- ナノ -

■ とある本音

 前略、師匠。俺です、マオです。長い間連絡しなくてすみません。確か、最後に手紙を送ったのは、クカンユ王国にいたときでしょうか。最近になってようやく生活が落ち着いた、というのもあるんですが、正直いろんなことがありすぎて、師匠のことすっかり忘れてました。しかも、俺が住むところをちゃんと決めてないせいで、師匠からは手紙送れないんですよね。マジでごめんなさい。でも、俺もただブラブラしていたわけじゃなくて、実はちゃんと資格をとって、仕事についたんです。ハンターって知ってますか。俺もまだよくわかってないんですが、なんでもいいので好きなものをとことん追いかけるのが仕事みたいです。なんか、文字だけ読むと馬鹿みたいだけど、本当にすごい仕事なんですよ。証拠に仕送りだって送っちゃいます! 少ないけど、これでなんか美味いもんでも食ってください。

 ちなみに、俺がハンターになろうと思ったきっかけになった人は、遺跡の調査で有名な人だったみたいです。他にも珍しいオオカミを育てたり、盗賊団を壊滅させたりとかいろいろすごい人っぽいらしくて……。出会ったきっかけも、実は俺がうっかり大事な遺跡を壊してしまって、その遺跡の地下に閉じ込められて出られなくなったところを助けてもらったんです。それでちょうど行く当てもなかったし、お詫びも兼ねて人の役に立つ仕事をするのもいいなって。師匠の”チーゴ”は武術以外にもいっぱい使い道がありそうです。
 しばらくはこのハンター協会にいるつもりなので、師匠もよかったら返事ください。

「これでよしっと!」

 ちゃんと師匠に教えられる住所があるというのはいい。指名手配されていないのもいい。あと、A級首と一緒に生活していないと言うのも、ちょっぴり寂しいが世間的にはかなりいいだろう。

 ちょっと早めに出勤してデスクで師匠への手紙を書いていたマオは、封筒に便箋といくらかの紙幣をそのまま突っ込んで、満足げに封をした。研修期間でもちゃんと満額給料が出るなんて、ものすごくいい会社(?)だ。なんだかんだでまともに職に就いたことのないマオにとって、ハンター協会での雑用が初めて貰える正式な給料である。天空闘技場も二百階までは賞金が出たものの、すぐに階数が上がってしまったし、大金になると口座振り込みしか受け付けていないせいで、そのあたりの手続きを怠ったマオはほとんどあの場では稼げていない。そのあとヨークシンに移動してからは、追われる身となったので言わずもがなだ。

「はぁ、どうして全部声に出しながら書くのかしら→バカ?」

 わざとらしく聞こえてきたため息に顔を上げれば、奥のデスクで犬耳をつけた眼鏡の女性が呆れたように米神を押えていた。彼女はチードル=ヨークシャー。ハンター協会の最高幹部『十二支ん』の一人で、期間限定ながらもれっきとしたマオの上司だ。彼女はそのふざけた見た目にも関わらず――いや、十二支んはほとんどが動物を模した格好をしているので、彼女だけではないのだけれど――なんと医者で法律学者という嘘みたいな天才だった。それに加えてハンターであることも数えると、もはや難関資格ハンターと言われても納得してしまうくらいだ。

「え、あ、声出てました? すみません」
「まぁあなたがいいなら構わないけど→個人情報の漏洩。普通郵便で現金を送るのは法律違反よ→三十万以下の罰金」
「三十万!? 送る額より多いんですけど! 赤字になる!」
「ちゃんと現金書留で送りなさい」

「はーい」

 もう少しでまた、なんだかよくわからない法律に違反するところだった。せっかく綺麗に糊付けした封だけれど、破らないようにそっと剥がしていく。都会に罠が多いのは相変わらずだ。その意味で、法に詳しく、なんだかんだ世話焼きなチードルが上司というのはマオにとってラッキーでしかない。ジンの弟子という前評判のせいで最初は思い切り嫌がられてしまったが、なんとかビーンズが取りなしてくれたらしかった。根っこはいい子なんです、と。葉や花はどうなんだろうか。
 そんなくだらないことを考えつつ、マオは席を立って上司のデスクに向かう。

「ところで、今日は何をすればいいですか? 今日書類の整理ですか?」

 彼女は難病ハンターでしかも三ツ星。その下につくマオもさぞハンターとして大忙しになると思いきや、案外普通の事務仕事が多かった。というのも、会長も副会長もあまり協会としての仕事には熱心でなく、十二支んにもジンを始めとした自由人が多い。結果、組織としての協会の運営はビーンズ、簡単な決裁はチードルがほとんど担っている状態だった。彼女の元で働き始めてもう二週間ほどになるが、ハンターの解決した事件、新しい発見の報告、直接ハンターに関わらずとも念能力者の関わっていそうな事件の情報など、毎日山のように集まってくる。

「あんまりやりたくなさそうね→顔に出てる」
「うっ、あ、いや、面白くないわけではないんですけど……誰がどんなことを成し遂げたのかとか、色んなことが知れて勉強になるし……でも、もーちょっと現場に出てみたいなぁって」
「あなた、真面目ではあるけれど、あんまり事務仕事向きじゃないものね→性格が雑。座ってるより身体動かす方が得意みたいだし→落ち着きがない」
「あの、心の声みたいなのめっちゃ聞こえてるんですけど……」

 普通に怒られるのはまだ慣れているが、ちょっと理解ある感じで罵倒されるのは心に来る。もっとも、チードルのほうにはマオをいじめてやろうとかそういう悪意はなく、ただ単に事実を述べているだけのようなのだが。
 とはいえ、せっかくハンターになれたのだ。もっとちゃんとハンターっぽいことしたいし、今の環境ではお詫びどころか、給料もらってぬっくぬくだ。

「お願いします、俺も報告書を読むだけじゃなくて、なんかこう……すごいことしたいです!」
「……」
「一応俺の除念ってすごいことなんでしょう? 俺、役に立ちたいんです! じゃないとハンターになった意味ないし」
「それがあなたの本音? 事務仕事も立派な仕事です」
「でもぉ……」

 決して事務仕事を軽んじるわけではないけれど、向き不向きもあるし、できれば自分の得意を生かして皆の為になることをしたい。
 渋るマオを見て、チードルは少し考えるように眼鏡を指で押し上げた。

「……自分の能力に自信は?」
「あります! 頭使うこと以外!」

 これでも地元じゃ最強だったし、天空闘技場でだってそこそこの結果は残せた。馬鹿だ馬鹿だと散々言われてきたけれど、あのクロロだって念については認めてくれていた。ハンター試験だってちゃんと通った。

 あとはもう、お願いします! の気持ちを込めて、じっと目を見つめる。厳しいようでいて、チードルに結構甘いところがあるのを、マオは早くも知っていた。

「……はぁ、わかった」
「いいんですか!?」
「ええ、でも一人では任せられないわ。ちょうど知人から緊急で頼まれた件があるの→明日出発」
「よっしゃあ! いや、でもチードルさんの仕事って頭使うんじゃ……」
「それは私がやります。あなたは、そうね……自分に何ができるかを探しなさい」

 依頼の概要はこれ、と厚みのあるファイルを手渡される。流石に出発までに全部目を通すのは厳しそうだが、マオは早速ぱらぱらとめくった。

「……呪い? ってことは俺の除念が役立つかも!」

 クロロ達と行った遺跡の件も世間的には呪いだと言われていたが、結局蓋を開けてみれば念能力絡みの案件だった。というか、念を知らない人たちが、害のある念のことを”呪い”と呼んでいるだけなのかもしれない。マオや師匠がずっと”チーゴ”だと呼んでいたように。呼び方が変わっても本質的に同じものなら、マオにだってなんとかできるかもしれない。

「やったぁ! 俺、頑張ります! めちゃくちゃ頑張ります!」
「はいはい、期待しないでおくわ→肩の力抜くこと」

 ほとんど身一つで上京という旅はしたことはあるけれど、出張というものは初めてだ。全財産を持っていくわけにはいかないし、今から何を持って行くかしっかり選んで準備しなくては。

「とりあえず、今日の分の仕事、大急ぎで片付けちゃいますね!」

 意気込むマオに、チードルはほとんど苦笑いだった。そしてマオが頼りないとでも思っているのか、なんだかちょっぴり不安そうにも見えた。

「……本当に、期待しすぎないでね」

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