■ 9.好きだよと言っても冗談にしかならない
ルルの言った通り、2ヶ月半後には彼女の苦痛も和らいだ。
今ではすっかり完治して、また何事もなかったかのように幸せそうにしている。
オレはルルが隣で笑ってくれるだけで本当に満足だった。
それなのに……
「イルミ様、これ私が作りましたの」
「そ」
「お一ついかがです?貴方を想ってたっぷり愛情を込めましたわ」
「いらない」
とうとう見合い写真だけでは飽き足らず、我が家に婚約者候補が訪れることになった。
もはやこうして会っているのはゾルディック家長男としての義務。
家のためならなんだってするつもりで生きてきたが、やっぱり嬉しくないものは嬉しくなかった。
どうせこの女も名誉や地位や金目当て。
オレのことなんかちっとも好きじゃないくせに、よくそんなに媚へつらうことが出来るよね。
オレがOKを出すなんてことはないから、候補は次々やってくる。
だが、どの女も根底部分では同じだ。
彼女達はオレと結婚したいんじゃない、ゾルディックと結婚したいのだ。
だから、それが特にあからさますぎる女は何人か殺してしまっていた。
「イルミ様、私に何かご不満な点がごさいますでしょうか?
貴方の為ならば何でも致しますわ」
「じゃあ死んでよ」
「えっ……」
「出来ないだろ?」
下らない。
本当に下らない。
中には殊勝な顔をして「わかりました」と言う奴もいたけれど、それだってちょっとイルミが殺気を向けると震え上がって逃げだした。
別にそのことを責めるつもりは無いけれど、所詮お前はその程度なんだろうと思わざるを得ない。
そして、きっといつかはそんな女と結婚するに違いない自分の事を考えて、ひどく憂鬱な気持ちになった。
**
「あ、もう終わったの?」
「うん、色んな意味でね。あんまりしつこいから針刺しちゃった」
婚約者候補が家に訪れているときはルルは自室から一切出ない。
それはきっと、やって来る婚約者候補に気を遣ってのことなのだろうが、オレにしてみれば面白くない。
第一、この感じじゃ本当にオレが結婚した時、また彼女の立場が無くなるじゃないか。
今はもう母さんだってルルを気に入ってるし、他の兄弟達だって彼女を実の姉のように慕ってる。
特に命を助けられたカルトなんかはオレが鬱陶しく思うくらいルルにべったりだ。
だから、たとえオレが結婚したってもう邪険にされることなんてないんだろうけど、それでも少しでも彼女に肩身の狭い思いをさせたくない。
既に、隣の部屋にルルという存在がいると知るやいなや、嫌な顔をする候補も多かった。
「針って、駄目じゃんそんなことしたら!!」
「いいんだよ、別に。
代わりは幾らだっているんだし」
「そういう問題じゃないでしょ!
イルミ、自分のお嫁さんなんだよ?」
「お嫁さんじゃない、候補だから」
ルルの口から出たお嫁さんと言う言葉にズキ…と胸が痛む。
ルルもいつか、結婚しちゃうのかな……
今はまだオレが止めてるけど母さんはずっとうるさいし、いつまでも止められるものではない。
また一段と綺麗になった彼女を見て、イルミはふう、とため息をついた。
「イルミ、理想高すぎなんじゃない?」
「別に。必要ないからしないだけ」
確かにオレにルルは高望みなのかも。
それでも、他の女で妥協するにはまだ惜しい。
こんなに近くにいるんだから、どうして忘れられるだろうか。
「可哀想……皆、イルミに好かれるために一生懸命なのにね」
「好かれたい割には、オレの事を好きじゃないみたいだけど」
「え?そうなの?」
普通、結婚って好きな人とする物じゃないの?
イルミも候補の人が好きじゃないからしないんだよね?
ルルは前にオレに『好きな人がいるの?』と聞いたことはすっかり忘れてしまっているらしかった。
ていうか、あの辺の記憶はオレが操作してしまったから無理もないんだけど、いい加減彼女の鈍さが憎らしい。
「さぁ、普通はそうなんじゃない?
だけどウチは普通じゃないから」
「そっか。それもそうだよね…大変だなぁ」
暢気にそう呟く彼女はホントに何もわかってない。
「確かに好きでもない人と結婚しろって言われても気分が乗らないよね」
「……まぁね」
たぶんルルに会わなかったから、オレは迷うことなく親が決めた人間とさっさと結婚していただろう。
同業者などの間でも政略結婚など当たり前だし、特に何の疑念も抱かないに違いなかった。
「結婚かぁ……いいなぁ…」
「え」
今の話の流れで、一体どこにいいなと思える部分があったのだろう。
驚いて彼女の顔をまじまじと見ると、ルルはハッとして首を振った。
「あ、違うよ?もちろん政略結婚じゃない方!」
「……結婚したいの?」
恋の一つすらしていない彼女にとって、結婚なんてただの憧れに過ぎないなのかもしれない。
だけど、万が一にでもこんな呟きを母さんが聞いたら、大喜びして相手を探して来るだろう。
案の定、彼女は「憧れるよね」と微笑んだ。
「じゃあ……する?」
「するって結婚?」
「うん」
「誰と?」
「オレ」
オレはこれ以上ないってくらい真剣な顔でルルを見つめた。
とはいえいつも真顔なのでどれだけ伝わっているのやら……
彼女はぽかん、と口を開けて固まっていた。
「え……イルミと?」
「嫌?」
もしもオレがゾルディックじゃなくて、ただのイルミとしてプロポーズしたら結婚してくれる?
彼女はゆっくり瞬きを繰り返すと「嫌じゃないけど……」と小さな声で言った。
「けど、イルミに結婚は必要ないんじゃなかったの?」
「政略結婚はね」
「……」
ここまで言ってようやく意味が分かったのかルルの顔はだんだん紅くなる。
意識されてるってわかって、オレもすごく嬉しかった。
「け、結婚はちゃんと好きな人とじゃなきゃダメだよ」
「好きだよルル」
まったく……何年好きだと思ってるの
もうずっとずっとルルのことばっかり追いかけてるのに。
彼女はとうとう耳まで真っ赤になって、ぎゅぅと服のすそを握り締めた。
「だからからかわないでってば!
結婚の好きはそういう好きじゃなくて……えっとその…」
「ごめんごめん、わかってるよ」
わかってる。
むしろわかってないのはルルの方。
いくらこっちが本気で言ったって、オレとルルの関係じゃ好きだよと言っても冗談にしかならなかった。
「ハハハ、からかって悪かったね」
冗談ということにしなきゃいけなかった─。
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