■ 6.約束なんて忘れてくれたほうがいいんだよ
「イル兄、ちょっとイル兄が気になりそうな話があるんだけど」
「なに?」
ミルキから話があるなんて嫌な予感しかしない。
暗殺には不向きそうな体に成長した弟は、今ではすっかり我が家の情報担当だ。
オレがいくら?と聞くと、弟は話が早くて助かるな、と笑った。
「ルルのことを探してる奴がいる。
流石にうちのセキュリティまでは突破出来ないみたいだが、まぁ一応な」
「ふーん」
彼女を探す人間がいるとしたら、それはきっと彼女の実兄しかいない。
兄のことを語る時のルルの笑顔が脳裏に浮かんだが、オレはそれを無意識のうちに振り払っていた。
「ルルに言わないで。
そいつに何かできるとも思えないけど」
「え、会わせてやんないのかよ」
「は?ミルキってバカなの?」
兄貴が迎えに来たら、ルルはいなくなっちゃうんだよ?
**
「まあまあ素敵!ルルちゃん可愛いわあ!!」
少し長期の仕事から帰ってくると、何やらいつも以上に屋敷が騒がしい。
もちろん騒がしい原因は母さんしかないのだから、関わらないようにするのが得策なのだが、「ルル」の名前に嫌でも反応をせざるを得なかった。
「母さん何やってるの?」
ほとんど言葉と同時に扉を開くと、いつも以上に可愛らしく着飾られたルルが困った顔でこちらを見てきて。
なんだまたいつもの着せ替えか、と納得しかけたところに、母さんのキンキンとした大声が響いてくる。
「あら、イルミちょうどいい所に!!
どうかしら、ルルちゃんの服!とっても素敵でしょう!!?」
「うん、そうだね」
いつものフリフリゴテゴテな服よりかはちょっぴり大人っぽいデザインのドレスで、上品ながらも大きく開いた胸元が眩しい。
母さんはそうでしょう?と満足げだった。
「可愛すぎて、相手の方には勿体無いくらいになっちゃったわ!!
でもまあ、きっとお互い気に入るでしょう!!」
「相手の方?」
聞き捨てならないワードに、オレはぱっとルルの顔を見る。
相変わらず困った表情で、彼女はオレを見つめ返した。
「母さん、どういうことなの?」
知らず知らずのうちに、言い方がキツくなる。
そんな話、オレは何も聞いてなかった。
「どういうことって、ほら、ルルちゃんももう16でしょう?そろそろ素敵な出逢いがあってもいいんじゃないかしらと思って!!」
母さんは、暢気にもちょっとしたお見合いごっこみたいなものだと説明する。
別に今すぐ結婚というわけではないらしいが、ずっと屋敷にこもりっぱなしの彼女とのために、まずはお付き合いからということで候補の男を何人か選んだらしいのだ。
「なんでルルの相手まで母さんが決めるのさ」
「仕方ないじゃないの、むしろこうでもしなきゃルルちゃんは恋の一つも出来やしないわ!!」
恋?
オレはその言葉に驚いて、またもやルルを凝視する。
一体どこからそんな話になったの?
てゆーか、ルルは恋したいわけ?
「そんな、いきなり会った男に恋なんて出来るわけないでしょ」
「いーや、わからないわよ!!一目ぼれってこともあるんだから!!」
何がおかしいのかクスクス笑う母さんに、自分の母親ながら苛立ちが隠せない。
そんな一目ぼれだなんて、今日あったばかりの何処の馬の骨とも知れない男に惚れられてしまっては、オレは一体どうすればいいのか。
とりあえず、少しでも気分を落ち着かせようと思って、彼女の目の前に置かれた紅茶を奪って一口飲んだ。
「ダメ。反対。ルルが結婚だなんてことになったら、せっかくの除念師がパァだろ」
「だからってねぇ…ずっと独り身でこのままってわけにも…。
あ、そうだわルルちゃん、ウチの者と結婚するっていうのはどうかしら?」
「けほっ…!!けほっ!!」
思わずむせた。
ウチの者?
確かにルルはそこそこ強いし、能力はレアだし、ウチに嫁いでも全然遜色ないかもとは思ってきた。
だけど母さんの方からそんなことを言ってくるとは思わなくて、オレは珍しく大きくむせ返る。
「ウチって誰」
「そうねぇ、ちょっと年が離れてるけど、ゴトーなんてどうかしら?
彼はとても優秀だし…」
「あ、ゴトーさん…
あの人はいつも私にも優しくしてくださいました」
ちょっと待って。
まさかルルも乗り気なの?
オレは紅茶のカップをことり、と机の上に戻すと、横目で彼女を睨みつけた。
「母さんたちの気まぐれにゴトーまで巻き込んじゃ迷惑でしょ。
で、今日会うやつはどこなの?」
ゴトーなら所詮は執事。
後でオレが強く釘をさしておけば問題ないが、これから来るやつはそうじゃない。
だから、何としてでも早目に手を打っておかなければならなかった。
「もうすぐお見えになると思うけれど…
あ、ちょっと、イルミ?」
お見えにならなくて結構。
ご自分でお帰り頂くつもりで、オレは針を片手に屋敷を飛び出した。
**
「何その残念そうな顔。
まさか、本当にお見合いごっこしたかったわけ?」
オレは無表情のまま、ソファに所在なげに座るルルを冷たく見据える。
彼女はYesともNoともつかない曖昧な表情を浮かべるから、それがまたオレを余計に苛立たせた。
「ふーん、なにそれ。男だったら誰でもいいの?」
「違うよ」
「そうかな?だって、普通は一、二回会ったくらいで付き合っていいなんて思わないでしょ。
よっぽど飢えてるんだ?」
「…違う」
「そんな初対面の奴でもいいなら、オレが抱いてやろうか?」
「…違うってば!イルミ最低!」
確かに、今のは最低かもしれない。
だけど今日、お見合いを勧められていた時の彼女の反応。
オレに恋愛感情なんて全くないということが痛いくらいに伝わってきて、なんだかとても胸が苦しかった。
「違うの…本当はお見合いなんてどうでもいい…私はまだ16だしね。
だけど、久々に外の人に会えるっていうのが、ちょっとだけ楽しみだったの」
「…そう」
確かに彼女はもう10年くらいゾルディックから出ていない。
オレならまだ仕事で出かけたりすることがあっても、彼女はずっと籠の鳥なのだ。
言われるまで全く気づかなかったけれど、いい加減ルルが外の世界に興味を持ったって何ら不思議ではなかった。
「ねぇ、昔さ…イルミが帰りたければ帰れって言ってくれたの覚えてる?」
「…さぁね」
嘘だ。本当は覚えてる。
泣いて家に帰りたいと訴える彼女に向かって、強くなって逃げ出せるものなら逃げ出してみなよ、と言ったのだ。
「えー、酷いな。
私が逃げるときは、協力してって言ったのに」
「なんでオレが。何の得にもならないのに、そんなことするわけないじゃん」
「でた、金の亡者。
イルミってば金持ちなのに案外ケチだよね」
彼女はさらっと悪口を言うと、あーあと足をばたつかせた。
「いつか絶対、家に帰るんだ、と思って訓練とか頑張ってきたんだけどなー」
「…」
「なんだかんだ言って、皆よくしてくれるから、もうここが家みたいなものだよね。
出たくなくなっちゃうよ」
「…そっか」
ゾルディックが家で
オレ達が家族で
それでもう他には何もいらないでしょ?
─ルルのことを探してる奴がいる
ミルキの言葉が、ふっと脳裏をよぎった。
実の兄が自分の事探してるって聞いたら、ルルはやっぱり喜ぶのかな。
また、帰りたいなんて言うのかな。
もう、昔の決意も戯れみたいな約束も、何もかも全部忘れてくれたらいいのに…
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