- ナノ -

■ 03.死神はそこまで来ていた

あの時は結局、再来週になっても会えなかったんだっけ。

ヨークシンを離れると言ったシャルは、念には念を入れてG.Iというゲーム世界に避難していたらしい。そしてそこで除念師の手がかりを掴んで、またもやアーニャとの約束は延期になった。こっちは心配でも予言のことがあるから電話できず、メールをしても返信無し。後からゲーム世界にいたからだと分かったが、彼の身に何かあったのではと心配で体調を崩したほどだ。

そんな状況下で、アーニャにできたのは彼宛の手紙を書くことである。招集がかかっていないときに彼が過ごしている仮住まいへ、アーニャはダメ元で手紙を送った。メールが返ってこないのだからもとより返事は期待していないが、それでもメールより手間のかかる方法で思いの丈をぶつけ、気を紛らわすしかなかった。


――はいこれ、返事。
――え?

そんな彼から手紙が返ってきたのは、10月も終わろうかという頃だった。流石にそれまでには彼もG.Iから戻り、約束をすっぽかされた埋め合わせもしてもらっていた。まるで何事もなかったようにひょっこり帰ってきた彼には安心と同時に腹も立ったが、何度も謝られては許すしかない。どうせこの先も一緒にいるのだから、許さないという選択肢は始めからないのだ。
しかし気がおさまると同時に手紙を出したことをすっかり忘れていたアーニャは、にやにやするシャルを怪訝そうに見返すことになった。

――返事って、何の話?
――しばらく家に帰ってなかったから、気づくのが遅くなったよ。にしても、いまどきラブレターだなんてアーニャもやるね
――えっ?あ、まさか……違う!あれは……!

自分はあの手紙になんて書いただろうか。必死だったから、かなり恥ずかしいことを書いた気がする。帰って来てだの早く会いたいだの、不在がわかっている家に送るには妙なことばかり書いた。瞬間、真っ赤になったアーニャに追い打ちをかけるようにシャルは吹き出した。

――アーニャは手紙だと素直だってわかったから、今度からもっと書いてよ
――絶対やだ!もう書かない!
――オレはこうして返事を書いたのに?

シャルから渡された手紙には、G.Iでの出来事が綴られており、オレもアーニャに早く会いたかったと書かれていた。そして最後に”好きだよ”の文字を見つけて、アーニャは酷く動揺した。こんな普通の恋人同士のような言葉を、改まって伝えられるとは思っていなかった。

――絶対、返事ちょうだいね。待ってるから

シャルは固まってしまったアーニャに念を押すと、それからあとはいつも通り変わらなかった。それが好きだ、と伝えた相手に対する態度か、と呆れたが、元々二人はこういう関係だった気がする。アーニャだって今更急に甘い展開に持ち込まれては困ってしまうと分かっていた。
それにしても、返事だなんて……。

――勝手な奴

呟いたのはこれが二度目だったが、今度は涙が流れるようなことはなかった。それどころか胸は温かい気持ちで満たされていた。



それ以来、アーニャとシャルは手紙のやり取りをしている。手紙と言っても大抵会って渡す羽目になるので、ほとんど交換日記のようなものだ。他人から見ればひどくまどろっこしくて不毛なそれは、二人にとっては大事なこと。唯一素直になれる場所でもあった。

そしてもう一つ、アーニャにとって手紙は大事な意味があった。アーニャはあの予言を今でも気にしている。だからシャルが仕事中というときは絶対に電話をかけない。もうとっくに予言の期間は過ぎたんだから、と彼は呆れるが、それでもなんとなく嫌だった。

アーニャはたいてい仕事前の彼に手紙を渡す。そして、彼が帰ってくるときに返事をもらう。彼の仕事中は、出さないけれど彼宛に手紙を書いて気を紛らわす。前にそうやってちゃんと無事に彼が帰ってきたから、これはもはやおまじないようなものだ。

だから今回も、アーニャは不安を拭い去るために手紙を書こうとした。出さない手紙の書き出しはいつも決まっている。

”無事なの?怪我はしてない?”

それから結びの言葉もいつも同じだ。

”会いたい。早く帰ってきて”

途中には近況を色々書いた。近くに新しいレストランができたとか、最近読んだ本の話とか、本当にとりとめのないことばかりだ。
そして便箋が半分ほど埋まった頃だろうか、電話が鳴ってアーニャは顔をあげた。
まったく人の気も知らないで。こっちが律儀に手紙を書いているのに、彼は気にせず電話をしてくる。だがそう思いながらもアーニャの表情は明るかった。よかった、終わったんだな、と思った。

しかし画面に表示された名前はシャルのものではなかった。

「もしもし?クロロ?」

ヒソカと戦ったはずの彼が無事ということは、計画は上手く行ったのだろう。しかしそれならシャル自身が電話をかけてくればよいことで、クロロがアーニャに電話をする理由はない。クロロとも幼馴染みで気心がしれているとはいえ、彼は用もなく電話をしてくるタイプではなかった。

「どうしたの?」
「アーニャ、落ち着いて聞いてほしい」

電話のクロロの声は、何かを抑えるかのように静かだった。「なに?」クロロが勝ったのだから大丈夫だろう。怪訝には思ったが、考えるより聞いたほうが早い。

アーニャはあれだけ心配していた癖に油断しきっていたのだ。

「シャルが、やられた」


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