- ナノ -

■ 5.意識してるって気づかれたら終わりだね


ルルが本邸で暮らすようになってから、5年が経った。
最近じゃあんなに毛嫌いしていた母さんも、それなりにルルを可愛がっている。

キルアの下にまた2人生まれた子供達は皆、男ばかりで、それで余計にルルが珍しいんだろう。
あれこれと服を着せ替えさせたりするものだからルルは本当に西洋人形みたいに見えた。

「ルル、ただいま」

「おかえり、イルミ」

仕事から帰ってきて、オレはまずルルを抱き締める。
もうこれはほとんど習慣みたいなものなんだけれど、最近思春期真っ最中のルルはこれにはちょっと逃げがちだ。

それでもオレはお構いなしにぎゅっとする。
弟たちとは違って柔らかい彼女の体は、抱き締めているだけで心が落ち着いた。

「そうそう、あのね。
今日はキルアが普段以上に毒を摂取したんだけど、平気だったの。
耐性ついてきたんじゃないかな?」

「へぇ、そうかもね」

オレが仕事でいないときは、代わりに彼女がキルアの面倒を見てくれることも多かった。
だから仕方がないといえば仕方がないんだけれど、せめてこうしている時くらいはそんな話しなくてもいいでしょ?
楽しそうにキルアの話をする彼女を見てるとなんだか胸がもやもやしたから、いつもならすぐに離してやるけど、今日は離してやらない。

すると、それに気づいたのかルルは少し慌て始めた。

「ね、ちょっ、イルミ離して」

「やだ」

「もー!離してったら」

腕の中で暴れるルルがとっても面白い。
……面白い?
オレは楽しんでるんだろうか。
時々彼女と一緒にいると、自分で自分がわからなくなる。
性の訓練を受けてから、なおさら考えるようになってしまって、そんな自分を気持ち悪いとも思う。

「だいたい、いい年して抱き合ってること自体がおかしいんだよ」

「そう?幼なじみなんだから、ハグくらい普通じゃない?」

「ホントに?」

疑うような声をあげたルルを、オレは適当に誤魔化す。
今はまだこれでいい。
この温もりを離したくない。

***



「私もイルミの役に立ちたい」

「え?」

ある日、オレのハグをさらりとかわしたかと思うと、ルルはそんなことを言った。
正直、かわされたこともショックだったけど、それよりもいきなり何を言い出すんだと不思議に思って首をかしげる。

「なにそれ、暗殺やるってこと?」

「う……それはちょっと勇気がいるけど……」

彼女が言うにはいわゆるハニートラップ。
15歳のくせにハニーもなにもないだろうと思うかもしれないが、趣味の悪い金持ちの中には、少女を好む奴も大勢いる。
そんな奴らが、お人形さんみたいなルルを見たら、間違いなく気に入るってことはわかっていた。

「ダメ」

「えー、なんで?」

「危ない 」

そりゃルルだって鍛えてるから、そのへんの奴らよりかは十分強いだろうけど、なにせ実戦経験はないし、世間知らずだ。
しかもハニートラップともなれば、最後までやらせずともベタベタ触られることくらいは覚悟しなきゃならない。
気持ちの悪い男たちに、ルルの体を触らせるなんてもってのほかだった。

「いいじゃん、やらせてよ。
キキョウさんだって女の武器は最大限利用しなさいって」

「母さんか……いいんだよ、ルルは。
オレが帰ってきたときに待っててくれたらそれでいいし」

「足手まといになったら見捨てていいから!ね?」

…そういうことじゃないんだけど。
ってゆーか、まだルルは自分のことをそんな風に思ってたの?
オレはちょっと不機嫌になって、彼女を睨んだ。

「ダメったらダメ」

「ふーん、じゃあいいよ。シルバさんに頼むから」

オレは柄にもなく、その一言にカチンときた。

「ちょっと来て」

「えっ、え、何?イルミ痛いよ!」

ぐいっと彼女の腕を取って、強引に引きずって歩く。
ルルは何も知らないから。

男ってのが何を考えてるかわかってないから。
だったらオレがその怖さを教えてあげる。

「イ、イルミ!なに!?」

オレは無言でルルを自分の部屋へと連れ込み、乱暴にベッドに放り投げた。
すると彼女はぽすっと軽い音をたてて沈みこみ、オレは彼女が何かする前に素早く上に覆い被さった。

「ねぇ、トラップにかかったのはどっち?
こんなに簡単に組敷かれて、もしかしてルルはこうされたかったの?」

「え、ちょ、やだ……」

顔をぐいと近づけて、耳元で囁いてやると、彼女はようやく抵抗をし始める。
だが、力の差など歴然だ。
しかもパニックに陥っているからか、いつもより力も弱い。

「これから何されるかくらいはわかる?
……それとも、やんなきゃわかんない?」

「イ、イルミ……!」

動揺のせいで浅い呼吸。
乱れた服に赤い顔。

フリだけのつもりだったのに、そんな煽るような顔をするから……
オレは我慢できなくなって、彼女の首筋にちう、と吸い付く。
そして下からスカートに手を入れて、太もものあたりをそっと撫でた。

「や、やだ!イルミ!」

「黙って」

彼女は泣き出しそうな声を出すと、ぎゅっと目をつぶる。
どうしよ、ルルのハニートラップはある意味成功してるかもしれない。
体が熱を持ってきて、自分でもこれはやばいなって感じ始めてきた。

だけど

「ご、ごめんなさいっ……」

服を脱がそうとブラウスのボタンに手をかけたら、彼女の閉じた目からポロポロと涙がこぼれた。

「ごめんなさいっ……も、やだ…もう仕事するって、言わない……からっ」

きゅ、と体を縮こまらせて泣く彼女。
オレはそれを見てハッとした。

「……だから言ったでしょ。こんなことになったらルルは対応できない。
他の男だったら、もっと酷いことされるかもしれないよ?」

「うん……」

オレはそっと彼女の上からどくと、慰めるようにルルの頭を撫でる。
それにしても……

泣くほど嫌だった?

仕事に行かないって言ってくれたのは嬉しいけど、オレとしてはとても複雑な気分だった。

「男っていうのは危険なんだよ。ルルはそんなことすら知らないんだから、ホント心配なんだよね」

「……でも、イルミは」「また押し倒されたいの?」

オレは安全だなんて思わない方がいいよ。
これでもまだ我慢してる方だけど、いつも止められるとは限らないから。

「……ごめんね」

「うん、いいよ。わかってくれたのなら。
……それより、まだお帰りのハグしてもらってない」

そう言うと、涙を拭ってルルは自分から抱きついてくる。
ちらりと見えた彼女の首筋には、オレがつけた所有印が赤く主張していた。

「おかえり」

「ただいま」

ねぇ、こんなに傍にいるのに、オレの心音には気づかない?
だけど、さっきの涙を見て悟ったよ。

オレは彼女を抱く腕に力をこめる。

意識してるって気づかれたら終わりだね。


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