞かれたらこう答える。

 ボクの趣味は“青い果実探し”だよ、と。



「やぁ、おめでとう」

 パドキア共和国の南東に位置する天空闘技場は、格闘のメッカとして各地から様々な格闘家が訪れる。その数はひと月あたり平均12万人を越すらしく、まだ青く固い果実を探すヒソカにとっては格好の狩場だ。
 そしてヒソカは今日、200階のエレベーター前で待ち構え、やってきたばかりの人物にわくわくしながら声をかけた。

「さっきの試合見てたよ」
「お、おう。ありがとな」

 試合で紹介されていた彼のリングネームはマオ。ここは表の格闘場で売名にも役立つため、偽名を使う人間は少ない。そのため、リングネームはすなわち本名と考えていいだろう。人種が違えば年齢を推測するのは難しいが、見たところだいたい十代後半から二十代前半といった具合か。頭の後ろで緩く三つ編みにされた髪が、なんだか動物のしっぽのようである。
 いきなり見知らぬ人物から親し気に声をかけられたマオは一瞬驚いた顔になったものの、すぐさま人懐っこい笑顔を浮かべた。

「俺はマオ。ここへは今日来たばっかりなんで正直なんもわかってないんだけどさ、声をかけてくれて嬉しいよ。アンタは?」
「ボクはヒソカ」

 名前を名乗ると、よろしく、となんの躊躇いもなく右手を差し出され、逆にヒソカのほうが戸惑った。今日来たばかりと言っていたので、どうやらここでのヒソカの扱いを彼は知らないらしい。しかしそうでなくても普通、念能力者ならば初対面の相手とのむやみな身体的接触は避ける。一体何が発動条件になるかなんてわからないし、操作系のように“決まれば勝ち”という厄介な系統が存在する以上、ヒソカの警戒は最もなものであった。

「ん、どうしたんだ?」
「キミ、遣えるんだろ?オーラも特に隠そうとはしていないし」
「何の話?」

 ヒソカがやんわり握手を避けると、マオは不思議そうなを顔した。オーラのことを指摘しても全くピンと来ていないようで、わかりやすく首を傾げる。「あ、もしかして、」それから不意にぱっと顔を輝かせた。随分と感情表現のオープンな男である。

「アンタ、俺の“チーゴ”が見えるのか?」
「“チーゴ”?」
「確かに200階に上がってきたときから、妙な感じはしてたんだよな。空気が違うっていうかさ。いやーやっぱ都会ってすげーな」

 勝手に嬉しそうにされても、ヒソカとしては訳が分からない。ただ、彼の言う“チーゴ”というのが“オーラ”のことを指しているというのは薄々わかった。おそらく彼は何も知らないまま、独自に念を会得してしまったタイプなのだろう。もしくは彼の故郷では、念をそういう風に呼んでいたのかもしれない。

「キミの言う“チーゴ”はきっと、ここでは“オーラ”や“念”と呼ばれているものだね。
 200階からは武器の使用が許可されている話は聞いたかい? つまり、ここから先は嫌でも“念”の使用がメインになってくるということだ」

 もっとも、200階以下で念を遣ってはいけないというルールはない。実際、マオは先ほどの試合で念を遣っていたし、それこそが彼がいきなり200階へと進むよう言われた理由なのだろう。戦闘を見世物として扱っている以上、多少の死人は仕方ないとしても、基本的に審判は危険なプレイヤーをさっさと適切な階へ押し上げるのだ。

「“オーラ”と“念”か、さすが都会は呼び方までかっこいいな。
 でも、なんで武器の使用OKが念の使用と関わってくるんだ?」
「だってそれは、操作系だと武器の持ち込みが必要だし……はぁまぁ、いいや。せいぜい頑張ってよ。キミがしばらくここに残るようなら、是非手合わせをしよう。その時にもっと色々教えてあげるよ」
「そっか、じゃあ楽しみにしてるぜ」

 いい加減面倒になったヒソカが話題を打ち切ると、マオはすんなりと引き下がった。見かけ通り単純な男らしい。強化系か、放出系か。さっき見た試合では遠隔からの攻撃を行っていたので、おそらく放出系だろう。しかしこの分では、彼は系統図を知らないばかりか、自分が放出系であることも知らないに違いない。

 ヒソカは青い果実は好きだが、それをいちいち育てるのは面倒だと思っていた。特に戦闘面の手ほどきならともかく、知識レベルの説明はしかるべき先生にお任せしたい。
 というわけで、マオが200階での戦闘でいい感じに育ってくれればラッキーだなくらいに考えて、ヒソカは早々にその場を去ることにした。とりあえず今日は面白そうな奴に声をかけてみた程度で、見守るべき逸材かどうかの判断は先送りすることにしたのだ。

 青い果実探しというのは、実はひどく気長な趣味なのである。



 その後マオの噂は、ヒソカが意図的に情報を集めなくても容易に耳に入ってきた。
 つまり、彼はヒソカが期待した以上に強かったのである。
 確かに初めから隠されることのなかったオーラ量はなかなかの物であったが、それでも念のイロハもろくに知らない素人だ。新人潰しにとっては格好の餌食になるだろうし、きっとそこで苦戦するだろう。しかしそんなふうに思っていたヒソカにしてみれば、彼の健闘ぶりは実に嬉しい誤算である。
 そしてそんなマオの不可思議な強さの秘密は、どうやら彼の念能力に隠されているらしかった。


「ヒソカ、ようやく相手してくれるんだな」

 リングの上で再会した彼は嬉しそうに笑い、気合十分といった様子だった。もちろんヒソカも彼と戦うのは楽しみにしていた。マオの戦績は今のところ5勝0敗。そのいずれも、対戦相手の四肢に深刻なダメージを与えている。
 観客たちは死神と恐れられるヒソカと、これまた破壊者として忌避されるマオとの勝負にかなりの盛り上がりを見せていた。

「まさかキミとこんなに早く戦えるとは思ってもみなかったよ」
「ヒソカが言ったように、ここの奴らはみんな“チーゴ”……じゃなくて“念”を遣ってた。ほんとに世界は広いんだな、俺にもっと色々教えてくれよ」
「いいだろう。でもそれは勝負の後、キミが生きていたら、でどうだい?」
「オッケー」

 マオは頷いて、腰を低くした構えの姿勢を取る。そしてこれまでの試合映像通り、何のためらいもなく両目を閉じた。

「それでは、ポイント&K.O戦! 時間無制限一本勝負! 始めッ!」

 審判の合図とともに、先に動いたのはマオである。彼は放出系能力者で、これまでの試合を見る限り、波状のオーラを自身の周囲360度に飛ばして攻撃を行っていた。念弾に近いそれは波の振動の性質を大きく反映しているらしく、物体や物質の中を透過して伝わる。つまり彼の攻撃を障害物によって遮ることは難しく、外傷を与えると言うよりは内側の神経や筋肉に損傷を与える内部破壊型だ。それこそが、マオの通り名が“破壊者”となっているゆえんであった。

「キミのその目を瞑るっていうのは、何かの制約なのかい?」

 遠距離型のくせに真っすぐに突っ込んできた彼を、ヒソカは華麗なステップでかわす。一見、波状で逃げ場がないように思える念波の攻撃も、距離が遠くなればなるほどその攻撃力は弱まる。距離感さえ掴めれば、流でオーラを振り分けなくとも堅で十分にガードすることできた。

「これは集中してんの!」

 マオは相変わらず目を瞑ったまま、器用にヒソカの位置を特定して念波を飛ばしてくる。その精度はかなりのものなので、単純に気配を察知しているというより、エコロケーションのように波の反射を利用しているのかもしれない。しかし、所詮はオーラで作った人工の波。音や光の速度には劣るため、場所を特定してから攻撃しているようではどうしても後手に回ってしまう。なかなかいい能力なのに残念だなぁ、という感想を抱きながら、ヒソカはそろそろこちらからも仕掛けることにした。

「マオ、キミはやっぱりもう少し基礎からやり直したほうがいい」

 とりあえず基本の四大行はぎりぎり及第点というところだが、応用技になると得手不得手が顕著すぎる。オーラを広げたり留めたりする纏、練の応用は得意なようだが、反対に絶の応用技である隠が少しもできていない。念波を隠すことができればさらに強みとなるだろうに、今の彼の攻撃は正直言って丸見えなのだ。もともと天空闘技場に来た時から念能力者であることがバレバレだったし、“隠れる“、”隠す“と言った意識が欠如しているのかもしれない。

 ヒソカは両腕を上下に突き出したガードの姿勢のまま、間に“伸縮自在の愛バンジーガム”を広げてマオに接近した。いくら波が物体を透過するとはいっても、オーラ同士ならばこちらの防御力が高いと波のエネルギーは打ち消される。飛ばされる波をものともせずに距離を詰めたヒソカは、左足を軸にマオの胴体に蹴りを叩きこんだ。「クリティカル! 4―0!」審判は大げさな点数を付けたが、実際にはマオもちゃんとガードしている。無傷ではないだろうが、ヒソカの攻撃にちゃんと反応できた点は褒めるべきだろう。

「やるじゃないか」
「っ……ガードしたのにこれってマジかよ。やっぱ”位相”が分かっても展開早いと対応しきれないな」

 マオは目を開けると、口元に着いた血を服の袖で拭った。ぶつかった瞳はらんらんと輝いていて、彼から戦闘意欲が失われていないとすぐにわかる。

「位相?」
「でもまぁ、さっき近づいてきてくれたお陰でようやく掴めた。ヒソカ、もっかい同じの頼む!」

 さぁ、と意気込んで再び構えをとったマオだが、これはれっきとした試合である。フォークボールを打つ練習をしているバッターではないのだから、敵に同じ攻撃を求めるのは無茶苦茶な要求だ。

 しかし、ヒソカは自他ともに認めるエンターティナーである。面白さや興味の為ならば、あえて敵の攻撃や誘いに乗ってやるだけの度量もある。マオが同じ攻撃をどのように対処するのか、それを試してみるのも面白そうだと思った。

「いいだろう」

 言葉と共に、ヒソカは再び“伸縮自在の愛バンジーガム”を展開する。もちろん、そのまま近づいて蹴りを入れるところまでやりきるつもりだ。
 今度のマオは目を開いてしっかりとヒソカの姿を捉えている。どうするつもりか。念波を飛ばしたところで打ち消されるだけだ。

「よし、一致した!」
「っ!?」

 だが、先ほどと違って打ち消されたのは、なんとヒソカの” 伸縮自在の愛バンジーガム”のほうだった。オーラの量で負けるはずがない。そもそも硬と硬のぶつかり合いのように純粋な攻防力の問題ならともかく、これは発同士のぶつかり合いだ。いくらマオが放出系能力者とはいえ、身体から離した彼の念と手元にあるヒソカのガムが、ここまで綺麗に相殺されるなどありえない。
 そう、これはマオの念波がヒソカのガムを上回ったというより、“消した”としか表現しようのない現象なのだ。他人の発を消すなんて、そんなのはもはや除念師の域である。

「もらった!」

 ヒソカの思考が目まぐるしく状況を理解する間に、マオは追撃となる念波を飛ばす。距離があればさほどでもなかったが、近くで当たるとやはりダメージはあった。「ヒット! 4−2!」これは面白いことになってきた。思っていた以上に、このマオという青年は見どころがあるかもしれない。更なる追撃を避けるために一度距離を取るが、ヒソカは嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

「ククク……イイね、キミ。やっぱりこうでなくっちゃあ」

 青い果実探しというのは、こういう面白さがあるからやめられないのである。
 

 ▼△


「つまり、キミの言うことをまとめると、誰のオーラでもごくごく小さな“周期運動をしている”ということなんだね?」
「んー、たぶん」

 試合は結局10−4でヒソカが勝った。あれからマオはことごとくヒソカの“伸縮自在の愛バンジーガム”を消して見せたが、結局のところ距離を取ればマオの攻撃がヒソカに大きなダメージを与えることはない。しかもヒソカにはトランプがあるので、勝負が決まるのにそう時間はかからなかった。

 そしてヒソカは初めの約束通り、マオに念について教えることになった。ヒソカ自体もマオに色々と聞きたいことがあったので、天空闘技場から割り当てられたヒソカの部屋で二人で食事をとっている。メニューはマオたっての希望でハンバーグであり、彼はデザートにプリンまで指定するお子様舌の持ち主だった。

「たぶんって……キミの念なんだろう?」
「そう言われても説明するのは難しいしな……。えーと、そうそう、物質を構成する分子とか原子ってビミョーに揺れてるらしいんだわ。で、揺れてるとそこに波が起きる」

 マオはプリンをスプーンでつつき「これが揺れ」と真顔で説明する。それから揺れによる振動で出来たカラメルソースの波紋を「これが波!」と言い切った。

「波って言うのは一定の周期的な運動をしている。だからそのタイミングを合わせてやればその運動を強めることができるし、逆に相殺して打ち消すこともできる。タイミングって言うのが“位相”で、この現象を“波の干渉”と言う。俺がやってんのはそーゆーこと」
「……キミって馬鹿なのか、頭いいのかどっちなんだい?」
「安心しろ。この説明はまんま師匠の受け売りで、俺は正直わかってない」

 マオは自慢にもならないことを自慢げに主張し、目の前のプリンを美味しく頂き始める。確かにオーラは生命エネルギーである以上、振動や波とは無関係と言えないのかもしれなかった。
 つまり彼はオーラの持つ周期的な運動に合わせた念波を放つことで、ヒソカの念を打ち消して見せたということなのだ。

「原理はなんとなくだけどわかったよ。でも、その“周期”や“位相”っていうのは目に見えないものだろう? 一体どうやって合わせているんだい?」
「考えるな、感じろ」
「……」
「ま、そうなるよな……だから、村でも俺しか会得できなかった。師匠も理論を組み立てただけで、実際に使えるわけじゃなかったし」
「へぇ」

 きっとマオの師匠は頭脳派だったのだろう。
 もとはすべての生物が持つ生命エネルギーであるため、“念”は修行次第では誰にでも習得可能だ。が、それを使いこなせるかどうかは結局のところ本人の才能とセンスに依る部分が大きい。マオは頭の出来は良くないようだが、その分感覚派でセンスだけは突出したものを持っていた。

「師匠は新しい武術の流派にしたかったみたいでさ、とりあえず一番弟子? の俺が都会で一旗揚げてやろうと思ってカキンのド田舎からはるばるここまで来たんだ。でも、案外“念”を使える奴っているみたいだし、これからどうしようかなー帰ろっかなー」
「確かに、“念”の遣い手は少なくはないけれど、キミのその能力を欲しがる人は多いだろうね。他人の“発”を打ち消せるなんて、念能力者にとっては脅威だよ」
「だけどさっきの戦闘でもそうだけどさ、“位相合わせ”はそう簡単じゃないんだぜ?集中力もいるし、探るのにも時間がかかるんだよ。格上との戦闘じゃそんな悠長にしてらんないって」

 マオは気づいていないようだが、“位相合わせ”の制約はやはり“目を閉じる”ことによる集中なのだろう。なるほど、彼は野生の果実だ。その師匠の理論とマオの系統が合致したのも奇跡でしかない。「ちなみに、時間と集中力さえあればその打ち消しってどんな念でも消せるのかい?」戦闘面でも今後の成長に期待大だが、除念師として使えるだけで十分に魅力的だった。

「んー……正直、この打ち消しを他人の“念”に対してやったのは、天空闘技場に来てから始めたことなんだ。故郷にはここまでちゃんと“念”を遣える奴なんていなかったし。でもそこまで複雑な組成に変わってなければある程度いけると思ってる。あと、条件は空気中に出てること」
「というと?」
「例えば、ここに来てから“念”で物体を作ってる奴を見た。ああいうのはヒソカのガムみたいに“オーラ”の性質だけじゃなくて“組成”も変えてるから、振動がより複雑になってて“位相”を探るには触れないと無理だ」

 マオが言っているのは具現化系能力者のことだ。確かに具現化したオーラは実体を持っており、密度や量も相当なものである。
 ヒソカはうんうん、と頷いて続きを促した。

「それから、体内とか何重にも違う物体に包まれた状態で、中のオーラだけを消せって言われるのも難しい。全部壊して滅茶苦茶にしていいなら簡単だけどな。
 波っていうのは通過する媒質によって進む速度が変わるんだ。慣れた空気中と、消したい物の2種類くらいならギリギリ速度調整して狙った位相に合わせられるけど、何種類も違う物体の中を通して最終的な速度まで考えろって言われたら今の俺にはできない」
「なるほどねぇ」

 ざっくりとした理解だが、体外に仕掛けられた念は解除できても体内は無理という解釈で良いのだろう。しかし聞けば聞くほど、マオが馬鹿なのか賢いのかわからなくなる。念波の速度調整を計算で行っているなら天才だが、感覚とセンスだけで合わせてしまうのもそれをさらに上回る化け物のような気がした。

「ホント面白いねぇ、キミ。やっぱり故郷に帰るのはよしなよ」
「でも家はここで部屋がもらえるからいいとしてさ、200階から賞金無しなんだぜ?どうやって生活してけって言うんだよ、部屋だけじゃなくて畑もくれないと無理だって」
「それならヨークシンに行くと良い。あそこなら色んな仕事が転がってるし、特に君みたいな念能力者は歓迎されるだろう」
「なるほどー! 聞いたことあるぜ! なんかセレブとかいるんだろ? そういう奴の用心棒とかやればいいんだな?」

 いつの間にかテーブルの上の物をすべて平らげた彼は、素晴らしい思い付きをしたみたいに目を輝かせた。「そうと決まれば、もうここはいいや。師匠にはとりあえず『都会にはもっとすごい人がいっぱいいるみたいです』って手紙送っとけばいいだろ」ありがとなーヒソカ、ご馳走様、とるんるんで席を立った彼は、部屋を出ていきかけたところで不意にぴたりと足を止めて振り返る。

「そういや俺、アンタに“念”について教わるって話じゃなかったっけ?」
「うーん、そうだねぇ。ボクからアドバイスするとしたら、あまり他人に自分の“念”は言わないほうがいいってことくらいかなぁ?」
「今言う?」
「ククク、大丈夫だよ。ボクは口が堅いからね。それにキミだってボクの“伸縮自在の愛バンジーガム”を見ただろう?」

 実際にはヒソカは名前と伸びる性質のオーラだと伝えただけで、マオほど詳細に念を明かしていない。しかしマオはやっぱり頭の出来が良くないので、それもそうだな!とあっさり納得した。

「じゃあこれでお相子ってことだな。あー、俺も自分の“念”にかっこいい名前欲しいな。なんかない? ヒソカ?」
「ボクが決めていいのかい?」
「かっこよかったら採用する!」
「うーん、そうだなぁ……」

 まさか勝手に熟すのを待っているだけの立場で、果実に名前をつける日が来るとは。
 師匠が聞いたら泣くだろうが、ヒソカにしてみれば悪い気はしない。期待を込めた眼差しで見つめられ、ヒソカは珍しく真剣に頭を悩ませた。

「“位相への干渉者チューン・フェイズ”っていうのはどうだい?」
「うっわ! それいただき!」

 マオはぽん、と手を打って破顔した。どうやらお眼鏡に叶ったらしい。こちらとしても、喜んでもらえて何よりだった。

「色々ありがとうな、ヒソカ」
「ボクも楽しかったよ。キミがもっと強くなったら、また戦おうじゃないか」
「おう!俺もまた修行頑張るぜ!」
「じゃあこれがボクの連絡先だ。何かあればかけてくると良い」
「オッケーまず携帯買う!」
「……あぁ、そうだったね。キミは村出身だった」
「おいおい馬鹿にすんなよ? ちゃんと村長ン家には電話くらいあったからな」
「それはすごいねぇ」

 全く心のこもっていない返事をしたが、ヒソカの機嫌はすこぶる良い。マオがいるタイミングで天空闘技場に来れたのは、ヒソカにとって幸運でしかなかった。

「それじゃまた、どこかで」
「じゃあな!」

 元気よく部屋を出ていくマオを、ヒソカはひらひらと手を振って見送る。それから一人残された部屋で、マオとの試合を思い返した。
 ヒソカは興味のないことはすぐに忘れるが、今日の日のことはおそらくずっと覚えているだろう。

 青い果実探しというのは一期一会であるが、だからこそその出会いも特別なものなのである。


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