- ナノ -

■ 02.泣くなんてどうかしている

――ごめん、少し予定が狂っちゃって。もう少し待ってて
――マフィアがすごい動いてるけど。盗めたんじゃないの?
――いや、それはともかく……ウボォーが戻らないんだ

あれはまだ暑さの残る、9月の話。アーニャが心配性になる前の話だ。
大きな仕事があるんだ、と言ったシャルはその後一緒にヨークシンを観光しようとアーニャを誘った。オークションは9月1日に終わるので、アーニャは近くのホテルで彼の仕事が終わるの待つだけでいい。しかし、彼は約束の時間になっても現れず、代わりに珍しく深刻そうな電話をかけてきた。

――戻らない?
――ちょっと予想以上に厄介な敵がいるみたいでね
――ウボォーはそう簡単にやられる奴じゃないでしょ?
――オレもそう思うけど……

アーニャは筋骨隆々な幼馴染みを思い浮かべ、やっぱりウボォーが負けるところなんて想像できない、と思った。しかし一方で、彼が几帳面な性格ゆえに集合時間を違えるような男でもない、と知っていた。

――とにかく、片がつくまで会えない
――わかった、シャルも気を付けて

今まで、気をつけてなんて言ったこと無かったのに、その時は自然に口をついて出た。蚊帳の外にいるアーニャでも、今この街がただならぬ雰囲気であるというのは肌で感じている。シャルに限って、とは思うものの、不安になるのは止められなかった。

そしてその翌日、アーニャは幻影旅団が壊滅した、という噂を耳にする。さらにその翌日には地下競売の会場付近で見つかった彼らの死体がネットにアップされた。噂の時点では信じなかったアーニャでも、流石に冷静ではいられずホテルを飛び出した。
しかし、

――アーニャ、
――シャル!?無事だったの!?

アジトの場所を聞いていたアーニャは、そこへ向かう途中で呼び止められ驚愕に目を見開く。慌てて彼に駆け寄り、その存在を確かめるかのように抱き着いた。

――ばか!無事なら無事って連絡してよ!私がどれだけ心配したか……!
――ごめん。アーニャに情報が伝わるまでには会えると思ってたんだ。

アーニャを抱きとめたシャルは、ごめん、と繰り返し謝った。

――今度からこういうことするなら絶対言って。しかもあんなリアルな死体……他の皆ももちろん無事よね?
――……ウボォーとパクが死んだ。団長も念を封じられて別行動を余儀なくされてる
――え?

予想外の返事に、アーニャはハッとして身を離す。どういうこと?と聞けば、彼は簡単に経緯を語った。ウボォーがクルタ族の生き残りにやられたこと。敵を追っている間に団長が攫われたこと。団長と敵の仲間との人質交換を行い、敵の詳細を伝えるためにパクが犠牲になったこと。

どれも信じられないことばかりだったが、シャルの表情は真剣だ。そして彼は、もうひとつ謝らなくちゃいけないんだけど、と息を吐いた。

――ヨークシンでの観光は中止するよ、待たせたのにごめん
――当たり前でしょ、とてもそんな気分じゃ……
――それだけじゃないんだ。来週オレに死の予言が出てるから、ここからは離れる。しばらく電話もできない
――死の予言……?

恐ろしい言葉に、アーニャは理解するより先に身体が震えるのを感じた。シャルはそんなアーニャを安心させるように微笑むと、一枚の紙を取り出す。


”電話を掛けてはいけない

一番大事なときにつながらないから

電話に出るのもすすめない

3回に一度は死神につながるから”


ノストラードの娘の占いが当たるというのは、裏の世界では有名な話だった。なんでもクロロは彼女から念を盗んだらしく、それにより暗示されたシャルの死。
なのに彼は穏やかに微笑んでいる。

――心配しないで。この予言のメリットは知ってさえいれば回避できる、という点だから。
――で、でも!
――再来週には会えるよ。この埋め合わせは必ずする。ま、団長の為に除念師を探さなきゃいけないから忙しいのは変わらないけど

そういうことだからごめん、そう言って彼は去った。勝手な奴、とアーニャ呟いたが、言葉とは裏腹に涙が頬を伝った。こんなことくらいで泣くなんてどうかしてる。アーニャは昔から泣かないことで可愛げがないと言われ続けてたのに。

ひとまずの安堵とこれからの不安で、アーニャの感情はぐちゃぐちゃに乱れていた。


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