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■ 04.きみはスケープゴート

端的に告げられた言葉は、アーニャの脳を素通りしていく。頭の中が真っ白になって、なんにも言葉が出てこなかった。「すまない」どうしてクロロが謝っているのか理解できなかった。

「試合の後、別行動だった。その間にシャルとコルトピがやられた」
「やったのはヒソカだ。殺り損ねたらしい」
「本当にすまなかっ「うるさい!」

次々とかけられる言葉が煩わしい。混乱して声を荒げたアーニャに、クロロは黙り込んだ。そもそも彼自体口数が多い方ではないので、これでようやく”通常”に戻ったのだ。今伝えられた言葉は嘘で、前みたいにフェイクなのかもしれない。そう思い至ると、アーニャは取り乱したことが急に恥ずかしくなった。そう、これはタチの悪い冗談なのだ。

「黙って帰ってこいって、伝えてよ。いるんでしょ、一緒に。どうせからかってるんでしょ」
「……アーニャ」
「それともこれも計画のうち?じゃあ騙されてあげてもいいけど」
「アーニャ、よく聞け」
「聞いてるよ、だからいい加減に――」

「シャルはもういない。すまなかった」

クロロは言い聞かせるようにゆっくり言った。アーニャは浅く早い呼吸を繰り返し、しばらく黙り込んだ。

「……どうしてクロロが謝るの」
「俺があいつの念を借りていたんだ、あいつらの念が消えて気づいた」

ぽつり、と返された言葉には苦痛が滲んでいた。仲間を失った苦痛。今アーニャに電話をかけてきているのは”蜘蛛”のためならどこまでも冷徹になれる団長ではなく、ただの幼馴染みであるクロロなのだろう。しかしそれでは駄目だ。彼に謝られると逃げ場がない。彼も同じ喪失を抱えていると分かれば、アーニャは気持ちをどこにぶつけていいのかわからなくなる。

「今どこ?二人の身体は?」
「俺は暗黒大陸へ向かう船の中にいる。悪いがそっちに向かうことはできない……おそらくマチあたりが、」

「悪いだなんて思ってないくせに」

アーニャは自分の心の安寧の為に、残酷にもクロロに”団長であること”を強いた。

「蜘蛛はもともとそういう集まりでしょ」

なんてひどいことを言うんだろう。涙を流さない代わりに、アーニャの口からは棘のある言葉だけが紡がれていく。声が震えているのが自分でも分かった。アーニャの勘違いでなければクロロの声も。

「……俺を恨んでもいい」
「いやよ、そうやって楽になんかしてやらない。私が殺すのはヒソカだけ」
「お前には無理だ」
「それでもやる。それが流星街でのルールだから」

ヒソカを殺してやる。憎しみに身を委ねると、悲しみに襲われずに済んだ。到底敵う相手ではないと分かっていても、奴に立ち向かって死ぬなら本望だとさえ思う。
クロロはアーニャの意思が固いことを悟ると、そうか、と呟いてそれ以上止めはしなかった。代わりに他の団員が集まっている場所を告げ、そこへ行けと言う。
ヒソカはどうせ他の団員も狙うだろうから、アーニャとしても異論はなかった。「わかった、じゃあ後で」けれども切ろうとした通話は、クロロの呼びかけに遮られる。

「なぁ、アーニャ、ちゃんと泣けよ」
「……」
「後ででもいいから」

今アーニャは復讐に燃えているのだ。身の内を焦がすほどの憎しみの炎を、悲しみの涙なんかで消すわけにはいかない。でも彼の言葉はどこまでも優しさに満ちていて、アーニャは先ほどまでの自分の振る舞いを嫌悪せずにはいられなかった。「シャルもコルトピも、」だから言う。今更謝ることはできないから、幼馴染みとしての彼を受け入れる。

「リスクはわかったうえで貸したはずだよ。団長命令だったからじゃなく、クロロだったから」
「……俺を泣かせてどうする」
「クロロは昔から泣き虫すぎるのよ」

彼が享受している死は、あくまで自分の分だけだ。蜘蛛を結成するまでだって、あの街では多くの仲間が死んだ。アーニャや他の子たちの入団を「弱い」という理由で断ったのだって、みすみす死なせたくないと思ったからなのだろう。

でも、今回だけは。
今回だけはアーニャも譲れないのだ。

「シャルがお前の気を変えてくれることを祈るよ」
「……じゃあね、クロロ」

これが最後の挨拶になるかもしれないな、なんてそんなことを思った。

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