アンチ・アンチナタリズム
- ナノ -


06.緊急招集(90/151)

 砂漠の暑さというのは、もっと乾いてからりとした類のものかと思っていた。実際のところ、空気中の湿気はそう多くないはずだが、うだるような熱気にじんわりと肌が汗ばんで強い不快感が湧き上がる。砂漠の外れに位置するケセドニアでは、日中の気温が優に四十度を超えていた。日差しや熱を避けるために窓は小さく造られ、住居の壁も分厚いなど様々な工夫こそ凝らされていたが、本当にこんなところで生活している人間がいるなんてシンクにはにわかに信じられなかった。

「……で、話と言うのは何なのです? この美しい私をこんな砂と埃まみれの街に呼び出したからには、さぞかし重要な話なんでしょうねぇ?」

 ちょうど六神将が各地に散らばっていて、ケセドニアが中間地点だった。理由はそれだけで、集合場所としては合理的だとは思うものの、ディストが文句を言いたくなる気持ちもわかる。ましてや、シンクは事前にフィーネから報告を受けていたけれど、他の面子はただただ急に呼び出されて、事情も分からないままここへやって来たらしい。
 招集をかけた張本人であるアッシュはディストを一睨みし、鬱陶しそうに舌打ちをした。

「うるさい。全員が揃ったら話す。それまで静かにしてろ」

 狭くて暑い部屋で、さして仲良くもない面子で待機。お世辞にも楽しいとは言えない空気に、隣でフィーネがそわそわとしているのが伝わってくる。フィーネはきっと、このあと皆から糾弾されるとでも思っているのだろう。彼女が本当にグリフィンにぶら下がって報告しに来た時には驚いたものだが、シンクとしては報告を受けてもそこまで叱責したつもりはなかった。そもそもフィーネは放っておいても自分を責めるので、変に叱った方が後々思いつめて面倒になる。

「六神将であと居ないのは、リグレットくらいでしょ。確か今頃ヴァンとバチカルだし、ヴァンにはボクからも連絡した。始めちゃっていいんじゃない」

 シンクが言うと、アッシュは腕組みをしたままため息をついた。

「そういうことはもっと早く言え」
「失態の報告には、もう少し心の準備がいるのかと思ってさ。居残り組の師団長サン」
「失態ですって? あなたのミスで私はこんな砂漠くんだりにまで呼び出されたんですか? そもそもグリフィンに手紙を寄こさせるなら、最初から手紙でちゃんと説明してくださいよっ!」
「うるせぇ! 詳しく書くと、てめーらは勝手に判断して招集を無視するだろうが!」
「それで、一体何が起こったんだ?」

 流石にそこは年長者というべきだろうか。ラルゴの誘導で、ようやく話が始まる流れになる。アッシュは眉間の皺をこれでもかと深くして、それでもはっきりと誤魔化さずに言った。

「導師が誘拐された」
「!」

 アッシュのその発言に、最も大きな反応を示したのはアリエッタだった。

「だ、誰がそんなこと……!」

 今まで黙って椅子に腰かけていたのに、勢いよく立ち上がる。間髪入れずにがたん、ともう一人立ち上がる者がいた。フィーネだ。

「ごめん、アリエッタ! 私がまんまと見逃しちゃったの! 本当に、本当にごめんね……」
「そんな……フィーネが?」
「はいはい、そういうのは後でやってくれる? 導師誘拐に関与したのマルクト帝国だ。本人の申告通り、フィーネが鉢合わせたから間違いない」

 邪魔なフィーネを引っ張って座らせて、シンクが淡々と話を引き継ぐ。マルクト帝国と聞いて、ラルゴはふうむと唸った。

「相手がわかっているだけまだいいだろう。しかし、フィーネを巻くとは相手はなかなかの手練れだったのだな」
「いえ、その……今回、戦闘にすらなっていなくて……」
「戦闘になっていたところで、止められたとも限らない。これから大事な時期なんだ。始まる前から無駄な損耗が無くて良かったよ」

 フィーネを叱責しなかったのは、そういう理由もある。相手を聞いて、無策で突っ込むのは愚かだと思ったからだ。

「今回の件、死霊使いネクロマンサーが関わってる」

 そう言うと、今度はディストがなんですって!? と素っ頓狂な声を上げた。流石にあの椅子から立ち上がりこそしなかったものの、いちいち話の腰を折られてやりづらいことこの上ない。

「なるほど……皇帝の懐刀だな、マルクトは本気でダアトを敵に回すつもりなのか?」

 まともに会話できるのは、どうやらラルゴしかいないようだった。

「ダアトを敵に、ね。でももし、この誘拐事件に導師自身が協力したのだとしたら?」
「さては、和平交渉か。まぁ、あの導師であれば十分にありえる話だ」
「……でも、戦争を起こさなくちゃイオン様は導師を辞められないのに……どうして……」

 アリエッタの呟きには、ラルゴも何も言葉がないらしい。先ほど謝っていたフィーネすらもだんまりで、シンクは白けた思いになった。どいつもこいつもイオン、イオンで反吐が出る。アリエッタの言う『イオン様』は、とっくにもうこの世にいないというのに――。

「モースから、導師奪還の命令書だ」

 沈黙を破るように、一枚の紙がアッシュによって差し出された。素早くそれに目を通したラルゴが、意外そうな声をあげる。

「六神将全員で事にあたるのか?」
「そういう命令だ」
「拒否権は無いよ。問題があればヴァンのほうから何か言ってくるはずだ」

 実際、こちらもモースの目を盗んで、近々導師を外に連れ出したいと思っていたところだ。奪還ついでに各地のセフィロトを回れたら都合がいい。イオンを連れ戻すという話に、アリエッタの表情がほんの少し和らいだ。

「アリエッタ、イオン様のために頑張る……です。きっと、イオン様、騙されてるんだと思うから」
「本当は私は忙しいのですがね。あの陰険ジェイドが相手ならば、神の遣わした天才であるこの私、薔薇のディスト様の力が必要になるのは当然のことでしょう!」

 黙っているところを見るに、ラルゴやアッシュに異論はないようだ。フィーネから事前に報告を受けていたシンクは、ここに来るまでに考えていた計画を話すことにする。

「ディスト、盛り上がってるとこ悪いけど、アンタの役目は後方だよ」
「な、なぜです! ジェイドを相手にするなら何はなくとも私の力が――」
「今回の切り込み役はアンタだ、ラルゴ」
「ムキー! 私のことは無視ですか!」

 無視も何も、ディストはもともと武闘派でもなんでもない。納得できずに騒ぐディストを、まあまあとフィーネがなだめている。

「ディスト様、一応シンクが参謀総長なので、すみませんがここは呑んでください」
「一応は余計だよ。ラルゴ、頼めるね?」
「よかろう。死霊使いネクロマンサージェイドの腕前がいかほどのものか、楽しみだ」

 フィーネの話では、導師の出奔にはあの導師守護役フォンマスターガーディアンも同伴しているらしい。となれば、ある程度行先についての情報は漏れてくるだろう。アリエッタはもちろん、フィーネもアニスがモースの手先だと知らないようだった。

(まったく、大した友情だよ)

 友達だなんて、やはりろくでもない。
 シンクはまだディストをなだめている最中のフィーネをちらりと見て、小さく息を吐いた。


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