01.ND2018(85/151)
表向き、神託の盾騎士団はダアトの防衛、自治を実現するための自衛組織ではあるけれど、その内情はキムラスカやマルクトの正規軍となんら遜色のないものである。設備も一人前なら、軍規だって一人前。許可のない夜間の外出は基本的にはご法度で、いくらローレライ教団の共同墓地がすぐ目と鼻の先にあると言っても、人目を避けねばならないのは同じことだった。
(色々準備してたら結構ギリギリになっちゃった……。シンク、もう着いてるかな)
グミやら各種ボトルやらをぎちぎちに詰め込んだ道具袋と、それから手向けの花束を手に、フィーネは足音を忍ばせて夜道を急ぐ。一応時間的に遅刻には当たらないはずだが、待ち合わせ場所に着くともう、そこには彼の姿があった。
「遅いよ」
シンクはこちらに気がつくなり、不機嫌そうにそう言った。お互い外ということもあって仮面はつけているが、顔を見なくても声を聞けばだいたいわかる。今回は別に本気で怒っているわけではなさそうだな、と判断して、フィーネはごめんの代わりにお待たせ、と返した。
「なんとか年越しに間に合ってよかった」 「……呼び出されたときは、タチの悪い冗談かと思ったけどね」
シンクはそう言って、顎を引いて目の前の墓碑に視線を落とす。フィーネが待ち合わせ場所に指定したのは、この共同墓地の中でも比較的新しく、そしてひときわ立派な造りの墓の前だった。そこに刻まれた名は前任の第五師団長の名で、苗字の記載がないことからも、彼がこの共同墓地に埋葬された理由が伺える。 フィーネはかがみこんで持ってきた花束を供えると、静かに目を閉じて祈った。
約二年前、第五師団が派遣されたロニール雪山の討伐任務は、結果だけで言うなら大失敗だった。かろうじてボスらしき変異種のジャバウォックこそ倒したものの、一師団長の命と引き換えでは到底割に合わないだろう。雪崩の被害も甚大で小隊のほうも散り散りになっており、無事に合流できたのは半分にも満たなかった。 当時、副師団長であるシンクは残った兵をかき集めて下山し、本来その場にいるはずのないフィーネは崖下に降りてアッラルガンドの遺体の捜索をした。その行動にはアッラルガンドに対するせめてもの弔いの気持ちと、今後のシンクの立場を憂う気持ちの両方があった。いくら元はアッラルガンドが強硬した任務とはいえ、みすみす頭を失い、兵を失って逃げ帰るだけでは、シンクに非難が向くかもしれない。加えて、師団長派、副師団長派という分裂が生じていたことは知られているので、下手をすると疑惑の目すら向けられかねなかった。 (たとえ遺体となってでも、軍人にとって帰還できるかどうかは大事なこと……)
戦闘中に亡くなった兵士の遺体は可能な限り回収し、家族のもとに返すのが軍隊の常識だ。とはいえ、実際にはなかなか難しいことで、遺体が見つかっても個人を特定するに至らないことも多々ある。シンクには、一度ダアトに戻って準備を整えたら、回収のために兵を差し向けるように言った。この任務はただの失敗で終わらせるのではなく、美談にしなければいけない。そのためにもフィーネはアッラルガンドの遺体を見つけて、降り積もる雪がすべてを呑み込んでしまうのを阻止しなくてはならなかった。
「……国や世界を救ったわけでもないのに、英雄扱いだなんて笑っちゃうね」
あれから月日が流れようと、シンクは相変わらずの調子でフンと鼻を鳴らす。腕を組んで突っ立って、墓前に手を合わせる気すらないみたいだったが、フィーネは内心それでいいと思った。殊勝な態度のシンクなんて気味が悪いし、そんなものを見た日には逆に心配になってしまう。 フィーネは祈りを捧げるのをやめて、ゆっくりと立ち上がった。
「国や世界を救わなくても、十分英雄だったよ」
シンクはあのとき『ボクが殺した』と言ったけれど、実際に遺体をこの目でみたフィーネはそれが事実と異なるのではないかと考えている。アッラルガンドの遺体は、ジャバウォックと組み合うような形で見つかった。ただ、落下の衝撃以外で致命傷になったと思われる傷は、彼の背中にあったものだ。事実をシンクには確かめていないし、きっと聞いても教えてはくれないだろう。けれどもフィーネはなんとなく、アッラルガンドはシンクを庇って死んだのではないか、という気がしていた。
「ま、そういうことにしておいてあげてもいいよ。おかげで、計画通り第五の掌握は叶ったし」 「今やシンクも師団長……そして、参謀総長サマだもんね」 「……ちょっと馬鹿にしてるだろ」 「え? いや、そんなつもりは……シンクのがうつったのかな」 「はぁ」
シンクはため息をつくと、もう喋るなとでも言うようにひらりと手を振った。階級だけでなくいつの間にか背も抜かされて、一段と偉そうになったシンクは今日も酷い。それでもこうして夜中に呼び出して、墓の前で年越しをしようなんていう気の触れた誘いにも、なんだかんだで応じてくれる。フィーネは今更のように時計を持ってくるのを忘れたことに気が付いて、シンクに今何時? と尋ねた。
「零時五分。とっくに年は明けたよ」 「えぇ、言ってよ……」 「来るのが遅いうえ、長々と祈ってたからでしょ」 「だって、決意を固める意味でもここに来たから……」 「悪趣味だ、どうかしてる」 「でも、年が明けたってことは、いよいよ計画が動き出すんだね」
――ND2018。 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す
今年こそが総長の用意した分岐点であり、ここでアッシュを死なせないことはこの世界を預言から解放するための大きな一歩である。特務師団の調べによって、既にマルクト領のアクゼリュスで瘴気が発生したことも掴んでおり、いよいよ世界のほうも崩壊に向かって動き出したのだと感じていた。
「近日中に六神将もダアトを立つ。残念ながら、特務はお留守番だけどね」 「知ってるよ。残念って言うけど、そう決めたのはシンクでしょ。私も行きたかった」 「アンタはアッシュのおもりさ。奴が勝手な真似をしないよう、見張ってるんだ」
見張っていろ、と言われても、今のところアッシュに離反の兆しは見えない。フィーネが特務に異動して二年ちょっとだが、アッシュの預言に対する憎しみも、総長への尊敬の念も本物にしか見えなかった。彼はまだレプリカ計画のことを知らないのだから、当たり前といえば当たり前かもしれなかったが。
「シンクも行くんだよね。参謀総長なのに、ごくろうさま」
通常、前線に出るはずのない役職まで駆り出されるのは、この反預言という思想が、いかに少数派であるかを物語っている。そういった背景の中で騎士団内の要職を身内で固めた総長の手腕もすごいが、やはり人手不足な感じは否めない。フィーネは素直に大変だ、という思いで労ったのに、なぜかシンクは少々気を悪くしたみたいだった。
「……あのさぁ、ホントに喧嘩売ってるつもりじゃないんだよね、それ」 「?」 「……わかった、もういい」 「何がいいのかわからないけど……とにかくこれ持って行ってよ」
花と一緒に持ってきた道具袋を差し出すと、シンクはややぎょっとした様子で受け取った。
「それ、供え物じゃなくて、ボク用だったのか……」 「うん」 「多すぎでしょ、どんだけ回復アイテム入れるんだよ」
中を確認したシンクは、呆れたと言わんばかりに肩を竦める。ただ突き返されることはなかったので、フィーネはそれだけで満足だった。
「消耗品だし、いくらあっても困らないでしょ」 「荷物になる」 「荷物になったまま、戻ってこれるに越したことないよ」 「……」 「気をつけてね」
フィーネが言うと、仮面から覗くシンクの口は、一瞬不満そうに歪んだ。
「……フィーネも、」 正直、ちょっと期待した。でも言いたくないなら、気を使って無理に言ってくれなくてもいいと思った。 シンクはそこで一旦口ごもると、それから何か思いついたようで急に口角をあげる。
「フィーネも、何か問題が発生したらすぐに報告に来るんだ。フィーネなら、寝ないで夜通し移動してこれるし、そのまま雪山にだって登れるだろ」 「……」
なあんだ、と思ってしまったことは、胸の内にしまっておく。シンクは単に、後先考えずに行動したフィーネのことを揶揄っただけだった。ただこれくらいのがっかりは、この二年ちょっとの間で随分と慣れたものだった。憎しみを糧に生きるシンクが必要としているのは、この手の生ぬるい感情でないとわかっている。今さっきすんなりアイテムを受け取ってくれたように、同志としてなら随分と心を開いてくれるようになったのだ。だからそれをいいように勘違いして、踏み込んではいけない。 「大丈夫、今回は連絡用にアリエッタからグリフィンを借りてるの。直接行かなくても、手紙で報告はできると思うよ」
物事をのらりくらりと受け流す悪癖が、まさかこういう場面で役立つとは思わなかった。だが、それを聞いたシンクは、フィーネの気持ちも知らないで小馬鹿にしたように笑う。
「そう言ってたって、フィーネは何かあれば来るでしょ。どうせ」 「……行っても、シンクが怒らないならね」 「別に、必要なら構わないよ。ただし、今度ぶっ倒れてもボクは介抱しないからな」 「……」
あのときは結局、寒さと睡眠不足と疲労の無理が祟って、フィーネはダアトに着くなり高熱を出して寝込んでしまったのだ。実を言うと、熱が高すぎて介抱された記憶はほとんどないが、無いからこそ恥としてあまり蒸し返されたくない話題に入る。朦朧とする意識の中で、唯一覚えているのはシンクの小言くらいだった。
「そう言ってたって、シンクもなんだかんだ世話焼くでしょ。説教つきで」 「さぁ、どうだか」
シンクは当時の無様なフィーネのことでも思い出したのか、薄っすらと笑みを浮かべる。それはどちらかといえば意地の悪い笑みだったけれど、シンクがすると妙に様になっていて、フィーネはほんの少し悔しいと思ってしまったのだった。
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mokuji
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