- ナノ -

■ とある遺跡05

 冥界下りという、生きた人間が黄泉を訪問する話がある。

 世界各地で伝承や神話の類として存在するそれは、主に亡き妻を取り返すために地下世界へと向かう男の話だ。その結果は妻を取り戻せなかったり醜く変わった妻の姿に本格的な離縁に相成ったりと、とてもめでたいとは言えない内容ばかりなのだが、似たような話がいくつもできるあたり、死者を蘇らせたいと願うのは人間的な望みなのだろう。

 幸いにもクロロにはまだ、そうやって地下へ降りてまで取りかえしたいと思う人間はいなかったが、相手が宝というなら話は別である。期待のせいか、暗がりの中でこつこつと響く靴音はどこか神聖な音楽のようにも聞こえ、足を進めるたびに愉快な気分になってくる。
 手に入れた見取り図では、次の“鎮魂の間”の地下こそが宝の眠る“翡翠の間”だった。相次ぐ死人の為についぞ暴かれることのなかった王墓は、一体今どのような状態なのだろう。情報では、“翡翠の間”は鍾乳洞であるそうなので、その遺骸は木乃伊ミイラではなく、美しいまま死蝋と化しているかもしれない。“鎮魂の間”のほうだって、王墓が発見されるまで最後の部屋だと思われていたくらいだ。終点を思わせるだけの見事な壁画や彫刻が施されていてもなんらおかしくはない。
 しかし、クロロがそんな風に様々な想像を巡らせながら辿り着いたピラミッドの最下層は、懐中電灯で辺りを照らしたマオの素直な一言によって何かも台無しにされてしまうのだった。
 
「うっわ、なんだこの部屋、きもっ!」
 
 もちろん、マオがその言葉の尻が反響してしまうほど素っ頓狂な声を上げたのにはちゃんと理由がある。だだっ広いホールを思わせる“鎮魂の間”は、その壁一面にびっしりと人間の顔が彫り刻まれていたのだ。その顔には男も女も、サイズからして子供だと思われるものもあるが、どれ一つとして同じ顔はない。
 
「……お前はもう少し、情緒を味わうということができないのか?」

 壁へ寄って彫刻細工を検めたクロロは、この探検における最大の呆れを込めてため息をついた。もっとも、いかに冷たい視線を向けようが、当のマオにはまったく悪びれる様子がなかったのだけれども。

「いや、だってホラーじゃん……気持ちわりーよ、なにこれ?」
「この部屋の名前を忘れたのか? ここに彫られた顔は死者を弔うためのものだ。おそらく上の“黄泉の扉”で生贄となった者たち一人一人の顔が刻まれているんだろう」

 確かにずらりと並ぶ顔たちは物々しい雰囲気を醸し出しているが、決しておぞましい呪術の類などではない。地下に眠る王の褥に侍ることはこの上ない誉れであり、メイヤ人にとっての生贄は忌避されるものではなかったのだ。
 王の為に喜んで死ぬ民と、その民一人一人を軽んじることのない文化。クロロに彼らの自己犠牲的な心境が理解できるかと言われると難しいが、理解できないからこそ興味深く感じるというものである。
 だが、ゆっくりと遺跡に蓄積された過去や文化を味わうつもりがないのは何もマオに限った話ではなかったようで、即物的な思考のシャルもまたさっさと壁以外のところに視線を向けていた。

「で、肝心の地下へはどうやって行くんだろうね。見たところ扉らしいものはないけど、部屋の四隅にあるこれがまた何かの仕掛けになってるのかな」

 そう言って示された先には、台座を含めてちょうど腰丈ほどの大きさのゴブレット。覗き込めば大鍋のように底が深く、少なくとも明かりを灯す用途のものではなさそうである。台座には特にヒントのような文章も書かれておらず、ゴブレットの上にはパイプらしき空洞の筒が天井からぶら下がっていた。

「これってさぁ、さっきの“黄泉の扉”の部屋で回収された血液が、最終的にここに溜まるっていう仕組みなのかな」
「あぁ、そのようだな。上でも血が集まるよう床に傾斜がかけられていたし、王墓に捧げられた人間の血を使って儀式を行っていたと考えるのが妥当だろう」
「でもオレ達はズルしちゃったから、器は空っぽだね」
「……」

 ヒトの循環血液量は体重の約八パーセントと言われており、例えば体重六十五キロの人間であればだいだい五リットル程度の血を身体に有している。あのざっくりとした串刺しで全ての血を残らず回収できるとは思えないが、それでも六十人程度の人間の血液が集まるとなるとかなりの量だ。四つのゴブレットの底が深いのも納得できる。
 そしてそうやって溜めた血を最終的にどうするのかは、ゴブレットの底に開いた直径二インチ程度の穴と、台座から床一面に広がる複雑な模様の溝が示していた。溝は部屋の中央に向かってだんだんと小さな円を描くようになっており、うろうろと歩き回って床を照らしたマオがはしゃいだような声を上げた。




「おっ、じゃあここにも魔法陣みたいなのができるのか? “祈りの間”のあれ、かっこよかったよな〜」
「そうだな、他に仕掛けらしい仕掛けはなさそうだし……試す価値はある」

 そう言えば前の調査隊はどのようにして、この部屋にまでたどり着いたのだろう。まさか調査で相次いだ死者の真相が、“黄泉の扉”を開くための生贄と言うことはあるまい。となれば先達の彼らもまた念能力者であり、オーラによって扉を開き、オーラによって“翡翠の間”への道を発見したと考えるべきだろう。あと問題になるのは、一体どれくらいの量のオーラが必要かということだ。
 床の溝を指先でなぞり、深さを確認したクロロが視線を上げると、こちらを見ていたマオとばっちり目が合った。

「おっと、先に言っておくけど! 俺の血を絞り出せってのはお断りだからな!」
「……まだ何も言ってないだろう。だいたいお前一人では足りない」
「本当はもう一人いてくれたら、四隅から均等に流せたんだけどねー。まあマオには除念の分の元気を残しておいてもらわないといけないし、ここはオレと団長でやりますか」

 そう言うと話の早いシャルは床に腰を下ろし、溝の中に自身のオーラを細く流し込んでいく。操作系は放出とも隣あっているため、自分の身体からオーラを離すのはそう苦手でもないのだろう。クロロもシャルの対角線上にあたるゴブレットの前に陣取ると、同じようにしてオーラを注ぎ込み始めた。

「……なんか、すごくキレイだな」

 仄かに発光したオーラが溝を走り、分岐点で別れ、次の円の外周を埋めていく。シャルとクロロのオーラがぶつかると一瞬反発するように輝きを増し、それからゆっくりとすれ違うようにして交わっていった。あとはひたすらにその繰り返しだ。埋めるべき溝はまだまだたくさんがあるが、決して終わりが見えないわけではない。

「これ……見た目より結構吸われる・・・・もんだね」
「あぁ、一体どんな材質でできているんだろうな」
「ちぇっ、団長は余裕かあ」

 シャルが小さく苦笑する傍らで、一人暇そうなマオが口をへの字に曲げる。どうやらオーラが綺麗だと見とれていたのも僅かな間だけで、すっかりこの状況に飽きてしまっているようだった。

「クロロは今まで働いてなくて、力が有り余ってるだけだろ」
「マオ、残りはお前の血で埋めるか?」
「いえいえ! 応援させていただきますので頑張ってくださいっ!」

 ばか、と声に出さずにシャルの口が動いた。けれどもその表情は、彼が普段団員達のくだらないやり取りに向けるそれと同じであるように見える。

 ――なんだかんだ優しいのは、お前のほうじゃないか

 そして、淀みなくオーラを流し続けるクロロもまた、それを言葉にはしないのだった。


 ▼△


「お、終わった〜!」

 円状の全ての溝を埋め尽くすまで、一体どのくらいの時間が掛かったのかはわからない。ただマオのお腹は先ほどから空腹を痛いほどに訴えているし、心なしかシャルも疲れた表情をしていた。クロロだけが平気な顔しているけれども、もしかしたらあれがポーカーフェイスというやつなのかもしれない。ちなみに、マオの故郷ではそんな洒落た表現はなく、単に“やせ我慢”なんて身もふたもない言い方をされていたのだが。

「なんで何もしてないマオがそれを言うんだよ」
「だって待ちくたびれたんだよ、腹も減ったしさぁ……」

 シャルは立ち上がって服についた土やら埃やらを払うと、首をぐるりと捻ってポキポキと小気味の良い音を鳴らす。そして大股で魔法陣の中央へと向かうと、ただ一点、どこの溝とも繋がりのない僅かな窪みを指し示した。

「ここだけ、最後別でオーラを流し込む必要があるみたいだ」
「それを入れたら完成ってこと? 仕上げに竜の瞳を描きこむ・・・・・・・みたいな? やらせてやらせて! 俺に良いとこ取りさせて!」
「好きにしろ」

 お前はバスの停車ボタンを押したがる幼稚園児か、と心無い言葉が後ろから聞こえてきたが、マオはあまり気にせず最後の窪みにオーラを注いだ。マオの感覚ではバスなんて滅多に乗れるものではなかったので、停車ボタンを押したがるのはごく当たり前の心理だからだ。珍しい物への好奇心に、大人も子供も関係ない。

「よしっ、どうなるどうなる〜?」

 マオのオーラが注ぎ込まれると、ついに魔法陣全体が強く発光した。それをわくわくしながら見守っていると、いよいよ宝の眠る“翡翠の間”への道が開かれる――

 はずだった。

「……な、なんも起こらないけど」

 魔法陣の強い輝きはほんの一瞬のことで、すぐに何事もなかったかのように収束する。周りの円を描くオーラはまだ残っているものの、マオが埋めたはずの最後の窪みはからからに干上がっていた。「なんでだよ」もう一度同じようにオーラを注ぐが結果は同じ。何度やっても道は開かれないし、せっかく注いだオーラは吸い込まれて消えてしまうのだ。

「もーっ、思わせぶりに光るくせにちゃっかりオーラだけ取りやがって! 一体俺の何が不満なんだよっ! それとも何か? 俺のオーラが美味しすぎて食べちゃうのかこの床は〜?」
「はぁ、そんなマオみたいに意地汚い床なわけないだろ。オレにやらせて」

 選手交代。お次に試すのはシャルだ。
 シャルはよっこいしょ、とジジ臭い台詞を吐いてその長身を屈めると、窪みにオーラを流し込む。しかし次に起こった現象は、やっぱりマオのときとまったく同じものだった。

「ふふ〜ん、どうやらシャルのオーラも美味しいらしいな〜」
「俺も試してみるか?」
「そうだね、でも団長でも駄目ならお手上げだな」

 何が駄目なのかはさっぱりだけれど、自分と同じようにシャルも道を開けなかったのでひとまず満足だ。
 そして最後に残ったクロロはゆっくり勿体つけるように部屋の中央へとやってくると――これはマオの主観であって実際クロロが勿体つけていたかどうかは不明である――すっとその指先からオーラを流し込んだ。途端に強い発光。ここまではさっきと一緒で、それからが違った。
 なんと部屋全体が地響きを立てて激しく揺れ、突然足元の魔法陣が――床が、ぱっくりと左右に割れて、三人を呑み込むように大口を開けたのである。

「ちょっ、待っ!」

 突然足場が消えるなんて、聞いていない。
 浮遊感に内蔵がくるりと一回転するが、それよりも底が見えないことが不安だ。「うわああ、いでっ!」しかしさほど深い穴ではなかったようで、情けない声が途切れるのも早かった。マオとは違って問題なく着地した二人は、早くも頭上を見上げている。

「痛ったぁ〜ほんとなんなんだよ! 俺もシャルも駄目なのにクロロだとオッケーで、しかもいきなり落とし穴に落とされるなんて酷すぎるだろ!」
「落ちたのは五、六メートルくらいってとこかな。 でも本当に、なんで団長にだけ反応したんだろうね?」
「顔か、どうせ顔なんだろ……」
「あのさ、オレをマオ側に含めるのはやめてくんない? 顔ならオレでも開くから」
「くーっ!」

 打ったお尻は痛いわ、さりげなくない悪口を言われるわで踏んだり蹴ったりだが、確かにシャルは市場マーケットのおばちゃんに顔採用でリンゴをもらっていたので否定できない。

「顔ではないだろう。メイヤ人の美醜の感覚が現代と同じかどうかは疑問だ。考えられるとすれば、俺のオーラの系統じゃないか?」

 だがそんなマオの傷だらけの心を救ったのは、驕ることない真面目なクロロの考察だった。

「メイヤ文明と念能力は密接に関係している。つまり、今ほどでないにしろ念能力者も存在していて、人間離れした力を持つ者は当然権力を持っただろうな。それこそ神のように崇められていたかもしれない」
「あー、きっと昔は修行して会得って感じじゃなかっただろうし、“生まれつきの”念能力者ってことだね」
「そうだ。そしてそういう無自覚なタイプというのは、なぜか“特質系”が多い」

 なぜも何も、たぶん変わり者だからだろ。
 マオは心の中で突っ込みを入れたが、真面目な解説に口を挟まない程度には成長していた。一応師匠としてクロロには、念には六つの系統があり、特質系だけは修行による会得が不可能であると教わっていたのだ。能力も本当に人それぞれで変わったものが多く、この系統を持つ人間も少ない。それを聞いたマオが血液型で言うところのAB型だな、と言ったところ、クロロには“血液型で性格を決めるのは前時代的だ”と一蹴された。でもそう言ったクロロが特質系のAB型らしいので、マオは密かにほらみろ、と思っている。閑話休題。

「この道は王墓へ続くのだろう? ならばそこに踏み入れる資格があるのは、やはり王族ということになる」
「特質系は血統で発現したりするからね。実際の儀式のときは、最後の鍵として王族の血を一滴、そんな感じかな」
「おそらく」

 顔を見合わせて頷きあった二人は、どうやら納得したらしい。マオはそんなことよりもまだお尻が痛かった。五メートルくらいかな、とシャルは簡単に言うけれど、二階建てから飛び降りたようなものなのだからいくら念能力者であっても痛くて当然である。

「あーもう、それより早く行こう。この先にあるんだろ、その王様の墓ってのは。俺もうお腹すいて限界だし、さっさとお宝頂いて帰ろうよ」
「早く帰れるかはお前の除念次第なんだが」
「大丈夫だって! この奥かな。それにしても鍾乳洞の中って寒いのな〜」

 この時、マオの頭の中には帰宅後に食べるご飯のことしかなく、この遺跡の調査がどうして途中で断念されたかなんてすっかり抜け落ちていた。ずんずんと迷いなく奥へと進んでいき、目指す王の遺体があれほどビビッていた木乃伊ミイラであることにも気が付いていない。
 だが、彼がそうやって呑気にしていられたのは鍾乳洞の奥へと突き当たり、安置されていた石棺の蓋に手をかけるまでの話だった。

「う、うわあああああ!」
「マオっ!」
 
 蓋に触れた瞬間、勢いよく右腕へと巻き付く黒い物体。荒縄のようにも見えるそれは、鋭い牙を持つ蛇だった。咄嗟に大きく腕を振って蛇を振り払おうとしたマオだったが、蛇は舌をちらちらとチラつかせ、マオの腕を這いあがってくる。
 狙いは当然、首筋――。

「ただの蛇じゃない、そいつは念獣だよ!」
「わ、わかってる!」

 流石にそこまで馬鹿じゃない、と言い返す余裕もなく、マオは目の前の蛇に必死で波長を合わせる。ヒソカ戦のときにも思ったが、マオのこの能力はオーラの波を読むのに時間がかかるため急場には弱いのだ。念を使うために目を閉じたものの、蛇の気配が肩口まで這いあがり、そのシューという息遣いが聞こえた時には正直もう駄目だと思った。が、


「こっちだ!」

 クロロがそう言って棺に触れると、今にもマオの首元に食らいつこうとしていた蛇はくるりと方向を変えてクロロに襲い掛かる。「早く波長を合わせろ」何が何だかわからないが、とにかく早くしないと今度はクロロが危ない。彼の腰元に飛び掛かった蛇はまた器用に身体を這いあがり、「ちょっと待って、もうちょいじっとしてくれないかな」マオが割と真剣に頼む傍ら、次に棺へ触れたシャルへとターゲットを移していく。

「早くしろよ、馬鹿マオ!」
「そ、そう言われてもこれ難しいんだからな!?」
「まだなのか」
「だから簡単に言うなってば! ほらっ! よし! 俺んとこ来いっ!」

 シャルとクロロによる蛇のパスワークがとうとう四回目に達したころ、マオはようやく棺にタッチし、蛇を自分の元へと引き付ける。波長合わせさえ終わってしまえば、念獣など敵ではない。マオに触れられた蛇はぷしゅう、と綺麗に消滅し、三人はそこで安堵の息を吐いた。

「遅いよ! マオの除念、全然使えないじゃん!」
「そ、そんなこと言うんだったら自分でやったらいいと思いまーす!」

 そう言うと、ゴツンとシャルの拳骨がひとつ。人が頑張って蛇を消したと言うのに、あんまりな仕打ちである。
 しかし暴力に訴えたことでシャルの気も済んだのか、すぐさま普段の涼し気な表情に戻るとクロロの方へ向き直った。

「それにしても、棺に触った人間を優先的に襲う念だなんてよく気づいたね、団長」
「別に気づいたわけじゃない、試してみただけだ。駄目だったらマオが死んで終わりというだけの話だろう」
「クロロさ〜、特質でAB型の上に性格まで悪いなんてマジで友達出来ないぞ」
「お前が何を言っているのか、まったく理解できないな」

 肩を竦めたクロロは理解できないのではなく、たぶん理解する気がないのだと思う。既に彼の視線は未だ蓋が閉まったままの棺の方へ向けられていて、マオのことなど眼中にないようだった。

「しかし、これで死人が相次いだ“呪い”の正体はわかったというわけだ。王の安眠を守る蛇の念獣。除念さえできれば、何も恐れることはない」
「ほらマオ、もう一回触ってみてよ」
「……」
「早くしろ」
「ほんっとにお前ら……後でご飯おごれよな?」

 これはもう、高級料理のフルコースでなければ絶対に許さない。
 心の中でそう決めつつ、マオは言われたとおりに棺に手をかけた。すると当たり前のように現れて襲いかかかってくる蛇。こちらもまた、当然のようにそれを消し去る。

「あーやっぱそれ、一体きりじゃないんだ」
「せめて先に予想を言ってくれ!」

 一度波長を合わせてしまえば同じものをいくら出されようと対応できるが、心構えの有り無しは大きい。マオの非難に一切悪びれる様子のないシャルは、それじゃあ棺を開けるのはマオの役目だね、なんて勝手なことを言っている。

「まぁいいけど……」

 誰が開けるにしたって、蛇を消せるのはマオだけだ。それなら自分がやった方が、タイミングも掴みやすいというものである。
 かくして呪われた・・・・棺はあっさりと開け放たれてしまい、わくわくしながら中を覗き込んだ三人はほうっ、と感嘆のため息を漏らすことになったのだった。

「確かにこれは素晴らしいな……王族の装身具に相応しい……」
「予想以上の豪華さだね……売ったらいくらになるんだろう……」
「こんなの顔につけて寝るなんてめちゃくちゃ重そう……尊敬する……」

 三者三様、それぞれ感じたことは違えども、見とれているという意味ではだいたい同じである。しかし目の前の宝に心を奪われていても冷静さを忘れないのがシャルであり、何かあったときの為にマオに仮面を取るよう指示した。

「よーし、頂くぞ。ほんとにいいんだな?」
「うん。取っちゃって取っちゃって」

 マオもここまでの扱いが大概だったため、自分がその危険な役回りをさせられていることを特に疑問には思わなかった。遺体にふれるのはちょっぴり気味が悪かったものの、なるべく仮面だけに触れるようにして持ち上げようとする。

「重っ」

 しかし指先の力だけなのが悪いのか、仮面が遺体の顔から浮き上がったのは僅か数ミリ程度だった。気を取り直して再度力を込めるが、冗談じゃないくらい重い。「ちょっ、マオ、揺れてる!」シャルの指摘は恥ずかしながらその通りだった。力いっぱい踏ん張りすぎて、足がぐらついているのを感じる。

 でもなんのこれしき。さっきの蛇に比べれば、仮面一つ取るくらいなんてことないのである!

「いける、いけるぞ! ふんぬぅぅ〜!! あ、」
「マオ!」

 思い切り力を入れた瞬間、さっきまでの重さが嘘のように、勢いよくマオの手からすっぽ抜ける翡翠の仮面。そう、仮面はマオの遥か上空を舞っていた。飛んだ仮面の高さは、ちょうどクロロの胸元に収まる程度だったのに、それはマオの遥か上空・・・・だったのだ。

 つまり、この場合落ちているのはマオの方である――。

「えっ、ちょっ!」

 揺れていたのは自分自身ではなく、世界だった? そんなアホな、と思う間もなく、棺共々マオは鍾乳洞の崩落に呑み込まれていく。地下世界のさらに下だ。伸ばされたシャルの手を掴もうにも、あと少しで虚しく空を掴む。

「うわああああ!」

 一体、今日は何回落ちて何回悲鳴を上げれば許されるんだろう。
 もちろんそんなことを考えられたのは、マオが遥か下方の畦石池リムストーンプールに着水してからの話なので、今のマオの脳内を占めていたのは目の前に差し迫る巨大な影の事である。

「う、うそだろっ……?」

 
 ぽっかりと棺周辺の全てを呑み込んでしまったその穴――。
 そこへまるで駄目押しをするかのように巨大な岩が落ちてきて、マオはすっかりクロロ達とは分断されてしまったのだった。


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