- ナノ -

■ とある遺跡07

 ヨルビアン大陸の南東に位置するスワルダニシティ。
 ラケンペ遺跡は一応同じ大陸内に存在すると言っても、飛行船で三日はかかる行程だ。そんな距離をマオが一体全体どうして疲れ切った身体ではるばる移動してきたかというと、このスワルダニシティにはハンター協会の本部があり、ジンに自首してこいと脅された・・・・ためである。
 きちんとした仕組みは知らないが、このハンターというのは国際警察ばりの権限を持っていて、国をまたいで犯罪者などを捕らえることができるのだ。となれば今回現行犯の盗掘や文化財保護法違反のみならず、ヨークシンでの図書の盗難の件も全部洗いだされてしまうだろう。
 どれをとってもマオに悪意があったわけではなかったが、いよいよ年貢の納め時か、これで前科者か……と暗澹たる気持ちになってしまうのも無理はない。しかし完全に服役するつもりでハンター協会を訪れたマオを出迎えたのは、妙にテンションの高い、くるりと巻いた口ひげが印象的な紳士だった。
 
「まさかあのラケンペ遺跡の建設にUMAの存在が関わっていたなんて……! いやはや、これは大発見ですよ」
「は、はぁ……」
「遺跡が倒壊したとの連絡を受けた時には悪辣な盗掘犯の仕業かと血が上ったものですが、まさか再調査が秘密裏に進められていたとは」
「いや、あの俺は、」
「それにしても羨ましいです。今回あなたが同行したジンというハンターは、私の憧れのハンターなんですよ。私もこう見えて遺跡ハンターの端くれなのですが、彼の功績のひとつにルルカ文明遺跡の発見というのがありましてね。当時は私含めて発掘のみに心血を注ぐハンターが多かった中、彼は修復や保護、環境整備にまで力を入れていて、今では彼の行った仕事が遺跡管理のマニュアルとして世界的に取り入れられているほどなのです」

 口調も丁寧で物腰も柔らかい。別に捲し立てるような早口と言うわけでもない。が、なんだか妙な圧があってなかなか口を挟むタイミングが見つからず、マオはただただ頷くことしかできない。
 サトツと名乗った、遺跡ハンターだというこの男は、マオがハンター協会を訪れてからずっとこの調子だった。ごく普通の応接室に通されて逮捕される気配もないし、取り調べられている雰囲気でもない。むしろその口ぶりは、マオが大発見の功労者であるかのようだった。

「さて、私ばかりがお話しても仕方ありませんね。すみません、興奮してしまって。ぜひ、UMAの木乃伊ミイラを発見した際のお話をお聞きしたいのですが」
「ええと、どっから話せばいいのかわからないんですけど、その前にとりあえず、」

 ようやくまともに自分の番が回ってきたぞ、と思ったマオは勧められていたふかふかのソファーから立ち上がり、勢いよく頭を下げる。実を言うと歓待されるのは居心地が悪く、先ほどからずっとむずむずしていた。

「遺跡壊しちゃってすみませんでした!」
 
 
 
 時を遡ること三日前。つまりはマオがジンと出会い、遺跡の地下から脱出を試みた時の話だ。
 実際、クロロと違ってまともな装備を揃えており、過去にこの遺跡の調査を行っていたというジンと一緒ならそう困難な道のりでもない。チョコレート以外の、缶詰やら携帯食料やらできちんと腹を満たすことができたマオは元気百パーセントだった。ジンが降りてくる際に使ったという穴にはきちんとロープが垂らされていたし、それを上るくらいなら訳はない。

 そんなこんなで無事にピラミッドの下層まで戻ることができたマオはきょろきょろと周囲を見回したのだが、そこには当然クロロの姿もシャルの姿もなかった。というより、ここは最後に落ちた“翡翠の間”ではない。思い出したくもない大量の棺が並ぶこの場所は、生贄の血を要求する“黄泉の扉”が存在する部屋だった。

「う、うわ、ここに出んのか……」
「あの鍾乳洞結構広いからな。どうした? はぐれた仲間の心配でもしてんのか?」
「ちっ、違うって! そんなんいねーし! 俺一人で来たし!」
「……へいへい、そーかよ。ちなみにオレがここへ来た時には誰ともすれ違わなかったぜ。人の気配もオメーの分だけだったし、無事に逃げたんじゃねーのか」
「そっか……それならいいんだ。って、あれだぞ。民間人とか巻き込まれなくてよかったって意味だからな」
「わかったわかった」

 正直な話、クロロ達が待っていてくれなかったのは悲しいが、ハンターと鉢合わせるよりはいいだろう。
 投げやりな返事を寄こしたジンは、どうやら仮面の行方を本当に気にしていないらしく、マオはひっそりと安堵のため息を漏らした。

「で、どうやって出んの? 抜け道とかあんの?」
「ねぇよ、ンなモン。お前が遺跡の防御を解いたせいでその気になれば横穴開けて脱出できるけど、これ以上は壊させねーぞ」
「ううっ、それは悪かったけど……じゃあ、どうやって出るんだよ」
「そりゃお前、来た道を戻るに決まってんだろ」
「まじかぁ〜」

 行きはよいよい帰りは怖い。難しい謎解きはもうないとはいえ、宝というゴールも無しにただ来た道を戻るのを想像するとげっそりしてしまう。
 これはもう一回くらい腹ごしらえを挟まないと無理なのでは? と生命の危機を感じたからか、不意にビビッとマオの頭に天啓が下った。

「いや、待てよ……確か黄泉の扉の部屋ってさ、ひとつだけハズレの扉がなかったか?」
「あぁ?」
「ほら、あからさまに外に直通の! ピラミッドの上部分は地上にまで落ちてんだからさ、それを使えばわざわざ横穴なんて開けなくても出られるんじゃないか?」

 マオが思い出したのは生贄の死体を処分する、いわゆるダストシュート用の扉だ。他の部屋は正解のルートしか開かなかったのに、ここ“黄泉の扉”の部屋では唯一勝手が違ったのを思い出したのだ。「そうだよ、俺すごい冴えてんじゃん!」だが、勢い勇んで出口を探したマオだったが、待ちわびた外の景色は部屋中を見回してもどこにもなかった。

「あっれ……なんでだ、おかしいな」

 ピラミッドが崩れた際に、埋まって塞がってしまったのだろうか。十分あり得る話だけれど、それにしては妙に道が整っている。二つ目の“祈りの間”に戻るには階段を上る必要があるはずなのだが、それとは別に何やらまっすぐ続いている道があるのだ。

「おいおい、こいつは……まさかだろ」
「え? なに? 何かわかったのか?」
「マオ、これはもしかすると“ハズレ”どころか“アタリ”の部屋かもしんねぇぞ」
「は?」

 そう言ったジンの瞳は、もうマオのことなど映していなかった。爛々と輝き、わくわくを隠し切れないといった様子で、ただ扉の先を見つめている。彼はびっくりするマオを残して、一人でずんずんと新しくできた道・・・・・・・に向かって歩き始めた。
 そうして発見されたのが、小さな神殿と棺――中には明らかに人間ではない、しかし人に極めて近い姿かたちをした生き物の木乃伊ミイラだった。



「えっと、それがちょうどこの部屋でした」



 ジンがそうして見せてくれたように、マオも指先にオーラで遺跡の図を作り出す。最初見せられた時はすごい! と感動したものだが、オーラを制御することは基本的に得意分野だ。もう片方の手で新しく見つけた部屋を指さして見せると、サトツは大きく目を見開いて、ふうむと唸った。

「それでは、遺跡に祀られていた真の王は人間ではなかったのですね。実際に仮面が保護していたのは“遺跡”そのものや人間の王族ではなく、UMAのほうだったと」
「確か、メイヤ人の文明ってあの時代では考えられないくらい高度なんですよね。UMAに伝えられた技術や文化なんじゃないかって、ジンが」
「ええ、今回の発見でその可能性が強まりました。本当にお手柄ですよ、マオさん」
「いや、でも……」

 マオが仮面の念を解いたのは、最初から調査のつもりだったわけではない。他の事なら結果オーライで済ませるが、今となっては大変なことをしでかしてしまったという自覚もある。悪友とちょっと探検気分で、近所の裏山へ行くのとは次元の違う話なのだ。
 サトツはうなだれるマオを見ると、ゆっくりと両手を組んだ。

「ジンさんはね、こう連絡してきたんですよ。“ラケンペ遺跡で重要な発見をした。モノはオレの弟子に運ばせる”って」
「え……?」
「ジンさんは最初の仕事こそ遺跡発掘でしたが、他にもクート盗賊団の壊滅や犯罪者の捕縛も行っています。あなたがやったことは確かに悪いことですが、彼はあなたに更生の余地を感じたんじゃないでしょうか?」

 協会に行くなら自首のついでにこれ運べよ、と小学生くらいのサイズはあろうかという乾燥死体ミイラを押し付けられたときは、このオッサン、パシリやがって……と思ったが、まさかそんな風に伝えられていたなんて。思えばタオルも貸してくれたし、ご飯も食べさせてくれたし、ものすごくいい人だった。

「遺跡を壊してしまって悪いと思うのなら、これから償えばよいのです」
「……さっき、遺跡ハンターって修復とか保護もするって言ってましたよね」
「ええ。でも、何のハンターになろうと関係ありません。大事なのは何を成したか。あなたには除念という素晴らしい力があるんですからそれを生かすのもよいでしょう。時間はたっぷりあります、ゆっくり考えてください」
「はい……ありがとうございます」

 ハンターか。ほとんどフィクションみたいな職業だと思っていたけれど、こんな自分でもなれるのだろうか。故郷を飛び出して一人、まだ何も成し遂げられておらず、そのアテもない今ならば、ハンターを目指して頑張ってみるのもいいかもしれない。
 最後に礼を言って退出すると、サトツさんは微笑んで見送ってくれた。まさか盗賊のシャルがライセンス持ちだと知らないマオは、ジンやサトツの印象から無条件に“ハンター”と“善人”を等号で結ぶ。そう考えるとこの建物にいる人は、みんな素晴らしく仏のような人間ばかりではないのだろうか。

「おっと、」
「あっ、すみません!」

 考え事をしながら歩くなんて、そんな器用なことはすべきではなかった。ちょうど協会を出ようとしたそのエントランスで、マオは派手なスーツを着た男性にぶつかってしまう。幸いどちらも転ぶようなことはなかったものの、ぶつかった弾みで彼は手に持っていた資料を落としてしまった。

「俺、ぼうっとしてて! 拾います!」
「いやぁ、こちらこそすみません。ありがとう。お怪我はありませんか?」

 とりあえず拾い集めはしたものの、順番などはぐちゃぐちゃになってしまった気がする。それでも金色の髪が眩しいその男は少しも気分を害した風ではなく、笑顔も同様に眩しかった。

「おや。貴方もしかして、ラケンペ遺跡の件で来られたマオさん……ですか?」
「え、えっと、はい! そうですけど、なんで……」
「なんでってそりゃあ、先日から貴方の噂でもちきりだったからですよ。それにしても、こうして世紀の大発見をされた方にお目にかかれるとはラッキーだなぁ」
「い、いや、俺はそんな大したもんじゃなくて! むしろ勝手に遺跡に入って壊したくらいなんです」

 褒められれば褒められるほど罪悪感が沸くのでやめてほしい。というか、こんなことで有名になっても困る。冷や汗をかくマオとは対照的に、男はますます笑顔になると「そんなご謙遜なさらずに」と手を振った。そして不意にぐっと身を乗り出すと、心底楽しそうな声で耳打ちをした。

「いやぁ、本当にすごいことですよ。あの、幻影旅団・・・・に認められた除念師・・・なんてね」
「え……」

 幻影旅団。それはクロロ達のことだ。
 しかしジンは遺跡で誰ともすれ違わなかったと言っていたし、マオも誰にも二人の存在を伝えていない。それなのになぜこの男が知っているのか、ひょっとして聞き間違いなのか、マオは呆然としながら男を見つめることしかできなかった。

「これからもぜひ頑張ってください。ハンターとして貴方が活躍される日を楽しみにしていますよ」
「えっ、ちょっ、あの」
「そうですね。何のハンターになるか迷ったら、協会の依頼専門のハンターとして働くのをおススメしますよ。そのときはぜひ僕にお声がけください。では」

 こちらの動揺もよそに、男は資料を抱えなおすと会釈して歩き出す。数秒遅れて我に返ったマオは、慌てて男の背中に向かって声をかけた。

「あ、あのっ! アンタ、名前は?」
「ああそうでしたね、失礼しました。僕はパリストン=ヒルといって、今はこの協会の副会長をさせて頂いています」

 以後、お見知りおきを。
 
 パリストンは最初から最後まで、変わらぬ笑顔を浮かべ続けていた。その笑顔はちょっと粗暴なところのあるジンよりも、固い雰囲気のあるサトツよりもずっと愛想のよいものだったが、マオは心の中で“ハンター”と“善人”の間に結んだ等号に一本ナナメの線を入れる。

「ハンターって、結構ヤバイかも……」

 もちろんそこに理屈はひとかけらも存在せず、全て直感――言うなればマオの野生の勘だったのだが。


第一部(原作前)完



[ prev / next ]