■ 05.白ヤギさんたら読んでしまった
「アーニャ、なんでアンタがここに……!」
こちらの顔を見るなり、マチは露骨に表情をゆがめた。
しかしそれは嫌悪ではなく、一目で罪悪感だとわかる。クロロもマチも馬鹿だ。罪を償うべきはヒソカであって彼らではない。何か言葉を紡ごうとした彼女を制して、アーニャはただ「知ってる」とだけ告げた。
「クロロから聞いた。で、私もヒソカを殺す」
蜘蛛は元々ばらばらのルートでクロロと合流する手はずだったらしい。集まっていた団員は全員ではなかったが、一緒にいればヒソカと出会える確率も高いだろう。しかしマチは痛みをこらえるように首を振って見せた。
「アーニャ、アンタは帰りな」
「足手まといってこと?」
「ああ、そうだね。死ぬだけだ。アンタまで死なせたら顔向けできない」
誰に、というのは聞かなくてもわかっていた。でも、彼が死んだ時点でアーニャはもう死んだも同然なのだ。今更すぎるというものだろう。アーニャはあえて反論しなかったが、その表情からマチも悟ったらしい。諦めたように息を吐いて、説得の代わりに一枚の手紙を取り出した。
「団長がこの場所を教えたんだろ?」
「そう」
「だったらたぶん、これを渡せってことなんだと思う」
手紙は乾いた血で汚れていたが、彼がよく使っていたものである。
「……二人を見つけたのはアタシなんだ。で、これをシャルが」
「……」
今のアーニャは復讐だけを支えに、神経を張りつめさせてここに立っている。だから彼からの手紙なんて見たくなかった。迷いとなるものは今は要らない。
それなのに結局、アーニャは受け取ってしまった。今となっては彼の形見ともいえる手紙を拒むことなんてできなかったのだ。
”アーニャへ
全部、計画通り終わったよ。ま、どうせこの手紙も手渡しだし、帰ってきたらわかると思うけど。
敵とはいえすごくいい戦いだったんだ。やっぱり団長を手こずらせるだけあって強かったよ、ヒソカは。ほんと、面白い戦いだったから詳しいことは直接話すね。
実は次の仕事ももう決まってて……このまま向かうつもりだったんだ。
だけど遠方でしばらく会えなくなるから、その前に一度アーニャの顔を見に行くよ。
いつもほったらかしにしてごめん。いっぱい心配かけてごめん。泣かせてごめん。原因のオレが言うのもなんだけど、アーニャには笑っててほしいかな。
勝手ばかり言うオレをどうか赦してほしい。でもアーニャのこと好きなのは本当だよ。
返事待ってるね。
シャル”
見慣れた彼の筆跡を見た瞬間、アーニャは懐かしさと愛しさの奔流にのまれた。やはりシャルは生きているのではないか、一瞬そんな馬鹿げた考えが頭をよぎった。
「……ひどい」
”返事を待っている”という締めくくりは、シャルの決まり文句みたいなものだった。一番最初に手紙をやり取りした時から、ずっと変わっていない。でも、アーニャはどうやってこの手紙の返事を渡せばいいのだろう。
もう彼はいないのに。
そう認めた瞬間、ぽたり、と音を立てて落ちた涙がインクを滲ませる。最初の一滴が流れてしまえば後はもう止めようがなかった。驟雨のような激しい悲しみが、憎しみの炎に降り注ぐ。
笑って欲しいなんて無茶言わないでほしい。アーニャはそんなに強くない。張りつめていた糸が切れたみたいに、アーニャはその場に崩れ折れた。
そして今更ながらクロロに嵌められた、と気づいた。それは優しい優しい罠だったけれど、頑ななアーニャの復讐心を折るには効果てきめんだった。
「ヒソカは、あいつはアタシらが絶対に殺す。だからアーニャはシャルの傍にいてやって」
気づけば、後に残されたのはアーニャだけ。もうアーニャにはマチを追いかける気力がなかった。その場にうずくまって何度も何度も彼からの手紙を読み返す。その度に彼に伝えたいことが胸を満たして苦しくて仕方がない。
敵を褒めてどうすんのよ、とか。次の仕事なんて聞いてない、とか。謝るくらいなら傍にいてよ、私も好きだよ、とか。
勝手なオレを赦してほしい?
そんな馬鹿なこと言ってないで帰って来てよ。
「お願いだから、帰って来てよ……」
アーニャの手紙も、いつだって同じ言葉で締めくくられる。
今となってはそれだけが、二人に残された唯一の不変だった。
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