- ナノ -

■ とある遺跡04

 こんなのは友達とは言わないと思う。一体、どこの世界に友達を拷問具によく似た石棺へ入れようとする奴がいるというのか。
 しかし逃げ出したくてもシャルの手はマオの両肩をがっしりと掴んでいて、びくとも動かないどころかぴくりとも動けない。冗談にしてはタチが悪すぎるが、残念ながらクロロと違ってシャルの目はどこまでも本気マジだった。

「いやいやほんと無理だって! 死ぬから! 絶対死ぬから!」
「大丈夫だって」
「何がだよ! 何も大丈夫じゃねーよ! クロロなんとかして!」

 シャルは駄目でもクロロなら止めてくれるかもしれない。なんといっても同じ釜の飯を食べた仲だし、一応“幻影旅団”のトップはクロロだそうだ。そのクロロが止めろと言ってくれれば流石にシャルだって諦めてくれるだろう。
 そう思ってマオが縋るような視線を向けると、クロロは真剣な表情のままシャルに向かって問いかけた。

「何か閃いたのか?」
「団長の“メイヤ人が生命エネルギーを重視していた”って話でね。本当に血液が扉を開くための鍵なら、わざわざ棺で串刺しなんて面倒なことせずに扉の前で首を落とせばいいと思ってさ。真に扉の開閉と連動してるのは、血じゃなくてこの起動方法のわからない串の方かなって思ったんだよ」

 シャルの仮説は、棺の串は“生命エネルギー”すなわち“オーラ”を感知して起動しているのではないかということだった。“オーラ”というのは別に念能力者でなくても生き物ならばある程度自然に垂れ流しているものだし、棺の中で絶命すれば“オーラ”は消えて串も引っこむ。この串の運動を利用して扉を動かすのではないだろうか、という話だ。

「オーラに反応か……床の傾斜から本当に血液を集める意図もあるようだし、刺さりっぱなしよりも抜いたほうが早く失血するからな。絶命後に自動で串が戻るのは合理的だ」
「でもオーラに反応するなら、さっきシャルが手を突っ込んだときに起動しなかったらおかしいじゃん。絶してなかっただろ?」
「団長の言うように血液も豊穣の儀式に必要なら、この棺の目的は命を奪うところまで。それならズル防止のために身体の一部を突っ込んだくらいでは反応しなくて当然だと思うし、だからオレはマオに寝転んでって言ってるんだけど」
「つまり死ねってか!」

 聞けば聞くほど冗談じゃない。一体この話のどこに大丈夫だと安心する要素があるのだろうか。

「死にたくなければ絶をして入ればいい」

 しかしシャルの話を聞いて何か思いついたのか、頼みの綱のクロロまでもがとうとうそんなことを言いだしてしまう。もはや救いはどこにもないのだ。何が神様だ、メイヤ人。そんなものはどこにもいないじゃないか。

「待て待て! そりゃシャルの予想の通りなら串刺しにはならないだろうけどさ、串が動かないってことは扉も開かないってことだろ? わざわざ危険を冒す意味はないってことだ」
「絶だけならな。でも精孔の開閉を素早く行えばどうだ?」
「は、はぁ?!」
「オーラの流量調整が上手いマオならできるはずだよ。まぁ、失敗した奴の末路がこれなんだろうけどね」

 シャルの視線を辿れば、そこには足に二度刺された穴のあるミイラが横たわっている。服装がどう見てもメイヤ文明時代の者ではないこの男は、どうやらクロロ達と同じ目的でこの遺跡に侵入した者のなれの果てらしい。彼もおそらくシャルの仮説にたどり着き、オーラ量の調節で串を起動させようとしたみたいだが、串のスピードに対応しきれず結果木乃伊ミイラ取りが木乃伊ミイラに、というパターンなのだろう。しかしいくらこの方法を思いついたとしても、自分の身体で試すやつがあるか? 馬鹿じゃないのか? でも自分でやるだけまだいいのかもしれない。だって他人にやらせようとする人間がいるせいで、今のマオは窮地に追い込まれているのだから。

「むむむむ、無理! 俺が最近ようやく絶できるようになったばっかだって知ってるだろ!? 精孔を閉じられるなんて、そんなの国にいた頃は知らなかったし!」
「でも教えたらすぐにできていただろう。俺がわざわざ教えたんだ、失望させるなよ」
「いきなりド本番すぎるだろーが!」

 教えたと言うが、クロロは人が集中して絶をしているときに騒音を立てたり話しかけてきたりとほとんど妨害しかされていない。全身を一度に閉じきれず、オーラにムラができると容赦なくその位置を攻撃されたし、基本的には習うより慣れろだった。口で説明されたとしてもマオにはピンとこなかったかもしれないが、あのやり方で“絶を教えた”と言われるのはいくらなんでも酷い気がする。他の応用技はもう少しちゃんと指導してくれたのに、絶に関してはできて当たり前だからとあっさり済まされたのだ。

「そ、そうだ!オーラに反応するならクロロの密室遊魚インドアフィッシュでもいいんじゃないか? 石棺も蓋を閉めれば密室だし、具現化して消して、ってのを繰り返せば……」
「お前、あれだけ可愛がっていたわりに意外と薄情なんだな」
「クロロには言われたくねー!!」
「だがその案は却下だ。密室遊魚インドアフィッシュを具現化するには密室の中に俺も入る必要がある」
「入れよ! 俺に入れって言うなら入れよ!」
「往生際が悪いよマオ、師匠に修行の成果を見せるせっかくのチャンスじゃないか」
「誰が師匠なんて呼ぶか! 俺のほんとの師匠はもっと優しいぞ!」

 しかしいくら喚いても、これはもう決定事項らしい。「何があっても絶だ、マオ。死にたくないだろう?」クロロの発した“死”といワード、容赦なく棺の方へ押してくるシャル、足元に転がる無残な木乃伊ミイラ。それらすべての物に怖気づき、マオは言われるままに全身の精孔を閉じてしまう。

「大丈夫だ、いざとなればお前の位置を俺が動かして・・・・やる」

 どん、と最後は半ば突き飛ばされるようにして石棺に収まれば、声を出す間もなく蓋が閉じられ、視界は暗転。最後に見たクロロはその手に盗賊の極意スキルハンターを持っていた。あの口ぶり的に、物体の位置を変える能力でも持っているのだろうか。いや、今はそれよりも集中だ。集中して“絶ら”なければ、横から飛び出た串でぐっさりお陀仏間違いなしなのだから。

「マオ、聞こえる? やっぱり絶状態では串が起動しないみたいだね。それじゃあそこから全身の精孔を開いてみて。これも同時に・・・だよ。市場マーケットで一般人のふりをしていた、あのときくらいのオーラ量でいいから」

 聞こえる? と尋ねられてももちろん返事をする余裕なんてない。そもそも聴覚を研ぎ澄ました状態での完全な絶はかなり難易度が高いのだ。ましてやこんな密室、暗がり、命がけの状況で、パニックになっていないだけ褒めてほしい。
 
 しかしお次の注文である、同時に・・・流量調節して精孔を開くというのもそれ以上の難易度だった。身体の一部だけでは串が起動しない、というのは先ほどシャルが証明したし、身体の中央と末端で開閉のタイミングに僅かな差ができれば、足だけ刺された木乃伊ミイラの仲間入り。この精孔の開閉は、本当に限りなく同時・・でなければならない。
 マオは緊張のあまり、額に流れた汗が米神のほうへ伝っていくのを感じた。

(くっそ、やるしかねぇ……!!)

 このままここでじっとしていたってクロロ達が出してくれるとは思えないし、時間が経てば経つほど集中力は落ちてジリ貧だ。どうせやらなきゃならないのなら、さっさとやってしまったほうがいい。
 マオが覚悟を決めて“絶”をといた瞬間、がちり、と耳元で何かスイッチが入るような音がした――。



「マオ! 大成功だよ! 二つある扉が、二つとも動いた! 数センチだけど!」

 まさに間一髪だった。マオが絶をとくなり、勢いよく側面から飛び出した串。その起動音を聞いた瞬間、マオはほとんど反射的に“絶”を行った。これから鋭利な凶器が身に迫るというのが分かっていて、防御ではなくあえて無防備な状態になるのがどれほど勇気の要ることか。ここでもし恐怖から逆に強くオーラを纏ってしまえば、串の仕掛けは破壊され、最悪扉が開かなくなったかもしれない。
 扉の動きは数センチらしいが串のほうはマオの肌の僅か数ミリ、もう少しで刺さるというところで、獲物を見失って渋々と引っこんで行ったのだった。

「気絶しなかったのは褒めてやる。どうだ、気分は?」

 マオが一人で安堵に震えていると、そう言って棺の蓋がずらされる。もともと薄暗い室内なので光で目がやられるようなことはなかったが、蓋が開いても呼吸するだけで精一杯だった。心情的には今すぐここから飛び出したいけれど、ごっそり気力が削がれてすぐには起き上がれない。そもそもまだ絶は継続中だ。ここで油断をしようものなら、また串が飛び出てくるのである。気絶などできるはずもなかった。

「し、死ぬかと思った……」

 ようやく助け起こされて棺から解放されたマオの一言は、心がこもりすぎるほどにこもっていた。流れた汗はすっかり冷え、全身が弛緩している。こんなのもう二度とやりたくない。しかもあれほどの危険を冒しても、まだ扉はたった数センチしか動いていないのである。六十近くの棺が用意されていることから当たり前といえば当たり前なのだが、これほど割に合わないことって他にあるだろうか。

「いざとなったら団長が助けてくれるって言ってたじゃん」
「ば、ばかやろう! だったらシャルがやれよ!」
「簡単に言わないでよ。均一かつ同時に精孔を開け閉めするなんて、すっごく難易度高いんだからさ。オレだって市場マーケットでマオの“異常な”オーラ調節技術を見なきゃやれなんて言わなかったよ。その方面に関してはマオって天才的だよね」
「天才……? 俺が?」

 褒められるとこんな状況でも嬉しくなってしまうのは、人間だから仕方がない。いや、マオの生まれ持つ単純さのせいかもしれないが、天才とまで言われれば少しは気分も良くなるというものである。「マオ以外にはなかなかできることじゃないよ」ほんの数十秒前まで二度とやりたくないと思っていた決意は、その一言でいともたやすく揺れ動いたのだった。

「少し休憩したら、この調子で残りも頼める?」
「……う、ううーん」
「危なくなれば助けてやると言ったんだが、どうやら信用がないみたいだな」
「いや、そういうわけじゃないけどさ、」
「煮え切らないなぁ。やってくれるの? くれないの? マオにしかできないんだから、マオがやらないって言うなら今すぐ引き返さなきゃなんないんだけど。その場合、適当六十人くらい死んでもらうことになるわけだけどさ」
「わ、わかったよ!」

 こうして、持ち上げられ、脅され、罪悪感につけこまれ……。哀れなマオは再びどころかその後何十回と棺の中に入る羽目になる。最初は一度入るごとに十分間の休憩を要求したが、慣れてくるとその間隔は五分、三分、一分……ついにはノータイムの連続入棺。最後の方はちょっとコンビニ行ってくるわ! ぐらいのノリで棺に入っていたマオなので、実はそんなに憐れむ必要はないのかもしれない。
 なにはともあれマオの活躍の甲斐あって、“黄泉の扉”は二つとも・・・・開き、次なる道を示したのだった。

「……って、なんで二つ?」
「今までは複数の扉があっても、正解ルートしか開かなかったよね」

 幸いにも、覗き込めばどちらが正しい道なのかは一目でわかる。片方は更なる下層に向けて階段が続いていて、もう一方は扉が開いたというより壁が壊れたのでは? と思うレベルで外の景色が広がっているのだ。この“黄泉の扉”の部屋はちょうど遺跡のくびれ、中央部に位置するので、ここから出れば空中へ真っ逆さま。そんな見えている罠に引っかかる馬鹿はいないと思うものの、わかりやすすぎて逆に不安になる。実はこっちが正解なのではないかと……。

「行くぞ」

 しかし迷っていたのはマオだけで、クロロとシャルは外に繋がる扉には見向きもしない。これまで様々なことに興味を示し、じっくり検分してきた二人とは思えないほどあっさりした態度に、思わず拍子抜けしてしまうほどだった。

「え、あっちはいいのか? 調べなくて」
「どう見ても外だろう。正解の扉と同時に開くことから、おそらく死体廃棄用のダストシュート代わりなんじゃないか?」
「儀式が終わる度に、毎回死体を上まで持って帰るのは大変だろうからね」
「なるほど……」

 しかし、もう片方の扉がゴミ捨て用なら、未だに残っていた木乃伊ミイラが謎だ。片付け忘れやサボり、もしくは何かしらの事情で儀式の中断があったと言われれば黙るしかないが、本当にあの扉はそういう使い道なのだろうか。
 マオは珍しくその頭を使って考えてみたものの、疲れのせいか普段以上にちっとも回ってくれない。そのうちに二人はさっさと先へ進んでしまうので、だんだん面倒くさくなってもういいやと慌てて後を追った。わけのわからない扉のことを考えるよりも、マオは”空腹”というもっと重要な問題に直面していたのである。


「なぁ、クロロ。もう一枚くらい、チョコを隠し持ってたりしない?」


 ばしっ、と飛んできたチョコをキャッチしたマオを見て、シャルがこれアシカショーで見るやつだ……と呟いたのが聞こえた。


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