アンチ・アンチナタリズム
- ナノ -


80.未来の話(81/151)

 フィーネへ。
 前に伝えてあった通り、フィーネがこの手紙を読む頃には僕はこの世にいない。この腐りきった世界にはほとほと愛想も尽きたから、僕だけお先に一抜けさせてもらったってワケ。フィーネ自身に恨みはないけれど、僕の分まで血反吐を吐きながら、この世界でのたうち回って生きてほしい。
 あとは約束通り、フィーネがアリエッタの前でうっかり口を滑らさないことを期待してる。それから、僕のために泣いてくれることも。絶対に守ってほしいことは、もうこの二つだけだ。預言スコアのない世界を見届けるという頼みは、絶対じゃなくていい。ここまで散々巻き込んでおいて、今更勝手なことを言うなって思ったかい?
 
 あのときの僕はとにかく心細くて、我が身に降りかかった理不尽さを受け入れられなくて、フィーネにこの憎しみを共有してほしかっただけだった。自分で選んだこととはいえ、このまま誰にも知られずに一人で死んでいくのが嫌だった。そんな僕の身勝手のせいで、フィーネを酷いことに巻き込んだというのは理解している。でも……やっぱり、謝る気はないな。フィーネを巻き込んだおかげで、僕はこうしてフィーネにお別れを言える。フィーネに泣いてもらえて、記憶に残ることができるんだ。謝るくらいなら、最初からしなきゃいい。それが僕の自論だ。フィーネも少しは僕のことを見習うといいよ。

 さて、過去の話をしだすとキリが無いから、ここからは未来の話をしようか。僕はいち早く舞台から降りたわけだけれど、そもそもこの世界だって順当にいけばあと五年足らずで崩壊が始まる。ヴァンの計画が上手くいけば、オールドラント自体は存続するかもしれないけれど、それでもやっぱりオールドラントに暮らす人間はみな死に絶えることになる。実際にレプリカを造った僕が言うんだから、間違いないよ。あいつらは僕じゃない。僕の生まれ変わりでもない。あんなのと一緒にされたら心外だ……と、あんまり言うとまたフィーネが怒るだろうけどね。でも、レプリカはレプリカだ。唯一のとりえは、預言スコアに縛られていないっていうことくらい。そしてその意味では、フィーネももう自由な存在だろ? どうしてなのかは最期までこの僕にもわからなかったけどさ、フィーネは世界に弾かれたんじゃなくて、この世界からうまく逃げきれたんだよ。だから、せっかくの人生を僕の頼みのためだけに費やす必要はない。どうせ限られた時間だって割り切って、僕みたいに身勝手に過ごすのもいいと思う。レプリカ世界に期待を賭けて、あがいてみるのもいいと思う。偽物ばっかの世界なんて、僕は考えただけでもぞっとするけどさ、フィーネにとって六番目は、あれはあれで本物なんだろう? これまで散々フィーネには酷いことを言った自覚があるからね。親友として、最期くらいはフィーネの幸せを祈ってあげるよ。
 それじゃあ、せいぜいお幸せに。

イオン




 病床のイオンにたくさん手紙を送ったのに、結局まともに返事がかえってきたのはこの一通のみだった。フィーネは泣いて泣いて、疲れてもうこれ以上涙が出ないとなってからようやく彼の手紙を開いたのに、枯れたと思った涙は際限なく溢れてくる。整った力強い筆跡も、皮肉の中に見え隠れする優しさも、全部全部イオンそのもので、文字を追うたび愛しさと苦しさがこみ上げる。

(どうしてイオンは……)

 死ななくてはならなかったんだろう。
 思わずそう考えてしまったけれど、実際にはたまたま預言スコアというものがあったために運命を知っただけで、死自体は避けられないことだったのかもしれない。預言スコアが無ければ、もっと突然の別れだった可能性もあって、イオンと腹を割って話す機会もないまま、未来永劫会えなくなっていたかもしれない。
 それに、

――フィーネはこの前、ディストがいなかったら自分たちはここに存在しなかったとも言った。それと同じで、もし、アイツの運命が違っていたら――

 シンクの言葉が脳内に蘇る。確かにイオンの運命が先にわかっていなければ、シンクもイオン様もそのほかのレプリカたちも、この世に生まれることは無かっただろう。そう考えるとすべてのことに意味があって、すべてが複雑に絡まりあっていて、八方塞がりだという気すらしてくる。もし仮に過去を遡って、どこかの地点からやり直せるのだとしても、フィーネにはどう修正していいのか皆目見当がつかなかった。人道的な観点や、シンクのことを思うのなら、生まれたくなかったという彼の言葉通りにレプリカの製造を阻止するのがいいのかもしれない。けれどもイオン様はどうだろう? それに、自分自身のことを棚に上げるくらい、フィーネにだって身勝手な感情はある。一度、こうして彼らという存在に出会えたことを、無かったことになんてしたくない。会いたい。会いたい。

(会いたいよ、シンク……)

 リグレットが手を回してくれた通り、今のフィーネは特別休暇ということになっている。本来孤児のフィーネには無関係な話だが、世話になった人物に不幸事があったとして上手く処理をしてくれているらしい。きっと詳しくは知らされていないのだろうが、アッシュからも落ち着くまで別の任務に当たっていることにしてもいい、と連絡をもらった。皆の優しさが傷だらけの心に沁みて、痛くて嬉しくてまたフィーネは泣いた。そして同時に、このまま泣いているだけではだめだ、と思うようにもなった。イオンの手紙には、未来のことも書かれていたからだ。

(……オールドラントの人間は死に絶えるって、どういうこと?)

 預言スコアでは、このオールドラントはやがて瘴気に包まれて消滅することになっている。だからこそ、様々な私怨を抜きにしても預言スコアは滅ぼさなくてはならず、アッシュがその鍵を握る重要人物だということはフィーネだって知っていた。けれどもイオンの書き方では、預言スコアを破壊したところで、この先人類に待ち受ける運命はなにひとつ変わらないみたいではないか。

(全部終わったあと、アリエッタの故郷で暮らす話をしたとき……シンクは肯定も否定もしなかった。あれはシンクも知らなかったからなの? それとも、知っていて否定できなかったの……?)

 確かめたい。それに、あの日部屋を追い出してしまったことについても謝りたい。イオンは謝るくらいなら最初からするなと言うけれど、フィーネはそんなに後先考えて行動できるクチではないのだ。せめてしてしまったことの始末だけは、きちんとつけるのが筋というものだろう。
 しかしながらシンクは、フィーネが部屋に閉じこもっている間にもうダアトを出発してしまっていた。討伐任務という性質上、いつ帰ってくるかも明確ではない。

(待ってられないよ。今から追いかければ、まだそう奥深くには行ってないかも)

 大勢での進軍は時間がかかる。身軽なフィーネ一人なら追いつけるかもしれないし、別の任務に当たっているという建前が許されるのであれば、今からアッシュに直談判して許可を取ればいいだけのことだ。

(レプリカだけの世界。それが、総長の目指す本当の未来なのだとしたら――)

 フィーネは仮面をつけると、一度だけ深呼吸して立ち上がった。幸いにも、仮面のおかげて泣き腫らした目は見られずに済む。

(私はどうすべきなのか、自分で決めなくちゃいけない……。イオンの頼みのためでもなく、滅亡の運命を回避するためでもなく、私自身がこの先どうしたいのかを)

 そのためにはやはり、どうしても今すぐシンクに会いたいと思った。

prevnext
mokuji